2-17 ディープ・ライジング
◆フィロー
『無駄だと言っているであろうが! 煩わしい矮小な人間どもめ!』
「へへ、強がっちゃいるがその身体はボロボロじゃねえか!」
フィローとパトルタの攻撃によって海竜魔王の肉体は確実に削れている。しかしそれと同時に凄まじい速度で再生していくため、荒れる海は海竜魔王の血と肉で溢れていた。
「闇雲に攻撃するだけじゃだめッス! こいつ自分の破片を取り込んで回復してるッスよ!」
「わかっちゃいるが、他に手段がねえ! いや、ねえことはねえが使う訳にはいかねえ!」
海水を取り込んで肉体を再生していく能力自体は今の実体を持つ前の状態、海水の身体だったときから再生していたので、引き継がれていてもおかしくはない。
もちろんその時から対策を考えてはいたが、その圧倒的な巨体の前に生半可な火力では蒸発が間に合わず、冷凍しようにも面積が広すぎて凍ったそばから溶け出してしまう。
そこでフィローが思いついた海竜魔王にも有効であろう弾丸。それは現代においての最強兵器であり、どんな世界でも殆どの場合有効だった悪魔の兵器、『核爆弾』。
試したことはないが、生成できるという自信はあった。恐らくライフ・ストック1つ分を失うほどの魔力を使用するだろうが、それで魔王が倒せるなら安いものだ。
だがその兵器は目の前の巨大な魔王であろうと、その威力の前には小さな敵だ。全長数百メートルはあるであろう海竜魔王だけでなく、やつの潜んでいた遺跡も、周辺の村も、もちろん自分たちも、何もかもをも巻き込んで消し去ってしまう。思いつきはしても使うことはできなかった。
「つーか流石に誰も来なさすぎだろ! 冒険者なり海軍なり、なんか居るだろ!?」
「昼までは防衛隊は様子見してたッスけど、日暮れになってから各地に魔物が現れてるそうッス!」
「それにこの荒れる海じゃ海軍なんて役に立たねえよ! 冒険者だって一瞬いただろ?」
フィローの作り出したサーフボードの様な魔弾を次々に飛んで渡るパトルタ。彼が言っているのは防衛隊の待機命令を無視してきたというコンダラ三兄弟のことだ。
どこからか船を調達してきた彼らは海竜魔王の威圧にこそ耐えたが、魔王に近づく前に船が波で転覆。マルカがとっさに助けなければ、今頃はやつの能力で手先になっていただろう。
「ああ、思い出したよ! 役に立たねえから余計な手出しをするなって言ったのもな!」
「じゃあ自業自得ッスね!」
『ぬううう! 先程からちらちらと鬱陶しい!』
核こそ使っていないがフィローの生成している魔弾は海竜魔王が肉体を復活させ、実弾が有効になった時から現代兵器へと変化している。
クラスターボムやフレシェット弾、サーモバリック爆弾にナパーム弾。すべて魔力によって擬似的に再現されたものだが、とにかく広範囲に被害を与えることに特化した兵器群は海竜魔王にも少なくないダメージを与えている。
パトルタも巻き込んでしまう大技ではあるが、彼は今自らのデザイア『オールイン』によって生命力も魔力も肉体の限界を超えて過剰に蓄積されている。
そのためパトルタ自身にとっても都合がいいのでもっとやれと言われていた。
「むしろこんだけ吹っ飛ばしてなんで無事なんだ。いい加減くたばりやがれ!」
『人間どもよ! お前が相手にしているのは海そのものの意志であると知れ! あの憎き神ならいざしらず、人間の使う技程度で我の相手をできると思うな! 沈め!』
「あの変な波が来るッス!」
海竜魔王はその巨体を大きく震わせ、全身から青黒い魔力を吹き出す。
『ディープ・タイド!!』
意志を持った青黒い波。あるいはヒレの付いた巨大な手のような波が至るところから溢れ出す。その波はありえないことに海に覆い被さるとそのまま水位を増していく。普通の波のように引いていかないのだ。
そのため液体である海水でできた海のはずなのにいつまで経っても平面に戻る気配がなく、重力に逆らって極端な凹凸になっている。
「高低差があるまま海としての性質が維持されているってのは、本当に意味不明だよな!」
「そのお陰でこっちからも飛びかかりやすい! 『オールイン!』」
掴まれたらどこまで引きずり込まれるかわからない危険な攻撃だが、当たらなければただの変な水だ。元々荒れていた波の上を移動する手段を持つフィローたちにとっては立体的な足場でしかなく、特にパトルタは以前よりも高い位置に攻撃ができると喜んでいた。
『ぐおおおおおおおおおおおおおお!?』
「お? 今度こそやったか!」
パトルタの何度目になるかわからない全身全霊、渾身の一撃。海竜魔王が実体になってからはより一層威力の増したその一撃が、ついに海竜魔王の胴体を2つに切り離した。
血液と海水を吹き出しながら沈んでいく海竜魔王の巨体。胴から下は魔力が途切れて海へと戻っていき、その上の部分は重力に逆らって宙に浮いている。
断面からは崩れた背骨が覗いており、フィローたちはパトルタが攻撃したのは魔王の身体がまだ海水だった時に透けて見えていた本体を破壊したのだと理解した。
『おのれ……おのれ、おのれ!!』
「おいおい。そこは沈むか、せめて海面に浮けよ。これで落ちやがれ! フォイエ!」
『その様な児戯で、この我が! ぐおおおおおおおお!!』
フィローが放った高速ミサイルは、宙に浮く海竜魔王の顔面に直撃しその顔の右半分を吹き飛ばす。思ったとおりだ。フィローは思わず笑みをこぼす。
「お前の弱点、見つけちまったなあ?」
フィローはパトルタが海竜魔王の胴体を切断したとき、復活は不完全なのではないかと考えた。その理由はやつの破壊された背骨。
実体を持つ前の海水の身体の時からダメージを受けていたあの骨格は、肉体を持ってなお弱点なのではないかと気がついた。そしてそれは正しかった。
やつの肉体は骨格の情報に引きずられている。そのせいで背骨のある位置が攻撃されると2つに分かれるし、頭骨の右半分は粉砕していたため顔を攻撃すればバラバラに吹き飛ぶ。
「あいつの骨があった部分、それが弱点だ! だから背骨を斬ったら身体が分かれたし、頭を攻撃したら吹っ飛んだ! それに見ろ、もう再生できてねえぞ!」
「海水を吸い上げる胴体がないせいッスね!」
「光明が見えたな! だが俺じゃあもう届かねえ! フィロー、お前の得意技を全部ぶつけちまえ!」
『ぬううううううう!! 小癪な!』
フィローの放つ大小様々な誘導弾は次々に海竜魔王へ殺到し、しかし魔王もただでは受けずに魔力を海水へと変化させダメージを軽減させる。
威力と速度を重視した攻撃だったが、それ故に貫通力を落としていたため着水した瞬間に爆発し、その破壊力も海水がクッションとなってほとんど海竜魔王には通っていない。
「チッ! 魔力で海を作れるのか!」
『我の復活を邪魔し、それどころか我が肉体を吹き飛ばした人間どもよ! 時は満ちた! 我が肉体は不完全なれど、この国を飲み込む程度造作もない!』
海竜魔王の言葉にはっと天を見れば、そこには巨大な満月が輝いていた。
『さらばだ! すべて沈むがいい! ディープ・ライジング!!』
◆リィン
「ふっ!」
「シュアアアア!」
ハイドラバトルシップから飛び出る海竜の頭のひとつがリィンに向かって突進するが、彼女は至って冷静にそれを跳んで回避。すれ違いざまにガラスの聖剣『セントグラス』の刃をその首に振り下ろし、消して浅くないダメージを与える。
ハイドラバトルシップは魔物であるため、魔力によって傷はすぐに再生してしまうが、リィンには確かな手応えがあった。
(やれる! 私でも戦えている!)
キュリアスとの訓練では雑魚の魔物か彼女の作り出した化け物としか戦えず、自分の強さを客観的に認識しづらかった。
しかし今目の前にいるのはSランクの、勇者パーティでしか相手をすることができない凶悪な魔物。そんな敵の攻撃を回避し、あまつさえ反撃によってダメージを与えられている。その事実がとても嬉しかった。
「ボオオオオオオオオオオオ!!」
「魔力反応増大! あの黒い水が来ます! 退避を!」
「……ちっ!」
空から魔術によって支援しているワトラビーが叫ぶ。その退避勧告は主にリィンに向けてのものだ。実際それは助かっているのだが、敵の攻撃から逃げることしかできない自分が少し悔しかった。
「口から吐き出すのであろう? ならその首を斬り飛ばしてしまえばいい」
振り返ればキュリアスは物語で読んだ神の使いの天使のような翼を生やして空中を飛び回り、両腕を巨大なクリスタルに変化させてハイドラバトルシップの首を纏めて吹き飛ばし、
「それでは返って魔力が拡散してしまいます! コアを狙ってください! ヴォルグラスダート!」
どういう原理か空を走るセリアは、右腕から聖剣を発射して空中の魔力を霧散させていく。
「ボフッ! ボゴフッ!」
「魔力が霧散していきます! 汚染領域も縮小していますね!」
極彩色の聖剣使いセリアとキュリアス。リィンははじめ彼女たちの聖剣を偽物だと決めつけ、嘲笑っていた。だが今の、今までの戦いではっきりと分かる。
あの剣は偽物などではありえない。ファルフェルトの神器『勇者の心臓』から作り出される『セントグラス』が偽物だとは言わないが、その性能差は歴然としている。
セントグラスはただ鋭いだけの剣でしかない。なんでも斬れるが、それは物理的なものだけだ。
しかしヴォルグラスと呼ばれているあの2人の聖剣は違う。彼女たちの剣は、文字通り何でも斬ってしまう。それは物質にとどまらず、魔力でできた防壁も、実体を伴わない霊体も、薄く引き伸ばされて目に見えないハイドラバトルシップの汚染領域も、何もかもをもずたずたに斬り裂いて自然に還していく。
敵わない。
ああ、きっと勇者とはあのような存在を言うのだろう。聖剣とはあのようなものを指すのだろう。
今にして思う。あの時あの場で彼女たちに暴言を吐いたことを、心から謝罪したい。
自らも勇者の力を得て、ようやく理解した。あれこそが真の勇者なのだと。
「だからといって、私が戦わない理由にはならないけどね!」
汚染領域が縮小したなら自分もまた戦える。警告の度に退避するのは癪だが、今の自分にできることをしよう。そう思い直して剣を握り込み、ふと視界の端に小さく蠢くものを見つける。
「ん? あれは……」
それは一見すると逃げ遅れた人のように見えた。だが魔力によって視力を強化し注視すれば、明らかにおかしな部分がある。
その人影は、確かに人のような姿をしている。水でずぶ濡れだが服を着ていて、よろよろと歩いている。しかしその両足は膝から下が存在せず、口からは絶えず水を吐いていた。
「なによあいつ……? あれ?」
そこではたと気がつく。リィンはその人影を見ていたために一歩も動いていない。戦闘中に置いてはありえないことだが、事実として歩いても走っても居なかった。
それなのにいつの間にか膝下まで足が海に浸かっていた。それどころか僅かな時間で膝まで海面が上昇している。
「……これ、ヤバいかも」
彼女たちはハイドラバトルシップに集中している。彼女たちは、空を飛んで戦っている。
だからこそ気が付かないものもある。
「ワトラビー! 防衛隊や本部、住民にも、届く範囲の全員に警告を出して!」
「はい? 一体何を?」
空中のワトラビーもその微細な変化には気がついていなかった。リィンは全力で陸に向かって走りながら叫ぶ。
「海面が上昇している! 魔王の攻撃はもう始まってるわ!」
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