110 チョコレート
流石、魔法大国エルダーフルだ。パルレスの魔法具店で扱っていた品は面白い物ばかりだったな。技術もそうだが素材に関しても色々な物が集まる街なんだな。
「ペレッタが買った指輪はどういった効果があるんだ?」
「ほんのちょっぴり治癒効果があるんだって。装備しておけば包丁で指を切ってもすぐ治るし、足の小指をどこかにぶつけても痛くないんだよ」
「治癒効果の指輪か。良い買い物したな」
「うん。治癒魔法を使うほどではないけど地味に痛いのがなくなるってありがたいよ」
最後尾を歩くハルの手にはいつの間にか紙の箱があった。
「ハル、それは何だ?」
「パルレスさんが持たせてくれた生菓子です。あとで食べましょう」
日持ちしない菓子なので子供達へのお土産には出来ないな。
何かお土産に良さそうな物が無いか探していると、ある一軒の店先で妙な物を見つけた。
「これは……もしかして」
覚えのある匂い、焦げ茶色で小さな円形の……これはチョコレートか?
最初は無愛想だった初老の店主がチェルトの姿を見るとパッと笑顔になった。
「おぉ、チェルじゃないか。久しぶりだな」
「あぁ、久しぶり。それが気になるのか、イオリ?」
チェルトの知り合いという事で、店主が特別に試食させてくれた。
「ぅ……苦っ」
「……これは、菓子ですか?」
「これは、チョコレートって言うんだよ」
ここにはチョコレートがあるのか。でも、俺の知ってるチョコレートとは違ってかなり苦味が強い。
試食させてもらったハルとペレッタの顔が面白かったのか、店主とチェルトは豪快に笑い。
「あっははは。人間には、この苦味がわからんか」
「まったく人間の味覚もマダマダだな」
ハルとペレッタはチョコレートに手が出ないようだが俺は大量買いしようと店主に注文してみた。
「大袋で欲しいんだが」
「マジか! 五キロはあるぞ? まぁ、長持ちはするが……食べて切れるのか?」
「多分、大丈夫だ。あとで手を加えればいい」
驚く店主が店の奥から大袋入りのチョコレートを持ってきてくれた。
その大袋を受け取りアイテムボックスに入れて店を後にした。
「ちょっとちょっと、イオリさん。あのチョコレートは子供達も食べないよ?」
「私達も遠慮しますぅ……」
未だに口の中に苦味が残っているのか渋い顔だ。
「一度溶かして砂糖を加えれば甘さが増して使い安くなるさ。そのまま食う以外にも他の食材と混ぜるのも良いと思うし」
「本当にぃ~?」
試食した時のチョコレートの苦味が余程嫌だったのか、ペレッタは信じられないといった顔で俺を疑っている。
チョコクリームにチョコアイス、ソースに使うのも有りかな。料理好きなサティなら喜ぶだろう。
「チョコレートが気に入ったのなら、此方もどうだ?」
チェルトが別の店を紹介してくれた。店に置いてある商品は様々な豆類のようだ。
多種多様な豆の中でチェルトが勧めて来たのは焦げ色が強い豆だった。
「うわっ……凄い色」
「これは……食べられませんよ」
ペレッタとハルは先ほどのチョコレートの苦味を思い出したのか、似たような色合いの豆に拒否反応を示した。
「これは直接食うもんじゃないんだよ……そうだ。そこの店でこの豆を使ったメニューがあるから味わってみれば良い」
チェルトが俺達を近くの店に連れていくと手早く注文を済ませた。
しばらくすると店員が黒い液体の入ったカップと白い液体の入った小瓶を持ってきた。
「うっわぁ……チェルトさん、コレは本当に飲んで良い奴?」
「当たり前だろ。好みでこのミルクを足して飲むんだよ。これがコーヒー、あの焦げた豆を元にした飲み物だ」
エルフ全体の嗜好として苦味を好むのか、砂糖のような物が無い。初心者にはこの苦味は厳しいだろうな。
ペレッタはチビチビ飲んではミルクを足してを繰り返し、時間を掛けて漸く飲み終えていた。
慣れない飲み物に苦戦する俺達を面白そうに眺めているチェルト。
「どうだ? エルダーフルのコーヒーは?」
「よし、買おう」
店を出てさっきの豆屋でコーヒー豆を買おうとするとペレッタが止めてきた。
「待って待って……流石に無理。あんなの誰も飲まないって。イオリさんも苦そうにしてたじゃん」
「だから使い方次第だって。コーヒーにミルクを足すんじゃなくて、ミルクにコーヒーを足して砂糖も入れれば飲みやすくてペレッタも気に入るって」
「無理無理、あの苦味はそんなんじゃ消えないって。ねぇ他にも色々あるから、あの豆は止めよ?」
余程強烈に記憶に残ったのか。涙目になって訴えてくるペレッタに腕を掴まれて懇願された。
「じゃあ、私は買っていきますね」
「え? ハル姉ぇ!」
押し問答をしている俺達の脇をすり抜けて、今度はハルが大量買いしている。ハルの奴、意外にもコーヒーの苦味は気に入ったのか。
「あっははは。やっぱり、エルダーフルのコーヒー豆は素晴らしいな。ペレッタ、あの苦味の良さがわからん内はまだまだ子供だぞ」
「もう……それ、私は絶対に飲まないからね!」
買い物も十分に楽しんだところで、そろそろ城に戻ろうと思いアートとベルセナートを探す。
二人が消えた方へ歩きながら二人の姿を探していると次第に周囲の雰囲気が変わっていく。
「ここらは飲み屋街だ。他国の者が入り込んだらロクな事にならん。まさかベルの奴、アート殿下をこんな場所で遊ばせているんじゃないだろうな!」
酔って足がふらつく者や酒瓶を抱き締めて路上で寝ている者、濃い化粧の者など、アケルでもよく見掛ける連中だ。
こういった場所では些細なトラブルから命の取り合いに発展してしまう。礼儀知らずで上から目線な性格のアートがトラブルを起こしかねない事を考えると、早急に捕まえなければならない。
若干焦りながら辺りを見回していると騒ぐ人集りが目に入った。
「ま、まさか……」
嫌な予感がしつつも人集りを掻き分けて前に出るとそこにはテーブルを隔てて二人の男が下着姿で対峙していた。
「俺は一枚チェンジ……お前の最後の尊厳、奪い取ってくれるわ!」
「ふっ……余は二枚チェンジ。貴様の醜態、この国の歴史に刻んでやろう」
お互いに手にカードを握っている。どうやら脱衣ゲームをしているようだ。
「あ……あぁ……」
ヤバいな。チェルトが完全に動揺している。散らばった衣服、物腰から察するにアートが相手している男は、どうやら上流階級のエルフのようだ。出発前に注意されたというのにあのアホは。
二人の傍にベルセナートの姿が無い事に気付き、辺りを見ると隅っこで膝を抱えて座り込んでいるベルセナートを見つけた。
「おい、ベルセナート。どうしてあのアホを止めなかった。トラブルはマズいんじゃなかったのか!」
「へ……どうせ、俺なんて……」
「……こ、心が折れている」
一体何があったのか。取り敢えずすっかり意気消沈してしまったベルセナートは無視して、二人の勝負を止めなくては。
最早手遅れな感じもするがどちらも全裸にしてしまってはマズい身分。何とかせねば。
「おい、チェルト。あの金髪エルフを止められないのか」
「ぅ……うむ。あ、あの……」
恐ろしく消極的な声掛けに、下着姿の金髪エルフはチェルトを一瞥する事なく。
「下がれ」
「……はぃ」
チェルトは一言であっさり引き下がってしまった。頼りにならん。
アートを止めようと近くに寄るとアートの手札が見えた。不敵な笑みを浮かべているが役がない、ブタだ。
勝ち目など無いというのにアートは相手を煽り続ける。
「俺に勝負を挑む度胸だけは誉めてやるが、いいのか? 地元で恥を晒すと今後、後ろ指を指され続ける事になるぞ」
冷や汗をかきつつ金髪エルフはアートの挑発を鼻で笑う。
「はっ! 人の心配などしている場合かな? 人間の裸踊りなど見る価値もないが、故郷の身内にまで醜聞が届けば貴様の居場所が危ういのでは無いか?」
何となく金髪エルフの背後に回って手札を確認すると、此方もブタ。コイツらお互いに勝負を捨てさせようと必死だ。
「いいのか? 貴様の勝ち目はゼロだぞ!」
「余の慈悲が潰える前に決断するのだな!」
睨み合ってはいるがお互い、手札は公開しない。さて、どうしたものか。
俺が悩んでいるとハルが一歩前に出て。
「……アート殿下、勝負の最中申し訳ありません。そろそろ城に戻らないと公務に差し障ります。エルフの方々も時間を割いて準備されていらっしゃいますので、どうか決着は諦めて下さい」
「何、もうそんな時間か。くそっ決着まであと一歩という所で。しかし大事な公務とあっては致し方ない、国の為、民の為、ここは勝負なしとしよう」
ハルの出した助け船にアートは、心にも無い事をやたら早口で喋り、さっさと勝負を投げて、散らばった服を回収した。金髪エルフの方も。
「ち、仕方ない。余としても器の大きさを示さねばなるまい。良いだろう、勝負なしとしてやる」
ガラス越しに喧嘩する二匹の仔犬が直接対面した途端大人しくなる姿を思わせるほどの引き際の良さだ。