123 部屋、空いてます
「乱暴しては駄目ですよ、ミーネさん」
「そうだよミーネさん。ほら、イオリさんも怖がってる」
ハルとペレッタに取り押さえられ、落ち着きを取り戻したミーネが恥ずかしそうに頬を染めている。
俺はちょっとトラウマになりそうだ。
「す、すみません……話しを聞いているうちに自制が効かなくなって……言い訳になるかもしれませんが本来、国王樹や精霊樹が実をつけるのは数十年に一度なんです。その貴重な実を食べたと聞かされて、思わず……」
そんなモジモジされても少しも可愛くない。此方は喉ちんこをイジられて、あと一歩でぶちまける所だったわ。
「特にこの樹は国王樹と精霊樹が掛け合わさった存在なので、実った果実は貴重な研究対象になんです……あの、不躾なお願いではありますが次に実が手に入った時は私にお譲り頂けませんか?」
「私は構いませんが……イオリ、それでいいですか?」
ハルが返答し、俺も了承して次に実が収穫出来た時には譲る約束をした。
「それでこの双星樹が他の霊木と違い過ぎる事は何となく分かったが、ミーネさんはその原因は何だと思う?」
「これは精霊の影響ですね。エルダーフルの一部地域には精霊の集まる特別な場所がありまして国王樹や精霊樹はそこでしか育たないんです。というのも精霊の力が周囲の空間に影響を及ぼしていて、その影響を受けた光りや土が生育に不可欠なのだと学者達の研究で分かっています」
おおよそ猫妖精から聞いた話しと一致する。この霊木は精霊の力が無いと育たないと知ったから、精霊石を使って精霊を招いてみたんだが。
「もしかして、精霊石は不味かった……のか?」
「そこですね。精霊にとって精霊石は力の源となり得る物です。詳しい事は言えませんが、エルダーフルでも精霊石の存在は秘匿すべき物であまり研究が進んでいません。なので精霊石がどれほど精霊に力を与えるのかは不明なのですが……精霊石を取り込んだ精霊が異質な変化をしてもおかしくありません。暴走する可能性もあります」
う~ん。異質な変化、か。十分にあり得る話しだな。精霊が二本の霊木と精霊石を元に、双星樹という器を手に入れた可能性が高いかな。
「これも一種の暴走と見るべきか?」
「もう少し観察して見ないと何とも言えませんね。まだ成長途中のようですし、この先人間と共存出来るかどうかは、この樹が人間達をどう学んでいくで決まると思います」
もし欲に駆られた人間が、この双星樹に群がり樹を傷付けるような事があればこの地を地獄に変える事も可能なのだとか。
「エルダーフルの伝承にも欲深い人間に怒った精霊樹が天変地異を引き起こし、国一つを滅ぼしたという逸話があります。この双星樹が根付いた以上、この樹が人間を見限らないように気を付けて下さいね。あと時々、研究サンプルの採取と記録を取らせて下さいね」
ちょっと怖い話しをした後に、さらっと自分の欲求を付け加えてきた。とはいえ、双星樹を調べる手間を肩代わりしてくれるというわけなんだから断る事もない。
「了解した。但し、双星樹はうちの樹なんだから勝手に伐採するとか移し変えるとかは無しだぞ」
「分かっています。精霊の扱いは難しいですから、下手に怒りを買わないように気を付けますよ……ひとまず今日の所は帰りますね。明日、改めて調査に伺わせて頂きます」
今日は慌てて跳んできたから調査用の器具を持って来ていないので転移魔法でエルダーフルに帰還して準備を整えて来るそうだ。
「あ、そうだ。ハルさんに一つ、お願いがあるんですが」
「はい? 何でしょう」
「この屋敷に空き部屋があったら、しばらく下宿させて欲しいんですけど。どうですか?」
「え、それは大丈夫ですけど。ミーネさんはうちに住むって事ですか」
「転移魔法があるのにわざわざアケルに住む必要があるのか?」
何でもエルダーフルからアケルまで転移魔法で移動するのは容易ではなく、色々とコストが掛かるのでそう頻繁には使えないとの事。それに研究が長期間に及ぶ事と研究対象を間近で観察出来る事を考えると、街中の宿屋より屋敷に下宿する方が都合が良いというわけだ。
「子供達もいますので騒がしいとは思いますが、それで良ければどうぞ」
「ありがとうございます! 助かります」
結構簡単に下宿の事を決めているが、ミーネが国を離れる事を上司の許可無く決めていいのかな? 向こうでの仕事とか法律的な問題は無いのかと気になってミーネに確認すると。
「すでに私がアーク王国に派遣される事は決定していますので、それが少々早まっても問題ありません」
「え? 派遣されるって……そんな予定があったのか?」
それはまた随分と都合の良い事があったもんだと思っていたら、ハルが何かを思い出した。
「そういえば、アート殿下がそんな約束を取り付けていましたね」
「え? あいついつの間に……」
「ほら、エルダーフルの王城でチェルトさん達と模擬戦をしたじゃないですか。あの時、アート殿下が騎士団長の方と話していましたよ」
う~ん……そういえば……そんな事を、言ってたような……よく覚えてねぇな。
「はい、その事もあって当初はアーク王国の王都に赴任する予定だったんですが、イオリさんから手紙が届いて急遽、此方に跳んできた次第です。この双星樹に関して本国に報告を上げればまず間違いなくこのアケルの街に赴任先が変わるでしょう」
エルダーフル側としてはアーク王国にエルフの高官を一名、派遣する約束になっているのだから問題はないし、アーク王国側も多少不便ではあるが国内の街にエルフの高官が滞在してくれれば公務や交流を調整するのは可能だろう。
「最後に……一つ注意事項をお伝えします。この双星樹の存在は出来るだけ秘密にしておくべきです。なるべく情報を知る者を絞って下さい。エルダーフルでも極秘情報として守っていきますので」
そりゃそうだな。名前だけならまだしも、元となった樹の存在がバレれば誰がどんな手段で奪いに来るか分かったもんじゃない。
そんな抗争の果てに双星樹に街を滅ぼされたら堪らない。