124 姫様、登場
翌日、エルフのミーネが両手一杯に荷物を抱えて屋敷にやって来た。双星樹の調査で必要な道具類に各種薬品類も持って来たようだ。
「これでも必要最低限に抑えたんですけどね。此方で買える物は此方で揃えようかと思います」
部屋はミーネの希望により一階の角部屋を用意した。部屋に入ると鞄の中から長方形の箱を取り出し、幾つかの手順で広げるとコンパクトな作業機械らしき物へと変わり、部屋の中に配置されていく。部屋がよく分からない器具で次々と埋まっていく。さらに棚には妖しげな薬品の瓶が並び生活スペースがどんどんと狭くなっていくんだが良いのかな。
「凄い数だな……所でさっきから実験道具ばかりだが着替えとかちゃんと持ってきてるのか?」
鞄から出てくるのが道具類ばかりで下着やら衣服やらが一向に出てこない事に気付き、聞いてみた。
「大丈夫です。これがありますから」
自信満々に着ている服に手を当てる。まさか一着だけで過ごすつもりか?
百歩譲って服はまだしも、下着まで?
「……冗談です。衣服は此方で買い揃えるつもりなので心配ご無用です」
「買い揃えるって……服の品質レベルとかエルダーフルとは比べ物にならないと思うんだが」
女性ってその辺に拘りとかあるんじゃないのか?
「別に何でも良いですよ。隠してる所が見えなければ」
う~ん、何だろう。ミーネからズボラ臭が……
あれかな、興味のある事には凄い集中力を発揮するがそれ以外だと途端にいい加減になるタイプかな。
「それより早速、樹の調査を開始したいと思います。サンプルとして葉と表皮、土の採取をしたいのですが許可して貰えますか?」
「少量のサンプル採取は構わないけど、採れるかどうかは本人に聞いてくれ」
「は? 本人とは?」
ミーネに双星樹の気難しさを口頭で説明したが今一つ理解出来ていない様子だった。
ミーネの話しだと独自の意思を持つような霊木は大抵が寡黙で悠然としていて、さながら老人のような印象なのだと言う。
「それは実際に永い年月を経てそうなったから落ち着きがあるって話しだろ? うちのはイレギュラーな感じで誕生したから、精神も相応に若くて荒っぽいんだと思うぞ」
「……そうなんですかね。まぁ、それはそれで面白い記録として残します」
記録用紙や小瓶を抱えてミーネはウキウキと部屋近くの勝手口から庭に出ていった。
何気なく窓の向こうで双星樹の周りをウロチョロしているミーネを見ていると早速、種で撃たれる姿があった。
闘技場での試合に向けて、庭でハルと修行を続ける。いつも通りハルが次元キューブを起動させて特殊空間を造り出す。
「今回はこんな感じでどうですか?」
場所は浅瀬の海、足首辺りまで海水に浸かって歩きにくい。
種族『人間 伊織 奏』 『』
職業『格闘家』 『召喚術士』
「それじゃ呼び出すぞ……『頂点に……』」
「待って下さい、イオリ。少し趣向を変えて二対二でやってみませんか」
二対二か。試合まであと少し、コンビ戦に慣れておくべきかと思い、小鬼神拳伝者を二体呼び出した。
「じゃあ、始めようか」
俺とハルがそれぞれ小鬼神拳伝者に打ち込む。身体強化魔法で身体能力を向上させているが足に絡む海水はどうにもウザったい。
「おりゃ!」
小鬼を狙った中段蹴りは跳んで躱されたが、すかさず逆足の回し蹴りで仕留めようと繰り出す。だが小鬼は両足で俺の蹴りを踏みつけるように受け、その反動を利用してハルへと飛びかかった。
「ハルっ!」
空中から急襲してきた小鬼を躱して体勢の崩れたハルにもう一体の小鬼が攻撃が迫る。
「くっ!」
相方のハルの窮地を見す見す放置するわけにはいかない。咄嗟に足元に意識を集中させ、爆発するイメージでエネルギーを放出した。
「させるかぁ!」
「ギィギイッ!」
ギリギリの所で小鬼に体当たりを食らわせて、間合いを取る。
「すまん、ハル。乱入させちまったな」
「いえ、そういう経験を積む為の修行ですから……それより足、大丈夫ですか?」
ハルに言われて足を見ると靴と裾が弾け飛び、少し火傷状態になっていた。
「爆発的な瞬発力を出す為に少し無理をしてしまったな……いてて」
悠長に治癒魔法を使ってる暇は無い。水面に僅かな飛沫を上げて小鬼達が迫ってくる。
「この野郎ぉ!」
小鬼の前蹴りに合わせて正拳突きを繰り出すが、小鬼の蹴りが途中で不自然な軌道を描いて回転蹴りに切り替わった。
小鬼の蹴りが側頭部にめり込む寸前に前屈みで躱し、前傾姿勢の状態から素早く拳を突き出す。
しかし小鬼は身体をくねらせて躱し、俺の拳は空を叩いた。攻撃を躱した小鬼が一瞬で俺の背後に回ると俺の首に細腕を滑らせ締め上げようとする。
失神など狙わず俺の首を潰す勢いで小鬼が腕に力を込める。
「……ぉ……くそ」
ミシミシと肉が擦れる音を感じながら、徐々に薄れていく意識の中で不意に『光刃剣』というワードが浮かび上がった。
「……ォオオォァ!!」
見様見真似で背中から『魔波刃』を出現させた。予期せぬ攻撃に小鬼が腕を外して身体を離した。収束の甘い『魔波刃』では小鬼の身体を斬り裂くほどの力は出なかったか。『魔波刃』の当たった小鬼の胸板が火傷のように腫れている。
「ゲホッ……ゴホッ……何事も経験しておくもんだな」
痛めた首を手で擦り、酸欠による痛みと目眩を抑え込み油断なく小鬼を見据える。
種族『人間 伊織 奏』 『』
職業『格闘家』 『剣士』
深く息を吸い込み、意識を一点に集中させる。
先ほどの攻撃を警戒しているのか小鬼が二の足を踏んでいる。
「……いくぞ」
俺が見たチェルトの『光刃剣』は二、三ヶ所同時に出す姿だった。魔力量、体力、集中力などを考慮していたんだと思う。
だが俺は限界まで力を振り絞ってやる。
魔力を練り上げ、両手の雷手甲と同調し、全身に迸らせる。
イメージするのは鋭い棘を覆われたハリネズミ。俺のイメージに添って全身が雷撃の刃で覆われる。
「……雷獣剣山」
全身を駆け巡る雷が俺の意思を象るように激しくうねる。獣の如く四つん這いになった俺は驚愕する小鬼に向かって地を蹴った。
一瞬で小鬼を駆け抜け、『雷獣剣山』形態が解けた。必殺の形態故に魔力と体力を消耗し切ってしまい、押し寄せる脱力感に堪えきれず膝をついた。
後ろを振り向くと全身を細切れにされた小鬼が消滅していた。
「……はぁ、勝ったか」
それまで無視していた疲労感が身体全体にのし掛かり立ち上がれずにいると、残った小鬼神拳伝者が時間切れで消滅しハルが次元キューブを解除した。
「やりましたね、イオリ。かなり消耗が激しいようですが、よく単独で倒せましたね」
「おお、頑張ったぜ……制御が大雑把過ぎたからまだまだ課題が多いがな」
「そうですねぇ。あの技は殺傷力が強過ぎてあのままでは闘技場の試合に使えませんから……もう少し殺意を抑えないといけないですね」
そういえばそうだ。あのままじゃ対戦相手を細切れにしてしまうよ。
殺傷力を抑えつつ対戦相手を撃破するギリギリのラインを見極めないとな。
今後の課題に頭を悩ませていると屋敷に一台の豪華な馬車が入ってきた。
「何だ? どこの馬車だ?」
「あ、あの紋章は……」
ハルは馬車に施された紋章の装飾で何かに気付いたようだ。
屋敷の入り口に乗り着けた馬車の扉が開き、内からシックな黒いドレスを身に纏ったピナリー・デルタ・ウィルテッカーが降りてきた。