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勇者✕勇者✕勇者  作者: まな
第二章
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2-14 vsハイドラバトルシップ1



◆セリア



「ば、化け物だー!!」

「キャー!」

「なんでこんな浅瀬に海竜が!」


 避難を知らせる緊急の鐘が鳴り響き、家から飛び出してきた住人がそれを見て騒ぎ出す。


『ハイドラバトルシップ』


 金属の軋む音とともにゆっくりと海を進む巨大な船。船体を突き破るように様々な箇所から飛び出る海竜の首は、それぞれが独立して動いていた。


「何故今頃になって騒いでいる。魔王からの宣戦布告は知っていたであろうに」

「脅威というのは目に見えないと意外とわからないものです。特にギルド加盟国家では街の周辺に魔物が出ることも少ないですからね」

「しかし表に出られるとかえって迷惑、いえ危険です。みなさーん! 危険ですので自宅に戻ってくださ―い! 魔物が出現した以上、今更外に出るのは危険ですよ―!」


 ワトラビーはエルフの魔法で空へと飛び上がり、魔術で声を拡散させて自宅への避難を呼びかけるが効果は薄い。


「姉さん! 本当に来ちまいましたね!」


 逃げ惑う住民を器用に避けながら、アーマーメイガスのリーダー、ティムが駆け寄ってくる。


「他のメンバーは所定の位置で待機中です。ですが相手がハイドラバトルシップでは想定を超えている。俺たちは魔術が専門でもアレを落とせる火力はないですよ」

「本体は私たちで相手をします。ですがアレとの戦闘は必ず余波で町に被害が出る。その対応をお願いします。それから他の冒険者パーティにも声をかけて住民の避難、保護を最優先にしてください」

「魔力反応! こんなに距離があるのに、もう第一波が!」


 リィンの言葉に視線をハイドラバトルシップへ戻す。いくつもの海竜の首のうち1本が大きく口を開き、ドラゴンのブレスのように大量の黒い水を吐き出す。

 それはキュリアスの作り出したサメクラーケンのブレスほど威力はなく、そもそも砂浜まで届かない。しかしその魔力を多量に含んだ黒い水は、明らかに周囲の海と違っていた。


『生息域拡張能力』


 ある一定以上の力を持った魔物に共通している能力であり、これはそもそも魔物が異世界から来たことに由来する能力なのだが、ハイドラバトルシップの場合は自身の魔力を吐き出すことで周囲を自分の元いた海に変える。

 ここで問題なのは、ハイドラバトルシップの元いた環境だ。この魔物は海辺のようなダンジョンに居たのだが、それは綺麗なビーチなどではなく大量のゴミや廃棄物で溢れ返る港のような場所だった。

 当時の記録によれば出現していた魔物も廃棄物で構成されたゴーレムや汚染されたスライム、ゴミを身に付けたヤドカリのようなものなど、まともに相手をしたいとは思わない種が多かった。回収できる素材もろくなものがなく、踏破を後回しにした結果そのダンジョンはスタンピードを起こし、その中でも一番強い種であったハイドラバトルシップは根絶させきれずにこの世界に定着してしまった。

 話を戻すが、ハイドラバトルシップは飛び出る海竜の首の本体が船に収まっているわけではない。船こそが本体であり、飛び出ている海竜の首は船が汚染した海から回収した生態パーツだ。

 どういうことかと言うと、まず船本体が魔力を放出し周囲の環境を汚染する。このとき汚染、破壊された元の環境にあったものを取り込む。魔力は消化液で、環境そのものを食べていると言い換えてもいい。そうして取り込んだもののうち、自身にとって有用なものを再現して身体を再構築しているため、船から色々なものが飛び出しているように見える。そのため多頭竜であるハイドラの名を持っているのだ。

 元々海竜や竜の首が多数あるわけでなく、成長過程で取り込んだもの次第ではサメの頭やカニのハサミなど様々なものが生える。むしろそのほうが多いのだが、今回のハイドラバトルシップは見事にすべて海竜の首だけだ。


「汚染された海は本体を倒せば元に戻ります。しかしその前に飲まれたものは助かりません! 浜辺にいる人はすぐに退避してください!」


 ワトラビーが空を駆け、私たちに先行して住民の避難を呼びかける。


「た、助けてくれえ!」

「船まで黒い水が近づいているの!」


 ハイドラバトルシップと浜辺まではまだ距離がある。しかし最初から海上に居た船は別だ。すでに夜ということもあり誰も気がついていなかったが、先程の口から放たれたのは第一波ではなく、既に海は汚染されていた。


「こーれだから平和ボケしている人間は! 末代までエルフをたたえて生きなさい! 『グラビティ』!」


 ワトラビーは私の知らない魔法で船を次々に宙に浮かせる。それは今まで使っていた風魔法とは明らかに違う、異質な魔力を含んでいた。


「ふむ。自然の束縛から逃れるとは。ワトラビーもやるではないか」

「キュリアスさん。アレは一体……?」

「知らん。わたしのいた時代にはなかった」


 キュリアスは意味深に呟くが、彼女も知らないそうだ。ワトラビーをエルフに改造したのはあなただろうに無責任な。

 胡乱げな視線を彼女に送っていると、リィンからあの魔法についての答えが出た。


「あれは重力魔術よ。彼女が使っているのはもっと原始的な魔法なのでしょうけど」

「ほう、そんなものがあるのか」

「重力? ああ、なにか最近発見された法則とその応用の魔術がどうとか……」

「ファルフェルトでは存在そのものはだいぶ前から発見されていたけど、当たり前過ぎて誰も意識していなかったのよ。でもパストラリアの勇者が重力を操るデザイアを得て、そこから研究が一気に進んだとか」

「へえ。知りませんでした」

「へえって。あなた一応勇者でしょ? 情報収集はすべての物事の基本よ?」


 リィンに叱られるが、私もまだまだ自分に与えられた勇者の能力を確認するので精一杯だったのだ。


「キュリアスさーん、セリアさーん! 退避させたのはいいんですが、船にやつの魔力が付いちゃってます! 取ってくださ―い!」


 ようやくビーチに辿り着いたとき、空にいるワトラビーから声をかけられた。なぜずっと浮いたままなのかと思っていたが、そんな理由があったのか。付着している量そのものが少ないため進行は遅いが、確かに船底が壊れ始めている。


「取ってくださいって、そんなの無理でしょ」

「いいえ。アレが魔力である以上、私のヴォルグラスに不可能はありません」


 リィンは諦め気味だが、聖剣ヴォルグラスはその程度では屈しない。


「そういえばリィンさんには私の聖剣をきちんと見せたことがありませんでしたね」


 まあ今回もきちんと見せるのは無理なのだが。


「重力魔術が研究されているように、私も聖剣の研究を進めているんですよ」


 右手を突き出し、ワトラビーの浮かせる船底に向けて手のひらをかざす。それはキュリアスがかつて勇者試験で使った技の応用。

 スカイフィッシュとの戦いで失った右腕のかわりに、自分の理想の勇者の腕を、キュリアスの腕を願ったからこそ使用できる技。


「ぅぐっ!」


 いつもなら表面に出るように作り出す聖剣を、あえて腕の中に生成する。今この瞬間、この腕は腕ではない。聖剣という名のガラス片を発射する射出装置だ。


「ヴォルグラスダート!」


 腕が破裂したかと思うような激痛とともに、手のひらを突き破って飛び出すヴォルグラス。それは狙い通りに船底に命中し、砕けて周囲に散っていく。


「……ええ……? あんなに痛そうなのに、消えちゃったわよ?」

「いいえ、消えていません。砕けて散らばっただけです」


 リィンは訝しむが、その効果は劇的だった。粉塵レベルに砕けようとも退魔のガラスは魔力を切り裂く。スカイフィッシュとの戦いで学んだのは、どこまで小さくなろうともその聖剣の性質は変わらないということ。

 砕け散った聖剣は、ものの数秒で汚染された船底を浄化した。

 同じ要領で次々に宙に浮く船を浄化し、ワトラビーも浄化の終わった船を浜辺に下ろしていく。


「た、助かった!」

「ありがとうエルフさま! ありがとう勇者さま!」

「お礼はいいのでさっさと逃げてください。すぐにここは戦場になりますよ!」


 船から脱出してきた観光客であろう人々が寄ってくるが、今はそれどころではない。彼らはたしかに助かったが、その大本の脅威はまだそこにいるのだ。


「飛距離は足りていないが、次々に口から魔力を吐き出しているな。上陸前に海を汚染し尽くすつもりか? だとすればそれはそれで迷惑だが」

「さあ。魔物の考えることはわかりませんから。ですが、同じ方法で対処できるならやらない理由にはなりません」


 もう一度右腕を構え、今度は海に向かって聖剣を発射していく。

 暗くて見えづらい汚染された海が、聖剣による浄化で輝いていく。


「凄い…… けど、アレって本当に聖剣なの?」

「聖剣かどうかは見た目ではない。何を成したかで決まるのだ」

「見てないでキュリアスさんも手伝ってくださいよ。これめっちゃ痛いんですけど」


 私の右腕は理想にしたキュリアスの腕と勇者の魔力により、どれだけ酷使してもすぐに治る。だがそのせいで射出聖剣ヴォルグラスダートを使用する度に激痛に襲われてしまう。

 キュリアスに痛みをそらす方法を聞いたが、彼女の場合は痛覚神経を鈍化させているらしい。だがそれは勇者の肉体では構造上不可能だった。

 脳内麻薬で痛みを快楽に変える方法も教えてもらったが、試した結果そちらはそちらで精神に異常をきたしたので今は封印している。


「わたしのヴォルグラスはお前のものとは違う。お前の理想とする形に変化してしまった以上、わたしに同じことはできんよ」

「ええ……?」


 実に疑わしいが、キュリアスの助力は期待できそうにない。だが同じことができるのであれば、キュリアスは私よりも先に自然の敵であるこの魔力汚染を解決しようとしているはずだ。できないというのは嘘ではないのかも知れない。


「セリアさんの聖剣の力で、少なくとも砂浜にはハイドラバトルシップの魔力は届いていません」

「でももう目と鼻の先よ。ところでこいつに対してなにか有効な手立てはないの? 身一つ剣一つで戦う相手ではない気がするんだけど?」


 リィンの言葉は尤もだ。砂浜に乗り上げようとしているハイドラバトルシップは巨大な船そのもの。見上げれば50メートル以上の高さがあり、ドラゴンどころの大きさではない。そのドラゴンの首がいくつも生えている船なのだから、当然といえばそうなのだが。


「ボオオオオオオオオオオオオオォォォォォ!!!!」


 汽笛のような腹に響く重たい咆哮。ついにハイドラバトルシップは浜に乗り上げ、本体から滲み出る魔力で陸を飲み込み向かってくる。

 海竜の首もそれぞれがこちらを補足し、口を大きく開いて突進。思ったよりもよく伸びる首だ。


「ハイドラバトルシップも魔物です。魔力がなくなるまで攻撃し続けるしかありません」


 だがただの突進に尻込みをするようなメンバーはここにはいない。全員がそれぞれに回避し、私は右手に聖剣を大きく生成。その場で飛び上がり、足元を抜けていく首に向かって腕を振り抜く。


「まずは首一つ。さて、こいつは何回斬れば倒せますかね」



ここまでお読みいただきありがとうございます。


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