128 試合のゆくえ
理性が吹き飛んだライカとフーシが障害物の岩を避ける事もせず、ただ一直線に向かってくる。
「まさに『暴走の血』って感じはするが……大丈夫なのか、あいつら」
「いえ、あれはマトモでは……」
魔紋が発光する度に筋肉が膨張し、身体の厚みが増していく。膨れ上がった筋肉は身体の動きを阻害し、走る事も殴る事も遅い。
どう考えてもさっきまでの方が手強かった。カスリもしない無意味な攻撃を繰り返す『暴走の血』を前にして俺も少々困惑気味だ。
なおも膨張を続けるライカとフーシはついに動きを止めて倒れ、その身体からは蒸気のような煙りが立ち込め肌色が浅黒く変色した。
「し、死んだのか……」
よく見ると僅かに痙攣しているのでまだ死んではいないようだが、誰の目から見ても再起不能なのは確かだ。登場時の三倍ほどに膨れ肉の塊と化した二人の姿に、闘技場中の観客がざわめきが止まらない。
審判が恐る恐る二人の様子を伺っていると。
「やぁ~れやれ、もうちっと役に立つかと思ったんだがなぁ」
突如、見知らぬ男の声が耳に届いた。どこから入り込んだのか男は舞台に上がってきた。
「あん? 誰だ、お前」
「一応、試合中ですよ。それよりも審判、判定は? 『暴走の血』は最早、試合続行は不可能では?」
ハルが促し、審判が試合終了を宣言したが観客達の混乱は収まらず、会場中の視線が乱入してきた男に注がれる。
「役立たずでも再利用しなくちゃな!」
男が放り投げた小瓶がライカの身体に当たった。小瓶の中から玉のような物が飛び出し、ライカの身体に染み込むように消えた。
ライカの身体が跳ねるように仰け反らせたかと思ったら身体中から黒い糸のようなモノが無数に伸び、ライカと近くに倒れていたフーシの身体を包み込んで巨大な黒い繭のような形態になった。
「ひゃはははっ! こうなるのか、恐ろしいねぇ」
「お前、何してんだ!」
男を取り押さえようとしたが寸前で逃げられ、男は繭の上に飛び乗った。
「まぁそう怒るな、使えない不良品どもを再利用してる所なんだ。邪魔するなよ」
訳の分からない事をほざく男が黒い繭に触れた。
「ハル、イオリ!」
従者を連れたピナリーが舞台に上がってきた。
「姫さん、来ない方が良い! 危ねぇぞ」
おかしな状況になった舞台上にアーク王国の王族がしゃしゃり出てくるのは感心しねぇな。
「今はそれどころでは無い……貴様! 私を覚えているか!」
ピナリーが繭の上にいる男を指差し、叫んでいる。
「あぁ、その節はどぅも……覚えてますよ、手酷くやられましたからねぇピナリー王女」
「あと一歩の所で逃げられたからな。今日こそ逃がさん……あの時の雪辱、果たさせてもらうぞウルト!」
「名前を覚えて下さり光栄ですよ。ピナリー王女……しかし、一歩遅かったですねぇ。目覚めろ『従属接続』!」
黒い繭に亀裂が走り、弾け飛んだ。
繭から現れたのは黒い鱗に覆われた竜人の戦士だった。黒い繭に取り込まれたライカとフーシを元に造られた人造魔物か。
「やれ、竜牙騎士」
固めた骨で造られた槍を装備した竜牙騎士がゆっくりと此方に向かってくる。
竜牙騎士が出現した事で闘技場にいた観客達がパニックを起こし、我先にと出口に殺到した。狭い通路に人が押し寄せて、躓き転倒する者、突き飛ばされる者、引き摺り倒される者が続出し悲鳴と怒号が溢れ返った。
「あーっはっはっはぁ! 大変だぁ早く逃げないと魔物に殺されちまうぞぉ!」
ウルトが制御している竜牙騎士が吠えて観客達の恐怖心を煽り、恐慌状態に陥った者達が逃げ惑う。
「イオリさん、剣を!」
ペレッタが俺の悪魔剣パルスを持ってきてくるた。
ゆっくりだった竜牙騎士の歩みが徐々に速度を上げていき、強烈な突きを繰り出してきた。
剣で槍の軌道を反らし、刃と固い骨が擦れて火花が上がる。竜牙騎士の懐に飛び込んで脇腹に斬り込むが、固い鱗に阻まれて刃が食い込まない。ハルの打撃も効果が薄い。
この竜牙騎士も問題だが、会場にいる観客の避難も急がないと竜牙騎士との戦闘が拡大した時に巻き込まれる者が出てきてしまう。
「ハル、ペレッタ。先に観客を逃がせ、いつまでも近くをうろちょろされたら邪魔になる」
「マクスエル、カナリア、お前達も観客の避難を手伝え!」
「しかし、殿下……」
仕える主を放置して観客を優先させる事に従者の男が抵抗したが、ピナリーは再度命じた。
「ここは私とこいつで十分だ。さっさと行け」
「……はっ」
気は進まないが命令には逆らえないのか、不承不承な様子で観客の避難に向かった。
「俺としては姫さんにも逃げてほしいんだけどな」
「そうはいくか。あいつを逃がすわけにはいかん」
ウルトを逃がすまいとピナリーが踏み込むが竜牙騎士の尻尾が鞭のようにしなって地面を叩き、ピナリーを牽制する。
「ちいっ! 邪魔な奴だ……やむを得ん」
ピナリーがドレスの一部を脱ぎ捨て、下に着込んでいた軽装鎧が露になった。
隠していた鉤爪を展開し、毒々しい色の液体を飲み干した。
「あんた一体、何を飲んだ」
「気にするな。ただの猛毒だ!」
滑るように間合いを詰め、駆け抜ける際に鉤爪の刃が竜牙騎士の身体を引っ掻く。
俺の剣でも傷付かない鱗装甲に女の細腕から繰り出す攻撃では、やはり傷が付かない。
だが構わず攻撃を繰り返すピナリー。
「これならどうだ!」
猛毒を付与した鉤爪で、腹から胸、顎下目掛けて攻撃する。火花が散り甲高い音を立てて左の鉤爪が折れた。竜牙騎士が折れた鉤爪に注意を向けた一瞬の隙をついて、反対の右の鉤爪が竜牙騎士の目を突いた。