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勇者✕勇者✕勇者  作者: まな
第二章
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2-23 還らぬ者たち



◆フィロー



「…………! ……ローさん! フィローさん!」


 揺れる船の上、フィローの視界に入るのはどこまでも続く抜けるような青空と自分を慕う3人組の冒険者たち。


「フィローさん! 良かった……! やっと目が覚めた!」

「空から降ってきた海に飲み込まれちまった時は、いったいどうなることかと……!」

「…………ォゥ!」


 身体が重く起き上がるのも億劫だったが、フィローはノロノロと上体を起こす。周囲を見回すが、そこには本来いるべき人間が居なかった。


「……マルカは、……どうした……?」


 海を飲んでしまっているせいか声がガラガラで喋ると少し痛みがあったが、それでも聞かずには居られなかった。


「マルカと、パトルタのおっさんは……どこにいるんだ……?」


 マルカに突き飛ばされ、海に飲まれた瞬間までは覚えている。だがその落下する海の衝撃を受けて以降の記憶がない。


「フィローさん。……落ち着いて聞いてください」

「……」

「フィローさん、魔王がシャポリダに現れたあの日。フィローさんが命がけで戦い続けたあの日から、今日で4日経ってるんです……!」

「……あ?」

「あっしらは捜索隊なんす! フィローさんはギルドカードの反応があったから探し出せました! でも、でもマルカさんは反応が弱くてどこにいるのかも分からねえんです……」

「…………ォゥ……」

「まだ見つかってはいません! でも反応は確かにある……! だから、気を落とさねえでください!」


 マルカが側にいない。それは自分で思ったよりも心にくるものがあった。だがあいつはかなり特殊な存在だ。たとえこの星が滅びても、マルカだけは生きていられるという自身があった。

 一抹の寂しさはあるものの、それはまだ耐えられていた。


「それと、それと……パトルタさんなんですが……」


 コンダラ三兄弟は俯いたまま、ゆっくりとギルドカードを差し出す。フィローには最初、それの意味が分からなかった。

 だが2枚で1組のギルドカードが1枚だけ。それの意味するところはひとつしかない。


「……うそ、だろ……?」

「パトルタさんは……! 魔王に致命傷を与えて……!」


 パトルタはいい年の爺だが、それぐらいはする。年齢よりもずっと若い少年のような爺だ。それぐらいやって当然だ。


「……れ……」

「俺たちは見ていやした! 黄金に輝くハルバートの大爆発を! 魔王の胴体を消し去った、最期の一撃を!」


 年甲斐もなく生き生きと戦う姿が、脳裏を過ぎる。パトルタのデザイア『オールイン』は、彼の生き様を現した生きるか死ぬかの一撃だ。だがその性質をきちんと理解して戦う、賢い漢だ。だからこそあの歳まであんなピーキーなデザイアひとつで生きていたのだ。

 それなのに……


「……だまれ……」

「立派な、立派な最期でした……!」

「……黙れ……! 黙れ、黙れ黙れ黙れ!」

「…………ォゥ!?」


 パトルタのおっさんが死んだ? ありえない。そんなはずがない。

 金使いが荒く、女好きで、大酒飲みの生粋の冒険者パトルタ。何事も生涯現役だと笑っていた、あの爺が死んだ? そんなことがありえてはいけない。

 死ぬ時はオールインを外したときだけだと言っていた恩人が、オールインを当てて死ぬなんて、そんな事があるはずがない。


「死ぬはずがないんだ! おっさんのデザイアは、あの人の能力は、当てれば返ってくるんだ! そういう賭けなんだ! 魔王の胴体を消し飛ばしたんなら、当たってるだろ!? なのに、なのになぜ死んだ!?」

「お、落ち着いてください! 俺たちはパトルタさんのデザイアを知らねえ。だからフィローさんの言うことが分からねえ! だけど俺たちはこの目で見たんだ!」

「パトルタさんは、たぶんフィローさんの言うデザイアで強化したハルバートを魔王に向かって投げやした! それはまるで流れ星みてえに輝いて、魔王に当たった瞬間目が灼けるほどの爆発を起こしやした! でもあの生き汚い魔王は頭だけを飛ばして逃げたんでさあ!」

「ハルバートを、投げた……?」

「…………ォゥ!」


 それはフィローも知らない使い方だった。オールインを使用するときは大抵の場合素手かハルバートを装備していた。つまり接近戦だ。

 それを、上空に停滞する海竜魔王に投げつけた?

 その時デザイアがどのような効果をもたらすのか。フィローはそこまでは知らなかった。


「胴体を完全に消し飛ばしたハルバートは、黄金に輝いたまま海に落ちていきました。そこまでは俺たちは見ている。でも、その下にいるはずのパトルタさんは見当たらなかった」

「……もちろん俺たちは大急ぎで駆けつけようとしやしたが……荒れる海の中、しかも夜中だ。見つかるはずもなく……次の日、パトルタさんは浜に打ち上がってやした」

「パトルタさんは、そりゃあもう満面の笑みでした。最初は生きているのかと思ったくらいに。でも、駆けつけたコトートさんがどんなに手を尽くしても、遅かった……」

「…………ォゥ……」


 笑って死んでいた。それは、いかにもパトルタらしい。なぜだかその話のせいで、フィローは妙に納得がいってしまった。

 パトルタは死んだ。歴戦の冒険者、異世界に来て初めての師匠、パトルタが死んだ。


「……お前ら、この船に……酒はあるか?」

「急にどうしたんですかい?」

「ありやすけど、消毒を兼用したキツイやつですぜ? 弱った身体で飲むのはやめたほうが……」

「飲むのは俺じゃねえ。あるならもってこい」

「…………ォゥ」


 コンダラに持ってこさせた酒は見たことのない銘柄だったが、パトルタの好きそうな酒の匂いのキツイものだった。


「よく知らないが、冒険者は弔いに酒をやるんだろ? お前らも杯を持て」


 氷のないグラスに酒を注ぎ、パトルタのギルドカードの横に置く。

 ああ、この次はどうしたらいいんだったか。前世でも現世でも常識がなかったが、これほどまでに必要だと思った瞬間はない。

 だがそう悩んでいたとき、ふと大声で笑う大柄な男の声を聞いた気がした。


「……パトルタの勝利を祝して……!」

「「勝利を祝して!」」


 相変わらず酒は不味かった。鼻を抜ける匂いはキツイし、舌に残る独特な苦味はいつまで経っても慣れやしない。


「……くっ……うぅ……っ!」


 それだけなら普通の酒だが、この酒は特に苦手だ。なぜだか妙に塩っぱいし、潮風よりも目に染みる。

 フィローはひとつパトルタに騙されていたことに気がついた。


『その日の疲れも昔の後悔も、全部忘れて幸せな万能感だけが残る。まさに夢見心地だ』


 これは完全に嘘っぱちだ。

 どんなに飲んでも、怒りと後悔の味が広がるだけだ。

 どんなに呑んでも、胸に溜まった悲しみは流れ落ちてはいかなかった。



◆リヴィヤタン



 海が落ちていく。首が落ちていく。意識が落ちていく。


 その身に纏った海水は、この地を覆うには少なすぎた。


 それでも人間を押し流せればそれでいい。そう考えていたのだが、それすらも大地を割るなどというふざけた方法で海を大地に飲まれてしまった。


 大地の裂け目に飲み込まれ、滝のように流れ落ちる海と自分。ふと視界に入るその断面には、かつて自分とともに押しつぶされた海とその仲間たちが見え隠れしている。


(魂とともにこの地に縛られたお前たちを海に還してやれなかった……)


 それはリヴィヤタンの思い込みに過ぎない。巡りに旅立った同胞たちの慟哭に過ぎない。


 かつて神との戦いに敗れ、いや一方的に圧殺されたリヴィヤタンは、魔王と名乗ったがために巡りに加わることが許されなかった。

 その魂は転生することなくゼニサスに囚われ続け、彼が死んだがために解き放たれた。

 転生することなく、微睡みの中で封印されていた魔王たちは、その最後の瞬間の怨嗟と慟哭をその魂に刻み続けていた。

 もはや同胞たちの魂はかつての最期の地にはなく、封印されていたことによって自分だけが取り残されていたことに気づいていなかった。


 リヴィヤタンの言う半身。伴侶となっていた魔族もまた、この地には何もない。


 だが死が近づいたことで、リヴィヤタンは悟りを得ていた。


(我は、今度こそ巡りに旅立つのであろう。その時は、次に帰る時は、必ずこの地を海に……)


 そうであったとしてもリヴィヤタンの願いは変わらない。転生しようとも、何者になろうとも、この地を必ず海に沈める。それだけを強く願って死に向かう。


(この地を、海に開放する。そのためなら、何度でも蘇ってみせようぞ……!)


 しかし、それは叶わぬ願いであった。


「あ、魔王の魂発見しちゃいましたー!」


 それは小さな、人間よりもさらに小さな存在。

 7枚の羽を持つ銀色の妖精に擬態した何か。


(貴様、何者だ!?)


「残念ですけど、あなたのような危険思想の強い魂は、私の世界にはいりません。でも魂としての格はいいもの持ってるみたいなんで、頂いちゃいますね?」


 リヴィヤタンの、魂の問いに答えるものはいない。


 銀妖精はその小さな両手をいっぱいに広げて、優しく笑う。


「光栄に思ってくださいね? あなたの魂は、神の一部となって次の世界に還元されます。そうだ。その時はあなたを海にしてあげますよ。良かったですね?」


(や、やめろ! やめてくれ……!)


 エミニアの勇者、銀妖精のアイはリヴィヤタンの魂を分解し、吸収する。それは魂の巡りを、転生を許さない完全なる消去。神にだけ許された、しかし世界にとって許されざる行為。


「ごちそうさまでした」


 虹色に輝く羽が、少しだけ青く揺らいだ。



ここまでお読みいただきありがとうございます。


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