104 お庭に種を植えましょう
新しい屋敷の庭に描かれた魔方陣の上でペレッタが仁王立ちしている。
彼女の周囲には竜の眼から抽出された魔力が立ち込め、その魔力がペレッタの身体に染み込んでいく。脂汗を滲ませ苦悶の表情で耐えるペレッタを俺とハルはハラハラしながら見守っている。低い確率ではあるが過剰魔力に耐え切れず失敗するケースもあるらしい。
やがて魔力がペレッタの左目に集中し、儀式が終了した。
「……どうだ、ペレッタ」
「身体におかしな所は無い?」
固唾を飲んで見守っていた俺とハル。ペレッタゆっくりと目を開いていく。
「うん……大丈夫。ちゃんと魔眼スキルを手に入れたよ」
試しにスキルを発動させてみると左目が金色に発光し、ペレッタの全身に竜の魔力が漲る。
「よし、狙いは……」
庭の端、百メートルほど先にある土壁の手前に立てた丸太を狙って、エルフから貰った波動弓に矢を番える。
射程距離ギリギリだな。普通の弓使いでは例え当たっても威力が半減してしまう。
「……!」
呼吸を整えたペレッタが弦を引き、金色の瞳で狙いを定めると矢を放った。
「速い!」
何かのスキルを使ったわけでも無いのに矢に勢いがある。波動弓の効果か。
放たれた矢は丸太を砕き、土壁に突き刺さった。
「えぐい威力だな。ショット系のスキルを使ったわけでは無いんだよな」
「ふぅ……うん、普通に射っただけ。やっぱりこの弓の効果だね、魔力を込めれば際限無く威力が高くなるみたい」
「そう……でも魔力を使い過ぎないように注意してね。竜の眼から魔力を取り込んだ分、今までより魔力量は多くなったとは思うけど限界を見誤ったりしないようにね」
「わかってるよ、ハル姉」
庭の一画に家庭菜園程度の農地を造り、そこにエルフから貰った種を植えようと土を掘り返している。錬金術で腐葉土を造り、召喚術で少し大きめのミミズを呼び出して土造りをさせている。
腐葉土と庭の土を貪りながら地中を耕しているミミズはミニサイズの眷属を産み出して、順調に農地を整備してくれる。
「あっという間だね……まずは何から植えるの?」
「キャロねぇ、おいしいのうえる」
「フェイもやるぅ」
「色々あるね……おじさん、全部植えてもいい?」
「んしょ……ぅんしょ!」
農作業に興味があるのか子供達が小さなスコップ片手に手伝ってくれた。農地の端っこで蠢く人の腕くらいの太さのミミズにちょっとビビりながらも、それぞれ好きな種を植えている。
貰った種のうち半分くらいを植えて、残り半分は別の季節に植えてみようかな。それで上手くいく物もあれば上手くいかない物も出るだろうが、趣味みたいなもんだし気楽にいこう。
問題は苗木の方だよ。どうしたもんかね。
「あにゃにゃ、これは随分と珍しい物ですにゃご主人様」
庭をパトロール中だった猫妖精が苗木のそばに来るとくんくんと匂いを嗅ぎ、苗木に頬を擦り付けている。
「これが何の苗木か分かるのか?」
「はいですにゃ。にゃーはこれでも長く生きてますから、元の木で爪研ぎもしたことありますにゃ」
国王樹や精霊樹で爪研ぎ? 恐ろしい。エルフに見つかったら狩り尽くされるんじゃないかな。
「もしかして、これを植える気ですかにゃ?」
「ああ、駄目元で試しに植えてみるつもりだよ。偶然でも根付いてくれたらラッキーってとこかな」
「それは無理、無理無理ですにゃ。普通の環境ではこの苗木は成長しないですにゃ」
そりゃ俺だって上手くいくとは思ってはいないが、猫妖精はハッキリと無理だと言う。もしかして何か知ってるのか?
「まず一つ、この手の霊木は地中から吸い上げる魔力が豊富にないと駄目なんですにゃ。例を上げると霊山や精霊の溜まり場となっているような土地ですかにゃ。二つめが特殊な変化をした太陽と月の光りですにゃ」
「特殊な変化?」
「そうですにゃ。精霊の影響を受けた光りを日夜浴びる事で樹は力を蓄えていくんですにゃ。つまり、ここではどうやっても苗木は育たないという事ですにゃ」
そういった特別な場所は世界中探しても数える程しか無く、エルフの国がその一つというわけだ。
「地中に豊富な魔力……精霊の影響を受けた光り……う~ん、どうにか出来ないものか」
「そうですにゃ~……土地の魔力はキャロル嬢の鮮血魔方陣で魔力を集めればクリア出来るかもしれませんにゃ」
キャロルの鮮血魔方陣か。城主吸血鬼の固有スキルの鮮血魔方陣は、パスを繋げる事で任意の相手に魔力供給が出来るんだったな。
猫妖精の召喚を維持しているのも鮮血魔方陣の力だというのを忘れていた。
「残る問題は精霊の影響を受けた光り、か。ここには精霊がいないんだよな」
「正確に言うなら『影響を及ぼす程の力を持った精霊がいない』ですにゃ。小さく弱い精霊ならそこら辺にもいますにゃ」
空間に影響を及ぼす程の精霊か。召喚術か何かで呼べないだろうか。
「無理ですにゃ。人間の使う召喚術では下級精霊かそれ以下の精霊しか呼べませんにゃ……目的に必要な上級精霊は絶対に人には従わないですにゃ……あぁ、でも精霊石の一つでもあればここに居着くかもしれませんにゃあ。にゃはは」
強い影響力を持つ上級精霊ともなれば誰にも縛る事が出来ないそうだ。
そうなるともう精霊が自らの意思で寄ってくるような状況を造らないといけない。その為に必要な物が精霊石というアイテムらしい。
精霊石……精霊石?……ハッ!
「スィ~……スィ~……平和だゲコォ」
池の中を気持ち良さそうに泳ぐ霊王蛙。以前思い出の木彫りの冠を修理してやった時に、謝礼の品として精霊石をくれた蛙だ。
「お~い、蛙よ。元気してたか」
「ん? 誰だゲコ……ぎぃやあぁ! お、お前、前にゲロをイジメた人間んっ! 何だゲコォ、何しに来たゲロォ!」
「おいおい、そんなに嫌がるなよ。前に冠を直してやっただろ」
「……一体、何の用だゲロ。ハッ……もしかして、麓の村に盛大に泥水流してやった仕返しゲロ? それとも一族招いて毎夜、超音波合唱大会を開催した事に苦情を言いにきたゲロか? それとも畑の作物にイタズラをしまくった件ケロかぁ!」
『炸裂弾!』
「あぎぃやあぁ!」
俺の放った魔力弾が水中で爆発し、デカい蛙を吹き飛ばした。
「痛てて……やっぱり人間は乱暴だゲロ」
「何言ってやがる。迷惑行動ばっかしやがって。依頼が来ていれば討伐対象になってたかもしらねぇぞ」
弱いながらもしぶとい蛙は、身体から焦げた煙りを上げながらヨロヨロと立ち上がった。
「そこらの人間なんかに負けねぇゲロ……ただお前が異常なんだゲコ。で、今日はどうしたゲコ。ゲロを退治しに来たんじゃなければ何しに来たケロ」
「実は前に貰った精霊石だが、とても役に立った。その礼を言いに来たのと可能ならもう一つ用立てて貰えないかと思ってな」
「……ふ~ん」
此方が精霊石を欲しがっていると知ると、蛙がニヤリと笑った。
「あ~あっ、あっあ~、痛たたた……痛たたたゲコォ……身体がとっても痛いケロォ~」
大袈裟に膝を抱えて痛がっているが、傍から見ると焼け焦げた背中の方が痛々しいが。
「……ちょっとやり過ぎたかな。悪い悪い、怪我を治そうか」
此方が下手に出ると蛙はさらにニタァ~と笑い指で輪っかを造り。
「やれやれ、これは誠意を見せてもらわなくては駄目ゲロなぁ……ん? せ・い・いケロォ~」
顔を近づけて生臭い息を吹き掛けてくる。
俗な事を言ってくる。どこで覚えた?
「そうだな。じゃあ、ちょっと変わった冠を贈ろう」
種族『人間 伊織 奏』 『』
職業『錬金術士』 『鍛冶士』
「この木を使わせてもらうぞ……『樹木よ、命の雫をこの手に 液過抽出』
『手にした物質に我が意を伝え、その式を変えよ 形成変化』」
木から抽出した大量の樹液の塊が冠へと姿を変える。透き通ったオレンジ色に輝く冠が完成し、蛙に見せる。
「ほあぁ~……き、綺麗だゲロ。くれゲコ! 欲しいゲコォ!」
「それはいいが……此方も誠意を見せたわけだし……」
蛙の手が届かないように上に持ち上げて焦らす。
「わ、わかったゲロ……うむむぅぅ……ゲコォ!」
蛙が適当に足元の小石を拾うと、力を込めて唸った。すると手のひらの小石が青く輝く精霊石へと変化した。
「ほら、やるゲロ。冠と交換だゲコ!」
「おう、ありがとな蛙」
樹液の冠を受け取ると蛙は飛び上がって踊り出した。
「ケ~ロケ~ロケロケロロン! 凄い冠だゲコォ! 王様だゲコォ!」
即席で造った物なのに、驚くほど喜んでもらえて俺も嬉しいよ。
「じゃあな、蛙。イタズラもほどほどにしろよ」
「ゲロロ~ン、ありがとうケロ。大事にするゲコよ、人間」
喜ぶ蛙に別れを告げて、貰った精霊石を懐にしまうとアケルの街へ急いで帰った。