10 世にも不思議な
「ぐぬぬ……」
冒険者ギルドにクエスト完了の報告をしていると、カウンターの奥でギルドマスターがこちらを睨みながら唸っていた。
こちらも負けじと、ガルルゥ。
「やめて下さい」
受付の職員に注意されたし、見逃してやるか。
「正直な所、イオリさんが懲罰クエストをこんなに早くクリアするなんて予想外だったんですよ。ギルドマスターとしては、ヤンチャな冒険者の鼻っ柱を折って頭を冷やさせる目的だったみたいで……」
やれやれ、俺は身の安全を確保する為にヤる時は徹底的にヤるべきだと思ったまでなのに。次ぎに奴らに会ったらトドメを指しておくべきか。
「イオリさん」
あ、嘘です。
「こちらが、次のクエスト内容です」
職員の渡してきたクエストを確認する。
「……水源の調査?」
「はい。最近、近くの村が使っている川の水位が減っているらしく何とかしてほしいと、依頼がありました」
何とかってアバウトだな。水源の調査って、問題解決までいかなくても良いって事かな?
「こちらの依頼は、調査内容さえしっかりしていればクエストクリアとします。もし水源が枯れていれば、一介の冒険者ではどうにも出来ませんからね」
内容の確認を終えると、早速クエストに取り掛かるとしよう。だがその前に、柱の陰から睨んでくるギルドマスターに、シャアァ!
近くの村と言っても、それなりに離れている。往復の移動とクエストに掛かる時間を考えると、普通に二、三日はかかるかな。
移動時間は短縮しよう。
種族『迷彩大梟』 職業『魔法使い』
森の中で見つけた羽根の色を変える事が出来るスキルを持った大きめの梟に変身し、さらに魔法で加速する。
『風よ、我が身に宿りて更なる力を、風力加速』
他の魔物に見つからないように迷彩大梟の変色スキルで空の色と同化し、風魔法の後押しで放たれた一本の矢のように轟音を響かせて飛んだ。
派手に音を響かせた影響で、地上の森から鳥たちが一斉に飛び立ち、森で活動中の冒険者や通行人がどよめいていた。ちょっと周りに影響出過ぎか、工夫しよう。
魔法で加速する事、数分。
前方に、早々と目的地の村が見えた。そしてその村の中に、一本の川が流れているのも確認出来た。川幅に対して水は三分の一ほどしか流れていないように見える。
今すぐ干上がる事は無さそうだが、近い将来が不安だな。
種族『人間 伊織 奏』 職業『魔法使い』
村から見えない位置に着地し、人間の姿で村へと向かう。村の外側にある畑では村人が数人、立ち話をしているがあまり表情は明るくない。川の水が減ったことで悩んでいるんだろう。
「やぁ、あんたは見ない顔だね。村に何か用かい?」
「ここはニード村で合ってるかい。水源の調査に来たんだが」
「来てくれたか! アケルの冒険者ギルドに依頼を出したのは、うちの村だよ。あそこの川の水が最近になってどんどん少なくなっちまって、このままじゃ村はお仕舞いだよ! 何とかしてくれ!」
とりあえず川を遡って、水量減少の原因を探るとするか。障害物が水の流れを遮ってるとかなら簡単なんだけど。水源まで何の問題もなく、ただ水が出尽くしただけって感じだったらどうしよう。
水源を目指して川を遡り、深い森の中に入ってきた。周囲を警戒しながら歩き続けていると、水も減り川底を濡らす程度になっていた。
「ん? 魔物か」
木の枝を高速で移動している。姿は確認出来ないが、数は二体。俺を挟むように前後に付いている。
『風の輪よ、鋭く速く切り刻め、回転刃!』
両手から放たれた風の刃が周囲の木々を巻き込んで魔物を攻撃する。
仕留めて落下したのは一体だけ。落ちてきたのは、猿型の魔物だ。手傷は負わせたが、仕留め損ねた一体が怒りの咆哮を上げて突っ込んできた。
まずい、近すぎる。
種族『剛拳大猿』 職業『
「キィシャアアァ!」
こちらの変身が完了する前に、剛拳大猿の拳に吹き飛ばされる。辛うじて姿だけは剛拳大猿に変身出来たが、咄嗟に防御した右腕が痺れて動かない。
「フゥウウゥゥ!」
「ガァアアァァ!」
お互いに牙を剥いて威嚇しあう。
種族『剛拳大猿』 職業『僧侶』
『我に更なる力を与えよ、身体強化』
身体強化をかけて、一気に間合いを詰める。右腕が使えないから正面からぶつかり合うと見せかけて、スライディングで剛拳大猿をかわし、その途中で片足を掴むとそのまま上に持ち上げ、力任せに地面に叩きつけた。
「! ギ、ギィ」
頑丈な魔物の頭蓋骨は、簡単には砕けない。ならば、身体強化の効果が切れるまで、周りの木の幹にぶつけ続ける。
一分ほどで身体強化の効果が切れて、掴んでいた剛拳大猿を振り回せず放り投げたが、地面に落ちた身体が再び動く事はなかった。
けっこう強かったな。接近に気付かず、不意討ちを食らっていたら危なかった。普段は感知能力の高い狩人か、接近戦に強い格闘家にしておくべきか。
これ以降は魔物に襲われる事もなく、遂に水源と思しき場所に辿り着いた。
しかし、これは……。
凍りついている。巨大な氷柱が地面に刺さり、その周囲を凍らせている。氷柱の冷気が届かない場所からは、少しだけ水が流れている。
明らかに誰かの仕業だな。魔法? にしては。
「溶けてない……」
まるでたった今、造り出されたかのようにヒンヤリしている。触ってみても手の熱で溶けない。
魔法で造った物でも、造った後は自然界の法則に従う筈。火は水に消され、石は風で削られる。
熱で溶けない氷など造れるのか? 少なくても魔法使いの職業スキル『魔法知識』では答えが出ない。
もしかしたら一般的ではない特殊な能力を持った何かの仕業、と言うことか。
このクエスト、どうする。未知の能力を持った相手と戦うのはリスクが大きい。幸い、クエスト内容は調査だ。この時点で、クリア条件はある程度満たしていると言っていいのでは?
だが、危険性を認識しておいて放置したとあっては、あのギルドマスターに何を言われるか。
こうして見ている間にも、氷の凍結範囲は少しずつ広がっている。放置するのは、危険だ。この氷柱を何とかしなくては村の存続に関わるってのもあるが、凍結範囲が制限なく広がり続ければ、住み処を追われた魔物が各地に散る。
被害がデカくなる前に手を打つべきか。
種族『人間 伊織 奏』 職業『魔法使い』
『炎の壁よ、激しく燃えて邪魔者を焼き尽くせ 炎壁』
氷柱が中心に、高熱の炎が踊る。ある程度制御しているとはいえ、周囲の木々も多少燃えた。
魔法を放って数秒後、強制的に炎を消す。木々の枝を燃やした火も、地面を焦がした火も消えた。
だが、氷柱は消えずに残った。
「嘘だろ……」