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勇者✕勇者✕勇者  作者: まな
第一章
4/57

1-4 勇者になるということ

◆セリア



「おはよう、わたしの勇者よ」


 いつからそこにいたのか。作業机に腰掛けた少女がこちらを見ていた。玉虫色の、不思議な輝きをする瞳。斜めに切り下ろされた、光を飲み込むような深緑の髪。肌は透き通るほどに白く、表情は人形のように美しい。ギルドの、勇者付きの制服を纏っているが、私は彼女を知らない。


「あなたは誰で、どうやってここに入ったんですか?」


 ただ座っているだけ。それだけなのに妙な威圧感があり、しかし魔力が一切感じられない。目はあっているはずなのに、彼女は私を見てはいない。全てを俯瞰するかのような遠い目が、ただただ不気味だ。


「わたしはキュリアス。お前の後について入ってきた」


 彼女は座っている机から鍵を持ち上げ、そこで私は部屋の鍵を締め忘れていたのだと悟った。それなら誰でも入れてしまう。


「……どうして入ってきたんですか? それにここオルラーデの勇者付きは現在ライツェだけのはずです。あなたは何者ですか?」

「旅をしていた。わたしの使命には勇者が必要で、だがわたしでは勇者になれない。そんなとき、強く勇者を求める声が聞こえた。その身体はばらばらになっていたが、その魂だけは一際輝きを放ち、廻りに旅立たせるには惜しかった。だからわたしはそいつを勇者にすることにした。それがお前だ」


 質問には答えず、しかし信じられない言葉が返ってきた。身体がばらばらになっていた? 魂だけ? 勇者にした? そのどれもが理解できないが、なぜかそうなのだろうと信じてしまっている自分がいる。


「お前はわたしの勇者だ。ならわたしはお前について回る。それが今の勇者なのだろう?」

「ちょ、ちょっと待ってください! 私は勇者ではありません。勇者を目指していますが、まだ勇者にはなれていないんです」

「いいや。お前は勇者だ。わたしが集め、わたしが再現した、わたしの勇者の肉体を、お前の魂に合わせて作り変えた。何分元のお前はあちこちに飛び散っていたため使える部位が足りなく、使い物にならない部分も多々あったが、今は不足はないはずだ」


 キュリアスの表情が初めて動き、やや満足気に微笑む。だが私はそれどころではなかった。肉体が飛び散っていて、使い物にならなかった? だから作り直した? 医者だってもっとマイルドな表現を使う。私の思考は料理か何かの話をされているのだと現実逃避を始めていた。フルーツパフェとかがいいな。


「ともかく、今のお前はわたしの知る限り最高の勇者だ」

「……色々と理解できないんですが、要するに怪我をしていた私を勇者並に強い身体に治してくれた、ということですね?」

「そうだ」


 満足気に頷くキュリアス。しかし顔は可愛らしいのだが、視線が動かないせいでやや不気味だ。


「それは、感謝します。ダンジョン内での救助行為に対する報酬は必ずお約束します」

「いい。お前はすでに勇者だ。勇者には使命があり、それはわたしの使命でもある。お前が勇者としてわたしとともに使命を果たせば、それでいい」

「何度も言いますが、私は勇者付き。まだ勇者ではないんですよ。それに、私には目的があります」

「目的? もうないだろう、そんなものは。お前は勇者を望み、すでにそれは果たされた。それ以外になんの目的がある?」

「……っ、それは……」


 思わず言葉に詰まる。私の夢は、私の願いは勇者になること。それだけを胸に生きてきて、しかし私のデザイア能力は発現していなかった。

 だがもし、もし彼女の言うことが全て真実だとしたら? 彼女は私が勇者になったと言った。私の願いは勇者になることだった。なら、この結果が私のデザイアだとしたら?


「……いえ、だとしても私はまだ勇者ではありません。心から感謝はしていますが、あなたのお手伝いは、まだできません」

「ふむ。ならそれまで待つとしよう。お前はすでに勇者足り得る存在だ。だが今のお前にはそれだけでは足りないらしい。ならばお前の言う、お前の信じる勇者とやらになれ。使命はその後でいい。それまでお前を見届けよう」

「すみません。…………見届ける?」

「無論だ。お前はわたしの勇者なのだから、これはそのための恰好なのだろう? さあ立ち上がれ。お前の英雄譚はここからはじまる」


 颯爽と作業机から飛び降り、窓に向かって指をさすキュリアス。だがよくよく見れば彼女の身に纏っている制服は私のものであり、すなわち体格に制服のサイズが全く合っておらず、結果として着地した勢いでスカートが落ちる。


「……は?」

「おはようございまぁす先輩。鍵空いてまし、たよぉ……」


 間の悪いことにこの部屋の持ち主であるライツェが入ってきて、その場で空気が凍りつく。


「どうした? 早くしろ。それがお前の望みだろう?」

「お取り込み中でしたかぁ……先輩、そういう趣味だったんですねぇ~」

「む、お前は……」


 腰から下が半裸のまま振り返るキュリアス。ライツェの生微温い視線が突き刺さる。


「ライツェ? 落ち着いて聞いて。これは、違うのよ」

「先輩。ここは連れ込み厳禁ですよぉ? それに朝からだなんて、ナルシック様でももう少し節操がありますぅ」

「違うの。彼女とは、そういう関係じゃなくて」

「ふふ、わかってますよぉ。1時間で戻るので、その間に済ませてくださいねぇ?」

「違う。違うわ、待ってライツェ。違うからね!?」


 優しげに微笑みながらすっと消えるライツェ。相変わらず凄い魔術制御だ。正直彼女は苦手だが、今は彼女に行ってほしくなかった。


「……何をそんなに焦っている?」

「あなたはさっさとパンツを履け!?」







「……まだやってたんですかぁ? というか、それわたしのなんですけどぉ」

「これには訳があるのよ。あとで代金は出すから……」


 きっかり1時間後。ようやくキュリアスに合う下着を履かせたところでライツェは戻ってきた。レース付きで透けているやや過激なものだが、サイズの合わない彼女に無理やり履かせるには紐で締められるこれしかなかったのだ。なおスカートはベルトで強引に締めた。


「これが今風というやつなのだな。煩わしい上に時間ばかりかかる」

「それはこっちのセリフです。というか、ここに来るまで何を着ていたんですか?」

「ああ、それなら噂になってましたよぉ。露出狂の女が出たって町の男どもが騒いでましたぁ。顔は分からないが、背は小さいけどやたらスタイルがいいとかなんとか。まさか本物に会うとは思いませんでしたけどねぇ?」

「……?」


 自分のギルドでの進退以上にキュリアスのことで頭が痛い。当の本人はわかっていないようだが、冒険者というのは情報が命。どんな下らない話でもすぐに広まるし、なんならここに入るのを見られていた可能性すらある。


「はぁ…… ただでさえ私は死んだことになってるとか言われているのに、これ以上私はどうすればいいの?」

「というか先輩。彼女は何者なんですかぁ?」

「わたしはキュリアス。まだ何者でもないが、強いて言えばこいつの付き人だ。お前らと同じように勇者に付いて回ることにした」

「……らしいです」


 キュリアスにとってそこは譲れない一線らしい。彼女の話を鵜呑みにするのであれば、私は彼女の勇者らしいので逃げられても困るのだろう。もちろん命の恩人だとは思っているのでそんなことはしないが、身体を作り直したなどと言われても実感はない。


「んー。本部行きの馬車には余裕があるので、キュリアスさんが付いていく分には問題ないと思いますけど。何者でもないというのは問題ですねぇ」


 たしかにその問題もあったか。何者でもないということは、キュリアスは身分証明をするものがなにもない。曰く、あのダンジョンからずっと私に付いてきたそうだ。着の身着のままどころか、何も持たずに。どうやってそんな状態で過ごしていたのか全くの謎だが、彼女は旅をしていたとしか答えないので真相は不明だ。


「とりあえずFランクでいいからギルドカードを作るしかないですね。……そういえば私の財産はどうなっていますか?」


 ギルド所属の人間は冒険者も含めて私財をギルドに預けることができる。現金であればギルドカードを通して全てのギルド支部で引き出し可能であり、ギルドと連携をしている商店などではカードを通して支払いの建て替えも可能と非常に便利なものだ。

 私も職業上同じ土地に留まることが少ないのでギルドカードを支払いに多く利用しているのだが、本部から殉職扱いとなっている今の状況は……


「恐らく、というか確実に使用はできないでしょうねぇ…… 先輩に身内がいたなら、財産はその方に引き継がれると思いますけど……」

「私に家族はいないですね。本部に親しい友人はいますが、恋人もいなかったのに……」

「そこまでは聞いてませんが、そうなると本部に管理されてるんじゃないですかねぇ」


 思えば勇者を目指していただけの人生だった。冒険者だった両親を早くに亡くした私はギルドの冒険者訓練学校に入学。卒業後ギルドに入ってからも戦闘職員の私は勉強と訓練の毎日で、休日も冒険者活動で実績稼ぎをしていた。稼いだお金は武器と防具と身体のメンテナンスにしか使わず、たまの贅沢はスイーツ巡りと英雄譚の購入。実に細やかなものだった。


「……虚しい。私の人生、振り返る過去が殆どない。思い出にあるのはいつかの何処かの勇者の伝説や逸話ばかり。私、なんのために頑張ってたんでしょう……」

「さすがのわたしも全財産がいつの間にか消えてたら泣いちゃいますねぇ。心中お察しします…… 少しばかりではありますけど、例のダンジョン攻略の報酬があるので、それを使ってください」


 そう言うとライツェは備え付けのクローゼットの床板を外し、革袋を取り出す。


「だいたい5万アーツあります。本当はもっとあったんですが、ナルシック様が死人にやる報酬はないと。……本人に言うのも変な感じですが、お墓を建てるつもりで残しておいたんです」


 ライツェ……。ナルシックに付き従う嫌な後輩だと思っていたが、普通に良い人間だった。革袋の中には金貨や銀貨がまばらに入っている。ダンジョンの報酬と言っていたが、そうであるなら私のギルドカードに振り込まれているはずだ。ならばこれはきっと彼女の資産であり、


「……ありがとう、ライツェ」

「ふむ。なんだかよくわからんが、金のことを心配していたのか?」

「そうですよ。あなたも一文無しなんですから、彼女に感謝してください」

「どれ、1枚見せてみろ」

「あ、ちょっと……!」


 キュリアスは私の持つ革袋から金貨を1枚取り出し、興味深そうに眺める。


「ずいぶん複雑な模様だな。これが今の貨幣か…… だがこの程度なら」

「返してください。私についてくるなら、あなたもこのお金に頼、ることに、な……?」

「……え?」


 彼女が金貨を握り込み、再び手を広げる。その手のうちにあった金貨は1枚だったはずだ。しかし手のひらからは何枚も、何十枚も金貨が溢れ、まるで黄金の滝のように床に落ちて金貨の山が積み重なっていく。まるで夢のような光景だが、跳ねて足に当たる金貨の痛みがこれは夢ではないと告げているようだった。


「勇者が金に困るなどあり得ないし、あってはならん。ひとまずこれでいいだろう」

「え、えぇ……?」


 あまりの出来事にライツェの方に顔を向け、


「……キュリアスしゃまぁ。だいしゅきぃ……」

「…………えぇ……?」


 蕩けきった顔のライツェを見て、困惑はより深まった。







 キュリアスの生み出した偽造金貨を数枚鑑定したが、全て本物だった。これはギルドの魔導具を使用した結果であり、すなわちこの偽造金貨はどこに行っても概ね使用可能ということになる。


「いやいやいや、ならないわよ。拙いですよ流石に。ギルドの人間が偽造通貨の不正使用なんて」

「あへぇ……お金、お金しゅきぃ……キュリアスしゃまだいしゅきぃ……」

「うーむ。どうしたものか。幻覚にでもかかっているのかと考えたが、こいつの精神状態は正常だ。どういうことだ? いい加減鬱陶しいのだが」


 蕩けきった顔のライツェはキュリアスに頬ずりをし、金貨の山に腰を擦り付けている。良い人間だと思った私が馬鹿だった。失禁していないだけマシかと思ったが、金貨がなにかで濡れている。……あれは使いたくない。

 無表情のキュリアスも流石にやや困惑した表情になっている。


「おい、どうにかしてくれ。こいつはお前の知り合いなんだろう?」

「あなたがこの状況を作り出したんですよ!? ライツェも、その金貨は全て差し上げますので、いい加減元に戻ってください」

「!? すべ、て? はぁい、せんぱぁい! アッ、セリアしゃまだいしゅきぃ……」


 何が彼女をここまで狂わせるのか。思い返せばナルシックに付き従っているときもたまにこんな感じだったが、あれはもしや金のせいだったのか。

 ビクビクと震えるライツェを押しのけ、キュリアスが金貨の山から出てくる。


「やれやれ。金貨と交尾しても金は産まれんというのに、おかしなやつだ」

「言わないでください。……とりあえずここから離れましょう。この金貨を造ったことは黙っていてください」


 部屋とライツェの惨状に目を瞑り、キュリアスの手を引いてギルド支部へ向かう。今度こそ鍵は掛けたし、信頼の置ける職員の誰かに渡せばいいだろう。

 勇者付きの執務室に入り、必要な書類を用意する。


「時間があまりないので、とりあえずキュリアスさんにはFランクのギルドカードを発行します。これは一時的なものですが、無くさないように。……そうですね、ダンジョン攻略の帰りに偶然保護し、記憶喪失になっている、ということにしましょうか」

「間違いではないな。立場は逆だが」


 Fランクギルドカード。通称フリーパス。ギルドで発行される身分証のうち有効期限付きのもので、その期限は公認国家間の移動中のみ。要は通行証にしかならないのだが、それがあるのとないのとでは大違いだ。

 本来ギルドカードは適性検査を受け、犯罪歴等を確認した後に新人のEランクからスタートとなる。だがギルドカードの作成にはそういった諸般の理由から時間がかかるため、すぐには入手できない。その間に新人として働くための仮のギルドカード、それがFランクカードだ。

 そもそもEランカーの受けられる任務は限られており、せいぜいが近場の雑用だ。だがその任務のために国を出入りするたび入国検査をするのは馬鹿らしい。しかしギルドカードがない場合はギルド門を利用できない。Fランクカードはそのための救済措置でもあるのだが、今回はそれを利用する。

 そうでもしないとキュリアスがオルラーデから出られないのだ。彼女は身分証を持たず、そもそも入国検査を受けたかも怪しい。と言うか確実に受けていないだろう。だが必要書類をでっち上げ本部で登録することにすれば出国自体は問題ない。


「今更ですが、どうやってこの国に入ったんですか?」

「うん? どこか閉まっていたのか? 開いているようにしか見えんが」


 開いているはずはない。昨晩私がここに着いたときには大通りの門は閉まっていた。だから私はギルド門を使ったのだが、であれば彼女がそちらを通れるはずがない。


「いや、開いているだろう?」


 そう言う彼女の視線は窓の外、はるか大空に……


「……まさか、飛んできたんですか?」

「鳥や羽虫のように飛ぶのとは違うが、空から来たのかという問ならそう考えて問題ない。であれば、開いているだろう?」

「ええ、ええ。そういう意味なら殆どの国は開いているでしょうね……」


 錬金術に、飛行能力。デザイアは全ての願望を叶えるが、それにしたって限りはある。何でも叶うが、すべてがすべて十全に叶うわけではないのだ。

 ふと疑問に思う。役割の違うかけ離れた2つの能力。彼女はどうやってそれを手に入れたのか。


「あなたは、一体何を願ってそんな能力を手に入れたんですか?」

「どういう意味だ?」

「いえ、単純に気になっただけです。神の残した最後の奇跡。願望具現魔法デザイア。金貨の複製能力も飛行能力もデザイア能力なのでしょうが、何を願うとそうなるのかと」

「ふむ。願いか……使命ならあるが、考えたこともないな」


 使命。思い返すと彼女は勇者の使命がどうとか言っていた気がする。私に託してまで果たしたい、果たさなくてはならない使命。

 それは願いと、願望と何が違うのだろうか。それこそデザイアに託すべき奇跡ではないだろうか。


「そういえば聞いていませんでしたね。あなたの、そして勇者の使命。それってなんなんですか?」


 デザイア能力は、願いは世界に誓えば強くなる。それは冒険者の間では常識で、願いを口に出して周知させることは特に有効だ。だから冒険者は自分の夢を大いに吹聴するし、本当に何気ない、なんの他意もないよくある質問だ。


「勇者の使命か。そうか、まだ言っていなかったか。言うまでもないと思っていたが……」


 だから、知らなかったのだ。勇者になるということが、勇者の使命というものが、どれほど世界にとって重要な意味を持つかなど。


「わたしたちの使命は世界平和だ。遍く全ての生命の救済。混沌とした恒久的な調和。誰もが理不尽な目に合うことのない、理想の果て。当然だろう? 勇者なのだから」


 ――世界平和。


 それは、決して叶うことのない、全人類の願望。


 ぐらりと視界が反転する。

 見えない何かが、力の本流が、私の身体を突き上げ、私の魂を押しつぶす。

 神にすら達成できなかった願いが、夢が、呪いが、温かい希望の光が、私の魂を真っ白に汚染していくのを、ただただ受け止めることしかできなかった。



ここまでお読みいただきありがとうございます。


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