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勇者✕勇者✕勇者  作者: まな
第一章
5/57

1-5 ギルド本部へ向かって


◆セリア




「失礼します。ライツェさん、定期便もう来てますけど……あなた方は……?」


 ノックとともに執務室に入ってきたのは見覚えのないギルド職員だった。


「ライツェは……まだ来ていません。ですが、定期便の件は本部に行くのは私たちなので、問題ありません。それと、彼女の私室の鍵です。返しておいてください」

「は、はぁ。それは構いませんが……失礼ですけど顔色が悪いようですが、大丈夫ですか?」


 自分がいたときの職員は全員覚えているため、彼女も私がいない間に入った新人なのだろう。本当にあれから1年経ったのだと実感させられてしまう。自分のギルドカードを見せると、彼女は息を呑んで後ずさる。


「あなたが、帰還者(リターナー)の……」

「そういうことなので、……後はよろしくお願いします」


 鍵を無理やり押し付け、ふらつく両脚をなんとか動かして倒れるように部屋を出る。思考がぼんやりとし、身体の制御が覚束ない。いつの日か熱病に魘されていたときのようだ。しかし身体には不自然なほど力が漲っているのを感じる。


「おい、忘れているぞ?」


 壁に手を付きながら少しずつ廊下を進み、キュリアスが私の旅行鞄を抱えて後についてくる。


「ああ、ありがとうございます…………私、どうなっているんですか?」

「勇者になった。それを自覚したのだろう。なに、元々お前の身体だ。すぐに思い出す」


 キュリアスは何でもないことのように言うが、私の身体の違和感を知られていることに不快感を覚える。


「……勇者って、なんなんですか?」

「なぜ今更そんなことを聞く。お前が目指していたものだろう? まさか勇者を知らずに勇者を目指していたのか?」

「私の知る勇者は……ただの職業です。国の威信を背負った外交官であり、国の最高戦力。それでもただの職業のうちの1つで、役人と変わらない。どんなに力強くても、1人では勇者になれず、パーティメンバーと勇者付きに支えられている、ただの人間ですよ」

「それが今の勇者か。それがお前の目指していたものか」

「……ええ」


 それが私の知る勇者だ。人間離れした怪力無双も、精霊をも超える魔術の使い手も、しかし国に仕えるただのヒト。私の憧れた勇者は、私を救ってくれた勇者は、そういうものだった。

 それが悪いとは思わない。国のために働けば結果として勇者は人を救う。だが、同時にある矛盾を抱えている。

 勇者は他国のためには働けない。勇者は他国の人間を救えない。勇者は他の勇者を救えない。

 共闘がないとは言わない。ダンジョンは世界にとっての驚異だ。力を合わせて攻略することももちろんある。だがそれは結果的にそうなっているに過ぎない。殆どの勇者は自国の利益のためダンジョンを得たいと考え、そのために他国の勇者は基本的に邪魔者だ。自国だけで手におえない場合に他国を頼る。同盟だから他国を頼る。そんなビジネス上の妥協でしかない。

 憧れの勇者がそんな(しがらみ)に縛られていると知った私は心底幻滅し、同時にそんなものに縛られない勇者になろうと決意したのだ。


「ああ、いえ。違いますね。私が目指した勇者は、もっと自由で、少なくとも他国の者だからなんてくだらない理由で他人を見捨てるようなことはしない、眼の前の誰をも助ける、御伽噺のような存在で……」

「そうだろう。勇者とはそういうものだ」


 ふっと身体が軽くなった気がした。私が私の勇者像を再確認したからだろうか。少なくとも引きずるような足取りはなくなった。


「それでいい。まずはお前自身がお前の理想の勇者を持て。お前の理想の勇者になれなければ、誰かの理想になることなどない」







 キュリアスと話しているうちにギルド支部内の貨物室まで辿り着いていた。この部屋はギルド門から直通であり、魔物の解体なども行えるようにかなり広い作りになっている。定期便の幌馬車もここにあり、すでに積替えは終わっていたようだ。


「遅えぞ勇者付き。あとの荷はお前らだけだ」

「ちょ、アダティヤ! ああ、ああもう、失礼しました。ボクは御者のマイルズでこっちは護衛のアダティヤ。すみません、彼女は元冒険者でちょっと口が……」

「こちらこそ、遅れてすみません。私は勇者付きのセリア。こちらは新人のキュリアスです。本部までの道程、よろしくお願いします」


 頭を下げるマイルズは一般的な金髪碧眼、線の細い好青年で勇者付きではないが、ギルドの戦闘制服を着ている。

 護衛として紹介されたアダティヤも同じく金髪のショートヘアだが色褪せていて目は赤い。日に焼けた肌をしているので南方の出身だろうか。右脚の膝から下は義足で元冒険者というのはこれのせいだろう。それでも動きやすさを重視してか最低限急所だけを守る革鎧の装備している。


「ケッ、男が簡単に頭下げやがって。事実を言っただけじゃねえか。それより聞いたぜ? お前帰還者(リターナー)なんだってな? 閉じたダンジョンは地獄に繋がってるっつー噂だが、実際どうだったんだ、聞かせろよ?」

「アダティヤ! それは聞くなと言っただろう?」


 帰還者(リターナー)。それは本来帰ることのできない、崩壊したダンジョンから戻った者を指す言葉だ。

 そもそも通常はダンジョン内部に残されたままダンジョンが崩壊したとしても、こちら側の人間はダンジョンの外に弾き出される。

 ダンジョン崩壊の原理の説明はよく水に沈めた風船に例えられる。水とその外側がこちらの世界、風船がダンジョンで中の空気が冒険者だ。まず空気の入った風船を水に沈める。これがダンジョンに冒険者が入った状態で、風船の口だけを水から出す。その口がダンジョンの入口で、ダンジョンが崩壊すると風船の口の結び目を取った状態になる。すると風船の中の空気は水圧で口から出て行くが、ダンジョンも崩壊すると同じように中のものがその入口からこちら側の世界に吐き出される。大雑把な説明だがだいたいこんな具合だ。ちなみにダンジョン産のものはダンジョン崩壊と同時にダンジョン維持のために魔力として吸収されるので、外に溢れかえることはない。

 この現象は、たとえ死体だったとしても弾き出される。というよりダンジョン内で生み出されたもの以外はだいたい弾かれる。それほどダンジョン崩壊で未帰還者になることはレアであり、そこから帰還したものは当然もっと少ない。

 とは言え、私にその実感はまるでない。気がついたらあの廃鉱山に戻されていたのだから、普通に弾かれただけだと思っていた。


帰還者(リターナー)…… そう言われても実感がありませんね。気がついたらダンジョンの外にいただけですし」

「ふーん。てことは自分で戻ってきたわけじゃねえのか。つまんねえなあ。で、そっちの嬢ちゃんは? 新人っつ―話だが、ギルドの制服を着ている。何者なんだ?」


 突っかかってきた割には飽きるのも早く、興味はキュリアスへと向かった。と言っても彼女の事も事前に準備してあるので問題はない。

 しかし彼女が何を言うかわからないので余計なことを喋らないよう遮るように前へ出る。


「わたしか? わたしはキュリアスだ。まだ何者でもないが……」

「彼女は記憶喪失なんです。どうやらこのあたりの出身では無いようで、その治療も含めより設備の整った本部へと連れて行くことになりました。服は、私の予備です。急なことだったので」

「アダティヤ、いい加減にしないか。遅れていると文句を言っておいて、質問攻めで出発を送らせているのは君だぞ?」

「オーケー、オーケーイ。そんなに怒鳴るなマイルズ。俺の仕事はお前の護衛である以上、積み荷は確かめないといけねえ。例えそれがギルドの制服を着ていたとしてもだ。見るもんは見た。問題ねえよ」


 マイルズが引き剥がしてくれたが、キュリアスが着ているのは勇者付きの制服だ。ギルドの戦闘職員の制服を着ている新人がこんなところにいるはずがない。

 油断した、と言うよりは私が普段から制服しか着ていない弊害だろう。戦闘服3セットに儀礼用の制服が2セット。思えばギルドに入ってから私服を着ていた記憶がない。

 しかしあのアダティヤという女性。冒険者らしいデリカシーのない荒くれ者かと思っていたが、あれも仕事のうちだったのか。ああやって相手の神経を逆なでして本性を見抜くタイプなのだろう。


 多少のやり取りはあったが無事馬車に乗り込むことに成功した。これで1週間後には本部に着くことができるだろう。




◆馬車内




 オルラーデを出て本部への街道に入った瞬間、馬車が突然速度を上げ始めた。思わず荷台からマイルズに声をかける。


「ちょ、ちょっと急ぎ過ぎではないですか?」

「そういえば、あなたはいつもの勇者付きの方ではないですね。なら少し説明しましょうか。アダティヤ、ちょっと代わってくれる?」

「あいよ」


 幌馬車の天井で見張りをしていたアダティヤがマイルズと御者を代わり、マイルズが荷台へ入ってくる。


「こんなに速度を出しては、馬が持ちませんよ?」

「ああ。それは問題ありません。この馬車の馬はボクのデザイアなんですよ」

「へえ、それはすごい。それならこの速度も納得ですね。となると本部までどのくらいになるんですか? 普通の馬車と比べてもだいぶ速そうですが」

「明日の朝から、遅くても昼前には到着したいですね」

「そんなに早いんですか!?」


 当初の予想では、自分が着任するまでにかかった1周間程度と予想していた。しかしそれが1日もかからないとは、あまりにも速すぎる。


「そうですね。元々オルラーデは旧エミニア領の中では本部に近く、道も他より整備されています。ボクのデザイアは昼も夜も関係なく目的地まで走り続けるので、余程のことが起きなければこのくらいの距離はすぐですよ」

「かなり強力なデザイアですね。もしよければ後学のために話を伺っても?」


 デザイアはまだまだ未知の部分が多い。神が残した最後の奇跡なのだから当然ではあるのだが、デザイアに関する話を紐解いていくことで、他の能力の覚醒や魔術の発展に役立ったりすることは多い。そのため強力な能力者の経験談を聞けるのは貴重なのだ。


「いいですよ。と言ってもあまり気分のいい話ではありませんが。ボクは元々行商人だったんですが、ある時盗賊に襲われて馬が殺されてしまったんです。馬車の中に逃げ込んでいたボクは必死に逃げる方法を探し、何かが噛み合ったんでしょうね。突然馬車がすごい速度で動き出し、気づいたときにはその場を離れることに成功していました。夜通し走り続け、次の街に辿り着いた時にはみんなに不思議がられましたよ。馬はどこに行ったのかと。その日からボクは魔力でできた馬を呼べるようになりました」


 彼のデザイアは召喚型と呼ばれる能力だ。剣や槍などのモノを生み出す生成型、周囲の物質を使ってモノを作り出す形成型等と一緒にされることが多いが、召喚型は明確に生物であるという点が他と決定的に異なっている。

 生物とは言ってもその身体を形成しているのは魔力であり、魔物と構造は変わらない。召喚時に使用した魔力が尽きれば消えてしまうし、そういった点では形成型で造るゴーレムと変わらないと考える人間も多い。

 しかし召喚型が呼び出す魔法生物はどういったわけか記憶を引き継いでいる。これのお陰で召喚される魔法生物は意思を持ち、自律行動することができるのだ。マイルズが窮地を乗り越えられたのも、馬自身が道を覚えていて自分で考えて走っていたからであり、それは信頼関係がなければできない芸当だ。


「……きっとその馬もマイルズさんに生きてほしかったんでしょうね」

「ボクもそう信じています。ボクのデザイアで呼べる馬は朧気ですが、相棒だったシルバーグレイの面影があるんです」


 一説には召喚型の魔法生物には元となった生物の魂が存在するらしいが、きっとそれは正しいのだろう。


「ボクのデザイア『カルセル』のシルバーグレイは走るのが好きで、魔力が尽きるまで休憩をしません。だからかなり多めに魔力を込めて発現させているので、余程のトラブルが起きない限り本部までノンストップです。この馬車もデザイアに合わせてかなり頑丈にできているんですよ。現在進行形で実証実験中の最新モデルなんです」


 ふと幌の外を見る。道は荒れているとは言わないが、均した程度でまだまだ工事が必要だろう。しかし多少の凹凸の見られる道をかなりの速度で駆け抜けているが、そこまで大きな揺れを感じない。


「なるほど、デザイアの馬に最新の馬車。確かにこの組み合わせはすごいですね。経験上速度の出ている馬車は座っていられないほど揺れるイメージがあったんですが、この速度で走っていても不快感がない。それに本来なら如何に魔法生物と言えど魔力の回復に休息が必要。しかしデザイアで発現した半不死生物にはその必要がないと。生命の使い切りみたいであまりいい気はしませんが……」

「ボクも最初は戸惑いましたよ。止めても止まらず、止まっても餌を食べないし水も飲まない。きっと逃げるために願ったのが災いしたんでしょうね。言うことは聞いてくれますが、シルバーグレイは基本的に走ることしかしません。ただ自分と同じ境遇の、つまり困っている人や馬がいるとそこまで行ってボクに助けるよう促してきます」

「優しい馬なんですね。しかし馬がいくら走り続けられても護衛はアダティヤさんだけ。御者は必要ないと言ってもある程度は道の確認等もあるでしょうし、アダティヤさんにも休息が必要なのでは?」


 今は御者台で周囲を警戒しているであろうアダティヤ。流石にどんな熟練の冒険者でも1人で1日中警戒を続けるのは不可能だ。警戒というのは想像以上に精神と体力が削られる。特に精神面は何もない単調な状況が続くし、夜間も走るとなるとその心労は相当なものだろう。


「……あー、はは。多分彼女は寝てますよ」

「……え?」

「いや、怠けているわけではないんですよ。本人曰く浅い睡眠状態で薄く警戒し続けているとか。彼女のデザイアは強化系なのでいろんな感覚が鋭いんです。過去に魔物に遭遇しかけたときもシルバーグレイより素早く察知し、戦闘を回避することができました。ああ見えて元Aランカーのソロ探索者なんですよ」

「そういうことでしたか。しかし元とは言えAランクとは。勇者クラスの探索者なら護衛が1人でも納得です」

「ええ、探索者として様々なパーティを転々とし、前線で活躍していた自慢の妻です」


 冒険者、特にダンジョンを主に活動している探索者はその性質上単独行動が多い。パーティに先行して道を確認し、罠を確認し、敵を確認する。それがAランク、しかもソロとなれば人外の領域に踏み込んでいる超一流のプロだ。元だろうとその肩書は伊達ではなく、安心して護衛を任せられるというものなのだが……

 しかしそれ以上に聞き捨てならない部分があった。


「……妻?」

「ええ、はい。外では強面の仕事人なんですが、意外と酒が苦手だったりとかかわいい人なんです。アダティヤとの馴れ初めですよね? あれはボクがまだ……」


 マイルズの顔がにやけ、聞いていないことまで語り始めるが、


「おい、お喋りはそこまでだ。空になにかいるぞ?」


 今まで黙って外を眺めていたキュリアスが突然警告を発した。


「え? 見えませんけど……?」

「いや、嬢ちゃんの言うとおりだ。妙に低い雲が1つ、この馬車を着いてきてやがる。で、どうする?」


 アダティヤも御者台から振り返りそれに同意する。未だ目視できないが、彼女が言うなら間違いないだろう。


「相手の目的が不明ですから、まずは……」

「そんな悠長なことを言っている場合ではないぞ」


 閃光。そして雷鳴。耳を劈く轟音が鳴り響き、雲が急激に高度を落とす。稲妻で透けた雲の中にあるのは蜷局を巻いた飛竜の影。


「グォロロロロロロ……!!」

「クラウドドレイク!?」

「補足された。いくらこの馬車でもあの速度では追いつかれる!」

「なんだってこんなところに居やがるんだ!」


 アダティヤが先制して矢を放つがクラウドドレイクの纏った暗雲と稲妻に防がれてしまう。


「マイルズさん、一度馬車を止めて応戦を」

「ダメだ。ボクのデザイアは脅威から逃げるために走る。シルバーグレイはそういう馬なんだ」

「喋ってないでお前もなんかしねえか! 魔術くらいはできんだろ!?」

「グルォロロ!」


 至近距離まで詰めてきた暗雲から伸びる巨大な両腕。クラウドドレイクは雲に身を潜めたまま人のように器用な両腕で獲物を掴む。その腕が幌馬車を上から掴もうとし、しかしその握力故に幌が壊されるだけで馬車ごと持ち上げられることはなかった。

 しかし身を隠すものがなくなり、次また同じことをされたら馬車本体も無事では済まない。


「ああクソ! 俺のベッドが!」

「くっ、ヒートピアス!」


 アダティヤが見えている腕を撃ち、私も火の魔術を放つがどちらも硬い鱗の前には大したダメージを与えられない。飛竜とは言え竜は竜。生半可な攻撃では倒すどころか撃退すら難しい。本来ならAランク相当のパーティが討伐だけを目的に任務を与えられる程には強力な魔物だ。


「セリア。お前は勇者の力を持つが、まだ身体には馴染まないようだな」

「なんですか、こんなときに?」

「理想の勇者のあり方を、1つお前に見せてやる」

「な、嬢ちゃん死にてえのか!?」


 キュリアスは不敵に笑い、数歩の助走をつけて馬車から飛ぶ。獲物を見逃さないクラウドドレイクの腕が彼女を捕まえんとしたまさにその瞬間、その腕が切断され宙を舞った。


「グロァ!?」


 舞っているのは斬り飛ばされた腕だけではない。キュリアスもまたその背から白い翼を生やし、馬車と並走するかのように飛んでいる。


「な、なんなんですか、それは」


 キュリアスの右腕は血まみれだった。それはクラウドドレイクの返り血ではない。巨大なガラスの破片が彼女の右手から生えていた。昔見た聖堂の天窓に付けられたガラスの絵。顔のない神を描いたステンドグラスの残骸が、彼女の右手から突き出ていた。


「聖剣ヴォルグラス。あらゆる魔力を切り裂き世界に還す、原初の聖剣だ」


 それは聖剣などでは断じてない。どう見ても割れたガラスだ。だがその威力は彼女の言うとおりなのだろう。

 本来魔物はその特性により失った身体を魔力の限り再生することができる。であればクラウドドレイクの切断された片腕もすぐに再生するはずだった。しかしキュリアスの斬った断面からは青黒い魔力が流れ続けるばかりで再生は起きない。


「グロロロロ!!」

「逃さん」


 片腕を失ったクラウドドレイクは一度距離を取り、周囲の黒雲を魔力で満たす。キュリアスはそれを追うが、あれは拙い。魔物の使う魔法だ。魔物は存在自体がデザイアのようなものであり、魔術よりも強力な魔法を保有していることがある。通常なら土や鉄の魔術で避雷針を用意すれば防御可能な魔法だが、ここは走る馬車の上。受け止めてもその力を逃がす場所がない。


「! 雷撃魔法が来ます!」

「来ますったって防御用の幌はもうねえよ! 自分の身は自分で守りな!」

「エネルギーバリア! キュリアスさんも防御を!」


 アダティヤは防御用魔術を使用してマイルズに覆い被さる。私も防御用魔術を使用するが、自分の身を守るだけの小さな範囲、それでも受け止めきれるかどうか。だが、そんな危機的状況でもキュリアスだけは不敵な笑みを崩さない。


「わたしの前で雷とはな。偽りの雷と本物の雷。どちらが強いか確かめてやろう」

「なにを!?」


 目を焼くほどの光とともに巨大な爆発が起きた。至近距離に小さな太陽が生まれたのかと思うほどの熱と光。クラウドドレイクの起こしていた音とは比べ物にならない、地を揺るがす轟音と衝撃。馬車が走り続けていなければ、余波に巻き込まれただけでも悲惨な目にあっていただろう。それこそクラウドドレイクに襲われるよりも被害が出たはずだ。

 馬車に戻ってきたキュリアスは満足気に腕を組み、胸をそらして満足気に頷いた。


「これが勇者だ。これこそが勇者の力だ。目に焼き付けておけ」







「ああクソ、降ってきやがった。おい、みんな無事か?」

「なんとかね……すごい衝撃だった。生きてるのが不思議だよ。まあ……馬車は無事ではないけど」

「……キュリアスさんのおかげです。ありがとうございます」


 先の戦闘の余波だろうか。元々それほど天気は良くなかったが小雨がちらついてきた。


「礼などいい。あれが勇者のあるべき姿の1つだ。逃げ惑う民の前に立ち塞がり脅威を打ち払う。誰かがそうあれと願った姿だ。そうだろう?」

「理想の勇者像、ですか。いつかはそうありたいものです。……些かやりすぎな気もしますが」

「細かい加減などできんし、する必要もない。しかし妙な蛇だったな。蜷局を巻いたまま後ろ脚で飛ぶなど見たことも聞いたこともない」

「あれはクラウドドレイク。飛竜と呼ばれる竜の一種だけど、正直詳しい生態は不明なんだ」


 妙な姿をしていたのはキュリアスも同じだったのだがそこには触れない。今は元の姿に戻っているが、腕を突き破って出現していたステンドグラスも天使のような白い翼も、ただのデザイアではありえないだろう。

 只者ではないことはわかっているが、或いは彼女は本当に神の……


「飛竜? 竜というのも初めて聞くが……」

「箱入りお嬢様か? それにしてはクソ強ええし無茶な戦い方をしていたが……。まあいい、あれも魔物の一種だよ。魔物の目的は食って増えることだけだ。そのためだけに訳のわからねえ進化をしてる。妙な姿だろうがなんだろうが、既存の生物に当てはめた生態なんてものは役に立たねえよ。それより積荷を片付けるのを手伝ってくれ。ダメなもんは捨てていい」

「ちょ、アダティヤ。ギルドの積み荷なんだ。捨てちゃダメだよ」

「私も手伝います。ドレイクの攻撃は無理でも雨風程度なら結界魔術陣で防げるかと」

「おう、助かるぜ」


 走る馬車の上、新たに湧き上がった疑問は絶えないが、まずは目の前の問題から片付けよう。


「お前も手伝えよ」

「なに? わたしはお前らでは手の施しようのなかった脅威を取り除いただろう」

「そのせいで余計にとっ散らかってるって言ってんだ」

「ふん。わたしが居なければこの馬車は存在しなかったというのに、偉そうなことを」

「復興支援も勇者の仕事ですよ」


 とりあえずは、勇者のような振る舞いで子供のような文句を言うキュリアスを宥めることからだ。







 ギルド本部。それを語る前にはまずギルドの正式名称から始めなければならない。

 正式には【ギルド連合及び加盟国家による総合広域運営機関】。前提として現在このパストラリア大陸に存在する全ての職業ギルドがこの連合に所属している。なので特別に傭兵ギルドや商人ギルド等と職業を指定しない場合、ギルドとは【ギルド連合及び加盟国家による総合広域運営機関】のことを指す。

 そしてギルド本部とは、所属している各職業ギルドの本部が集まって出来た交易都市群【ギルド連合】の中にある【総合広域運営機関】の本部地所のことを指す。

 どういうことかと言うと歴史の話になるので長いのだが、簡単に言えばそれぞれの国家に愛想を尽かした各ギルドが集まってできた都市【ギルド連合】がまずあり、そこに頼らざるを得なくなった小国家群が【ギルド加盟国家】となり、最終的に殆どの国が加盟したことで【ギルド連合及び加盟国家】がこの大陸で一番力のある組織になったため、各ギルド、各加盟国の独断行動を牽制する目的で【総合広域運営機関】という形で治めることにした。

 そのためギルド本部は国ではない。加盟している大国と変わらない程度の土地を持ち、最も発展した文明を持ち、数多の勇者を保有しているが、国ではない。と言うより順序が逆で、ギルド本部が最も強くなったので大国程度では太刀打ちできなくなった。という方が正しい。


「どうです? 私の会社、結構すごいでしょう」

「圧巻だな。私の知る中で最も栄えた都市ゼニサニティでもここまでではなかった。……だが、1つの都市にしては大きすぎやしないか?」

「……そうですね。同感です」


 クラウドドレイク襲撃後、勇者について延々語っていたキュリアスへのお返しにギルドのことを語ってからはや2時間。私たちは本部の中を彷徨っていた。いや、彷徨うというのは正しくない。道はわかっているのだ。ただただ長いだけで。


「まさか本部に着いたところで降ろされるとは思っていませんでした……」


 よくよく考えれば彼らは定期便。目的地が同じ本部と行っても本部は国家並みに広い。私たちは本部の中でも事務所に用があるが、彼らの仕事場は集積所。途中下車は当然のことだった。

 それ以前にクラウドドレイクに襲われたのだ。馬車の修理が必須だろう。むしろよくここまで走ってこれた。


「なぜこんなに広いのに移動手段がないのだ。周りの連中はよく平気でいられる」

「……あるにはあるんですよ。あれです」


 轍のような溝に沿って大きな箱が滑っていく。魔導軌車と呼ばれるトロッコの亜種のようなもので、このギルド本部中の道路に蜘蛛の巣のように張り巡らされている。一定地点ごとに停車駅があり、そこで乗り継いで目的地までスムーズに移動できるのだ。


「なぜ乗らない?」

「ギルドカードがないからですよ……」


 周囲に聞かれないように小声で答える。あの魔導軌車は非常に便利なのだがギルドカードによる乗車確認が必要、というよりカードの建て替えでしか運賃が支払えない。いや私のカードはあるのだが、なぜか死亡扱いになっているため使用できない。ちなみにキュリアスのFランクカードも同様に使用できない。


「便利になりすぎるというのも考えものだな」


 キュリアスの言葉に何も反論できず、進行方向を見上げる。聳え立つ本部事務所は見えているのに近づいている実感がない。

 かつて自分も務めていた白亜の城が、こんなにも憎いと思ったのは初めてだった。




ここまでお読みいただきありがとうございます。


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