122 顎が外れる
双星樹の実を食べて強化されてからは小鬼神拳伝者との修行も一段階アップしたように思える。ハルと二対一で戦えば多少やり返せるようになった。最終的には時限キューブの範囲から押し出されてしまうが、行動不能になる程のダメージは受けなくなった。
ハル曰く、『気』を扱えるようになって感知能力と防御力が上がり、以前ほど下手な受け方をしなくなったと褒められた。俺はやれば出来る子なんだよ。
修行を続けていたある日、冒険者ギルドから剣闘士『暴走の血』との試合日時が決定したと連絡があり早速、確認の為にギルドに出向くとギルドの食堂で『ブルーリーフ』のアオバ達が暗い顔でテーブルに着いていた。
「よお、どうした三人とも。暗い顔して」
「……おっさん。俺は、この食堂でチョコレートが食えるって聞いたのに……あれはねぇよ」
リップの創作料理を食ったのか。俺は甘い菓子を推したんたがなぁ。リップだからなぁ。
「私は装備品の加工費用で頭が痛いです。素材持ち込みなのに……何でこんなに高いのよ」
ルリの前に見積り書があって、ちょっと覗いてみたら思わず絶句するほど高かった。三人分の費用となると相当高くなるんだな。怖っ。
「シ、シェリアは……何を悩んでんだ」
「あ~……ちょっと個人的な事で。過去の自分に魔法弾を撃ちたい気分です」
「そ、そうか……邪魔したな」
三者三様で落ち込んでいる彼らを放置して、アーリの元へ行くとしよう。
「いらっしゃい、皆さん。お待ちしていましたよ」
アーリが俺達の前に一枚のチラシを差し出した。内容はアケルの闘技場での試合を知らせるものだ。
「え、何でこんな大事に? あの二人組と闘技場で試合をするだけじゃなかったのか」
「どうやらこれが向こうの目的だったみたいですね。衆人環視の中で『聖なる盾』と『暴走の血』を戦わせて実力を測るつもりなんでしょう」
実力を測る? まぁ、今の俺達ならあの二人には負ける事は無いだろう。だが、そんな事をして何の意味があるっていうんだ?
「……実はある筋からの情報で、隣国のロゼス王国の貴族がお忍びで街に来ているそうなんです。その貴族というのがロゼス国内でも暗部と深い関わりのある貴族とかで、本来ならば国元を離れられるような身分では無いそうです。状況的に考えて、この試合を観戦する為では無いかと見ています」
『竜殺し』のネームバリューは凄いね。他国の貴族が調べに来るほど関心があるって事か。
「アーク王国のピナリー殿下も試合を観戦なさる為に此方に向かっています。殿下の到着を予想して、試合は五日後の夜にアケルの闘技場と決まりました」
「あぁ、姫さんも来るのか。そんなに暇じゃ無いだろうに」
「殿下の意図に関しては、私からは何とも……」
忙しい身の上でわざわざ王都から来るんだから其れなり理由はあるんだろうが、腰の軽い王族だなぁ。
「まぁ俺達は五日後に闘技場で『暴走の血』と戦えばいいんだろ? 誰が何の意図で仕掛けたのかなんてどうでもいいし、俺としては対人戦闘の経験を得るいいチャンスだと思ってるよ」
「そうですね。ところでイオリは闘技場でのルールをご存知?」
「え、ルール?」
「……五日後までには覚えましょうね」
闘技場での試合は初めてだからルールなんて知らなくて当然だよね。『暴走の血』はルール無用の反則攻撃を得意としている連中らしいから、少し勉強しておいて反則攻撃に備えておくか。
冒険者ギルドを出ようとした時、髪を振り乱し慌てた様子でエルフのミアネスティーナが飛び込んで来た。
「アーリさん! すぐに『聖なる盾』の自宅に……イオリさん! 丁度良い所に。あ、あの手紙の内容なんですが!」
「まぁ落ち着けよ。リップ、水をくれ」
手櫛で乱れた髪を直しながら渡された水を一気に呷り、呼吸を整えた。
相当慌てて来たんだな。
「どうしたんですか、ミアネスティーナさん。何か問題でも?」
詳しい事情を知らないアーリが少し狼狽えながら此方を伺っているが、双星樹の情報はまだ表に出せないと判断したのかミーネは何も答えなかった。
「心配するな、アーリ。俺がミーネさんに手紙でアドバイスを頼んだんだよ、生真面目な彼女をすっ飛んで来てくれたみたいだな」
「はぁ……そう、ですか」
俺が思ったより大事なのか、ミーネはすぐにでも樹の確認に行きたいようで俺達の背中を押すように冒険者ギルドを出た。
「あ、あの、以前にお贈りした苗木が根付いたとの話しですが本当ですか?」
「あぁ本当だよ。少し手が掛かったがしっかりと成長したよ」
「そ、そうですか」
かなりショックを受けて動揺している。やはりあの苗木は育たない事を前提に贈ってきたのかな。その辺りを聞いてみると。
「あの苗木はかなり特殊な環境でないと育たない筈なんです。なので栽培用ではなく霊薬の材料として使ってもらおうと思って贈ったんですが……まさかアケルの街にそんな特殊な環境があるとは……エルダーフルでもちょっとした混乱が起こっています」
「やっぱり国王樹とか呼ばれてるくらいだから特別な樹だったか」
「えぇ、国王樹も精霊樹もエルダーフルの民にとって誇りともいえる樹です。特別な恩賞としてペレッタさんに贈ったような武具の材料に使われたりする事もあり、葉一枚だけでも霊薬には不可欠な材料として珍重されています」
そうか。そんなに大事な樹が変な進化をしたと知ったらどんな顔するかな。
「手紙では成長スピードが異常だとありましたが……」
「そうなんだよ。植えてから数日でぐんぐん伸びてな。樹本来の特徴なのか、施した処置の所為なのか助言が欲しくてな」
「処置って……一体何を?」
そうこうしている間に屋敷に到着して、庭の一画にある農地で三メートルほどに成長した双星樹を指差した。
「ほら、あれだよ」
「あれ、と言われましても見当たりませんが……樹の陰にあるんですか?」
やはり双星樹が元は二つの苗木だったとは気付かないようだ。
「あのデカい樹が成長した苗木だよ。言ったろ、成長スピードが異常だと」
「ふぁっ!」
目を見開き驚きの表情で固まるミーネを双星樹の傍へ連れていき、青々と茂った葉とそこから覗く小さな花や蕾を見せると。
「どういう事ですかぁ! ね、根付くだけでも信じ難い事なのに……えぇ、何でこんな、こんな事に……もう、国王樹でも精霊樹でもない」
ミーネはパニック状態で頭を抱えた。
「そうなんだよ。本人は双星樹って名乗ってるんだ」
「は? 本人とは……?」
ミーネは言葉の意味が分からず聞き返してきた。俺は双星樹の幹を叩きながら。
「この樹に宿ってる意志? が答えたんだよ」
「…………はああぁ? 本国の樹齢千年の樹なら意志が宿る可能性はありますが……あの、処置って何をしたんですか?」
少しずつミーネの疲労が濃くなり、怒りのような気配が蓄積していってるような気がするんだが、気のせい?
「え~と、精霊石を埋めて」
「精霊石!? せ、精霊石を持ってたんですか!」
「お、おう……今じゃ双星樹の内部に移ったけどな」
膝から崩れ落ちるようにミーネは座り込んでブツブツと何か呟きだした。
「……それで他には何かおかしな事はしてないですか?」
自分の中で気持ちの整理がついたのか、辛うじて正気を取り戻したミーネ。不安定な心境の彼女に伝えるのは不安だが、一応言っておいた方が良さそうなので言っておこう。
「えっと、双星樹に輝く林檎のような実が出来て……」
言った瞬間、ミーネが双星樹を見上げて実を探し始めた。
「何故か双星樹がくれたんで、食べた」
続いて俺が実を食べた事を告げるとミーネが此方に振り返った。そのミーネの顔に感情は無く、見開いた目が恐ろしい。
「ミ、ミーネ……さん? ……ぅごっ!」
「吐けぇ! 吐き出せえぇっ!!」
最早出会った頃の優しげな面影などどこかに吹き飛び、何かに取り憑かれたかのように俺の口に手を突っ込んでくる。