12 冷めた肉は屈辱の味
ニード村からの帰り道、アケルに近づいたある草原で草むらに身を潜めている人影を見つけた。
弓矢を携えたペレッタだ。一時は、命の危機にあった彼女だが、どうやら仕事復帰したようだ。
「よう、ペレッ……」
「あ、イオリさん! しゃがんでしゃがんで!」
ペレッタの側にしゃがむと、彼女の視線の先を見る。
「急にごめんね。あそこに獲物が隠れてるんだよ」
彼女の指差す場所には大きな石があるだけで、特に生き物の姿は見えないが?
「あの石の下、地面の中に穴堀り猪が隠れてるの。わかる?」
言われて石の周りをよく見ると、僅かに地面が盛り上がり、少し動いている。
「あぁ、確かに。よくあんなの見つけられたな」
「えへへ、運が良かったよ。偶然、隠れる直前の穴堀り猪がいてさ。こっちに気付く前に何とか獲りたいんだけど、なかなか地面から出てこないんだよ」
穴堀り猪は警戒心の強い魔物で、危険を察知すると直ぐ様地面の下に潜るそうだ。よく近くの農場に侵入しては作物を食い荒らし、逃げる時は土竜のように地面の下を掘り進んで作物の根を駄目にしてしまう、農家の天敵のような魔物だそうだ。
「狙って倒すのは難しいから、クエストが出ても誰も受けないんだよね。滅多にないチャンスだから逃がしたくないんだけど……」
ペレッタの弓矢で地面に潜る穴堀り猪を射るのは、スキルを使えば可能だが、万が一を考えると地面から出てきた所を狙いたいわけだ。
「根比べって事か」
「ん~、でもこのままじゃ出てこなさそうなんだよね」
すでに警戒心が高まっていて、放っておくとさらに地中へと進んでしまいそうだ。
「穴から追い出してやろうか?」
「ホント? 助かるぅ~。捕れたらお肉お裾分けするから」
種族『人間 伊織 奏』 職業『魔法使い』
『大地よ、獲物を空へと吹き飛ばせ 地脈間欠泉』
轟音と共に地面が吹き飛び、土と一緒に穴堀り猪が空中に投げ出された。
「もらったぁ! 速攻射撃!」
放たれたペレッタの矢は、落下していく穴堀り猪の目を見事に居抜いた。
「よし、明日のおかずゲット!」
穴堀り猪の肉は、普通の猪よりも柔らかく臭みも少ない。なので、魔石と毛皮の価格より肉の価格の方が高いそうだ。
そんな高級食材を解体していると、ペレッタが荷車の前で悩んでいるのに気づいた。
捕れた獲物を運ぶ小さな荷車にはすでに他の兎や鳥が乗せてあって、穴堀り猪を乗せる余裕がない。穴堀り猪は予定外の収穫だったからな。かといって他の獲物を諦めるのも、勿体ない。
「俺のアイテムボックスで運ぼうか?」
「ありがとう! イオリさんにはお世話になりっぱなしだなぁ。クエストとかで人手が必要になったら遠慮なくいってね」
「人手といえば、今日はシンクが一緒じゃないのか?」
同じパーティーメンバーの姿が見えない。
「兄さんは、街で簡単なクエストをやってるの。今日は別行動よ」
荷車を引きながらアケルの街へと向かう。
夕暮れ前に街に入ると、門前の屋台広場では多くの人が屋台で食事を摂るために集まっていた。
「馴染みの屋台に直接お肉を売りに行こう、ギルドに売るより高く買ってもらえるから」
なるほど、間にギルドを挟まない分、業者も安く仕入れられるわけだ。ペレッタが馴染みの屋台で値段交渉をしている間に俺も夕食にしよう。
手頃な屋台で、炒めた野菜を小麦粉の皮で包んだ野菜巻きと兎肉の串焼きを買う。適当に置かれた木箱に腰掛けて食事を摂っていると、通行人に花を売る花売り少女の姿が目に入った。
多くの人の目的は腹を満たす事なので、ただの花なんて見向きもされず邪険に扱われている。
年なんて十才くらいだろうに、ご苦労な事で……あっ目があった。
「花、買いませんか」
期待に目を輝かせて来るけど、いらねぇな。
花を愛でる趣味なんてないんだよ。それにしても、余程売れてないのか、少女の持つ籠の花は全然減ってないな。
「一本、銀貨一枚でいいので」
「いや、高いわ!」
思わず反応してしまった。途端に、少女がニヤリと笑った。
「じゃあ幾らなら買いますか? 大銅貨一枚? 銅貨十枚? 銅貨一枚? 金貨一枚? 今なら一本と言わずもう一本付けちゃうよ! さあさあ幾らで買います? カッコいいおじ……おにぃ……おじさーん!」
迷った挙げ句、おじさん呼ばわりかよ。別におじさんでもいいけど、どっちにしても買わねぇわ。
何か、周りの人間が邪険にする理由が少し分かる。
コイツ、ぼったくり過ぎだろ。其処らで集めたような花で儲けようなんて調子良すぎ。
「要らないから、あっち行け」
「そぉーんな冷たい事言わないでよ。家でお腹を空かせた幼い兄弟たちが、私の帰りを待ってるんだよ。お腹いっぱいなんて贅沢は言わない! せめて、せめて兄弟で分け合えるパン一個分だけでも……」
泣き真似なんてしても、無駄。無視しようと視線をずらしてもずらした先に回り込んできて、寸劇は続く。
「あぁ! 何処かに暖かな人の心を持ったカッコいいおじさんがいないかし……」
「わかったわかった。銅貨一枚で買えるだけ寄越せ」
あまりの煩わしさに、こちらが折れた。最初に反応したのが失敗だった。
「はい! どうぞ」
花売り少女が銅貨一枚と引き換えに、花一本を手渡してきた。
イッポン。ハナイッポン。ドウカイチマイデ、ハナイッポン?
「………………」
「じゃあね、ちょろ……気前のいいおじさん!」
「ちょっと待て」
逃がさん。
そのまま立ち去ろうとしたぼったくり少女を呼び止め、その眼前にさっきの花を突きつけ。
「よく、見とけ」
種族『人間 伊織 奏』 職業『魔法使い』
『この花を包み込め 透化梱包』
一瞬の輝きの後、手に持っていた花がイメージ通りに透明な素材で平たく固められていた。
「押し花の栞だ。普通の花より売れそうだろ?」
「うわぁ! くれるの?」
「銅貨一枚」
「……」
やってやったぜ!
ふふん。この俺がやられっぱなしで済ますわけないだろ。銅貨は絶対取り戻す。
ぼったくり少女が悔しそうに財布に手をかけた。
わっはっは、思い知ったか小娘がぁ!
財布から取り出した金を俺の手に置いた。
ん? 大銅貨二枚?
「栞一枚が銅貨一枚なら、大銅貨二枚で二十枚ね!」
「な、何を……」
「あなたはお金を受け取った! よってあなたは、栞を私に渡す義務がある!」
め、面倒くせぇ~。金を返そうとしても受け取ろうとしない。
「はぁ~、わかったよ。作ってやるから花を寄越せ」
「え? 何言ってんの? これは私の売り物だよ」
「……………」
うがあああぁぁぁ! 何なんだ、この小娘!
「花一本、銅貨一枚だぁよ?」
いぃぎいいぃぃ! こっちを舐めくさった顔がメチャクチャ腹立つぅ。
今さら、やらないなんて言うと負けた気がする。
いや、すでに負けてる?
震える手で大銅貨二枚を渡して、籠の花を受け取り、先程と同じように押し花の栞を作っていく。
「わ~い、ありがとね」
いい笑顔で去っていく少女を屈辱的な気分で見送る。
やはり負けたのか。年端もいかない少女に負けた。
冷めた肉串を噛み締めると屈辱の味がした。
「遅くなってごめんね。でも、いい値段で……ぅお、ど、どうしたの? すごい顔して」
「いや……何でもない。ただ、俺に商売人の才能は無いなと思って」