表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者✕勇者✕勇者  作者: まな
第二章
44/57

2-18 沈むシャポリダ



◆リィン



「逃げろー!!」

「普通の波じゃない! 坂を登っていくぞ!」

「とにかく家に入れ! おかしな波でも波は波! 嵐のときと同じように避難するんだ!」


 下から上へ。海から陸へ。走るよりも早く大地を覆う波。


「敵は波だけではない! 戦える冒険者たちは動く水死体を倒していけ!」


 リィンはその波の中から現れる白い人影を追って斬っていった。

 波とともに現れた水死体。ドラウンデッドと呼ばれるアンデッド系の魔物に似た彼らの吐き出す水は、この侵攻する海の一部だ。現にこの死体を倒せば少量ではあるが海が消滅する。

 だがそれは本当に少しだけだ。何体倒そうとも、街そのものを覆い尽くさんとする海を消し去るには至らない。


「小さい姉さん! 他の姉さん方は!?」


 アーマーメイガスのメンバーが波をかき分けながら現れる。鎧を着込んだ彼らは非常に動きづらそうだが、平均水位はまだ足首ほどまでなのでどうにか移動できているようだ。


「セリアさんたちは浜でハイドラバトルシップの相手をしています。それより小さいと呼ぶのをやめなさい。私はリィンです」

「ハイドラバトルシップ!? じゃあこの波はやつの能力ですかい?」


 リィンは首を振る。たしかにハイドラバトルシップの領域拡張に近いが、やつの吐き出す水は黒い魔力で汚染されている。しかしいまここを流れているのは自然の法則から外れているが、一応はただの海水だ。


「この波、この海はハイドラバトルシップとは関係がありません。あれはあれで脅威ですが、倒してもこの波は引いていかないでしょう」

「なんてこった……」

「これが魔王の力なのか。無茶苦茶すぎる!」

「姉さん。じゃあ俺たちは何を目標に防衛をしたらいいんですかい?」


 彼らの表情は一瞬青くなるが、元より冒険者だ。それだけの危険性を理解してここにいる。すぐに切り替え、自分たちにできることを確認する。


「まずは住民の避難確認を。元々港町で、季節によっては嵐が続く日もあるそうです。家はそれなりに頑丈でしょうから、少なくとも朝まで家を出ないように周知徹底させてください!」


 この波は陸地を駆け上がり広がっていく恐ろしいものだが、その反面どこまでも進んで引いていかないので津波のような引き波の被害は今のところない。

 それに全体的に水位が増えているせいで、港や下町が完全に海に沈んでいるというわけでもない。


「問題はこの波とともに現れた魔物、ドラウンデッドです」

「あの水死体みたいな魔物ですね」

「動きも遅いし魔力量もないが、臭え水を吐き続ける変なアンデッドだ」

「あの魔物が報告書にあった魔王の眷属なのでしょう。あれが吐き出してる海水はこの地を覆っているものの一部です。倒せば周囲の海水が少しだけ消滅します。他の防衛隊のパーティや冒険者の皆さんに声をかけて討伐してもらってください」


 どれほど効果があるかはわからない。だがそれでもあれは魔物で倒せばわずかながらに効果がある。ただの時間稼ぎにしかならないかも知れないが、やらないよりはマシだ。


「承知しやした! 行くぞお前ら!」

「「「おう!」」」


 明確な目標ができたことで多少士気を取り戻した面々は、それぞれに散っていく。これでなんとかなればいいのだが、そうはうまく行かないだろう。


「ところで小さ、いやリィンさんはどうするんで? 他の姉さん方の増援に?」


 メンバーの1人に声をかけられ、自分の状況を振り返る。

 ハイドラバトルシップは強敵だが、セリアとキュリアスの2人で倒せないようには見えない。それに足場が水没した以上、私が行ったところで対して役には立たないだろう。

 ではここで彼らと一緒にドラウンデッドの駆除を進めるのか。元々はそのために戻ってきたのだが、ワトラビーの拡声魔法によって避難指示は既に出され、アーマーメイガスや防衛隊が駆除を担ってくれるのなら自分がいる必要はない。

 特にアーマーメイガスはメンバー全員が魔術師や遠距離攻撃可能なデザイア能力者で構成されているため、この状況では近接戦闘しかできない自分よりも遥かに優れている。


 今の自分にできる最善はなにか。


 そこでこの状況に至った原因に考えを巡らせる。魔王の目的は何だ?

 海に沈めるだけなら襲撃予告は必要など必要ない。こちらに準備のないタイミングで好きの襲えばいい。満月の夜というのが彼らにとって状況的に有利なのだとしても、やはり予告する必要はない。

 視線を落とせば、そこにあるのは坂を登っていく波の群れ。その進行方向にあるのは国を出るための門ではない。波の向かう先はこの国を一望できる要塞、そしてその中心にあるシャポリダの中枢機関。


「……城に向かいます」

「城ですか? ですがあちらのほうが人数は多いですぜ?」


 彼らは第一に城を明け渡すことを要求した。それが拒否されれば沈めると言っていたのだ。それはつまり、彼らは国そのものにはそれほど興味がない。私たちの知らない何かが、城にはある。

 もちろん城には騎士団や防衛隊はいる。あとから参加した冒険者パーティも勇者も、その周辺に展開している。

 しかしその考えがよぎった瞬間から、なぜだか胸騒ぎがするのだ。自分の胸のうちにある勇者の心臓が、サンハルトの血がそちらに向かえと叫んでいる。


「ここは任せました!」

「あ、ちょっ! ……わかりましたリィンさん! 姉さん方が戻ったらそう伝えます!」


 城には今の自分よりも強い勇者が待機している。何もないかも知れない。無駄足である可能性は否めない。それでも、走り出した足は止まらなかった。


 ポツリと、額に当たって頬を伝う雫に気がついた。走っているから踏んだ海水が跳ねたのだろうと思ったが、こんな状況で雨かもしれない。ふと空を見上げた。


 空を、見上げてしまった。


 満月を覆う暗い影。それは巨大な海竜の首を包んだ、大きな大きな水風船。

 その一部が崩壊し、雨のように緩やかに降り注いでいるのだと気がついた。


『我が半身に住まう愚かな人間どもよ……尽く、沈め!』


 海が、落ちてきた。



◆ロワン



 海竜魔王が水位の上昇魔法を起動した時、ロワンは既に王城内に侵入していた。


「おいおいおいおーい。前に来たときとなーんも変わってねえじゃねえか、ええおい? 水路を塞ぐとか、見張りをつけるとか、なーんでなんにもしてねえんだ?」

「な、貴様一体どこから……!?」


 海竜魔王リヴィヤタンの使い魔『深海歩きのロワン』。城内居た騎士が突如として現れたロワンに斬りかかるが、彼は避けることもせずに肩を斬らせる。

 袈裟斬りに半ばまで剣は通り、しかしそれ以上は進まなかった。ロワンの伸ばした左腕が騎士の顔を掴み、彼の魔術によって溺死したためだ。


「どこからって、そこの噴水だろうが。何代か前の王サマが庭でも釣りがしてえってんで、海まで繋げたんだろう? おっと、死んじまってんのか。一人目が男ってのは気に入らねえが、まあいい。今日は楽しいパーティだぜ、おい! 起きろ起きろ、『深海式復活術(ディープ・レザレクト)』!」

「ガポッ、ゴポポ、ガガ……」


 ロワンによって溺死した騎士が、彼の魔術によってゆっくりと起き上がる。その皮膚は真っ白で急速に腐敗し、口からは海水を吐き出し始める。

 彼が復活と称して施した魔術は、時を同じくして街に現れた魔物ドラウンデッドを作り出すものであった。

 さらにロワンの現れた噴水から何体もの水死体が、ドラウンデッドが浮かび上がり庭に海水が溢れ始める。


「暗い海も、みんなで沈めば怖くない。だからみんなで沈もうぜ、おい!」


 城の中にあって居住区として割り当てられていた、しかし訳あって閉鎖されていた離れの庭。かつて事故によって王族の従者が溺死した、海まで繋がる深く暗い噴水。

 腐った海水の侵攻は、誰にも気が付かれないうちにその首元から始まっていた。



◆リンゴ



「キャーッ!!」

「誰も下に降ろさせるな! 捕まるとみんなああなっちまうぞ!」

「騎士団は、防衛隊は何をやっているんだ!?」

「おい、なにやってんだ! 早くそいつを撃ち殺せ!」

「で、できねえ! あいつは弟だったんだぞ!?」

「う、うわあああああ!! た、助けてくれ、溺れて死ぬのは嫌だあああ、ガプッ、ゴパパパパ……」


 溺死体と海水の進撃は、まさに地獄の様相を呈していた。

 逃げ惑って足を躓かせ、そのまま沈むメイド。

 閉じこもった部屋を海水で満たされて、何をする暇もなくドラウンデッドに変えられた文官たち。

 懸命に戦う騎士たちはその敵がかつての同僚だと知って戦意を失い、防衛隊として現場に居た残り少ない冒険者たちだけが無慈悲にそれを狩っていく。


「まさか海から城まで直接繋がる通路があったなんて、聞いてませんでしたよ。ラガーリさんは知っていました?」

「一度目の襲撃直後に確認していた! しかしあの場は王家の私有地ゆえ、防衛の一環であっても王の許可がなければ手出しができなかったのだ!」

「その結果がこれですか。報われませんねえ」


 リンゴは司令部の椅子に座ったまま小型ドローンで周囲の状況を確認するが、これはもはや完全に詰みといって過言ではない。城壁の要塞部分とこの防衛隊司令部がある城は海水によって完全に分断され、援軍に期待はできない。

 その上周囲を満たしている海水内にはドラウンデッドだけでなく、例の酒場で出現報告されていた水棲の魔物も確認されている。

 また要塞部分の人員も城内の海水と外からの波によって身動きが取れていない。ただ、あちらは人死が出てもドラウンデッドに変化していないので、死体の変化の原因はこちらの城の中にいるロワンなのだろう。

 そのロワンはと言うと、王家の人間と1人ずつ話をしながら殺害している。襲撃予告の件から考えるに、何か探しているのだろう。

 しかし魔王本体よりも、その使いを名乗る男のほうが厄介になるとは思わなかった。いや、魔王の方は現場にいる勇者が優秀すぎる可能性もあるのか。ドローンの操作を切り替えて確認すると、あちらはあちらで決着が付きそうだ。


「ギルドマスター・ルナは、この状況をどう考えているのだろうな!」


 司令官のラガーリは腕を組んだままこちらを睨みつけている。彼は前線に出て戦いたいと言っていたが、この場にいる文官たちに全力で止められたために残っている。

 ラガーリは水を操るデザイア能力を持ち、この部屋に入る海水を制御できている。その彼がこの場を去ると、次は自分たちが沈んでしまうと文官たちは考えているのだろう。

 それはそれとして外に出られない鬱憤をぶつけられたリンゴは、生徒が記録を出せないとキレる体育教師を思い出していた。

 ラガーリの言葉に、再度ドローンを操作して各地域の防衛隊と魔王を確認する。ルナから与えられた複数のドローンは現代人のリンゴにとっても見たことがない超高性能な代物であり、体内に埋め込まれた魔導具で操作すればリアルタイムに現状を確認できる。


「ギルドの人間はよくやっている方だと思いますよ? 西部の遺跡近くで魔王と戦う勇者は半日以上その場に釘付けにしていますし、そのすぐ側の村の方も事前に避難を完了させています。東部では夕刻にSランク相当のハイドラバトルシップを確認。こちらも勇者パーティが対応していますし、その直後の水位の異常上昇には防衛隊が率先して避難と魔物の駆除に当たっています。南部の海域では昼ごろから大型の水棲魔物の発見報告多数、しかしそちらもシャポリダの海賊勇者ネスロッド率いる海軍が随時駆逐していますし……」

「ではここは? 肝心のシャポリダ王城はどうなっている! 王は無事なのだろうな!?」


 ラガーリは憤慨しテーブルを叩きつけ、その衝撃でティーカップが跳ねテーブルは大きく凹む。


「ああ、ここの防衛を後回しにしたのはその王さまじゃないですか。もちろん防衛隊は配置されていますよ? 城の、壁の外にですが…… 王さまはまだ生きていますね」


 城内にいる冒険者は防衛隊司令部の連絡役の1パーティのみ。それ以外はすべて城の外で任務に当たってた。理由は機密保持と、自慢の騎士団がいるとかなんとか。その騎士団はとっくに壊滅し、マーライオンのように海水を吐いている。実物は見たことがないが、大体合ってるだろう。

 ちなみに王は玉座に座り扉を凝視していた。隣には女王が佇み、王女は崩れて王の膝で泣いている。

 城の外の状況はどうなっているだろうか。ドローンのひとつを操作し、突然映像が切れる。


「おや?」


 高性能の小型ドローンだが、当然壊れることもある。しかし現状司令部の中から外に新しいドローンを飛ばすことはできないので、国全体を監視している超高高度ドローンへとカメラを切り替え、


「あー、これは拙いですね」


 城の直上には先程まで勇者と戦っていた海竜魔王の首があった。そしてそれを中心に、城だけでなく周辺の街並みをも覆う巨大な海水。

 上から見ると既に沈んでいるようにさえ錯覚してしまう。いや、これからすぐに沈むのだろう。


『我が半身に住まう愚かな人間どもよ……尽く、沈め!』


 城内に居るにも関わらず、はっきりとそう聞こえた。



ここまでお読みいただきありがとうございます。


よろしければブックマーク、いいね、高評価、低評価、よろしくお願いします。

あなたの10秒が励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ