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勇者✕勇者✕勇者  作者: まな
幕間2
53/57

2.5-3 フィローと新たな仲間



◆フィロー



 最後の神ゼニサス改めヴェルが開いた、ダンジョン内でのバーベキュー。

 メンバーには物足りなさを感じていたが、フィローは久しぶりに楽しい時間を過ごせていた。


「彼らは面白いね。どこかで聞いた物語ばかりだが、さも自分たちが見てきたように語る。オレも吟遊詩人でも雇ってみようかな?」


 今もまだメリー相手に盛り上がっているコンダラたちを眺めていとるフィローのもとに、酒を持ったヴェルが寄ってきた。彼はワインをラッパ飲みしながら、もう片方の手には串焼きを3本も持っていた。


「……元神って聞いてたから、もっとお堅いもんだと思っていたが、なんつーか、随分ノリが軽いんだな」


 フィローが呆れながらそう言うとヴェルはニヤリと笑う。


「そんなお堅い神が嫌で人間になったからね」

「だからそんなチャラい格好なのか。初めて出会ったときは普通に海で溺れてサーファーに助けられたのかと思ったぜ」

「チャラいとは失礼な。流行の最先端だと言ってくれ。この格好で歩いていると、みなが2度は振り返る。この前などこの国の出入り門で3回もサインを求められたよ」


 それは普通に場から浮いていて、不審人物だったからじゃねえか。フィローはそう考えたが、彼は一応命の恩人なので黙っていた。


「なあ。ダンジョン……異世界の傷跡ってのはなんなんだ? どうして俺やメリーはここにいる?」

「詳しくはオレも知らない。オレが神を辞めてからできるようになった、世界同士のぶつかりあった傷だというのはさっき聞いただろ?」

「コトートが言っていたやつか」

「ああ。実のところ傷ができる原因は、神の長きにわたる自然支配のせいなんだ。昔話だが、人間と自然との生存競争があった。正確には自然は自然のあるがままに存在していただけだが、人間はそれに納得しなかった。だからオレという存在を、神を望んで自然を制圧した。君たちが使うデザイアって能力あるだろ? 神は世界で最初のデザイアだ。それも個人の願いじゃない。人類の願いだ。それはもう不可能なんてないと思うほどにオレは自然を蹂躙し、色々あって最終的に自然はすべてを神に投げ出した」


 フィローは彼の話の前半分は、遺跡の資料を読み解いたことですでに知っていた。

 しかし後ろの半分はどこにも記載のない、この世界の歴史を揺るがすほどの発言なのだろうと思った。かと言ってフィローは熱心な歴史研究者ではない。異世界人なのだからそのくらいの話はそのうち知るだろう、程度のノリで聞いていた。


「その後は神同士の小競り合いや人間たちの戦争なんかがあったが、それはまあどうでもいいか。問題は神であるオレが神を辞めてからわかった。世界の管理権は自然が神々に負けたときに、既にオレのものになっていたんだ。以前の世界は自然の意志によって管理されていた。それを神が奪った。奪っていた。そんな目で見るな。オレも知らなかったんだ。そして知らなかったから、失ってから気がついた」

「なんで知らなかったんだよ」

「神の全知は人の全知だ。集合知でしかないんだ。君たちの知らないものは知らない。ともかく管理権は手放されたのに、異世界の傷は増えるばかりで、いつまで経っても新しい管理者が現れない。最初の世界は元々神など存在しなかったものだし、いなくてもいいのかと考えていたんだ。だが自然も異世界からの魔物に侵食されていった。そこで気がついたんだ。管理権が自然に還らず、どこかに置き去りにされているのだと。世界は既に自然を見限り、新しい神を求めているのだと」

「なんでそう言い切れる?」

「それは元神だからとしか。新しい管理者を呼ぶ世界の声がなんとなくわかるんだ。でもオレはもうあんな役割懲り懲りなので神には戻らない。自分勝手なのも他人任せなのも人間の特徴だからね」


 ヴェルは一通り喋ったようで串焼きを齧りワインで流し込んでいく。

 しかしフィローの疑問は片付いていない。ダンジョンについては概ね理解したが、そのダンジョンに現れた自分はいったい何者なのか。

 自らが主人公だと信じているが、それにしては異世界人が多すぎる。


「それはまあわかった。神座は俺が見つけてやる。だがもう一つの質問の答えは? ダンジョンについてはわかったが、俺たち異世界人はこの世界にとって何なんだ?」

「ダンジョンから人が出てくるって噂があってね。最初はオレも話半分だったんだ。人型の魔物じゃないかってね。でも偶然見つけたこの未踏破ダンジョンで君を見た時、それは違うと理解したよ。本当に魔物じゃない人間が、異世界の傷から降って来たんだからね。思わず助けるくらいには、君は人間だ」

「人間なのは当然だが、なぜこの世界に連れてこられるんだ?」

「そこまでは知らない。オレは元神だし、さっき言った通り神だって全能じゃない。でも一つ予想を立てるとしたら、それは君が望んでいたからじゃないか?」


 ヴェルにそう言われ、フィローは昔の記憶を呼び覚ます。

 あの日このダンジョンの海で溺れる、その前の記憶。俺は何をしていた?

 思い出されるのは退屈な日常と、FPSのリザルトスコア。友人がたまに持ってくる週刊漫画誌と、カビ臭い部室のソファ。

 授業をサボってふて寝して、これ以上すると留年だとか退学だとか脅されて、冷えていない紙パックのジュースを飲みながら、俺はボヤいていた。


 ……ああ、異世界行ってみてえな。





 思い出すだけで頭痛がするような、灰色の青春。あの頃はゲームのキルスコアだけが癒やしだった。


「はっ、確かに異世界を望んだ気もするが、まさかそれだけでこの世界に来れたってのか?」

「望めば叶うこの世界。その世界が異世界と交わるほどに不安定なんだ。異世界側から望んでその願いが叶ってしまう。十分あり得ると思うけどね。ちなみにメリーはイケメンと出会いたいと望んだら、目の前にオレがいたと言っていた」

「あいつもまた随分即物的な……」

「な? あり得そうだろ? そこでひとつお願いがあるんだが」


 ヴェルが食べ終わった串を振ると、手品のように一瞬でギルドカードへとすり替わる。それはメリーのギルドカードだった。


「オレは既にこのダンジョンで2回も君たち異世界人を発見している。元々ダンジョンの仕組みを調査するために買った場所だが、こうも続くとここは君たちの世界と繋がっていると考えて間違いないだろう」

「まあ、あり得そうな話だな」

「なのでオレはここを閉鎖する。メリーから聞いたが、君たちの世界は随分平和なんだってね。そこの世界の住人を、こんな不安定で危険な世界に呼び続ける訳にはいかない」


 ヴェルが串同様にワインの空き瓶を振ると、それは小さいながらもダンジョンコアへとすり替わった。


「お願いってのは、メリーのことか」

「ああ。勇者である君ならそれなりの地位があるはずだ。彼女が安全に暮らせるように、しばらく寄り添ってあげてくれないか?」

「自分でやれよ。イケメンに会いたくてここまで来たんだし、それにポロニアの貴族なんだろ?」

「あの国はダンジョンから出る異世界のアイテムにご執心だ。人間が出てきたら、それも若くて可愛い女性が出てきたら…… 当然だが貴族よりも王のほうが立場は上。何を言われるかわかったもんじゃない」


 ヴェルがため息を吐きながらやれやれと首を振る。彼も本望ではないのだろう。しかし彼の立場がそれを許さない。


「貴族の立場もダンジョンから出てきたアイテムで買ったもの。先に言っておくが、オレの最終的な目的は新たなる神によるこの世界の管理。それはダンジョンの消滅に繋がることになる。というかそれが目的の9割だ。どのみちポロニアとは敵対することになるから、やはり危険だ」

「つっても勇者だって別に安全じゃねえぞ? 地元まで帰れば別だが、俺には神座っつー目的がある。それに離れている仲間も探さねえといけねえ」

「なんだ、私の話か?」


 そこへ話の中心人物、メリーが現れた。彼女の手には珍しいソフトクリームが握られている。


「……確かにお前の話だが、なんでアイス持ってるんだ?」

「珍しい食べ物を持っているね。それはなんだい?」

「いいだろ? つっても市販のコンビニソフトだけどな。ヴェルにも買ってやるよ」


 メリーは何もない空間へと手を伸ばし、そこからきれいに包装されたソフトクリームアイスを取り出した。


「上のカップを下にして、コーン側のカップを取る。んで、コーンを握って上下を戻して上のカップを取る。これがきれいに食うコツだぜ」

「へえ、見た目は柔らかそうなのに、意外としっかりしているんだね。うん、冷たくて美味しいよ。少し甘さがくどいけど」

「本当はもっとソフトの部分が柔らかいんだけどな。んで? 私の話ってのはなんなんだ?」


 メリーのデザイア能力によって生み出されたアイスの容器は魔力となって消えていく。フィローは脚を撃った傷がすぐに治っていたので肉体強化か治癒系かと思っていたが、それだけではないらしい。


「ヴェルが仕事に戻るからこのダンジョンを壊すんだとよ。それでお前の保護を依頼された。俺はヴェルがそのまま助けてやればいいと思ってんだが……」

「すまないねメリー。オレはこれから危険な旅に出る。異世界からこんなところに来てしまった君を、最後まで守れないことを許してほしい」


 ヴェルは悲痛そうな顔でメリーの肩に手を置くが、もう片方の手でアイスを食べていたのでは台無しだ。


「まあ、一生会えないってわけでもないんだろ?」

「もちろん。仕事が終われば、きっとまた会えるさ」

「なら私はフィローに着いていくぜ」

「は?」


 メリーの以外とドライな態度に、フィローは肩を落とす。


「おい、メリー。結構深刻っぽい雰囲気で話してたのに、あっさり話をつけるんじゃねえ。というか俺は了承してねえぞ?」

「ああ? こういうのはぱっと決めるのが一番なんだよ」

「勇者ならお願いじゃなくて依頼にするから受けてくれ。生命の恩人の頼みだろ?」


 メリーとヴェルから責められるが、しかしフィローにもやるべきことがある。そう簡単には受けられない。


「あのなあヴェル、お前他国の人間だろ? 受けられないことはねえが、こっちにも国の代表として面子がある。そう簡単にはいかねえよ」

「ポロニアのことなら気にしなくていい。実はコトートには話をしてあるんだ。一般人からの正式な依頼として受理できる」

「勇者への依頼って、そこらの冒険者への依頼料の数十倍だぞ? 正気か?」

「金には困っていないし、オレにとってはもうすぐ必要なくなる。通常の依頼料にプラスしてオレの全額、ポロニアの総資産の2%近い金額がケシニに入ると伝えたら、彼は即答したよ」


 思わずコトートの方を振り返ると、彼はいい笑顔でケシニの総資産の10倍以上だと答えた。


「そんな高額の資産そう簡単に移動できるもんじゃねえし、それだけの金を動かしたらポロニアにとっても戦争になるレベルの損害じゃねえのか? だいたいそんな金を動かせる一般人がいるかよ」

「なにも一度にすべて動かすわけじゃない。オレの資産はほとんどギルドにあるんだ。それを君たちやケシニへ投資や融資という形で長期的に支払い続ける。これならそこまで不審じゃないだろう?」

「そういう屁理屈は苦手なんだ。だがなぜそこまでする?」

「君たちがここにいる責任の一端はオレにあるからな。その贖罪、なのかもな。本当はもっと異世界人がいるのは知っている。だが人間である今のオレには全員は助けられない。エゴなのはわかってるが、それでも彼女を助けてやって欲しい」


 いつになく真剣なヴェルの視線に怯んだフィローは、もう片方の当事者であるメリーに話を振る。


「なあメリー、お前もそれでいいのか? ヴェルから聞いたが、お前イケメンに会いたいとかふざけた理由でここに来たんだろ? ヴェルと離れることになっていいのか?」


 しかしそれは悪手だった。フィローの問に、メリーはヴェルとフィローの顔も見比べてからにっと笑う。


「毎日見てると飽きるって言うじゃん? それにお前もイケメン寄りだよ。入れ墨だらけなのはもったいないが、嫌いじゃない」

「……顔が良ければなんでもいいのか」

「顔だけじゃないけどな。いやあ、最初見たときから良い身体してるなとは思ってたんだよ。それに勇者なんだって? ってことは実力もあるわけじゃん? 実力があるってことは体力があるってことじゃん? 体力があるってことは……なあ?」


 メリーはフィローの腕に抱きつき、右手の指で作った輪に左手の人差し指を出し入れする。フィローはヴェルを睨むが、彼はそっと顔を顔を逸らす。


「ヴェルはあんまり相手してくれないからさ、正直この話を聞いたとき楽しみにしてたんだ」

「お前……まさかその格好もそういうアピールか?」


 メリーは布面積の少ない際どい水着と、それを隠してはいるが透けている大きめのTシャツというマニアックな出で立ちだ。ふと視線を下ろせば、シャツの首元からほとんど裸同然の柔肌が覗いている。


「ずっとここで2人っきりなのに、手出ししてこねえからよ。そりゃもう過激っぽい格好になるしかなくね?」

「知るか。それより俺は目的があって旅をしていた。その旅はまだ終わっていない。なのでやつの依頼を受けてもお前を安全に護衛するつもりはない。着いてこれないならそのへんの町でギルドに保護してもらって、それで終わりだ」

「危険なのか?」

「……歴戦の仲間が死ぬくらいには、な」


 メリーの問にフィローの脳裏をパトルタがよぎり、しかし隠さずに答えた。


「旅そのもので死んだわけじゃないが、そういった危険はこれからどんどん付き纏ってくる。正直俺はヴェルが大事に思っているお前を危険に晒したくはない」

「はっ、お前見かけよりも優しいんだな」


 メリーはふっと笑ってフィローの腕を離し、飛び退くように距離を取る。彼女はアイスを取り出したときのように虚空へと手を伸ばし、何かを掴んで手を戻す。

 その手に握られていたのは、いや、その手を包んでいたのはいつかフィローが友人と遊んでいたゲームの武器、近接戦闘用のガントレット。

 右手を包んだ金属製のスチームパンクなガントレット。彼女は重そうなそれを自在に振り回し、格闘技の演舞を披露する。フィローは知らないが、それは彼女の装備したガントレットとは別のゲームの格闘技だ。

 一通りの型を披露した彼女は、最後にガントレットの拳を大地へと振り下ろす。本来ダンジョンの床はかなり頑丈な作りになっているのだが、彼女の一撃はその砂地を砕き、魔力へと崩壊させた。


「私だって異世界から来た転移者なんだ。力だって手に入れた。せっかく異世界に来たのに、安全に引きこもってるだけの生活なんて、私は望んじゃいないよ。あんたが断るなら、私は1人で冒険者になる」

「はあ、だから心配だったんだが、フィロー、君はこれでも断るか?」


 好戦的な笑みを浮かべるメリーとため息をつくヴェル。フィローは彼女の今の一撃と、最初に出会ったときの運動能力を思い出し、暫く考えた後。


「……わかったよヴェル、依頼を受ける。だが安全にってのは無理そうだ」

「よっしゃ! これからよろしくなフィロー!」



ここまでお読みいただきありがとうございます。


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