103 エルフ国のアイテム
「あの~……」
会議室の扉の外から部屋を覗き込む人がいた。
「あ……確かミーネさん、でしたよね」
治療院で知り合ったエルフのミーネがそこにいた。まだ街に残っていたようだ。
「はい、ミアネスティーナです。アート殿下、使節団に同行する冒険者の件、どうなりましたか?」
「うむ、やはり彼らを連れていく事にするよ。ミアネスティーナ殿も面識があるんだよな?」
「はい、竜退治の方々ですから」
「ちょっと待ってくれ。一体どういう事なのか説明してくれないか。突然やって来て同行だのなんだの、さっぱりなんだが?」
ミーネに苦情を言うとちょっと驚いた顔をしてアートを責めるように見た。
「アート殿下、もしかして本人の了承無しに話しを進めていたんですか。私は無理にとは……」
「え~? 俺、王族だよ? 自国の民の意思なんて確認する必要あるかな?」
信じられないといった表情でアートが肩を竦めた。
どうやらコイツは国民など命令一つでどのようにでも扱えると思っていて、国民もどんな命令でも応じるのが当たり前だと思っているんだな。
「悪いね、俺は偏屈者だから当然だとか常識だとか言われると反抗したくなるんだよ」
「へぇ、なるほど……ここまで俺に反抗出来るなんて面白いじゃないか。良いだろう、正式に指名依頼を出すとしよう。エルダーフルのミアネスティーナ殿と連名で依頼を出すから断らないでくれよ」
そう告げると何が面白いのかニヤニヤと笑いながら部屋を出ていった。
残されたミーネが溜め息をついて。
「申し訳ありません、どうやらご不快な事を頼んでしまったようですね」
「いや、ミーネさんが悪いわけでは……」
自らに非があるかのように俺に頭を下げるミーネ。
「まったくだ、この馬鹿タレがっ! いくら気に入らないからと言ってあんな受け答えをする奴があるか!」
ギルドマスターが盛大に怒鳴り散らして俺の頭を殴る。まぁ王族に対しての礼儀作法なんて知らないけど、いきなり喧嘩腰なのはマズかったかも?
「あそこまでやっちまった以上、依頼を蹴るなんて出来ねぇぞ! もしそんな事したら国には居られなくなる」
「大丈夫だ。ハル達さえ良ければ、この依頼は受ける。ただ、どうも……あの王子とは合わないんだよな……何か」
ハルやペレッタは最初からアートからの依頼を断るつもりは無かったようだ。
だが意外にもアオバ達の方は使節団への同行はしないそうだ。
「これでも結構忙しい身なんだぜ。それに国境を越えたりしないように言われてるしな。国の支援を受けてる以上、無視できねぇし」
「アオバは候補段階とはいえ勇者。他国からの干渉は極力減らしたいですからね」
彼らは彼らで色々と事情があると言うことだ。
「そうか、じゃあ使節団の護衛は『聖なる盾』と国の兵士でやる事になるのか」
使節団を守る兵士もいるだろうからエルダーフルまでの道のりはソイツらと協力してやる事になりそうだな。
するとミーネが首を傾げて。
「……あぁ、誤解があるようですね。イオリさん達に依頼するのは護衛ではなく同行です。ですから戦ってもらう必要はありません」
「必要はありません、と言われても……確かエルフの国はここからずいぶんと遠方ですよね? 道中の危険性を考えると国の兵士だけに護衛を任せるわけには……」
ハルの言う通り、長期間の移動中ただ守られているだけというのは不可能だし性に合わない。
「いえ、移動は私の転移魔法を使用しますので危険はありませんよ」
「え? じゃあ何で俺達を雇う必要があるんだ?」
エルフ達が転移魔法で此方の使節団を招くのなら、護衛の数も運ぶ物資の量も大幅に減らせる筈。人手が必要ならわざわざ金を払って増やさなくても国の兵士を連れていけば済む話しだろ。
「実は、うちの国の者達もあの竜を退治した人間に興味があるらしく可能であるならば連れてくるようにと指示がありまして」
「あ~、自分たちでは手に負えない竜を退治した人間に警戒心が芽生えたって事かな?」
「そういう面もあるとは思いますが、純粋にその実力や人となりを確かめておきたいというのが本音だと思います。我が国では竜を倒せる者を無視する事など出来ませんから」
大層な評価をもらったな。正直、過剰に恐れられたり持ち上げられたりするのは居心地が悪い。アケルでの今の暮らしが一番ありがたいんだよ。
「言っておくがあの竜を退治出来たのは色々な要因が積み重なった結果だからな? 個人の実力だけで成した事じゃないぞ」
竜の属性、転移した場所と気候、あの時の人数、パーティーメンバーなど様々な事が関係していた。もし、これらの要因が一つでも違っていたら結果も大きく変わっていただろう。
「承知しております。此方としても有望な実力者と面識を持つのが目的ですから……これらもその為の先行投資と思っていただければ」
そう言ってミーネがバックの中からアイテムを取り出していく。
「まず、アオバさん達の希望の品。エリクサー三本とマナポーション三本、エルダーフルの軍用魔法書三巻、精霊結晶の護符とミスリル繊維の魔法衣です」
「エ、エリクサーって……」
「すごい……エルフの軍用魔法書」
「……精霊結晶? 使うのが怖いわ」
想像以上の品々にアオバ達は勿論、周囲の俺達も呆気に取られた。エルフの国の価値観がバグっているのか、圧倒的な国力の差が生み出す違いなのか。
「そしてハルさん達の分が、国王樹の枝を使った波動弓、ダンジョンシステムを解析して造られた次元キューブ、それから……多種類の種と苗です。イオリさんの希望した植物の種ですが、育つ環境が整っていないと発芽や生育に問題が出ますので可能な限り多種類用意しました」
国王樹? 次元キューブ? 初めて聞く言葉だ。明らかに凡庸なアイテムでは無い。
「え~と……ミーネさんに確認するけど、これらの品は本当に謝礼として受け取っていいのか? 後で対価を要求したりしないよな? 金を払えと言われても到底払えんぞ」
それぞれ受け取った品に喜んでいたが、流石に謝礼として国宝級のアイテムを貰うのは怖い。
「勿論です。先ほども言ったようにこれは自国の厄介事を他国に押し付けてしまった我が国からの謝意と今後の関係改善を願って贈る品ですから、どうぞ気兼ねなくお使い下さい」
何とも太っ腹な事だ。流石は魔法大国だな。
それにしても『今後の関係改善』か。此方としては過分な品々を貰っては、何か裏があるんじゃないかという気がしてならない。使節団への同行といい、気前良く貴重なアイテムを贈ってくる事といい、何か狙いがあるんだろうか……わからん。
「では私はこれで失礼します。使節団の出発は三日後を予定しておりますので、依頼を引き受けて下さるのであれば、その日に街の正門までお越し下さい」
「はい、わかりました。前向きに検討致します」
一礼してミーネが部屋を後にした。
エルフの豪華な贈り物に若干の不安を感じるのは根っこが小心者だからだろうか。
「ま、いいか……」
「どうしたの、おじさん」
「いや、別に……ところでペレッタの波動弓はともかく、ハルの貰った次元キューブってどう使うんだ?」
ペレッタの貰った木製の弓、国王樹とかいう特別な樹から造られた波動弓は使い手の魔力を増幅しスキル技の威力を底上げしてくれるそうだ。竜の眼から魔眼スキルを得ればさらに効果的な使い方が出来るだろう。
ハルの貰った次元キューブ。彼女が希望したのはエルフ達が使っているトレーニング用のアイテムだった筈。想像していたのはベンチプレスやダンベルみたいな物だったのだが、これはどういうアイテムなんだ?
「え~と……あぁ、なるほど。これは限定空間内の環境を自由に変えられるアイテムみたいですね。ダンジョンコアがダンジョン内に特殊な環境を造るように様々な環境を造り出してトレーニングする事が出来るそうです」
「へぇ、そりゃ凄い。重力倍増とか灼熱空間とかでトレーニング出来るのか」
エルダーフルにはこんなアイテムまであるのか。これ程の技術力があるなら世界有数の超大国として君臨しているのも頷けるし、アーク王国が何としても繋がりを持とうとするわけだ。
「で? おじさんの種はどんな種なの」
ルウが興味津々な顔で尋ねてきた。一見すれば何の変哲もない種に見えるが、他のアイテムが相当な物だったからかこの種にも妙な期待をしているようだ。
「半分くらいはエルフ国の果物や野菜だな。それから薬草の種と……苗の方は……あ?」
添えられた説明書を読んでいくと苗の種類に思わず絶句した。
「え、どうしたの? この苗がどうかした?」
ルウが手にした二つの小さな苗木、説明書に間違いがなければ、この苗木は。
「国王樹と精霊樹の苗木らしい……」
「……………………」
「…………マジ?」
引くわ。部屋にいる全員が引いたわ。
「国王樹に精霊樹……エルフの国にしか存在しない伝説の樹か」
「な、何で? こんなもの国外に持ち出したら駄目なんじゃないの?」
「実は偽物ってオチ……な、わけないか」
「ヤバい。本物なら持ってるだけでヤバい奴らに狙われるよ」
エルフ国のアイテムを前にして興奮気味だった気配が一気に醒めた。まるで爆発物を抱えた気分だ。
「これを用意したのはエルダーフルだよな? 一体、俺にコレをどうしろってんだ?」
エルダーフルにとって正しく国宝だろ。樹を死守するのは勿論、如何なる情報だって徹底管理すべき物の筈なのに……
「そりゃ植物が欲しいとは言ったけど……数が増えたらエルダーフルにとって損失にならねぇのかな?」
「もしかして環境が悪すぎて植えても枯れるから外に出した……とか?」
ペレッタが思い付いた理由を述べた。
ふむ、あり得る……か? 広い世界で自生しているのがエルダーフルだけって事は、特別な条件があるのかもしれない。
「よし! 枯れたら枯れたで仕方ない。素人があまり気にする事じゃないな、うん!」
「まぁ……オメェがそれで良いっつうならそれで良いが……とにかく、ここにいる全員に厳命する! この苗木に関しては絶対に他所で喋るな。下手すると戦争の火種になりかねんからな!」
ギルドマスターの言う通り、うっかり口が滑らせたら冗談抜きで、他国の軍が街を襲撃するなんて事になるかもしれない。
街と俺の平和の為には、貴重な苗木には早々に枯れてもらった方が良い。
……何か俺だけ厄介事を押し付けられた気分だな。