106 エルダーフルの王都
「お前は! 仮にも! 国の期待を背負った使節団の代表だろうがっ! それが、遅刻!? しかも二日酔いで寝坊!? 舐めてんのか!」
「あ~大声は勘弁してくれないか……薬で抑えてはいるが、体調は七割くらいしか回復していないんだ」
「知るかっ!」
阿呆を馬車の中に投げ込んで、数時間遅れで使節団はエルダーフルに出発した。
今回は複数の馬車を空間転移で運ぶ為、巻き込まれ事故が発生しないよう街の外で魔法を発動するとの事だ。
「……え~、では転移魔法を発動します」
ミーネと他二人で詠唱をすると地面の上に魔方陣が浮かび上がる。
「へぇ、エルフの空間転移魔法ってこんな感じなのか。知ってる空間転移魔法と様子が違うな」
俺が自分で使える空間転移魔法は、空間に穴を開けてそこを通って転移するタイプで転移出来る距離も僅か数メートル。俺自身の能力の限界なのか、とても国家間の超長距離を転移出来る代物では無い。
馬車の中から外を眺めていたペレッタが魔眼スキルを発動させて、魔方陣の仕組みを観察した。
「う~ん、どうやら星の魔力? 魔力の流れみたいなのを利用した魔法みたい。ミーネさん達が地面の奥深くにある魔力の流れと繋がろうとしてる」
魔眼のお陰で魔力を視認出来るようになったペレッタが興味深そうに状況を説明してくれた。
「エルフの魔法は人族の魔法よりも遥かに進歩しているって話しですからね。やはり魔法大国は凄い技術を持っていますね」
エルフと人間では種族的に、魔力量の平均値も研究に従事する人材にも大きな隔たりがあるようだ。
地面の魔方陣がより一層輝くと一瞬の浮遊感の後、外の景色が一変した。
「凄い……これが転移魔法」
「ここは……どこかの平原ですか」
馬車に乗って待機していた人々が平原に降り立ち、キョロキョロと辺りを見回している。
「あ、ハル姉、イオリさん。あそこに街がある!」
ペレッタの指差す方向に不思議な形をした巨体な街があった。まるでウェディングケーキのように段々になっていて一番上の段の天辺に城がある。
「ようこそ、皆さん。あれが我が国エルダーフルの王都です」
にこやかにミーネが挨拶してくれているが、使節団の面々は巨体な王都の存在に圧倒されているのか言葉もなく立ち尽くしていた。
王都から少し離れた場所に転移したので正気に戻った使節団は再度、馬車に乗り込み街道を進んでいく。
王都周辺ともなれば常に監視の目が行き届いているのか、何のトラブルもなく王都を囲う城壁までやってきた。
遠くから眺めても大きかったが、近くで見ると尚更その大きさを実感する。上を見上げて首が痛くなるぜ。
しかし、目の前には城壁しかない。ちょっと見ただけだがここに門は無いようだ。
出入り口の正門までさらに遠いのかなと思っていると馬車が城壁に向かって真っ直ぐ進んでいく。
「え?」
「おい、壁にぶつかる!」
思わず身構えてしまったが、何の衝撃も起こらず馬車は壁をすり抜けた。
幻の壁をすり抜けた先にはデカいアーチ状の通路が続いていた。分厚い城壁の通路を抜けた先で馬車が止まり、ミーネが降りてきた。
「お疲れさまでした。ここからは転移陣で直接最上部の王城へと飛んでいただきます」
出入り口付近には三つの転移陣があり、それぞれ中層、上層、王城へと飛べるそうだ。
何とも便利だな。まぁ、下の下層からいちいち最上部の王城まで歩いていくとなると相当な時間が掛かるだろうから助かる。
「あ、ちょっといいかなミーネさん」
「はい? 何でしょう」
「あとで街で買い物は出来るかな? お土産に日持ちする菓子を買って帰りたいんだが」
勝手にウロチョロするわけにはいかないからこの先の予定で買い物時間があるといいんだが。
「買い物ですか……他国の方が単独で街を歩き回るのは困りますので、後ほど案内役の者を付けます。その者の指示に従っていただけるのであれば許可出来ると思います」
「そうか、それで頼む。助かるよ」
一同が魔方陣の上に集まるとミーネが操作盤を起動させ、空間転移で最上部へと移動した。
転移先では全身鎧に大盾、長槍を装備した騎士が魔方陣を囲むように配置され、油断なく此方を睨み付けている。
そこから王城の役人が案内役を引き継ぎ、城の中へと歩みを進める。
幾つもの曲がり角を曲がり、階段を上って下りて、複雑な経路を辿ってとある部屋へ案内された。
おそらくわざと迷いそうな道順を辿る事で自分達が城のどこにいるのかを把握しづらくしているんだろう。
客間のような部屋で、使節団の者達が少し寛いでいるとそれまで静かにしていたアートが大きく身体を伸ばしてソファーに腰掛けた。
「くぅ……無事、ここまでこれたな。おい、茶を淹れてくれ」
「暢気なもんだ。アンタが自分の国でヘマをしたって問題にならないかも知れないが、すでにここは相手国なんだ。気を抜きすぎて相手の不興を買えば全てがご破算になるんじゃないのか」
「くっくっく……ならないよ。俺一人が無礼を働いた程度で、エルフ達がこの取り引きを諦める訳がない」
妙に確信めいた発言だ。取り引き? エルフがアーク王国に対して謝罪の意味を含めて国交を開くって話しじゃなかったのか。
「今回の使節団派遣は、表向きはエルダーフルとアーク王国の間で国交樹立を固める為だが……本当の目的はコレだ」
アートの後ろに控えていた従者が鍵付きの箱をテーブルに乗せた。
「これは?」
「君達が手に入れてくれた竜の魔石さ」
「あぁ、アンタらに盗られた魔石か」
多少、嫌味を込めて言ってみたがアートは鼻で笑い。
「君達じゃ……いや、人間の国ではこの魔石を単なるエネルギー源としてしか利用出来ない。だがエルフ達は違う」
「どういう意味だ」
「エルフには魔石から魔物を再生し、使役する技術がある。だからエルフ達はこの魔石が喉から手が出るほど欲しいのさ」
再生して使役する技術……なるほど。どうしてエルフの国が竜を討伐した俺達におかしな程気を遣い、あれ程の貴重な品々を贈ってきたのか。理由は魔石を確実に手に入れる為だったんだな。
あれだけの品を貰えば竜の魔石の所有権は放棄すると見たか。
「エルダーフルと国交を結べば最初にこの魔石を売買する予定になっているのさ。そして彼らは魔石を使って、この国に守護竜をもたらすって事だ……う~ん、エルフの国は良い茶葉を使っているな。土産に持って帰ろう」
部屋で寛いでいると見知らぬエルフが訪ねてきた。
「失礼する。私は王国騎士団団長ボルノスカーノ。アーク王国のアート殿下にお願いしたい事があって参った」
豊かな口髭を蓄えた初老の男、魔法使いの多いエルフ族の中では珍しく体格の良い戦士タイプのようだ。
「これはこれは、エルダーフルの騎士団長自らがお越しとは……お願いとは一体どのような?」
どのようなと言いつつもアートは何かを察しているのか、薄ら笑いを浮かべている。
「今回、使節団にはエルダーフルから逃亡した竜を討伐した冒険者が同行していると聞いている。是非、手合わせを願いたい」
このおっさんエルフの言葉に俺とハルとペレッタが思わず顔を見合わせた。
「う~ん、手合わせと言われても……我々は国を代表し国家交流を目的として訪問した身、間違っても其方の方々に怪我を負わせるような事になっては申し訳ない」
ヘラヘラと笑うアートの言葉に、ボルノスカーノの目が血走る。国を守護する騎士団を預かる身として、他国の者に遅れをとる事などあってはならない。ましてや情けを掛けられるなど屈辱でしかない。
「心配には及ばない……相手を務めるのは我が国屈指の猛者だ。それに我が国の実力を直に感じてもらえば、正しい関係を構築出来るだろう」
この言葉を意訳するなら、てめぇらを地獄に落とす! 二度と舐めた口が聞けなくしてやる! かな。