115 絶死の竜毒矢
「ペレッタ、無事か!」
「ここにいるよ、どうしたの?」
乱れ飛ぶ魔法弾を躱しつつ、ペレッタと合流する。
「あの野郎、異常な再生力があって半端な攻撃が効かない。奴を倒すには細胞を死滅させる猛毒を撃ち込むしかない」
「猛毒って……スキルで造る毒矢でもそんなに効果は……」
「大丈夫だ。素材はある」
アイテムボックスから氷漬けにした腐毒液を取り出した。
「俺がこいつを凝縮して矢を造る。ペレッタはスキルでさらに矢の毒性を高めて射ってくれ」
「わかっ……キャッ!」
魔法弾が近くを掠めた。問題は、毒矢を造る余裕が無い事か。ベルセナートとハルが離脱している以上、奴の注意を惹き付ける役目が足りない。
左右のうねる触手をどうにかするのに三人でもギリギリだ。
「おい、イオリ! 此方も手伝ってくれ! 手が足りない!」
チェルトが両手足に『魔波刃』を発生させて魔法弾を捌いているが幾つか被弾している。
「ちぃ!」
毒矢を造る作戦だったが、チェルトが潰れたら次の標的は此方になる。
今は無理か。諦めかけたその時、チェルトを狙った魔法弾が別方向から飛んできた魔法矢で撃ち落とされた。
「すまん、迷惑を掛けた!」
「ベルか!」
豪雨のような魔法弾の連発をくらい退場していたベルセナートが復帰した。
「いきます!」
治療に手を取られていたハルが身体強化状態で突進し強烈な飛び蹴りで魔物と化したグランレチェッタの胴体を陥没させる。
「ハル、これを使え!」
俺は両手に装備していた雷手甲をハルに投げ渡した。空中で受け取ったハルが即座に装着し、雷拳打で魔法弾に対抗する。
チェルトとベルセナートとハルで戦闘を維持している間に、始めよう。
種族『人間 伊織 奏』 『』
職業『鍛冶士』 『呪術士』
「……まずは氷の封印を解く」
腐毒液の瘴気を封じていた氷の表面の術式が解除された。
「『我が意のままに形を変えよ 変形』」
大雑把に、氷塊が細長い矢のような形に圧縮される。
「『魔造錬成・矢』」
さらに生成が進み腐毒液の氷が一本の矢へ姿を変えた。
「よし。ペレッタ、頼む」
毒々しい色の矢を受け取り、ペレッタが波動弓へと番え狙いを定める。
「……魔眼発動」
標的を捉えるペレッタの左目が金色に染まり、その魔力を波動弓に注ぎ込む。
「……『猛毒矢』『猛毒矢』『猛毒矢』」
スキルを重ね掛けされた鏃に紫の炎が灯る。
「……みんな、いくよ!」
波動弓から放たれた猛毒矢が音の壁を超えて魔物の胴体に深々と突き刺さった。
「ォ……オォ」
胴体を射抜かれ、身体をくの字に曲げて苦しむ素振りを見せた魔物の身体が黒く変色し、ボロボロと崩れていった。
「ふぅ……」
「お疲れ様、ペレッタ」
「では、箱はカオスポーションを持っていた男に奪われたのだな」
「はい、変貌したグランレチェッタさんの暴走中に箱を持っていかれました」
「そうか……」
チェルトはがっくりと肩を落とした。第一王子派としては、竜の魔石を奪われたのは痛手なのだろう。
「研究機関に厳重に保管されている筈のポーションを持ち出せる者など、そうはいない。まず間違い無く第二王子のセンチュリー様の仕業だ」
「その筋でセンチュリーの野郎を咎める事は出来ないのかよ」
「証拠が無い。研究機関からポーションが無くなっている事と今回使われたポーションが同一の物だと証明出来なければ罰する事は出来ないし、仮に証明出来たとしても必ず身代わりとなる者が現れて王子を守るだろうさ」
あれだけ苦労して結局、箱は守りきれなかったか。その事は残念だが、この騒動で誰も失わずに済んだ事は幸いだ。
それに竜の魔石についても、案外どうにかなっているかもしれない。
アートは、抜け目のない奴だからな。
夜が明けて予定通り国王との謁見を行う。
一応、昨夜のうちにアートには箱が奪われた事は報告したのだが。
『そうか、それは残念だ。あの箱はおれのお気に入りの箱だったんだが……ま、いいか』
やはり俺達は囮役だったか。敢えて俺達にも詳細を話さない事で敵を騙す作戦だったわけだ。
そうすると竜の魔石は誰が持っているのか。『アイテムボックス』スキルは俺以外に使える奴はいない筈なんだが。
『鑑定』スキルや『魔眼』スキル持ちなら魔石の魔力を見る事が出来るから容易く見付けららると思うんだが、余程上手い隠し方をしているのか?
アートを先頭に使節団の面々が大広間に通された。俺達『聖なる盾』も最後尾に付いていく。
大広間の左右に騎士団と魔法団が控え、前方の壇上にはエルダーフルの高官が主の登場を待っていた。
アーク王国の使節団が大広間に入りしばらくして、最後の一人が現れた。
「一同、控えよ」
進行役の高官が告げると騎士団、魔法団を始めアーク王国の使節団も全員片膝を折り、視線を伏せる中、最後に入ってきた国王は壇上の中央に置かれた椅子に腰掛けた。
「楽にせよ」
国王の声掛けにより大広間にいた者達が再び立ち上がった。
俺達も立ち上がり国王の顔を見ると、何となく見覚えのある顔に思わず首を捻った。
「あれ? なんか、見覚えが……」
「え~と、アレじゃないですか。下層でアート殿下とゲームしていた……」
あぁ、そう言えばそうだ。あの脱衣ゲームの金髪エルフだ……国王やったんかい!?
俺が衝撃を受けている間にも謁見の儀は進行していく。
「……イオリ」
横からハルが声を掛けてきた。
「どうした?」
「あの国王の傍にいる二人」
言われて見てみると国王の斜め後ろに二人の男が立っている。
身形の良い二人の男、一人は背の低い柔和な雰囲気をした男、もう一人は背が高く鋭い目付きで、機嫌でも悪いのか一人目とは対照的に冷徹な雰囲気を感じる。
立ち位置から察するに、あれが二人の王子か。
「あの背の高い方……昨夜、私が出会ったエルフです」
「そうか……あいつが、センチュリーか。あの様子だと囮の箱を掴まされて、ご機嫌ナナメって感じだな」
そうして謁見の儀が終盤に差し掛かり、国王が口を開いた。
「アーク王国にはアンデッドの始末、並びに竜の魔石を譲って頂いた事、重ねて感謝申し上げる。秘術によって生み出された守護竜は、我が国とアーク王国に更なる発展をもたらす事だろう。譲って頂いた魔石は我が研究機関にて、もうじき解析が終了し最終調整に入る予定だ」
その時、後ろで話しを聞いていた王子達が驚きの声を上げた。
「へ、陛下……魔石はまだ受け取っていない筈では? 魔石はこの場で受け取る予定に……」
「ん? あぁ、お前達には話していなかったがすでに魔石は受け取っている。この場は使節団の方々に直接御礼を言いたくて設けたのだ」
やっぱりか。信じられないが下層での脱衣ゲーム前に、密かに魔石の受け渡しをしていたという事か。その後に脱衣ゲームにやっていたと。
「な、んだと……何故、そのような……我々に秘密にしていたのですか?」
第二王子のセンチュリーが咎めるような目で国王を睨み付けているが、国王は意にも介さず周囲を見渡し。
「ところでセンチュリーよ。お前の配下が何人か欠席しておるようだが、如何した」
「……体調不良で休んでおります」
「そうか、国賓を招いての催事に出席出来ぬとは……あまり配下に無茶をさせるなよ」
国王も人が悪い。昨夜の出来事を把握した上でセンチュリーに釘を刺している。些か遅きに失するような気もするが、あの国王は過度に干渉する気はないんだろう。
唇を噛みしめ、無言のまま頭を下げるセンチュリー。昨夜の苦労を思えば、ザマーミロだ。
無事、国王との謁見が終了し部屋へ戻ってきた。
「いやぁ、俺と国王の素晴らしい頭脳プレイで全ては盤上の駒の如く鮮やかに、そして華麗に解決したのだった……帰ったら学者に歴史書を作らせよう! アート・デルタ・ウィルテッカーの名と活躍を後世に伝えねば!」
「はいはい。全部、あんたとあの国王の茶番劇だったわけだ」
「不服かな、イオリよ。だが依頼人が雇われ冒険者に全てを語る必要は無いし、秘密にする事こそがこの作戦の肝だ。良い囮役だったぞ」
多少不満が無くはないが、ここはグッと飲み込んだ。依頼自体は箱を守る事で、その箱は守れなかったのだから。
「君達のお陰でアーク王国の利益は守られた。誉めて遣わす。ナイス踏み台」
段々調子に乗ってウザ絡みしてくるアートを無視して、俺はテーブルに置かれたケースに手を掛けた。このケースはアートに依頼料として要求していたエルダーフルでの許可証が入っている。
「感謝したまえよ。エルダーフルでそのレベルの許可証を他国の者に与えるなど滅多に無いという話しだからな」
ケースの中には長方形の金板が三枚入っていた。俺とハルとペレッタの分だ。
金板の表面には細かな紋様が刻まれている。
「入国許可、中層までの行動許可、下層での永住許可、売買許可。当然、紛失した場合は再発行無しだ。気を付けろ」
ハルとペレッタにも渡し、金板をしまう。
「ところで後の予定は? 帰国するまでに余裕があるなら買い物に行きたいんだが」
「はっはっは、有るわけなかろう。俺達は第二王子を虚仮にしたんだぞ。エルダーフル側も此方の身の安全を考慮して、すぐにでも帰国させたいに決まっている」
それもそうか。今の状態で単独行動でも取れば、何らかの事故に巻き込まれかねない。
「じきに帰りの転移魔法の使い手が来る。それまで大人しく待っていろ……遠足は無事帰るまでが遠足だ」