2-13 フィローと監視
◆フィロー
「おいおい、何だよこの報告書。俺が調べた遺跡に関して殆ど載ってねえじゃねえか!」
「投げ捨てるのやめてくださいよ。ああもう、砂まみれだ……」
フィローは憤って書類を投げ捨て、コトートがため息をつきながら拾って順番通りに纏め直す。魔術によって多少のゴミは払えるが、紙についた汚れはそう簡単に落とせない。
現在地は例の崩れた遺跡からほど近い海岸沿いの砂浜だ。簡易指揮所となっているテントの中で、フィローは有線誘導弾のケーブルを握ったままビーチチェアに寝そべっている。
「荒れてんなあ。まあせっかく天気がいいってのに、釣りもできねえで座って待機じゃ気が滅入るよなあ」
「フィローさん、あんまイライラしないほうがいいッスよ? ストレスは体調にも影響が出るッス! マルカで一発スッキリしたらどうッスか?」
「そういう気分じゃねえし、俺はムードを大事にするんだ。こいつらならともかく、外の連中がウザすぎる。羞恥プレイは別に好きじゃねえ」
「……一応勇者なんで、そういう話を他人が聞こえるところでしないでもらえます?」
フィローたちは会議の翌日に遺跡を独断で調査し、そこで魔王に関する重要な情報を得たために防衛隊を外されていた。
改めて依頼された任務は『遺跡内の推定魔王の影の監視及び、随伴調査員の護衛』。
遺跡内部の監視は現状ではフィローのデザイアでしか不可能であるため、彼も任務を理解し渋々了承している。彼を苛立たせているのは後ろの部分だ。調査員の護衛と言われても遺跡の入り口は崩れているため、彼らは内部に進入はできない。
それなのになぜ彼らが付いてきているのか、有り体に言ってしまえばフィローの監視役だ。彼らはフィローたちのテントと遺跡の両方が監視できる少し離れた場所で待機している。
「せめて定点カメラ見てえに設置ができれば楽なんだが、俺が握ってねえとカメラが機能しねえってのがなあ。本当は使い捨てなんだから弾の魔力もすぐに尽きるし、マジであと10日も監視しろってか?」
フィローのデザイア『魔弾』によって生成された、カメラ付き実体貫通有線誘導チート弾。これにより暗い遺跡の内部を撮影することに成功したが、あくまでこれは弾。監視に向いているものではない。
チート弾だが万能ではなく、フィローが愚痴っているようにまず設置ができない。これは弾なので目標、つまりフィローが誘導した先に接触するとそこで機能停止する。
以前生成した銛のように刺さった位置で残留するようにもできるのだが、そうすると今度はカメラが失われる。カメラは誘導機能の一部であり、目標に着弾した時点で能力が完了するためだ。
また発信機のように着弾後も機能を維持する改良を考えたが、そうすると今度は実体貫通機能が失われた。
正確には着弾した地点に実体化したカメラ付きの弾はあるのだが、誘導していた有線ケーブルの方が魔力による実体貫通機能を失うため、ケーブルが魔力となって消えてしまう。そのためこちらでカメラの内容を確認できない。
そして一番の問題はフィローの作るカメラ付き誘導弾のカメラが、ビデオカメラではなく写真カメラの流用だということだ。結局彼が監視をしていなければならないことには変わりなかった。
「仕方ないですよ。その分の契約金は貰っているわけですし」
「近くの村の連中が新鮮な魚を持ってきて料理してくれるのはありがてえがな。やっぱ釣りがしてえ」
彼ら自身が勇者であると吹聴したわけではないが、魔王については国民も知るところである。そんな中こんな僻地に国から派遣されているということは、なにか重要な任務なのだろうと村人たちが自然と気を利かせたのだ。
「この辺は本職の漁師が魚を獲ってんだろ? 警戒心が強くて何も釣れねえだろ」
「浅いなフィロー。浅すぎる。漁師は船で沖で獲る。それにここは地元住民くらいしか来ねえ。ここに来るまでの道のりでも釣りをしてる観光客は見なかった。つまり穴場ってわけよ。ま、そうでなくても一杯やりながら海風を浴びて、垂らした糸が引くのを待つってのも乙なんだがな」
パトルタは村人の持ってきた小魚のフライを一口つまみ、自家製レモネードを呷る。レモネードと言っているがアレは酒だ。さっきから息が酒臭いので間違いないだろう。
「フライも美味しいッスけど、マルカアレが食べたいッス。たい焼き! 焼き立ての外のカリッとしたところ! なかのとろける身! お腹に詰まった甘いクリーム! また食べたいッス!」
「おいコトート、マルカがまだ騙されたままだぞ。早くアレは魚じゃなくてお菓子だと教えてやれ」
「えー……? 嘘ついたのはフィローさんじゃないですか。ああでもありますよ、たい焼き。焼き立てではないですけど」
「!? コトートもたまにはやるッスねえ!」
コトートはパーティメンバーだが勇者付きであるためフィローたちよりは自由に動ける。そのため主に買い出しのために村に出入りしていて、自分用の甘味として買っていたのだ。
「んう!? こ、このたい焼き! 中が黒いッス!」
「ああ。それはあんこと言って、甘く煮た豆を潰したものですね。この国では珍しい本場の味ですよ」
「なに? クリームとチョコ以外のたい焼きがこの国にあったのか。俺にもよこせ」
たい焼きはこのシャポリダではメジャーなお菓子だったが、中身はフィローの言うようにクリームやチョコ、フルーツジャムなど異世界めいていて、フィローにとっては邪道寄りのものが多かった。そのためまともなたい焼きが食べたかったのだが、
「すみません。あんこは1つしかなくて。また買ってきますよ」
「はー、これだから新人の勇者付きはよお」
フィローは文句を言いながらビーチチェアを倒して完全に横になる。これは寝るためではなく、魔弾による魔王の影の監視のためだ。
先程まで放っていた弾が魔力切れで消滅したため新しく弾を生成するのだが、既に50発以上生成しており精神的な疲労が溜まっている。少しでも集中するための楽な姿勢が仰向けと言うだけで、実際にだらけているわけではない。
「それいけー……はあ。……遺跡に再度侵入したが変化なし」
「それが良いんだか悪いんだか。だがもし魔王に動きがあったらどうするつもりなんだろうな」
「一応護衛任務なので彼らを連れて退避することになっていますが……」
「はっ、勇者が魔王を前に逃げるわけねえだろ?」
フィローは少し疲れた顔だがニヤリと笑う。
「言うと思ってたッス!」
「もちろん俺も戦うぜ? 海の魔物、特に海竜にはちっとばかり因縁がある。魔王とは関係ない逆恨みだが、陸の上なら今度こそぶちのめしてやる」
「そんなことだろうと思ってました。契約違反にならないよう、僕が彼らを退避させればいいんでしょう? 戦いなんて無理ですからね」
彼らは戦いに備えて結束を固くしたものの、魔王の影が動き出したのは予告通りの10日後だった。
◆セリア
「今日が満月の夜になるわけですが、本当に避難しなくて大丈夫なんですかね」
「何を今更。私が何度死にかけたと思っているの? あんな化け物と特訓した私に恐れるものはなにもないわ!」
「ああいえ、リィンさんではなく……」
私は腕を組んで胸を張るリィンではなく、夕日に染まる港の国を見下ろしていた。
「今日が期限だということは国民の皆さんも知ることだと思います。ギルドからも注意喚起は出ていましたし、実際ランクの低い他国の冒険者たちはとっくに出国している。ですが……」
「シャポリダの人たちで国を出たのは商人くらいでしたねえ。それも逃げたわけではなく、ただの仕入れだと言い張っていました」
見下ろす町並みからは賑やかな喧騒が聞こえ、民家からは夕食の準備であろう煙が出ている。近海には観光船がちらほらと浮かび、通りに並ぶ魔導ランプに灯がつき始める。2週間ほどいた変わらぬ日常がそこには広がっている。
「わたしたちのすることは変わらん。勇者として、虐げられる弱者を守る。それだけだ」
沈む夕日を見つめるキュリアスの目。そこにはいつも通り、なんの感情もない。
遺跡の報告があった日。私は思うところがあってキュリアスにひとつ確認をしていた。
『キュリアスさんは、魔王の目的が海を取り戻すことだと言っていました。そしてかつては、同じ目的のために神々と争っていた。そんなあなたが、魔王を討つのですか』
なんとも失礼な問だが、どうしてもそれが引っかかっていた。
彼女は大自然の救世主。自然を支配していた神を殺すための、神殺しの神。
当時は神とともにあった人々を、その目的のために数え切れないほど殺したと言っていたキュリアス。
そんな彼女が今度はその奪われた自然の上に立つ人々のために、戦えるとのか。
キュリアスは、何でもないように答えた。
『人も元はと言えば自然の一部だ。少しばかり反抗心が強く、神を創るなどという過ちを犯したが、それも昔の話だ。もはや当時を生きた存在はこの地に居ない。神も、人も、この地すらも、当時とは違う。もはや神など信仰する人間も居ない。であれば、今ある自然を守るのがわたしの役目だ』
海を取り戻しに来る魔王。かつて海だった大地を守るキュリアス。
どちらが正しいのか、どちらが間違っているのか。そう言っていたキュリアスの答えは、とてもシンプルだった。
『勝ったほうが正義だ。最後まで勝ち続けていること、それが正しさの証明だ。もしわたしたちが負けて、この地が海に沈むのなら、魔王が正しいことになる。それだけだ』
かつて神の手先である勇者に敗北し、その正しさを証明しきれなかったキュリアスの表情は、どこか寂しそうにも見えた。
私の胸の内にある勇者の心臓が跳ねる。
「……来ます」
予告通りの敵襲。全員が海に向かって走り出す。
誰もが見つめる陽の沈む海。その奥から、徐々に昇ってくるものがあった。
黒く大きな影。インクの染みのように広がっていくそれは、巨大な船の影だった。
「訓練をしておいて正解だったな」
「ええ、ええ、まさかそんな物ありえないと思っていましたが、本当にそんなことあり得るんですね!」
船から飛び出しているのは触手のように蠢くいくつもの海竜の首。
『ハイドラバトルシップ』
キュリアスの作り出した架空の生物そっくりの魔物が、海竜魔王の悪意を載せて上陸しようとしていた。