127 尋常ならざる変化
闘技場の試合が続き、遂にこの日最後の試合が始まる。
「では、行きましょう」
「あ、ぉう」
緊張して思わず声が上擦ってしまった。
咳払いをして誤魔化し、気を取り直して席を立った。
「よし、行こうか」
「イオリさん、緊張してる?」
「してないよ」
ペレッタに心配されたが、年長者としてちょっと強がりを見せて控え室を出た。
剣闘士用の通路を進んでいると前の試合で負傷した剣闘士が担架で運ばれていったり、応急手当を受けた傷だらけの剣闘士が通りがけにハルを激励したりする場面もあった。
「やっぱりハルは人気高いんだな」
「そりゃね。何と言ってもマスクドタイガーだもん」
通路を抜け闘技場の舞台へと進んだ瞬間、凄まじい歓声と圧が肌を叩いた。観客達の熱気と殺気が容赦なくぶつけられる。
飛んでくるヤジの中には口汚く罵ってくる奴や賭け札を握りしめて脅しをかけてくる奴もいた。
「以前来た時は観客席から観ただけだったから分からなかったが……凄まじいな」
「特に今日の試合は悪名高い『暴走の血』が相手だからね。見てよ、賭けの倍率は『暴走の血』の方が優勢になってる」
闘技場の巨大ボードには試合をする『聖なる盾』と『暴走の血』のイラストが描かれていてその下に倍率が記されている。チームの勝敗を賭けるだけでなく、参加する者の中で誰が生き残るか否かを賭ける形式もあるようだ。
そしてその形式だと俺の倍率がぶっちぎりで高い。つまり真っ先に死ぬと思われている。
「にゃろぉ~……無名だからって」
その倍率に引っ張られる形でチームの勝敗を決める賭けでも『暴走の血』の方が有利とみて倍率が低い。飛んでくる観客からの怒号も「さっさと負けやがれ!」とか「ライカとフーシに全額賭けたぜ、潰れろ雑魚野郎っ!」だの、好き勝手言ってくれる。
「ムカつくぅ……」
「気にしたら負けだよ。ほら、行った行った」
ペレッタに背中を押されるようにハルと共に舞台に上がる。
相手の『暴走の血』はまだ来ていない。
試合開始前に身体強化魔法を掛け、静かに準備を終える。
「……来ました」
反対側の通路からライカとフーシが姿を見せた。上半身裸で魔紋が刻まれている。両手には固い革手甲を装備して、一匹の小鬼を捕らえている。何だあの小鬼は?
俺が疑問に思っていると、小鬼を高々と持ち上げたライカが力任せに小鬼の身体を引き千切るパフォーマンスを見せた。
血塗れになったライカを見て観客の半数は悲鳴を上げている。
「悪趣味だな」
なおも観客達を挑発するライカとフーシが舞台に上がり、俺達の前にやって来た。
審判がハルが貸した次元キューブを起動させて舞台上の環境をランダムで変える。
現れたのは岩石地帯。大小様々な岩石が転がる地帯だ。
次に審判がルールの説明をする。勝敗はチーム二人とも負ければ終わりとなる。舞台から落ちれば負け、審判が戦闘不能と判断すれば負け、死んだら負け。魔法あり、道具ありの無差別ルールだ。
「精々、逃げ惑え。捕まえたら骨を一本ずつ折って、また逃がしてやる。てめぇが負けを認めるまで何本折れるかなぁ」
フーシの脅し文句を聞き流して、静かに試合開始を待つ。
「……以上だ。何か質問はあるか? 無ければ双方、所定の位置まで下がれ」
審判に促されて数メートルほど下がり。
「……試合、開始!」
開戦の合図と共に、四人が一斉に突撃する。
ハルが軽やかに跳躍しライカの背後に回り込み、ライカの裏拳を躱して頭部へ蹴りを入れる。
俺に狙いを定めたフーシが飛び蹴りを繰り出して来る。それを躱してフーシの延髄に蹴りを食らわせる。
「効かねぇな」
蹴りを食らっても小揺るぎもしないとは驚きだな。太い首と強靭な筋肉は見掛け倒しではないか。
様子見の攻防を繰り返し、相手の力量をある程度見切った所で攻撃の威力を上げていくか。
「せぃっ!」
「くっ」
力を込めた拳がフーシの防御を弾き、よろけさせた。隙を見せたフーシの胸板に回し蹴りを叩き込む。
大きく体勢を崩したフーシの背後にハルが回り込み、フーシの巨体を持ち上げ後方へ頭から落とした。
「て、てめ……」
固い地面に後頭部を打ち付けて血塗れで足元がフラつくフーシへの追撃しようとしたが、相方のライカが全力で体当たりしてきた。
重量級の体格で吹き飛ばそうとしたのだろうが、体格で劣るハルが正面からライカを受け止めて俺の方へ投げ飛ばした。
「『強拳打』!」
空中に放り投げられ無防備なライカに向かって、威力を増した正拳を打ち込む。
肉と骨を砕き、腹にめり込んだ拳の衝撃はライカの身体を突き抜けて後ろの岩をも砕いた。
血反吐を吐いて白目を剥いたライカが沈み、残るはフーシのみ。予想外の試合に観客達から悲鳴がこぼれる。
二対一となり試合の趨勢がほぼ決まりかけたその時、身体が殺気に反応して咄嗟に飛び退いた。
俺とハルが飛び退くと同時に重傷で動けない筈のライカが突如復活し、その剛腕で地面を砕いた。
「おいおい、どんだけタフなんだよ」
「イオリ、身体の魔紋が……」
ライカの身体に刻まれた魔紋が赤く発光している。魔紋の効果で傷を治したのかと思ったがライカの変化はそれだけに留まらず、唯でさえ大柄な身体が更に膨れ上がり元の二倍ほどにまで筋肉を異常発達させた。
「ぐっ……おぉ」
後ろで悶絶していたフーシの身体もライカに同調するように膨れ上がり、獣のような叫び声を上げて暴れ始めた。
正気を失っているのか、手当たり次第に岩を砕き地面を殴り続けていたが、白目を剥き涎を垂らして次の標的として俺達に狙いを定め、襲い掛かってきた。