105 おりゃ!
翌日、庭の農地の片隅に国王樹と精霊樹の苗木を埋めた。
「いやはや、いったいどういう経緯で手に入れたんですかにゃ? そこらにゴロゴロ落ちてる筈ないんですがにゃあ」
「別にどうだっていいだろ。それより使い方はこれでいいのか?」
猫妖精の指示通り、城主吸血鬼の鮮血魔方陣で二本の苗木に魔力を供給し苗木の傍に精霊石を埋めた。
これで目には見えない精霊がこの場に留まり空間にその力を注いでくれる、らしい。
確認のしようが無いので多少心配ではあるが、いずれ苗木が成長すれば効果のほどはハッキリするだろう。
「じゃあ警備の方も頼むぞ」
「はい、お任せ下さいにゃ」
明後日にはエルフの国エルダーフルに向かう。国交に関する話しは役人に任せるとして俺達の仕事ってなんだろう。
竜を倒した者に興味があると言われても手の内を晒すわけにはいかないし、まさかトークショーでもやれってんじゃないだろな。
これから友好な関係を築こうとしている相手に力試しを挑んでくるなんて事は……ないよな。
「エルフの国かぁ……どんな料理があるのかな」
「エルフだから……花の蜜とか野菜中心とか?」
「マジかよ。俺なら五日も持たずに逃げたくなるな。肉無しなんて耐えられないよ」
新しい屋敷で夕食後、何となく談笑しているとエルフの国についての話しになった。
つい先日、ミーネに出会うまで誰もエルフを見たことがなくエルダーフルという国が魔法に特化した国という事以外、エルフの生態については半分お伽噺のような内容の噂しか聞いた事がなかったそうだ。
エルフの噂その①エルフは全員美男美女しかいない。その②野菜しか食べない。その③寿命が千年以上ある。その④魔力量で人としての価値を決める。などなど。
ありえそうな、そうでもないような。エルフが聞いたら怒りそうな噂も流れているようだ。
「多少の自由時間くらいあるだろうし、何か面白い物でもお土産に買ってくるよ」
「じゃあさ、おじさん。お菓子! 私、エルフの国のお菓子が食べたい!」
「滅多に行けない国ですもんね。交流が始まって物が流れてきても、しばらくは品薄で高騰しそうですし……私は調味料とかそういうのが欲しい」
「お菓子!」
「かしぃ~」
「ははは、きっと美味しい物があるだろうさ」
向こうに着いたらエルフの国で流行ってるお菓子をミーネに聞いてみるかな。
エルダーフルに行く前に装備品の手入れを頼もうとカルンの工房を訪ねた。
「カルン、居るか。装備のメンテを頼みたい……ぅおっ!」
工房内に入るとカルンが作業台でナイフの研ぎをしていた。そんなカルンの肩に小さな梟がちょこんと停まっていた。
「え……縮んだ?」
以前は庭先の止まり木で威嚇していた迷彩大梟が手のひらサイズの小さな梟に変わっていたのだ。
「何か、朝起きたら縮んでた」
「……もしかして、主に合わせて進化したのか。随分と気に入られたな。それはそうと装備のチェックを頼む、ちょっと遠出をするんでな」
雷手甲と悪魔剣をカルンに渡す。
「わかった、ちょっと見てみるよ。そこに座って待ってて」
勧められた椅子に腰掛けて小さくなった梟をぼんやり眺めていると視線を感じたのか、首をくるりと回して此方を睨み付け頭の飾り羽根を立てて威嚇してくる。
相変わらず嫌われてるな。
「そういや聞いたよ、竜退治の話。竜の素材に余裕があるなら幾らか回してくんない?」
「そうだな、今手元にあるのは竜の爪と竜の鱗だ。元々爪は加工してナイフにするつもりだし、カルンに依頼しようと思ってたんだよ」
カルンが作業を一旦止めて、テーブルに並べた竜の爪一本と鱗五枚を品定めしている。
手に入れた素材のうち売却しなかった分はパーティー内で山分けした。爪に関しては、俺はナイフにするがペレッタは鏃に加工すると言っていたし、ハルは投げナイフにするらしい。それぞれ馴染みの店に持ち込んでいるんだろう。
「ほほう……この爪なら三本くらいのナイフが出来そうだね。鱗も素材としていいね、三枚くらいはナイフに使って残りの二枚は加工代として貰うけどいいかい?」
「ああ、それで頼む。なんならもっと鱗を渡そうか? さっき頼んだ装備のメンテ代も必要だろ」
雷手甲と悪魔剣のメンテナンスと竜の爪をナイフに加工する代金合わせて、竜の鱗二枚分では安いのではないだろうか。
「いや、二枚でいいよ。メンテの方は軽くで良さそうだし、ナイフも素材持ち込みだから費用はそう掛からない。ただ……」
「ただ?」
「悪魔剣パルス。コイツ、また一段と強化されてないか? 前にメンテした時は雷手甲と同じ素材を組み込んだ時だったよね。さほど時間が
経っていないのに……魔力の強さが桁違いに増しているように感じる。扱う時は気を付けな」
ん? 何か強化するような事あったかな。
強いて言うなら腐死竜との戦いで、最後に竜の頭にあった二つ目の魔石に刃を突き立てた事ぐらいか。
その時にエネルギーでも吸収したのかね。よくわからんが。
カルンは扱いに気を付けろと言うが呼び出した黄金骸竜が言う事を聞かないのは初めからだし、今さらだな。
そうこうしているうちに頼んだメンテナンスが終わったようだ。
「……これで、よし。どっちも修復が必要な損傷無し。装飾部の綻びを整えたぐらいだ」
「ありがとよ、ナイフの方は急がないし追加の費用が必要になったら遠慮なく言ってくれ」
「あいよ、そん時は遠慮なく請求させてもらうよ」
エルダーフルに出発する日。
アケルの正門前に俺達『聖なる盾』、ミーネと数人のエルフ、アーク王国の役人数名が集まっていたがまだ出発出来ずにいた。
アーク王国使節団の代表者アートが前日に深酒をしてしまい寝坊したからだ。
予定時間から遅れる事、三時間。
「あっははは! いやぁ待たせたね。さぁ、行こうか!」
漸く姿を見せたアートに、俺は無言で飛び蹴りを食らわせた。