130 爆発
見知らぬ子供を人質にしてウルトがゆっくりと近付いてくる。
「ほら、王女の所まで下がってもらおうか。無関係な子供を犠牲にはしたくないだろ」
ウルトから目を離さずにゆっくりと拘束した男から離れてピナリーの所まで戻った。
ウルトも俺とピナリーに警戒しつつ男の元へ行き、首筋に指を当て生存を確認している。
「……気を抜くな。あれは……」
「え、何だって?」
傍らにいるピナリーが小声で何かを呟いたが内容が聞き取れなかった。身体が上手く動かない事に業を煮やしたピナリーが手首に隠していたナイフを投げた。
意識が男の方へ向いていたウルトは対応が遅れ、気付いた時にはピナリーの投げたナイフは人質となっていた子供に命中した。
「おい! 何を……」
ピナリーを非難する言葉が口をついたがすぐにその意図を理解した。ウルトの抱えていた子供の姿が歪み、一瞬別の姿が見えたのだ。
「変幻獣かよ!」
「ちぃ、バレちまったか」
策がバレたウルトが懐から転移用のアイテムを取り出し逃亡を図る。逃がさん。
駆け寄る俺の前に、ウルトが抱えていた子供が変身を解き、今度はピナリーの姿に変身して立ち塞がる。味方の姿なら俺が動揺するとでも思ったのだろう。だが俺は即座に首をはねて駆け抜け、ウルトごとアイテムを斬り捨てて破壊した。
ウルトを蹴飛ばして再び拘束した男の傍に立った。
「貴様、躊躇せずに斬ったな……」
後ろでピナリーが愚痴を溢した。通路に転がる自分の頭を見て気分を害したようだ。
「どうせ偽者なんだからいいだろ……それより、こいつらはどうする?」
「ウルトは殺せ。どうせ何も喋らんし、安全に確保出来る奴ではない。情報なら……そっちの寝転がっている奴から取ればいい」
ウルトが気に掛ける奴だから、こいつは話しに聞いていた他国の貴族なんだろう。
未だ気を失っているようだが、念のため監視しておきたいな。
「姫さん、まだ動けないのかよ」
「誰の所為でこんなボロボロになったと……イオリ!」
ピナリーの叫び声と同時に半端な再生状態の竜牙騎士が突っ込んできた。
「しつけえぇ!」
半身が吹き飛び、顔の再生も完了していない状態だが太い右腕で俺にしがみついてくる。
「へ、へへへ、やれやれ……計画も上手くいかないねぇ」
深手を負ったウルトが起き上がり、観念したのかそのまま逃げ出す事なくジッとしている。
「ウルト……貴様らの企てもここまでだ。もう無駄な足掻きはせず……」
ピナリーが足を引き摺りながら近寄ってくる。
「悪いけど最後の足掻きはさせてもらうよ……俺の目的は……『聖なる盾』を始末する事だが、ピナリー王女、あんたを道連れに出来るなら上出来だぁ」
道連れだと? 俺にしがみつく竜牙騎士の身体に魔紋が浮かび上がり赤く発光する。
まさか自爆するつもりか。
「……もう間もなく竜牙騎士の全魔力を爆発力に変換し、自爆する。規模はお前の起こした爆発より大きいぜ」
「くそ……イオリ、爆発は止められないのか」
腕を抉じ開けて脱出したが、今から爆発を止めるのは無理だ。竜牙騎士をどう破壊しても爆発するし、何処に移動した所で爆発範囲から逃げ切れない。
ウルトも覚悟を決めたのか、拘束した男もろとも爆発で死ぬつもりらしい。
「どうする……!」
何か手は無いかと周囲を見回した先に舞台が目に入った。一か八か、試してみるか。
「姫さん、失敗したらゴメンな」
「何か手段があるならやってみろ。上手くいけばさっきの所業はチャラにしてやらんでもない」
そうか、じゃあ頑張ろう。
種族『人間 伊織 奏』 『怨霊』
職業『魔法使い』 『魔法使い』
「出てこい、黄金骸竜!」
悪魔剣パルスを掲げて、荒ぶる黄金の骨竜を召喚した。
「竜牙騎士を咥えて、ついてこい」
素直に言うこと聞くか不安だったが意外にも指示した通り、発光する竜牙騎士を咥えて舞台を目指して駆け降りる俺の後ろをついてくる。
舞台に戻った俺は舞台上に展開している次元キューブを操作して範囲内の環境を変える。
「『岩石地帯』から『海』へ変更だぁ!」
次元キューブの効果で舞台上にだけ大海原が現れた。
「黄金骸竜、竜牙騎士を連れて海底まで潜れ!」
竜牙騎士を咥えた黄金骸竜が舞台上の海面に向かって跳び上がり、派手な水飛沫を上げて沈んでいった。
最後の仕上げに舞台を囲うように魔法障壁を張る。可能な限り高く、爆発の威力を遥か天空にまで誘導出来るように。
「気合い入れるぜぇ! 『全てを阻む障壁よ、遥か彼方まで届け 防御塔』!!」
舞台を囲い天高く伸びる魔法障壁。その先端が雲より高く伸びた時、轟音と共に赤い光りを放つ熱波が魔法障壁を駆け昇る。
強固な魔法障壁に罅が入り、障壁の形が歪む。俺の目の前にも亀裂が走り爆発の熱が漏れ出る間際、熱波は全て放出されて無事終わったようだ。
「ギリギリ、だったな……」
一息つこうとして気が緩み、油断した瞬間。
「イオリ!」
後ろからピナリーの切羽詰まった声が届いた。声に反応して振り向くとすぐ傍まで血塗れのウルトが接近していた。
「何処までも邪魔をぉ! 死ねえぇ!」
叫びと共に突き出したナイフの刃が俺の首元に届く寸前、ウルトの腕を一本の矢が射抜いた。
「……あっぶなぁ」
矢が放たれた方を見ると壁にもたれ掛かるように立つペレッタの姿があった。
「往生際が悪いぜ……放電」
雷手甲から放たれた電撃に焼かれウルトが白目を剥いて倒れた。
ようやく全て片付いた。大きく息を窮地を救ってくれたペレッタに手を振ると、ペレッタも振り返してくれた。観客席にいるピナリーにも手を振ったが彼女はご立腹な様子で腕を組み俺を睨んでいる。
……チャラにはしてくれたが忘れてはくれないらしい。