1-9 試験に向けて
◆セリア
「今日は装備を整えましょう」
ギルドの戦闘制服は非常に高性能だが、勇者はギルドの制服ではいられない。いやギルドの勇者という存在も居ないことはないのだが、私はギルドの籍を失うのでやはりそのままという訳にはいかない。
というわけで今日は防具や下着類も含めた私服の準備日にすることにした。キュリアスは気乗りしないようだが、昨日散々身体を弄り回したのでサイズの測定も済んでいる。
「そもそもわたしの身体はあらゆる生命よりも優れている。ならばその上から弱い覆いをする必要はないのだがな」
「全裸で偉そうなこと言わないでください。たしかにしっとりもちもちすべすべで羨ましい肌でしたが。ギルドの制服は着ていたのになぜ装備を嫌がるんですか?」
「あれが現代における勇者の付き人の装いだったからだ。しかしわたしもまた勇者になるならその必要はあるまい?」
「なら、勇者には勇者の装いがあるのでそれを着てください」
とはいえ、勇者の中にはデザイアの関係で服を着ていない者もそれなりにいるのであまり強くは言えないが。しかし例えば服着ない系勇者の1人は竜人であり、そういう大事な部分は隠れているからいいのだ。他にも身体が金属だったりスライムだったりと様々だが、とにかく見た目がそのまま人間で裸の者はいない。
「まさかとは思いますが、昨日話していた神や勇者との戦いのときも裸だったんですか?」
「一概には言えんな。一番最初は神の模倣であり、見た目の性別は男だった。たしかこのような……」
キュリアスから黒い魔力が靄のように吹き出し、それが晴れると目の前には背の高い美丈夫が現れた。髪型や目の色はキュリアスと同じ深緑の斜めカットに玉虫色の瞳だが、神殿にあった彫刻のような顔立ちで、視線を下ろせば細身ながらしっかりと引き締まった身体をしている。
「そうだそうだ。この顔がゼニサスだ。ふむ。こっちのほうが勇者らしくないか?」
「ちょっ……やだ! 服を着てください!」
目を合わせられ、思わず視線を逸らす。美少女のキュリアスも可憐で素敵だったが、こっちの神っぽいキュリアスには今までに出会ったことのない求心力がある。
胸の鼓動が死の直前よりもよく聞こえる。いつまで顔を背けていただろう。恐る恐る顔を前に向けると、そこには元の可憐な全裸の美少女キュリアスが居た。
「…………えー?」
「何を残念そうにしている。あれはただの擬態だ。視覚を錯覚させただけで、身体の作りを変えたわけではない。そもそもあの姿に合う服など……いいことを思いついた」
「……あまり良い予感はしませんが、なんですか?」
「服などなくても、擬態で視覚を誤魔化していればいいのではないか?」
「黙りなさい露出狂!」
◆
「次はこっちを試着しましょう! ああ、こちらのデザインもいいですね。戦士風でありながらアクセントに付いたリボンが似合います」
「本当にこれは勇者の格好なのか?」
「まあまあお客様、今どきの勇者はまず見た目からですよ。国の代表がフルフェイスの金属鎧では衛兵と見間違えられてしまいます。そんな格好の人が最前線に居ても、味方の士気は上がりませんよ」
「ふむ、一理あるな」
「では、こちらのワンピースなどいかがでしょうか。ギルドの制服と同レベルの耐刃性を持ちながら、自動修復機能を持つ最新モデルです」
出発前はゴネていたが、店員の言葉にうまく乗せられて今では立派な着せ替え人形になっているキュリアス。今着ているのはクリーム色のドレス風ワンピース。どちらかというと可愛らしい服装だが、キュリアスの顔立ちには幼気が残っているためよく似合っている。やや大きめのブーツは少々厳しいが服装と相まってデフォルメ感がある。
「この多層構造のフリルはそれぞれ魔力を吸収する機構を搭載しています。合計した防御能力はAレベル相当の魔術に対しても耐性があり、着用者本人の魔力も吸収するので魔術使用時のロスが少なくなる副次効果も期待できます。こちらのアクセサリーとセットで運用していただければ吸収したドレス内の余剰魔力をストックし、任意の魔導具や魔術陣にも転用可能となっており……」
「そういう小難しいことはよく知らん。それにアクセサリー? 服だけで十分であろう」
「いえいえいえ。勇者が相手にするのは魔物ばかりではございません。むしろ国内外の貴族や為政者に合う機会の方が多いと聞きます。そういった場では、むしろこういった小物にどれだけ贅を尽くしているかが1つの判断基準になるのです。清貧は時と場合によっては美徳になり得ないのですよ」
「なるほど、これが人の行う威嚇なのか」
わかっているような、そうでないような。本人も気を良くしているので今のうちに会計を済ませてしまおう。
「失礼します。お会計をお願いしたいのですが、今あちらで試着を行っている防具とアクセ、それからこっちの服とかごの中身を」
「ありがとうございます。ギルドカードを失礼します。……だいぶ大荷物になりますが、そのままお持ちになりますか? ギルドであればお届けしますが」
「ああ、いえ、大丈夫です。試着しているものはそのまま着ていきますので」
「畏まりました。またのご来店お待ちしております」
キュリアスは散々着せ替えたが、私はギルドの戦闘制服と同系でデザイン違いのモデルにした。ピッチリしたスーツが苦手で嫌がる冒険者も多いが、私自身は着慣れているし戦闘スタイル的にも鎧は向いていない。
「キュリアスさん。そろそろ次に向かいましょう」
「まるでわたしが待たせたかのような物言いはやめろ。お前らの趣味に付き合ってやっていたんだぞ?」
「そうでしたね。それで次は武器の方を、と思っていたんですが……」
「わたしには不要だ。それこそ服以上にな」
彼女にはクラウドドレイクとの戦いで見せたガラスの刃と強力すぎる電撃魔術がある。確かにあれらの攻撃力の前では、如何に冒険者の街と言えど既製品では太刀打ちできないだろう。
かと言ってこの姿で無手というのも格好がつかない。これから向かうのが茶会や貴族との食事会なら問題ないのだが、ダンジョン内でこの格好の少女が出てきたら真っ先に疑うのは迷子だ。
「私はキュリアスさんが強いのを知っていますが、パッと見では貴族のお嬢様ですよ」
「おい、お前が勇者らしい格好だと言って着せたのだろう」
「おっとそうでした。でもそれは武器を持っている前提があってこそですよ。その格好で腰に剣を下げていればイルリの姫騎士やポロニアの空魔女など他国にも居るのですが」
「はあ、面倒くさい。つまりあれか。武器もまた威嚇用に準備すると」
「そういうことです」
◆
だが、次に向かった武器屋で事件は起こった。
「……あ」
「ん? ……うわぁ! おいマルカ武器をよこせ! ダンジョンの亡霊が化けて出やがった! 俺が殺したわけじゃねえ! 去れ悪魔! 南無阿弥陀仏!」
「おや、誰かと思ったらオルラーデの勇者付きじゃないッスか。パトルタさんが真っ二つにしたのに、なんで生きてるッスか?」
忘れもしない全身入れ墨の男、今は派手な柄のシャツを着ているケシニの勇者候補フィロー。そして金髪の奴隷少女マルカ。こちらは以前よりも綺麗なローブとワンピース姿だが拘束具は当時と代わっていない。
「おい! 店の中でやりあったらタダじゃ置かねえぞ! 喧嘩なら外でやりやがれ!」
剣呑な雰囲気を感じ取った店員の1人がこちらを睨み金槌を手に取る。目の前の2人より彼のほうが余程喧嘩っ早そうだ。
「っ! そう、ですね。キュリアスさん、一度出直しましょう。武器屋なら他にもたくさんありますし……」
「おい、冷やかしてんじゃねえよ! どういった武器がお望みだゴラ!?」
「えぇ……」
「ボウガンだ! 弓でもいい! とにかく飛び道具を寄越せ! いや、十字架に銀の弾丸と杭、それからにんにくだ! 丸太を持て! 流れる水でもいい!」
「フィローさん落ち着くッス。なんなんすかそのレパートリーは」
「愉快な店だ。だがこの店にわたしの手にとるべき武具はないな」
「んだとゴルァ!? こちらのナイフなんか使いやすくて便利だぞヴォケが!」
「えぇ…………?」
ただ武器屋に入っただけなのに。野次馬は増え、現場は騒然とし始めた。
予期せぬ偶然とは言え因縁の相手が居た。まあ、それはいい。だが被害者ではなく加害者がここまで取り乱すことがあるだろうか?
それに加えてなぜか喧嘩腰の店員とそれの相手をしているキュリアス。こちらもまたよくわからない。
「おいおい、なんの騒ぎかと思ってきてみたら。フィロー! 何をそんなに騒いでんだ!」
「パトルタのおっさん! 塩はあるか? とうとうあの女化けて出てきやがったんだ!」
「何いってんだお前?」
「パトルタさん、横っすよ横」
いつの間にか隣に立っていたのは私を斬ったらしい白髪の大男パトルタ。今は鎧姿ではなくユカタと呼ばれるバスローブのようなものを着ている。
「うお!? あんた生きてたのか! 斬った俺が言うのもおかしな話だが、生きてて良かったな!」
「は、はぁ。ありがとうございます?」
「どうやって復活したんだ? デザイアか? 治ると知ってりゃ俺も別に斬りやしなかったんだが、あんたの仲間は誰も居なかったから、ああこりゃもうだめだと勘違いしちまったんだ。悪かったな。許せとは言わねえよ? その代わり俺もあんたにくれてやった酒代を返せなんて言わねえからよ!」
「……はあ」
豪快な人だ。本当に老人か? 目つきは恐ろしいしその顔は皺だらけだが、中身はまるで少年のようだ。冒険者らしいといえばそれまでなのだが。
先の2人、というかフィローには直接危害を加えられた記憶がある。しかしパトルタは斬ったと言うがその記憶はない。ダンジョンから戻ったときも制服に穴はあったが斬られた後はなかったはずだ。そのため彼らの中でパトルタだけはどうにも憎めないでいる。
いや、そもそも別に憎んでなどいないし恨みなどない。なぜだろうか。本来なら復讐心で今すぐ襲いかかってもおかしくはなさそうなものだが、なぜだか自分にその感覚がない。
「おいセリア。これを見てみろ。この武器はかなり便利だぞ」
「……買いませんよ」
キュリアスが持っていたのはストライクスリーと呼ばれるナイフとハンマーをワイヤーで繋いだ暗器だ。ダンジョン内で発見された武器の模倣品らしいが、威圧目的の装備に隠し武器を選んでも仕方がない。
その奥で未だに騒いでいるフィローが視界に入る。やはり特に何も心に浮かぶものはない。
「パトルタさん、ですよね。私はあなた方を恨んでいませんし、復讐するつもりもありません。オルラーデとケシニの間に因縁があることは知っていますが、私も今はオルラーデから離れた身です。なので、お互い干渉しないようにしていただければ、特にそれ以上望むこともありません。……念の為言っておきますが、彼は勝手に騒いでいるだけです。何もしていません」
「……あんたがそれでいいなら、俺からは何もねえ。フィローのやつは、あれだ。あんななりだが殺しってのが始めてでな。あんたの返り血浴びたせいで内蔵が全部出るくらい吐いてやがったのさ。でも死んでねえなら殺しじゃねえのか? どっちなんだろうな」
とんだ逆恨みだ。人殺しが初めてだったから、殺した相手が現れたから騒いでいるなど。見た目より精神が未熟なのだろう。そんなことで勇者が務まるのか、逆に心配になる。
「私にはわかりませんが、自らの行いを悔いているなら、それでいいのではないでしょうか」
「ま、何にせよフィローにはよく言っとくさ。だがあんたもこんな店にいるってことはまだ冒険者なり勇者なりやるんだろう? 余計な干渉はしねえが、ダンジョンで出会ったらその限りじゃあねえ」
「ええ。その時は望むところです」
これからきっとお互い勇者になる。そうすればいつかダンジョンで出会うこともあるだろう。また敵同士かもしれないし、もしかしたら共闘するのかもしれない。
そんな日は来ないかもしれないが、なぜだか、近い将来また彼らと出会うことになるという確信があった。
◆
「おい、これはなんと読む?」
「串肉3種のキマイラ盛り、ですね。鶏肉と豚肉と牛肉をそれぞれ串に挿して焼いたものです。キマイラと言うのは有名な魔物ですが、特に関係ありません」
結局武器は買わずに店を出て、現在は食堂に来ている。
だがそこでキュリアスの思わぬ弱点が判明した。なんと彼女は字が読めなかったのだ。いや正確には読めるらしいのだが、それは現在広く普及しているギルドのバベル文字ではなく遥か過去の、それこそ神殿に刻まれている神話文字と呼ばれるものだった。
「こうして喋れているので気にしていませんでしたが、字が読めないのは勇者として、と言うより普通の生活ですら割と致命的ですよ」
「あらゆる生物の能力を持ってしても、学習だけは外付けだ。字を思いつくことはあっても、知らぬ字を読むことなどできない。それに覚えられないわけでもない。お前がわたしに教えればそれで済む話だろう」
「まあそうなんですけどね。あ、注文お願いします。ランチセット2人前で」
「はいよ! ランチ2!」
通りかかったウェイターに声をかけて注文を済ませると、キュリアスから不満げな視線が送られていた。
「おい、わたしはまだ決めていないぞ」
「そんなことを言われても、店に入ってから10分は経ちますよ? こういう店では余計な時間を使ってはいけません。ここのランチはパンが食べ放題にサラダとスープ、肉料理が日替わりで出てくるので外れはありませんよ」
「そもそもこのメニューとやら。食事の名前だけで説明がないのは不便だ。何を使っているとか書くなり、図を乗せるなりしたほうが良いのではないか?」
確かにこの店「馬車街道」の料理名は独特だ。コカトリスキックと言う名で鳥のもも肉のフライが出てくるし、うたた寝スライムという名のゼリーというデザートもあった。
オルラーデにはなかったが料理ギルドの系列店で加盟各国に店舗がある。どこに行っても同じメニュー、同じ味が楽しめるので気にしなかったが、確かに初見でこのメニューは分かりづらいか。
「あー、めっちゃ込んでるわね」
「これだからお姫様は学習しなくていけません。昼食時に食堂でランチ? みんな同じことを考えているんですから、普通はずらすものですよ」
「すみませーん。相席良いですか? 1人分でいいんですけど」
声をかけられ振り返ると、そこには赤いドレスと軽鎧を纏った騎士と小さな妖精が居た。
イルリの姫騎士にしてエミニアの勇者付き、勇者レテリエ。そして腰に腕時計を巻いたエミニアの銀妖精、勇者アイ。他国の勇者たちからダンジョンイーターと恐れられている、現エミニア最大戦力のパーティだ。
「レテリエさん? 今ナチュラルに自分をカウントしませんでしたね? あなたも座るんなら2人分開けていただかないと」
「あれ? アイさんも食事するんですか? 普通はずらすのなら待っててもらっていいですよ?」
「……殺すぞバカ女」
「かかってこいよトンボ娘」
エミニアが誇る3人の勇者のうち2人が、何故か目の前で喧嘩を始めそうになっている。その殺気は冗談のようなものではなく、明らかに魔力が漏れ出している。
「……2人分なら問題ないので、落ち着いてください」
「あら、ありがとうございます」
「悪いわね。私はレテリエ。隣の椅子に座るとテーブルに隠れる間抜けな妖精がアイよ。よろしく」
「存じています。私も勇者付きだったので。私はセリア。こちらはキュリアスさんです」
「あなたも勇者付きなの!? 勇者って変なのが多くて大変よねー。ウェイターさーん、山盛りマンドラゴラとコカトリスキックを2つ。アイさんは水でいいですよね?」
「私はエルフの神秘包みをお願いします」
相席するなりメニューを見ずに注文する2人。どこにでもある店なので常連なのだろう。ちなみにマンドラゴラはフライドポテト、エルフの神秘包みはリンゴパイだ。
「ずいぶん変わった姿をしているな」
「ちょ、キュリアスさん。いきなり失礼ですよ」
「アイさんですか? 彼女は妖精族でフェアリーとも呼ばれています。確かに珍しいですし、私も彼女しか妖精には会ったことがないですねー」
「妖精は珍しいですから。そういうキュリアスさんも、ずいぶん変わっていますね」
椅子に座っていると会話に参加できないためか、アイは自分の席の上で浮遊している。銀髪に銀の目、エルフを思わせる少し尖った耳。7枚の輝く羽は虹色のグラデーションで常に変化し続けている。妖精は古い魔法生物であり厳密には魔物と同じらしい。そのためデザイアではなく種族由来の能力で空中に停滞することが可能なのだとか。
彼女は楽しげに微笑んでいるが、その目はキュリアスと同じように人形のように冷たく、感情を読み取れない。キュリアスが失礼なことを言ったせいかとも思ったが、少なくとも敵意はなさそうだ。
「ランチセット2人前お待ちどうさん!」
「ありがとうございます。お先に失礼しますね」
「ああ、いえ。お気になさらず」
「今日のランチはチキンだったのかー。私もランチセットにすればよかったかも」
運ばれてきたランチセットはメインがチキンのソテー。サラダは旬野菜のボイルでオニオンスープ付き。パンの食べ放題が付いて800アーツとリーズナブルながらしっかり食べられるため、冒険者ではない層にも人気がある。ちなみにパンはかごに入った小さな白パンだ。基本的に焼きたてで、バターの他にジャムまでついている。今日はいちごジャムだ。
「いただきます。んー、スープの温かみが身体に染み渡るこの感じ。今から食事なんだと舌が脳を切りかえるのがわかります」
ちゃんとした食事を摂るのはいつぶりだろう。思えばダンジョンから戻った日には泣きながら眠りにつき、翌日は馬車で移動しながら携帯食料。本部に着いた昨日はキュリアスと戯れていたせいで夕飯を忘れ、朝食は作り置きのサンドイッチだった。もちろんそれは美味しかったのだが、やはり作りたての熱を持った食事が一番いい。
「この草や根はなんだか甘いな。嫌いではないが、柔らかすぎてどうにも違和感がある。それにこの鳥もだ。なぜみな甘い?」
「キュリアスさんは豪快ですね。いまどきゴブリンですらナイフとフォークを使いますよ」
クスクスと笑うアイの言葉に思わずキュリアスを見ると、彼女は手づかみでチキンのソテーに齧りついていた。朝食のサンドイッチや携帯食料は手で食べるようになっているため失念していた。彼女は字が読めなかったのだ。基礎的なテーブルマナーも知らないだろうとなぜ想像できなかったのか。
「キュリアスさんは、その、記憶を失っていまして……」
「なんと、それは大変ですね。私もよく前日の記憶がなくなっていたりして、大変なんですよ」
「レテリエさんは依頼書や報告書も無くすので本当に大変です。お互い苦労しますね」
「ちょ、なんてこと言うんですか。いくらなんでもそんなことは……」
「?」
キュリアスは気にしていないが、2人なりに気を使ってくれたのだろう。小さな嘘だが少しだけ居た堪れない気分になり急いで食事を終わらせる。今日はもう帰って彼女に一般常識を教えよう。
「ごちそうさまでした。では私たちは先に失礼します」
「あ、もう行っちゃうんだ。これから任務?」
「その準備、と言った感じですね。では行きましょう」
「ん? うむ。ではな」
ナフキンでキュリアスの顔と手を拭ってから席を立つと、ガクランと呼ばれる詰め襟の黒いスーツを着た帽子の男とすれ違った。彼は私たちの居たテーブルに向かっていく。彼はエミニアの勇者ルアク。現役最強と噂されている勇者だ。
「あれ? ルアクさんがなぜここに?」
「ルアくんもご飯ですか?」
「忘れ物だ」
「!? 本部の依頼書がなぜここに!? 私カバンに入れましたよ!?」
「カバンもある」
……どうやら彼女の忘れぐせは本当だったらしい。
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