114 禁忌の強化薬
「休ませるな! 畳み掛けろ!」
俺を包囲する賊どもが次々と襲いくる。短剣や鉤爪の攻撃に加え、短杖による速射魔法攻撃が続く。
かなりの手練れ連中のようで攻撃に切れ目が無い。短剣を弾き、鉤爪を躱して体勢が崩れた所へ炎や氷の矢が飛んでくる。ギリギリで躱すか剣で受けると背後から次の攻撃が来る。忙しいぃー!
「雷手甲!」
「『魔法壁』!」
放電攻撃も防壁で防がれてしまう。エルフ相手だと半端な魔法攻撃は意味が無い。
「哀れだな、身の程知らずという者は」
「田舎者が調子に乗るからだ」
「今さら後悔しても遅いわよ。悔やみながら死にな」
純粋な戦闘技術だけではこの包囲網を攻略するのは難しいようだ。
「確かに。田舎者がエルフの精鋭相手に調子に乗っていたようだ」
俺の心が折れたと思ったのか、周囲の賊どもがニヤニヤと嗤っている。
「だからここからは、ちょっと本気になる」
種族『人間 伊織 奏』 『粘体生物』
職業『格闘家』 『暗殺者』
人間の姿に粘体生物の特性が追加される。
腕を振るうと二メートルほど伸びて賊の鳩尾を突いた。
「な、何ぃ!」
人体構造を無視した攻撃に賊達の反応は遅れ、鳩尾を突いた瞬間に雷手甲の特殊効果を発動させて行動不能にした。
種族『人間 伊織 奏』 『怨霊』
職業『格闘家』 『呪術士』
続けて隣りの賊へ襲い掛かると、すぐに気を取り直して接近してくる俺に短剣を投げつけた。
俺の顔面を狙った短剣は、眉間に食い込み後頭部を通過して後方へ飛んでいった。
首を掴まれた賊が俺の腕を掴もうとするが全てすり抜ける。
「ばっ、馬鹿な。これは……」
「残念だったな……『精気搾取』」
首を掴まれた賊が精気を吸い尽くされて気を失った。
「急に……どういう事だ!」
「何が起こった!?」
「落ち着け、とにかく……」
混乱する賊達を尻目に。
種族『人間 伊織 奏』 『怨霊』
職業『魔法使い』 『呪術士』
「トドメだ……『全ての音を遮る空間を 消音空間』」
俺を中心に賊達を包み込み、外と内の音を遮る空間が生まれた。
「何をする気だ……」
賊の一人が呟く。混乱して俺を攻撃する事を忘れて呆けている様を見ていると思わず笑みが溢れそうだ。
「近所迷惑になるからな……『爆音』」
一瞬、消音空間の境目が揺れ、しばらくしてから魔法を解除した。
後に残ったのは耳や鼻から血を流し痙攣する賊達の姿だった。
「さて、ハル達は無事か……なっ!」
地面に転がっていた短剣を拾うと森の中へ投擲した。
投げた短剣は隠れていた奴が剣で防ぎ、甲高い金属音を立てて地面に落ちた。
それまで見つからないように隠れていた奴も観念してゆっくりと姿を現した。
「隠形が上手いじゃないか、チェルト。仲間を捨て石にして油断した所を突こうという作戦もなかなか有効だと思うぞ。俺以外だったらな!」
種族『人間 伊織 奏』 『』
職業『剣士』 『格闘家』
「雷撃拳打!」
雷手甲に魔力を込め、弾丸のように連続で雷撃を打ち出した。
「ま、待て……私は」
牽制の攻撃は剣で斬り払われるが、本命の攻撃がある。剣士スキルの『魔波刃』に雷属性を乗せて放つ大技。今、命名。
「雷光一閃!」
「くっ……」
斬撃と感電の二重ダメージは致命傷となる理解したチェルトは剣で受けず、身を躱した。
「待って、私の話しを聞いてくれ!」
「言い訳は……無力化したらな!」
追撃の刃がチェルトに迫る。
また躱すかと思われたが、チェルトは逃げず剣まで手放した。
帯電する刃がチェルトの首に食い込む寸前、ギリギリで止めた。
戦う以上、俺は殺気を込めて攻撃している。チェルトにだってそれは感じ取っていた筈。剣が止まるとは限らないのに身を晒すとは。それだけ本気という事か。
「……話しを聞く気になってくれたか」
「此方も急ぎの身なんでね。走りながら聞こうか」
「まず言っておくが、私はお前を襲った連中とは無関係だ。同じ城に勤めているが仕える主が違う、奴らは第二王子に仕えていて私は第一王子に仕えている」
「じゃあ、アーク王国と国交を結ぼうとしていたのは」
「第一王子派閥の者達だ。第一王子のミレニアム様は周辺国との繋がりを強化し、ゆくゆくはエルダーフルを開かれた国にしようと考えている。しかし、第二王子のセンチュリー様はエルダーフルの歴史を重んじ伝統を重視するお方で、若干危険な思想をお持ちだ」
ハル達と合流すべく夜の森を疾走する道すがら、チェルトの事情を説明してもらっていた。
「エルダーフルの長い歴史の中では、かつて大陸の大半を支配し多くの種族を隷属させていた時代がある。国民の過半数は遠い昔の歴史と捉えているが、第二王子を始めとする過激派はその時代こそエルフ本来の姿だと考え、模範とすべきだと主張している」
何ともはた迷惑な思想だな。
「その過激派が竜の魔石を手に入れるのを阻止する為にお前は様子を見ていたと」
「ああ、第一王子のミレニアム様のご命令で箱の監視をしていた。もしお前が負けるようなら加勢したが不要だったな」
さらに詳しく聞くと、もし穏便に事が運べば王に献上された魔石から再生された竜の支配権は王位継承権第一位のミレニアムが持つ事になる。
しかし、竜の魔石を第二王子のセンチュリーが手に入れて王に献上した場合、センチュリーが再生した竜の支配権を手にする可能性もあるそうだ。そうなれば第二王子が掲げる過激な思想も現実味を帯びてしまう。
国を守護する竜か、他国を攻め入る武力の竜か。
「だがよぉ。結局の所、誰が手に入れても一度は王様の手元に行くんだろ? 肝心の王様はどう考えているんだよ」
その王様が過激派の考えに同調したら、俺達が頑張る意味が無くなるんだが。
「心配するな。陛下は公明正大なお方だ。故に第一王子の考えに理解を示しても肩入れはしないし、第二王子の思想を警戒しても排除したりしない。国がどのように進むかはそれぞれの努力と働きを以て判断しようとしておられる」
なるほどねぇ……理解はしても肩入れせず、警戒しても排除せず、か。良かれと思った事が必ずしもプラスになるとは限らないよな。
「そんな陛下でも他国の者を巻き込んでしまった事には心痛な思いでいらっしゃる。やむを得ない事とはいえ、竜の始末を押し付け、今また国の問題に巻き込んでしまった事……私からも謝罪する。すまなかった」
「ふ~む……」
すまなかったというが、別に俺も憤りなど感じてはいない。思えばエルダーフルから贈られた過剰とも言える品々とエルダーフルに到着してからの数々の配慮は、今回の騒動が起こる事を見越して心証を良くしておこうという意図があったように思える。もし、あれが普通の品で、到着してから缶詰め状態だったなら俺達の心境は違っていたかもしれない。
アーク王国とエルダーフルの国交など知った事かと憤り、全てを投げて箱は諦めていた、かも?
そんな事を考えていると近くから物音がする。物音のする辺りを警戒しているとペレッタとベルセナートが現れた。ペレッタはともかくベルセナートが一緒とは。
「ベルも私と同じ立場だ」
チェルトが簡潔に説明してくれた。
「イオリさん、そっちも合流したんだね。箱はどうなった? 此方のは偽物だったよ」
「此方もだ。という事は、ハルが追って行った連中が本物を持っているって事だな」
ハルならそうそう遅れを取る事もないか。しかし、そんな俺の目の前に木々をへし折りながらハルが吹き飛ばされてきた。
「ハル姉ぇ!?」
「おい、大丈夫か!」
突然の出来事に心配して駆け寄ろうとした俺達をハルは軽く突き飛ばして遠ざけた。
遠ざけると同時に大蛇のような触手が次々とハルに襲い掛かる。その全てを、ハルは紙一重で躱す。
「ハル!」
「気を付けて、相手は人外の者です!」
人外の者? 狙いを外した触手が引き戻され、その人外の者が徐々に近付いてくる。
「ハル、箱は?」
「ごめんなさい。箱は他の人が持って行ってしまいました」
再び触手が襲い来る。今度は前方だけでなく横方向からも来た。
「どういう相手なんだ! 大勢いるのか!?」
「いえ、相手は一人です。ただ、元の原形を失っています」
警戒心が跳ね上がる。全員の視線が一点に集中する。
「……イヒヒヒヒ」
一言で言うなら、肉の塊。二本の足と球体のような胴体、横から無数に生えている腕……いや、指か? 丸太のように太い指がうねっている。その全ての指の先端に口が付いている。
そして頭が無い。球体の中か、それとも消失したのか。
「どういう身体の構造をしているんだ?」
「あれは、グランレチェッタさんです。私が倒した後に見知らぬエルフの方が現れて、彼に妙なポーションを掛けたらあのような姿に……」
ハルの説明を聞いていたチェルトとベルセナートの顔色が変わる。
「妙なポーション……」
「まさか……カオスポーションか!?」
心当たりがあるのか二人はポーションの名を口にした。
「何だよ、カオスポーションって?」
「エルダーフルの研究機関が開発した試作品の強化薬だ。実験段階で異常性が見られた為、封印された筈なのに……」
異常ねぇ……確かに。こんな姿になっちまうような薬、飲みたくはないな。
「どうすれば元に戻る?」
「戻らん。少なくとも実験に使われた魔物は魔力量は跳ね上がったが、身体が変形しすぐに死んだと聞く」
指先についている口から魔法弾が雨のように放たれる。一発の威力は低くても盾にした木々は瞬く間に削られてしまう。
「『魔法鎧』!」
「防御力上昇!」
「『魔法壁』!」
チェルトやハルが回避しながら魔法で防御力を上げる中、ベルセナートは立ち止まり防壁を張った。
「ベル、足を止めるな!」
チェルトの叫び声が飛ぶが、その場に留まり防壁を張ったベルセナートに魔法弾の集中砲火が浴びせられた。
「くっ……耐え、きれ」
防壁は砕け散り、無数の弾丸を浴びたベルセナートは吹き飛ばされ失神した。
「ベル!」
「ハル、頼む! 行くぞ、チェルト!」
魔法弾が途切れた隙に間合いを詰める。
「雷光一閃!」
「『魔波刃』!」
左右の触手を焼き斬り、返す刃で胴体を斬り裂いた。致命傷となりうる深手だが、瞬時に肉が盛り上がって傷口を塞ぎ、斬り落とされた触手も再生した。
「な、なんじゃこいつ!」
「これもカオスポーションの効果だ。魔力が尽きるまで再生し続けるんだ」
厄介なんてもんじゃないぞ。只でさえ魔力量の多いエルフがポーションの効果でさらに魔力量が爆上がりしているんだ。こんな調子で魔力切れなんて待ってたら朝まで掛かるぞ。
「単純な攻撃では効果が薄い。一気に全てを焼き尽くすか、細胞自体を死滅させる猛毒でも無いと……」
こいつがアンデッドなら聖魔法で一気に倒せるんだが、こいつは一応生きてる。元がエルフなら魔法耐性もそこそこありそうだ。残る手段は……
その時、俺は思い出した。何かの役に立つかもしれないと思い、回収していたアレを。
「竜の腐毒液……」