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千変万化!  作者: 守山じゅういち
112/142

112 騒がしい夜

 調印式を無事終えて戻ってきたアートに箱が盗まれた件とエルフ側に今回の国交樹立を妨害する過激派がいる事を伝えた。

「ふふ、そうか。やはりそういった連中が出てきたな」

「そういう懸念があったなら前もって言っといて欲しかったな。今回は手緩い方法で来たが、失敗した事で連中は警戒心を高めた。今夜は闇に紛れてどんな方法で来るかわからんぞ?」

 軽く脅してみるが、アートの顔は少しも曇らず焦る様子も無い。全て予想通り、とでも言うのだろうか。

「此方には凄腕の冒険者がいるだろう? 何の為に強引に連れてきたと思っているんだ」

 いけしゃあしゃあとそんな事をぬかしやがる。どこまで人を扱き使うつもりだ。

「今回の使節団同行はあくまでも顔合わせって意味合いではなかったのか。魔石強奪の危険性を予測しておきながらその情報共有もせずに突然対処しろっていうのは、流石に承服出来ん」

 エルフ側と模擬戦したりアホの子守り程度ならいざ知らず、詳細のわからない連中の襲撃に対処する事までやらされてたまるか。

「今すぐ魔石をエルフ側に渡して仕事を終わらせろ。彼らだって問題が起きる事を望んではいないだろ」

「……ふむ。『アート・デルタ・ウィルテッカーが命じる 我に従え』」

「? 何を言ってる」

 アートが何かしたようだが特に変化はない。

「やはり駄目か。お前、どうやら支配系のスキルが効かないようだな」

 支配系スキルだと。慌ててハル達の様子を見ると無表情で身動き一つしていない。

 どうやら『支配無効』スキルを持つ俺以外の全員がアートの支配下にあるようだ。

 こいつにこんなスキルが持っていたなんて。油断した。

「俺の『洗脳』スキルは接触しただけで無意識のうちに俺の影響を受けるんだ。詠唱をして強めに掛ければ完全に人形のように操れる……まぁ、趣味じゃ無いけどな」

「……二人を人質に取ったつもりか。お前が命令するより先にその首をへし折ったやる。それでスキルが解けなくても他の方法を探す」

 アートと俺の間は僅か二メートル。言葉を発するより先に動ける間合いだ。

 決闘のような緊張感で空気が張り詰める中、突然アートが笑い出した。

「止めだ、止め。スキルが効かないんじゃ勝ち目が無い。それになりふり構わず本気でこられたら命が幾つあっても足りん。俺は損をするのは大嫌いなんだよ」

 アートが指を鳴らすとそれまで意識を支配されていた全員が元に戻った。

 今、自分が何をしていたのか覚えておらず戸惑っている様子だ。見た感じ操作されてやっている行動では無さそうだな。

「やれやれ、お前みたいな奴には正攻法で頼むしか無いな。冒険者パーティー『聖なる盾』に追加依頼だ。魔石を狙う賊を排除し、箱を守ってくれ」

 そう言って頭を下げてくる。人目のある場所で王族が頭を下げるというのは大いに問題だが、この場合効果的だな。ここまでされては引き受けざるを得ないだろう。

「報酬は?」

「そうだな……下層で買ったエルダーフル産の茶葉を……冗談だ、怒るな。エルダーフルとの交易で手に入る品の幾つかをアケルに流れるようにしてやろう。エルダーフルの品はどれも一級品だ、お前達のアケルでの影響力は高まるだろう」

 破格とも言える報酬を示されたが、それは拒否する。

「駄目だ、報酬が高過ぎる」

 アートの提示した交易品に関する利権は今後莫大な富を生むと同時に危険も孕んでいる。

 甘い汁を求めて集る連中の対処は、一介の冒険者には荷が重い。俺は良くても、孤児院の子供達にまで悪影響が出ては困る。

「やれやれ、我が儘な奴だ。では何が欲しい」

「……俺個人がエルダーフルで買い物が出来るように許可をくれ」

「何? どういう事だ」

「普通ならエルダーフルへ入国したり街中を行動したりするのには色々な許可が必要なんだろ? また俺が訪れた時にスムーズに行くようにあんたがエルダーフルと交渉してくれって事」

 本来のエルダーフルは他国に対して閉鎖的だ。何の後ろ盾も無ければ、入国するだけでも自国の身分証明とエルダーフルでの審査、街に入っても行動するのにエルダーフルの出す許可が必要になり、それなりに時間も費用も掛ってくるだろう。

 今回、俺達が楽に行動出来たのは極めての異例な事なのだ。

 アートは意外な提案を聞いて、しばし考え込み。

「……よし、わかった。おそらく下層限定の許可となるだろうが、それで良いな?」

「わかってる。それで良い」



 その夜、エルダーフルとアーク王国の国交樹立を祝してパーティーが催された。

 アーク王国の使節団のなかで貴族階級の者はパーティーに参加している。パーティー料理には興味あるが、依頼で同行しているだけの庶民である俺達は、当然不参加。場違いというもんだ。

 今、俺の傍にアートが置いていった二つ目の箱がある。ご丁寧に『竜の魔石を頼んだぞ』と言い残していった。

 十中八九、この中に魔石は無い。だが、もしかしたらという可能性もある。国の命運を左右する物を守らせるなら最も強い者に任せるのが常道。案外、昨日の模擬戦も俺達の強さを相手に印象付ける意図があったのかもな。

 今夜中に奪い盗らなければ計画に支障をきたす恐れがあると考えている連中なら、一番可能性が高いこの箱を狙うだろう。

「はぁ、今頃他の人はご馳走を食べてるんだろうなぁ」

「ほら、ペレッタ。このパイも美味しいですよ。フルーツをふんだんに使ったパイですって」

「そりゃ美味しいけどさ~」

 正式に招待された使節団の連中は今頃、フルコースの料理を堪能しているんだろうか。

 此方の夕食は数種類のパイだ。ミートパイやらスイーツパイがテーブルの上に並んでいる。

 国賓に提供するような豪華な料理では無いが十分に満足する味だ。ペレッタは単にご馳走が食べられない事に不満があるだけで、もし仮にパーティーに参加する事が出来たとしても場の雰囲気や格式高いマナーに気後れして料理を味わう余裕など無いだろうさ。

 こうして両手でパイを頬張っている方が幸せというものだ。

「ほれ、さっさと食べちまいな。相手がいつ来るかわからないんだ、パイを片手に凄んでも締まらないぞ」

「は~い」

 城の者の殆んどがパーティーの方に気を取られ、会場となっている大広間から離れた一室で起こる事になど誰も気付く事はないだろう。



 不意に違和感を感じた。

 それまで微かに聞こえていた鳥の声や楽団の音が消えている。

「来た」

 俺の声に反応したように部屋の明かりが消え、部屋が暗闇に染まった。誰かの悲鳴が聞こえたがそれよりも闇の中で状況把握を優先して神経を尖らせていると、突然窓が破壊された。

 まだ音が消えたままだ。人影は見えたが音が無くて反応が一瞬、遅れてしまった。

 どうやら部屋の周囲に消音結界を張り外と内の音が漏れないようにして、外部の介入を遅らせるつもりか。

 窓を破って侵入してきた複数の賊は事前に示し合わせていたのか妨害する役と箱を奪取する役に分かれ、立ち塞がる賊を俺達が打ち倒している隙に箱は奪われ、外へと逃げられた。

「イオリ、箱は!?」

「奪われた、追い掛ける!」

 賊が逃げた数秒後に俺も窓から飛び出し、続けてハルとペレッタも飛び出してきた。

 外は月明かりの無い暗闇の森だ。もたもたすると黒い装束で身を包んだ賊はすぐに景色の中に消えてしまう。


 種族『人間 伊織 奏』 『』

 職業『狩人』 『暗殺者』


 闇の中を追跡するのに有利な職業に変身し、跡を追う。

 賊もなかなか速いが見失う程じゃない。相手も追跡を振り切れない事に焦っているようだ。

 空中で身を捻り、黒く染めたナイフを投擲してくるが余裕で弾き落とし距離を詰める。

 走る賊の背中に剣を突き立てた瞬間、賊の身体が破裂し煙幕が辺りに充満する。

「ちぃ!」

 煙幕の中から三方に飛び出す影があった。いつの間にか仲間と合流していたようだ。

「イオリ、敵は三方に別れました! 此方も別れて追いましょう。ペレッタは左、私は中央、イオリは右へ!」

「わかった。気を付けろよ、二人とも」

「イオリさんもね」

 手早く三方に別れて、更に追跡する。

 賊の動きを見ると最初に追跡していた奴じゃないな。一応、箱らしき物は持っているが本物だろうか。

 やがて賊は開けた場所に出ると速度を緩め、その場に待機していた仲間の元へたどり着いた。

「くっくっく、必死になって追い掛けて馬鹿な奴だ」

「罠とも知らず愚かな劣等種が」

「お疲れ様ぁ~、これは偽物よ」

 投げ捨てられた箱は地面の上を転がると途中で蓋が開き、中身が空なのがわかった。

 残念、どうやらハルかペレッタの追い掛けた方が本命だったようだ。

 踵を返しその場を離れようとする俺の周りに賊が立ち塞がり、短剣や杖を構えて邪魔をしてくる。

「逃がすわけねぇだろ。ば~か」

「劣等種が分を弁えず、欲をかくからこうなるんだ。死んで後悔しろ」

 大人しく行かせてはくれないようだ。

「……ふぅ」

 皆殺しにしてやりたい所だが、後々の面倒を考えるとやり過ぎるわけにもいかない。

「応援に行くのは少し遅れそうだ……待っててくれよ。ハル、ペレッタ」

 五人の賊を相手に面倒な戦いになりそうだ。

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