2.5-1 フィローの目的
◆フィロー
港の帝国シャポリダにおける海竜魔王リヴィヤタン襲来事件。
そこでフィローは仲間を失った。
1人はよく笑う拘束具の女ヒーラー、マルカ。彼女は死んでいないが、海に飲み込まれた後の行方がわからなくなっている。
もう1人は豪快な老冒険者、パトルタ。老いを感じさせない屈強な大男だったが、魔王のとどめとなる一撃で、その命を使い果たした。遺体を確認したが、まだ生きているのかと錯覚するほど満足気な表情だった。
元々身元のない冒険者だったため、パトルタの葬儀は他の冒険者たちと合同でシャポリダ政府が執り行ったが、それは祭りのように盛大なものだった。彼も一緒に盛り上がっていたとフィローは信じている。
葬儀の後もフィローは自身の所属するケシニには帰らず、未だにシャポリダに居た。
「お気持ちはわかりますが、ここでいつまでもマルカさんを待つわけにはいきませんよ。それに彼女の情報はギルドでも把握しています。もし見つかればすぐに保護し、僕たち勇者付きに連絡が来ますよ」
「コトート。お前の言いたいことはわかるが、俺がここにいるのはそんな感傷的な理由じゃない」
「ではなぜ何日もホテルに閉じこもっているんですか? 人を使って探しものをしているようですが、あれはマルカさんのことではないと?」
コトートの言うようにフィローはパトルタの葬儀の翌日から1週間以上ホテルに籠もっていた。それも食事を抜いてまで部屋に引き籠もっていたのだ。
「そもそも俺たちがここに来た理由を忘れたのか?」
「……古代文字の謎を追って、でしたね。まさかまだその件を?」
「なにがまさかだ。もし古代文字を読めたのがマルカやパトルタなら諦めるしかなかった。だが文字を読めるのは俺。なら元の目的に戻るのが筋ってもんだろ?」
「理屈はわかりますが、でもあんな事件があったばかりなのに、そんな道楽のような依頼を続けなくたって……」
「冒険者がロマンを追うのを辞めたら、そいつはただの掃除屋だ。前にパトルタのおっさんが言っていた。最近は冒険をしない冒険者が増えたってな。良くも悪くもギルドのおかげで人の生活は安定している。野生の魔物はほとんどがカテゴライズされ、情報は各ギルドで確認可能。各地を巡る冒険者ギルド職員の監視網があるため、一般人が襲われる心配なんてほとんどない。怪我をしても病気になっても上等なポーションが金さえあればいくらでも手に入る。素晴らしいことだが、安心安全安定ってのは冒険の真逆にある。ギルドに取り込まれてから冒険者は危険を冒さなくなった。それは本当に冒険者なのか? ってな」
冒険なんてゲームやマンガでしか知らないフィローは、その時パトルタにはっきりと答えた。
そんなものは冒険じゃない。未知の世界に飛び込まないなら、ただの仕事だ。
パトルタも同じように考えていたらしく、既知のダンジョンで素材を集めて売り捌くだけなら農業と変わらない。相手が魔物なら素材すら魔石しか出てこないから、農家ですらないただの掃除屋だと頷いていた。
実際には物や人物の捜索、都市間の移動の護衛など多岐にわたるのだが、彼らの中ではそれらも安定した仕事だと少々見下げていた。
「そんなわけで俺はパトルタのおっさんの意志を汲んでここにいる。ケシニの領主から帰還命令がないなら、話は終わりだ」
「はあ。領主チャーレッジには事件の顛末を報告済みですが、傷心中だろうからゆっくり休めと言われました。あちらも特に問題はないそうです。……理由はわかりましたが、それはそうとしてロマンを求めるならやはり外に出るべきでは?」
「別に遊んでいるわけじゃない。俺の探している場所に関しては、例の三兄弟が俺たちに任せてほしいってんでな。しばらく好きにさせてる。その間にロットから預かっていた資料を読み直しているんだ」
量が量だけに放置していた資料は現在の前の世界、神々の支配していた頃の世界の歴史だ。神話時代と呼ばれているその頃の世界には現在にはない文明の跡もいくつか散見されている。
なにぶん壁画に刻まれた文字の写しなので読み難いことこの上ないが、そこには重要な情報がいくつもあった。
「それならいいんですが、せめて食事くらいはしてください。あなたにまでなにかあったら、僕はケシニもギルドもクビになってしまいますよ」
「いま食ってるだろ」
「その前に口にしたのはいつですか? 僕が運んだ記憶が正しければ昨日の昼食だったはずですが」
「元々そんなに腹が減らねえんだ。水と飴だけで2日間クリア耐久をしていたこともある。流石にあん時は死ぬかと思ったけどな」
ちなみにいまフィローが食べているのはフィッシュ・アンド・チップスとサンドイッチだ。コトートしてはもっと栄養価の高いものを食べさせたいのだが、彼は偏食家なのでジャンキーなファーストフード以外を出すと不機嫌になる。
かつてはマルカが美味しそうに食べているとなんでも興味を持って口にしていたのだが、そういう意味でも彼女の離脱は痛手だ。
そんな数少ないフィローの食事中、部屋の外がにわかに騒がしくなる。何事かとコトートが部屋の外を確認しようと扉を開けると、冒険者パーティ『コンダラ三兄弟』が部屋に飛び込んできた。
「フィローさん! ついに見つけたッス!」
「制圧済みでしたが、確かにビーチみてえな小さいダンジョンがありやした!」
「……ノックくらいしてください」
部屋の外には彼らを追いかけてきたホテルマンがいた。どうやら要件も告げずに乗り込んできた彼らを不審者だと思って捕らえようとしていたらしい。
まあ、確かに高級ホテル内で彼らの革鎧は浮く格好だ。不審者と言って差し支えないが、彼ら以上にフィローのほうが怪しげなので黙っておく。
コトートは彼らはパーティメンバーのようなものだとホテルマンに言い含めて、いくらか握らせた。ギルドカードによる経済活動がどれだけ発達しても、現金はこういう時に便利だ。
「場所がわかったんなら早速向かうぞ」
「それなんですが、どうやらそこはシャポリダ国内にあってポロニア貴族が所有している、いわゆる別荘地になってまして、入ったところですぐに追い返されちまいました」
「はん、どこの国だろうと関係ねえな。俺はケシニの勇者だぞ? 誰だろうと知ったことか」
「おお! さすがフィローさん、恐れを知らねえ!」
「俺たちはどこまでも着いていくッス!」
コトートがホテルマンとのやり取りをしているうちに、部屋の中では話が済んでいた。既にフィローは完全武装状態であり、今すぐにでも飛び出していきそうだ。武装と言っても彼は極端に軽装なので、ボウガンをセットしたベルトを腰に巻いただけだが。
「行くぞ。コトートもついてこい」
「今やあなたのパーティメンバーは僕だけですから、そりゃ行きますけど。国際問題になりますから、いきなり暴力はやめてくださいね? 話をしてからお願いしますよ」
「わかってるって。俺は常識も分別もある。敵かそうでないか、確認するくらいの冷静さは持ってるっての」
それは初めてダンジョンの攻略に出た日、興奮のあまり何も確認せずに1人の勇者付きを殺したことで学んだ。
ボウガンでの、飛び道具での殺しは実感がまるでわかなかった。パトルタが介錯をし、その返り血でようやく自分が何をしてしまったのかを理解した。
人を殺してしまったという恐怖は、あとから襲ってくる。たとえそれが異世界であったとしても、自分が主人公だったとしても、不義理の殺しは心を蝕む。
まあその女は真っ二つになったあとダンジョンコアの爆発に巻き込まれ粉々に爆散したのに復活していたし、なんなら今はフィローより遥かに強くなっているので別の意味で恐怖しているが。
◆
コンダラ三兄弟の案内で向かった制圧済みの小規模ダンジョン。
それはフィローの記憶よりもかなり離れていたが、中に入るとたしかに記憶にある場所だった。
「あの時は無我夢中で歩いていたから気が付かなかったが、ずいぶん遠くにあったんだな」
「フィローさんの知ってる場所で間違いないッスね?」
「ああ、確かにこの場所だ。小さなビーチに小さな太陽。気温は高いが暑苦しさはなく、海臭くない涼し気な風も記憶のとおりだ。……あの小屋は記憶にないけどな」
ある意味で俺の第二の故郷とも呼べる場所。そこは本当にダンジョンだった。ということは、異世界人はダンジョンから現れるということになる。つまりそれは……
「またお前たちか! ここはポロニアの私有地だと何度言ったらわかる!」
フィローが思案していると、甲高い声で怒鳴りながら同年代くらいの女性がやってきた。
大きめのシャツを羽織った裸足の女性は、先程まで泳いでいたのかシャツが張り付いてかなり際どい水着が透けている。だがそれ以上に気になったのは、フィローと同じ黒髪黒目だったことだ。
「許可なく入れば冒険者だろうと叩き潰す! 私はそう言ったよな!?」
「おい、お前たちは帰っていいぞ。もしかしたら、こいつは俺と同じくらい強いかも知れねえ」
「へい! フィローさんもお気をつけて!」
コンダラたちは物分りがいいので危機を察知しすぐに逃げ出す。本当はコトートも逃げ出したかったが、勇者付きであるため、まだ離れるわけにはいかなかった。
「ああ!? ……黒髪? お前、まさか日本人か? でもフィローって……」
「彼はフィロー。ギルド加盟国家ケシニの勇者です。僕はコトート、彼の勇者付きです。ここには任務で調査に来ました。本来勇者である我々がわざわざ伺う必要はないんですが、ここの責任者はいらっしゃいますか?」
にこやかにギルドカードを提示するコトート。少し棘のある言い方は、暗に勇者なんだから黙って通せという威圧が込められている。
しかし彼女は気にした様子もなく鼻で笑い、拳を構えた。
「勇者だかなんだか知らないが、異世界から来たホンモノの転移者には勝てないよ?」
「異世界から? そういえばフィローさんもそんな感じのことを言ってましたね? 主人公がどうとか」
「ああ。俺は正真正銘、異世界から来たこの世界の主人公だ。で、たぶんこの女が言ってるのも同じような事なんだろうが、お前はどうやってこの世界に来た?」
「勝てたら教えてやるよ!」
ダボシャツ水着女は好戦的な笑みを浮かべ、フィローに向かって突進する。ある程度距離はあったがその速度は凄まじく、一息に詰められる。
だが距離があったということは、フィローにとってはそれだけでアドバンテージだ。
敵対するなら同郷でも容赦はしない。指先に魔力を込めてデザイア『魔弾』を起動。鏃だけの小さな矢、あるいは銃弾と呼ばれるものを生成し、走り迫る彼女の足に向かって放つ。
最初は銃を求めていたが、弓矢しか作れなかった。しかし数々の経験と訓練を経て、彼は魔弾の発射機構を必要としなくなった。その集大成が魔王戦で見せたミサイルなのだが、その出力を小さく絞れば銃弾など容易に生成可能。
「てめっ! 素手の女に銃とか卑怯だと思わねえのか!?」
発射音すらない亜音速の凶弾だが、それに彼女は気づいた。咄嗟に飛んで躱す様子を見てなかなかやるとフィローは感心したが、彼の魔弾もまた特別製だ。願いによって生み出されたチートの弾丸は、躱した彼女を正確に捉え、空中で直角に曲がって膝を貫く。
本来ならありえない挙動だが、フィローにとっては見慣れた光景だ。
「あがっ!? ぎ、ぎあああああああぁぁぁぁああああ!!」
「卑怯? 全く思わないな。この世界にはおかしなやつが多すぎる。この程度のチート能力、あいつらの前では通用するだけマシってレベルだ。ああ、それがこうも効果的ってことは、お前大したことねえな」
「フィローさん、容赦なさすぎですね……」
「あ、ああ、ぐぅ、ひぐっ、う、うううぅぅ……!」
倒れた水着女がどんな能力を持っているかまだわからない。フィローは余裕の口ぶりで煽ったが、未だに警戒は解いていない。
「おいおい、勝てたら教えてくれんだろ? 泣いてんじゃねえよ」
「うぐっ、ううぅぅ……」
「帰りが遅いと思って見に来たら。メリー、そんなところで寝ていて、足でも挫いたのか?」
「「!?」」
フィローは警戒を解いては居なかった。だから、気がつかないはずがないのだが、視界の間に突然割って入ったように、そいつは突然現れた。コトートも動揺を隠せていない。
本当に一瞬のうちに、魔力反応も移動してきた形跡すらなく、水着女の傍ら男が立っていた。
赤いアロハを着た金髪の男。うっすら日に焼けたその男に、フィローは見覚えがあった。
「血が出てるな。ああ、ああ、何かが貫通したみたいだ。それが痛いのか?」
「う。ううぅぅぅ……うるせえ! 見りゃわかるだろ!? しおらしくしてるんだから助けろよ! お前も、俺を撃ったお前も! 私は女だぞ!?」
暫く倒れたまま蹲っていた水着女、メリーというらしいが、彼女は勢いよく立ち上がりアロハ男の襟首を掴む。
「元気そうだね。演技がうまいな」
「敵対してきたやつを助ける義理はねえが…… あんた、ゼニサスか?」
「ん? まだ名乗った覚えはないんだけど、あ」
襟首を捕まれたままフィローたちに顔を向けるアロハ男。胡散臭い笑顔を貼り付けたハンサムは、確かにあの日あの時この場所でフィローを助けた男だった。
いつか助けられた日と同様に、上から下までじっくりと見てから彼は頷く。
「あー、オレは人を覚えるのが苦手なんだ。でも黒い髪は覚えているよ。入れ墨は知らないけど」
「ヒロだ。1年以上前に、ここであんたに助けてもらった。改めて、礼を言う」
「!? フィローさんが、頭を下げた!? それにヒロって……」
「ヒロ? やっぱりお前も日本人か! ならそうと言えよ!」
水着女メリーはアロハを離してずかずかとフィローに歩み寄る。その顔はまだ不満気ではあったが、敵対心は消えていた。膝の怪我も既に治っている。
「私は居雀リン。こいつにはメリーって呼ばれてる」
「そうか。俺もそいつにフィロって呼ばれてからそれを名乗ってる。で? どうやってこの世界に来たんだ?」
「君たち同郷? いいね。存分に語り合うといい。でもその前に、ひとつ聞いていいか?」
アロハ男は、掴まれていた襟をビシッと直しながら冷たい目でフィローを睨む。
「なぜオレの名を知っている?」
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