01 選べ
ヨロシクです
ここ最近、仕事が忙しくて睡眠不足だったし、ストレスが溜まってて間食しまくってたのも事実だ。ちょっと酒が過ぎてたかもしれない。会社の健康診断にも引っ掛かっていたな。
だが、今まで一度も幻覚なんて見たことなかったぞ!
何だ、ここは? 一面真っ白な空間だ。何にもない。
ほんの数秒前は道路を歩いていた筈なのに。て、いうかカバンどこいった? 連休中に一気見しようと思って、レンタルショップで借りたDVDが入っていたのに……
弁償かな? ヤバいな10本くらいあったのに……
辺りを見回しても、俺と同じように混乱しているような人ばかりだ。誰も俺のカバンとか知ってるようには見えないな。
しばらくウロウロしていると、突然頭上から光が降り注ぎデカイじいさんが現れた。多分、立体映像か何かだと思う。遊園地のアトラクションなんかだと喜ばれそうだな。
デカイじいさんは、こちらを見下ろしながら。
『お前たちは、もう死んでいる』
え? 何かの冗談? 世紀末のアレ的な。
『よって次なる世界に送る。望みの種族とスキルを一つ、選ぶがいい』
かなり笑える。何言っての、いきなり。次なる世界? 種族にスキル? はぁ?
そんな事より、俺のカバンどこ?
デカイじいさんの言葉に困惑している者は他にもいたようで、あちこちから疑問と罵声が飛ぶ。
「ふざけんな、ジジィ! ここから出せ!」
「朝まで資料を作らないといけないんだ! アンタの遊びに付き合ってられない!」
「あたしは、死んでないわよ! 冗談、言わないで!」
「そうだ! 死んだ覚えなんてないぞ!」
そうだな、俺も夜道を歩いていたら、ここにいた。いつ死んだっていうんだ?
デカイじいさんは、長い顎ヒゲを撫でながらつまらなそうに言った。
『死ぬ数分前の記憶は消してある。お前たちは既に死んでいるのだ。わかったらさっさと選べ』
突然、目の前に2つのパネルが現れた。右のパネルには種族名が、左のパネルにはスキル名が並んでいる。
『さあ、早く選べ』
やたらと一方的だな。こっちはまだ納得出来てないってのに。しかし、こうなって来るともしかして、本当に俺、死んでんの? 自覚ねぇな。
だとしたらカバンが無いのは、ここが死後の世界だから? マジか? DVDどうしよう、もう返しにいけないじゃん。
『さあ、早く……』
「ふざけんなって言ってんだよ! いいから、俺を戻せ!」
俺が納得しかかっていると、少しばかりヤンチャそうな少年がまだ食い下がっていた。
若い、高校生くらいかな。とても死を受け入れられないんだろうな。
少年はデカイじいさんを睨みつけるが、相手は溜め息をつき。
『もう良い』
手のひらを握る仕草をすると、少年は粉々に砕け散り光の粒子となって消え去った。
思わず誰もが絶句した。心のどこかに残っていた夢か何かでは、という疑いの気持ちも消え去った。とても少年の希望通りになったとは思えない。目の前にいるデカイじいさんは、怒らせてはいけない。本物の神なのかもしれない。
改めて、パネルに向き合う。選べる種族はかなりの数だ。人型だけでも複数あるし、人以外にも犬、猫、鳥、魚、虫、等々。そして魔物。
どうやら空想上の生き物である筈のスライム、ゴブリン、オーク、オーガ、果てにはドラゴンまで選べるらしい。
……ちょっと待てよ。いるの? ドラゴンとか。
だとしたら、このリストの魔物が全部存在していて、生存競争を繰り広げているのか?
ヤバいな。迂闊に選ぶとすぐ死にそうだ。
人間よりもエルフとか獣人を選ぶべきか? しかし赤ちゃんからスタートしてまともに動けるようになるまで10年くらいはかかるよな。その間、無事に成長できるとは限らない。
なら魔物か? う~ん、魔物たちの中で殺伐としたサバイバル生活を送りたいとは思わないんだよなぁ。
そうだ、記憶。記憶はどうなんだ? 人間の感覚が残ったままで魔物の生き方なんて出来るのかな。生肉とか内臓とかを食って、ひたすら殺し合う。……無理だな。
その辺りを確認したくて、デカイじいさんをチラっと見たけど、手のひらをニギニギして無言で急かしてくる。さっきの少年の事が思い出される。
取り敢えず記憶が残ったままで転生すると仮定して選ぼう。最低限逃げ回れるくらい動けて、人間世界で暮らせるような魔物がいい。それと出来れば奴隷のようにこき使われたくはないし、いっそ魔物と思われないようなヤツがいい。
ん? ちょっと待てよ。そのシチュエーション、覚えがあるぞ。確か、借りたDVDの中に海外特撮ドラマがあって、街中に紛れ込んだ魔物を見つけ出して狩るって内容だったな。
その魔物は人間に化けて生活してるから、見つけにくいんだよな。イケるかもしれない。
パネルのリストを探すと、目当ての魔物を見つけた。
その魔物の名は、シェイプシフター。
これは決定だな。次は、スキルだ。
別に、異世界無双とか成り上がりなんてもんには全く興味はない。ただの一般人として人の中に紛れて生きて行きたいんだから、正体がバレるような目立つ行動は無しだな。だったらスキルなんて適当に選んでもいいかな。
そう思ってパネルを流し読みしていると、あるスキルの所で手が止まった。
そのスキルは『変身』。
ここで少し、好奇心が疼いた。
もし『変身』する魔物が『変身』のスキルを手に入れたらどうなるか?
全くの無駄になるのか? 或いは、面白い結果になるのか。
むむむ……わからん!
まぁ、これ以上アレコレ考えたって仕方ない。
異世界なんだから、今までの常識や考え方が通じない可能性の方が高いんだ。上手く立ち回ろうとせず、腹を括って生きていこう!
選ぶ種族は、シェイプシフター。そして選ぶスキルは、『変身』だ。
……で、どうするんだ? 決定ボタンも無いし、デカイじいさんに声をかけるのも怖いんだが。
どうしたものかと、辺りをキョロキョロしていると。
『では、行くがよい』
頭の中でデカイじいさんの声が響いたかと思ったら、抗いようのない強烈な眠気に襲われ、そのまま意識を失ってしまった。