101 素材の行方
俺が目を覚ました翌日にはハルが一足先に退院し、その二日遅れで俺もようやく退屈な治療生活を終えて退院出来た。瘴気の所為で思ったより治療に時間がかかったな。
のんびり歩きながら屋敷に戻ると庭に荷物を乗せた荷馬車が停まっていた。屋敷の入り口に置かれた木箱にルウが腰掛けていた。
「お~い、ルウ。何だ、この荷物は」
「あ、お帰りおじさん。これ、引っ越しの荷物だよ」
「あぁ、新しい屋敷が完成したのか。じゃあ俺も荷造り手伝うかな」
「もう大分終わってるよ。ちびっことペレ姉は一緒に新しい屋敷に行ってるし、残りの荷物も運び出すだけだよ」
古い方の屋敷にある家財道具はかなり傷みが酷いようなので、この引っ越しを機会に新しく買い換えるそうだ。
「中古の家具をまとめて商業ギルドから買って出費を抑えたけど、やっぱり竜の素材が売れなかったのは痛いね。竜の素材がどうなるか早いとこハッキリして欲しいよ」
「まだ決まってないのか? エルフのミアネスティーナって人は、竜の素材について関与しないみたいな事言ってたけど」
「うん、そうなんだけど。どうも国のお偉いさんはエルフの国との交渉で上手く使えばより多くの譲歩を引き出せるかもしれないから素材が欲しいみたいなんだけど、こっちに対価を支払う気が無いみたいなんだよね。国益が~とか、義務が~とかごちゃごちゃ言ってさ。有耶無耶にしようとしてるみたい」
魔法大国と経済的な繋がりを持てても力関係は圧倒的に相手側にあるだろうからな。希少な竜の素材を交渉の手札にして多少は優位な立場を確保したいんだろう。
「冒険者ギルドと商業ギルドのマスターが抗議してるらしいけど、エルフの国から経済的に有利な譲歩を引き出せるなら商業ギルドの方は黙っちゃうだろうなぁ」
単に竜の素材を売却する利益より長期的に魔法大国エルダーフルと売買する方が儲けはデカい。商業ギルドのギルドマスターとしては一冒険者パーティーより、国のお偉いさんの方の顔色を気にするか。
そうなると一番価値の高い魔石は諦めた方が良いか。いくら冒険者ギルドのギルドマスターが抗議した所で、国益を重視する国のお偉いさんには効果無しだろ。弱小国に訪れたまたとないチャンスなんだ。誰に恨まれようとも引きはしない筈だ。
「……ふう、これで最後……あっ、イオリさん。お帰りぃ」
「おう、ただいまシンク。運び出す荷物はここにある分で最後か?」
「うん。荷馬車で二往復くらいかな」
「大丈夫、俺のアイテムボックスで運ぶさ」
新しい屋敷ではペレッタと先頭に年長組が忙しそうに働いていた。年少組も箒と塵取りを使って手伝いをしている。
「アニス、塵取りちゃんと持って」「あれ? 俺の服、どの箱に入れたっけ」「エリオ、夕食の準備に回って」「ねぇ、猫のブラシどこ?」「え~と、ハル姉のやつが……こらっ! キャロル、リッキー! 遊んでないで荷物を片付けて!」「エリオ、先に買い出し……あれ? エリオどこ行った?」「あ! これ、違う。二階に運んで!」「ねぇ、誰か俺の……痛った! 空き箱は片付けてよ」
何とも大騒ぎだな。適当に空いているスペースで持ってきた荷物をアイテムボックスから取り出し、中身を仕分けしていく。衣類は他の者に任せ、重そうな食器類の入った箱を食堂に運び、食器棚に移していく。
「そういやハルの姿が見えねぇな」
「ハル姉なら冒険者ギルドだよ」
一人言をポツリと溢すと、食堂に併設された台所で調理器具や調味料を並べていたサティが返事をくれた。
「おう、いたのかサティ。一人で行ったって事は……呼び出しか?」
「そうなんじゃない? 詳しい事はわかんないけど……それよりおじさんにちょっとお願いがあるんだけど、リッキーを連れて食材の買い出しをお願いしてもいい?」
「あぁ構わないぞ。買い出しなら俺一人で行けるからリッキーは荷物整理に回した方が良いんじゃないか?」
「駄目駄目、リッキーったらキャロちゃんと遊んでばっかりで役に立ってないんだから無理矢理にでも連れてって」
「あ~そっか……仕方ない奴だな。そんじゃ行ってくる」
キャロルと一緒になって新しい屋敷の中を走り回っていたリッキーを呼び止めて、荷物持ちを命じるとぶつくさ文句を言ってきたが、無視して買い出しに出掛けた。
「ちぇ、買い物くらいおっさん一人で行けよな」
「うるせぇ。皆、忙しいんだからお前も少しは働かなきゃ駄目だろ」
大量に買い込んだ荷物を自走式の買い物カートも乗せて運ぶ。この買い物カート、幾度も改良を繰り返して今では多少の悪路でもガタつく事無く走行出来るようになっている。
「なぁ、おっさん。コレもっと速く出来ねぇの? こう……ビューン! ってくらい」
「街中でそんなスピード不要だろうが。今でも早歩きくらいのスピードは出るんだから十分だろ」
「え~もっと攻めようぜ。風を切って走ればめっちゃ気持ちいいのに」
「必要ない」
「ちぇ……あれ? ハル姉」
買い物を終えた帰り道、冒険者ギルドへエルフとの話し合いの進捗状況を確認しようと立ち寄ってみるとちょうどハルが出てきた。
「あら、リッキーにイオリ。買い物ですか?」
「おぉ、ハル。ちょっと例の話し合いがどうなったか気になってな。ハルの用事は?」
「あぁ~私の方もソレ関係ですね。リッキー、ちょっとイオリと話す事があるのでひと足先に帰ってくれる?」
「……え~どうしよっかなぁ」
チラチラと串焼きの屋台に視線を送り、露骨に賄賂を要求してくる。
「ハイハイ、ついでに皆の分も買ってて良いから」
そう言ってリッキーに銀貨を渡し、お土産を買って帰らせた。
「それで? 何か問題でもあったのか」
「それがですね……今回の竜の素材について、街に来ている王国の高官から竜の魔石の権利を放棄するようにと通知がありました」
ありゃりゃ、やっぱり取られたか。ハルは若干悔しそうに眉をひそめ。
「ギルドマスターを通じて結構強めに抗議したんですが……今後行われるエルフの国との経済交流で大きな切り札となる代物なので、魔石だけは絶対に確保しなければいけないそうです」
思ったより魔石の価値が高い。まぁ竜なんてそうそう出会える魔物じゃないからな。
「残念だが仕方ないか。それで、残りの素材はどうするんだ?」
「一応、残りの素材に関しては『聖なる盾』と『ブルーリーフ』のパーティーで好きにして良いと許可が下りました。なので後日、アオバくん達と話し合って分配しないといけませんね」
竜の素材の回収リストを見せてもらった。
「竜の角、二本。竜の眼、二個。竜の牙大小合わせて二十本。それから……」
骨や鱗、爪などが数多く回収されたようだ。残念だが肉、皮などは腐り果て現地で猛毒の沼地のようになっているそうだ。
「それからギルドマスターから『出来れば竜の眼か竜の角のどちらかは冒険者ギルドに売却して欲しい』と要望が来てます。魔石以外の竜の素材の中でも高値で取り引きされる品ですからね」
アオバ達がどれを欲しがるかによるがその辺はルウとシンクに丸投げしようか。
それより現場に放置してある毒液の活用する方法を考えたいな。
「ところで冒険者ギルドは溶けた腐肉の毒液に値を付けないのか? 回収リストに記載されていないようだが」
「え、アレにですか? ……ん~正直、冒険者ギルドでもあの毒液は買い取り不可だと思いますよ? 瘴気を放つ毒液なんて普通の毒とは違って扱いを間違えると危険過ぎますから」
流石の冒険者ギルドでもあんな特殊な毒液は買い取り対象外か。だがこのまま廃棄するのはもったいない。
「どこも要らないって言うなら……ちょっと現場に行って回収してくるわ」
「えぇ……本気ですか? ……瘴気を発する毒液なんて商業ギルドでも買い取ってくれるかわかりませんよ」
「わかってるって」
「当てが外れて売れなくなったからと言ってそこら辺に捨てては駄目なんですよ」
「わかってるわかってる」
「言っておきますが毒ポーションの製造は原則禁止で、製造するには特別な許可が必要ですからね」
「わかっ……え? そうなの?」
「イオリ……」
そうか。毒関係の薬品製造には許可が必要なのか、知らなかったな。まぁ考えてみれば当然か。毒ポーションなんて生き物を害する事にしか使わない物を個人で造ろうってんなら管理しないとマズいよな。
もっとも、いくら管理しようとしてもモグリの錬金術士なんかが勝手に造ったりしててあまり意味が無いような気もするが。
「材料の持ち込みまでなら問題無いだろ? 造る時もちゃんと申請するから」
「はぁ……間違っても屋敷で造らないで下さいよ?」
「大丈夫だ。そん時は冒険者ギルドの設備を借りてやるから……それに造るのは毒薬とは限らんぞ。あの毒液を有効活用するつもりだ。上手くいけば『聖なる盾』の活動資金の足しになるかもしれんぞ」
俺はわりと本気で考えているんだが、ハルは胡散臭そうに見てくる。
「本当ですかぁ~?」
「まぁ、上手く? いけば?」
あくまで予想だしな。あまり景気の良い事を言って、もし駄目だったら恥をかくからこれ以上はやめておこう。
「じゃあ、行ってくる」
「わかりました。夕食までには戻って下さいね」
鳥の翼で腐死竜が暴れた場所まで飛んで行った。上から見ると腐死竜の光線に焼かれた地面や瘴気で朽ちた森の木々などの傷痕がハッキリとわかるな。
そんな森の中に腐死竜が通った後が残っていて、その行き着く先に黒い煙りが立ち上る沼地があった。
「ここか……あの時は必死で気付かなかったが……結構、臭うな」
鼻を突く異臭に思わず顔をしかめた。この毒の沼地ではボコボコと有毒ガスが発生しているようだ。あまり長居はしたくないな。
「さて、どう回収するか」
俺のアイテムボックスは指定した物を吸い込む機能は無いし、入れた物を保護する機能も無い。以前、強烈な瘴気を放つ呪いのアイテムを入れた時は中の物がほとんど駄目になったんだよな。
「と、なると……一度、沼地を凍らせてから魔法か呪術で封印して回収するか」
種族『人間 伊織 奏』 『』
職業『魔法使い』 『呪術士』
「まずは『冷気の王、極寒の地を駆ける氷結の獣よ 氷狼凍結波』」
冷気で象られた狼の群れが次々と沼地に飛び込んでいく。
氷魔法を放ち終えた後には白い靄が漂い、肝心の沼地の毒液はガチガチに凍りついていた。
「はぁ……寒ぃ……」
辺りに漂う冷たい空気に身体を震わせ、白い息を吐きながら沼地の凍り具合を確かめた。
おそらく中心部まで凍りついてはいるだろうが氷狼凍結波には瘴気まで消す効果は無い。
早い所、封印しないとな。
「……『氷よ、邪を封じ静謐をもたらせ 水晶氷結陣』」
指定した空間が一瞬にして透明度の高い氷で固めれ、最後に魔法陣の封印が施された。
これで封印を解かない限り、氷は溶ける事は無く内側の毒や瘴気が外に漏れる事も無い。
「さぁ~て、帰るか。夕食に間に合わせないとな」
氷の塊をアイテムボックスに押し込み、アケルへと急いだ。