2.5-4 人魚と槍斧
一ヶ月経ってるってマジ? 投稿再開します。
◆???
それは酷い嵐が過ぎ去って、何日か経った日のことだった。
「~♪」
タマラはいつものように海の中を泳ぎ回る。彼女は海の底に落ちてきた、海の外の品物を集めるのが趣味だった。
それは海の外の人間が見ればガラクタ同然のものだったが、人魚であるタマラにとっては宝物だ。
今もきれいな宝石とひらひらの付いた布を髪に絡ませてお洒落をしている。地上の人間にとってそれが女性用の派手な下着であったとしても、タマラがそれを知ることはない。ただの珍しい装飾品だ。
タマラは嵐が去ったあとの海が好きだ。
普段は縄張りにいない魚たちがいて、ふだん海底の砂や泥の下に隠れていたものたちも、この日ばかりは陽の光の下に晒されている。人魚たちにとってはご馳走の日だ。
しかしタマラにとってはそれだけではない。
嵐の後には海の外の品物が大量に漂流している。タマラにとっては、そっちのほうが重要であった。
「わぁ……!」
その日タマラが見つけたのは、黄金に輝く槍。珊瑚に覆われた岩に突き刺さっていたそれは、びっくりするほど軽く抜け、槍だと思っていた先には大きな斧がついていた。
「きれい……」
自分の顔が映るほどに研ぎ澄まされた刃。試しに振ってみると、硬い岩がなんの抵抗もなく真っ二つになり、勢い余って砂地をも切り裂いた。
慌てて引き上げるが、その動作はとても軽い。握っている感覚では結構な重量物に思えるのに、不思議なほど軽い。
試しに手を離してみる。すると当然ながら斧槍は沈んでいった。やはり普通に重いように見える。
もう一度斧槍を掴んだとき、タマラは気がついた。この斧槍は握っているだけでどんどん力が湧いてくるのだ。
「……あはっ!」
タマラはそれがとてもすごい武器なのだと理解した。他の人魚仲間が持っている武器なんかとは比べ物にならない。
彼らが海の外の人間から交換した武器は、確かに大きなサメや魔物から身を守るのには役に立つ。だがそれでもこれほどの切れ味はなかった。
タマラは嬉しくなって槍斧を振り回す。恐ろしいことにその斬撃は衝撃波だけで海を裂き、その線上にいた哀れな魚を食べ頃にしてしまう。
「たからもの! タマラのたからもの! おいしい、たからもの!」
タマラは人魚なのでなんの抵抗もなく切り裂いた魚を頬張り、槍斧を抱きしめる。ひんやりした金属のはずなのに、ほのかに温かい。
自らが捌いた生魚を食べながら、槍斧とともに緩やかに泳いでいたタマラは、ふと大切なことを思い出す。
「そうだ! 名前! たからものには名前つけなきゃ!」
群れ長が持っている武器は、むかしむかしに海神から授けられた宝らしく、その神の名から取って『シャポル』と名前がついている。
その三叉槍は海を操るが、この槍斧は海を斬り裂く。こっちのほうが強そうだし、名前をつけるのは当然だと思った。
「名前、うーん。どうしようかなあ。珊瑚斬り? うーん、でも魚も斬るし……」
『パトルタだ』
タマラが名前を考えるために唸っていると、突然そんな声が聞こえた。
「……? 誰かいるの?」
槍斧をギュッと握り周囲を見渡す。明るく見通しの良い海だ。魚以外には何も見当たらない。
『どこを見てやがる。こっちだ』
「んー?」
『俺だ。こっちだ。さっきからお前さんが握ってる、最高にイカしたハルバートだ』
「……え!?」
タマラはそこでようやく自分が持っている武器から声が聞こえていることに気がついた。
「武器が喋ってる!」
『そう! 俺は喋れるハルバート、パトルタだ!』
パトルタ。ケシニの勇者パーティに所属していた大柄な白髪の老人冒険者は、海竜魔王リヴィヤタンとの戦いで確かに命を落とした。
しかし命を失ったのは彼のデザイア『オール・イン』によるものであり、魔王にダメージを与えたデザイアは、本来なら問題なくその肉体へと還るはずだった。
だがパトルタの放った最期の一撃は、その能力の終了後に戻るべき場所を見失っていた。そもそも、そんなことまで考えて願った能力ではなかったのだ。
結果として行き場を失ったパトルタの魂は、最期の情報を元に投げ出されたハルバートへと戻り、今に至る。
『お前さん、名前は?』
「タマラ! タマラはタマラ!」
『そうかタマラ、これからよろしくな!』
「うん! よろしく!」
ひとりぼっちの人魚タマラと喋る槍斧、ハルバートのパトルタ。
タマラは喋るという一点のみでパトルタを伝説の武器だと信じ込み、パトルタは美女に拾われたという一点のみで彼女に力のすべてを与えることに決めた。
◆
「ふんふふんふーん♪ うーみの魔物を全滅だー♪ きーんに輝く伝説のー♪ 神々しいその名はー♪」
タマラは今日の宝物を見つけたので、ウキウキ気分で日常へと戻っていく。
『人魚ってのは美しい歌声で船を惑わして沈めると聞いてたもんだが、タマラはそういうのじゃねえんだな。声はきれいだが、音がなってねえ。安酒で潰れた冒険者みてえな歌だ』
「冒険者!? タマラ冒険者みたい? やったー!」
『そういう意味で言ったわけじゃねえが、まあやってることは冒険者と変わらねえわな』
人魚は本来群れで生活をする狩猟民族だ。群れごとに縄張りを持ち、魚を狩って、海藻を摘む。時には海の魔物を討伐し、拾った魔石で海の外の人間と取引をして暮らしている。
だがタマラは1人だった。好奇心の強い彼女は海の外に憧れ、群れを抜け出した。本当はもっと早くに地上へ出る予定だったが、妙な海流と酷い嵐のせいでしばらく海に籠もっていたのだとか。
パトルタはそれが海竜魔王のせいだったと伝えたが、タマラはあまり興味がなさそうだった。今もパトルタの鋭利な刃で足の生えた魚型の魔物を両断し、小さな魔石を回収している。
『せっかくの俺の武勇伝だってのに、興味がないとは悲しいね。強大な敵を倒すのもまた、冒険者のロマンだぜ?』
「そうなんだ。でもタマラは敵よりもいろんなものが見たい! ね、ね、これだけあれば地上に出れるかな?」
タマラはボロボロの革袋いっぱいに貯めた魔石をパトルタに見せるが、返事は色よいものではなかった。
『俺は人魚がどうやって地上に上がるのか知らねえ。だが金でどうにかなるようなことだってんなら、多分無理だな』
「えー、そうなの?」
『そりゃほとんどがクズ石だ。ギルドで手続きしてもせいぜい4万アーツ、新人冒険者が週で稼げる額と変わらん。人間が海で活動できるようになる魔導具はその何百倍もするんだ。ならその逆も同じくらいかかると考えるなら、全然足りないわな』
「むー」
タマラは残念そうに革袋の口を閉じる。実際には人魚は肺呼吸が可能なため、移動手段さえあればどうとでもなるのだが、タマラもパトルタもそれを知らないでいた。
『金のことならその魔石よりも、お前が被ってるショーツについてる真珠のほうが高く売れるぜ?』
「だめ! これはたからものなの!」
『そうか。宝ならそりゃだめだ。そういやお前さん、ショーツを被る前にその胸を隠せ。地上に出るならそれは少しばかり目の毒だ』
「?」
パトルタの指摘を、タマラは理解ができなかった。腕を振るときによくぶつかる邪魔な2つの肉袋。その頂点にピンと立つ桃色の突起から子供のための栄養が出ると知っているが、群れの仲間にそれをわざわざ隠しているものは居なかった。
「邪魔だからしまう、ってこと?」
『俺としてはそのままぶるんぶるん振り回してくれていたほうがありがてえが、いや、俺の両手で揉みしだけねえおっぱいにどれほどの価値が…… いやいや、あれに詰まってるのは夢だろう? ロマンだろう? 手に収まらねえ胸はいくらでもあったじゃねえか! 冷静に新人冒険者を導け、それがオトナってもんだ』
「? これ、揉むと楽しい?」
『くっ!? だめだタマラ! いいか、地上の人間は、服を着るんだ』
無知故に胸をこねくり回すタマラから視線を外し、パトルタは極めて冷静に地上の常識を説明した。
ああ、フィローが言ってた無知がどうこうってのはこういうことか。マルカはプレイに付き合ってただけだと知っているが、だとしてもこの背徳感は凄まじいな。若いくせにろくでもねえことをしやがって、羨ましい。
『ともかく、地上に出るにはまず服が必要だ。魔石はその費用に当てる。当面の目標はそれでいいな?』
「わかった!」
『本当にわかってんのか? まあいいか』
あまりわかってなさそうな、底抜けに良い返事をするタマラ。パトルタはやや呆れながらも、孫が居たらこんなものなのかも知れないと思っていた。
「ねえ、冒険者って魔物を倒す以外に何をするの?」
それは何気ない、純粋な疑問だった。
『さてねえ。魔物以外だと、旅の護衛をしたり、貴重な品物を探したり…… まあ、基本はギルドに従いながら好き勝手してるってのが正しいか?』
「冒険はしないの?」
『最近はあんまりしてねえな。昔はダンジョン攻略といえば冒険者の醍醐味だったが、最近は勇者が攻略して、安全になってから狩りをする場所になっちまった』
パトルタは勇者パーティに所属していたためダンジョン攻略にも参加していたが、最後に入った未踏はダンジョンではギルドの勇者付きを介錯しただけの、後味の悪いものだった。まあその女は1年後にふらっと現れ、今では勇者をしているのだが。
「冒険しないのに冒険者なの? 変なの!」
『元はと言えば傭兵ギルドからの派生で……いや、そんなものは関係ないな。確かに今の冒険者は冒険をしてねえ。そういう意味では、タマラが1人で地上に出ようって方がよっぽど冒険だ』
「そうなの!? タマラ冒険してる!」
『そうだ! 危険を冒してこそ冒険だ! 海の一人旅なんて夢も危険もいっぱいだ! 安全に狩りをしてるギルドの冒険者なんてのは農家と変わらねえ! ダンジョンは農地なんかじゃねえ! もっと夢のある、危険地帯でねえといけねえんだ!』
「そうだそうだー! ところでダンジョンってなに?」
パトルタの煽りに合わせて腕を振り回すタマラだが、肝心のダンジョンを知らなかった。
『ダンジョンってのは、地続きの異世界なんだが。あー、なんていうか。そうだな、魔物が出てくる、魔物のいた世界だ。危険だが、そこでしか手に入らないもんもある、まさに冒険にうってつけの場所だ』
「へえ、魔物の住む世界……」
パトルタの言葉に、タマラは腕を組んで悩ましげに首をひねる。
『魔物だけってわけでもねえけどな? 地上にはそんな横穴がいっぱいあるんだよ。海のダンジョンってのは聞いたことがねえから、地上に言ってのお楽しみだ』
パトルタはそこで話をやめようとしたが、タマラの口から出てきたのはパトルタも知らない大発見だった。
「タマラ知ってるよ!」
『……なに?』
「タマラ、ダンジョン知ってる! ブヨブヨの人が天井を歩いてる、変な場所!」
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