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勇者✕勇者✕勇者  作者: まな
第二章
36/57

2-10 ある酒場にて


◆???



「……クソ暑いなあ、おい。なんだってこんな人が多いんだ、おい」

「そりゃお前さん、この国は今魔王から宣戦布告を受けてるからな。戦いに参加したら金が出るってんであちこちから冒険者が来てるんだ。うちみてえな安酒場も連日儲かってありがてええ限りだよ。というかその格好、お前さんも参加するんじゃねえのか?」


 まだ昼過ぎだと言うのに酒場のカウンターで店主相手に絡んでいる男の格好は、革鎧にバンダナとこの国では珍しくない冒険者のだった。


「魔王ねえ。……へへ、おいお前ら! この中でどいつが一番強いんだ!? よその奴らが使いものになるか俺が試してやるよ、おい!」


 ふと思い立ったバンダナ男は椅子の上に立ち上がり、店内を見回して声高らかに宣言する。


「なんだ?」

「ただの酔っ払いだろ」


 店内にいる客は冒険者も含めて騒ぎ出した男に注目するが、すぐに仲間との会話や食事に戻る。

 ギルドの冒険者はかなり厳しく規約で制限されており、そうでなくても今回の件で集まった冒険者は高ランカーが多い。つまらない挑発に反応するものは居なかった。


「おいおいやめておけって! お前さんがどれほどのものか知らないが、今ここにいる冒険者は魔王を名乗る魔族を相手にするつもりで来てるんだぞ? 最低でもBランク、下手すりゃ勇者クラスのパーティも居るんだ。敵いっこないって」


 だがそれを聞いたバンダナの男は尚も挑発を続けた。


「へ、へへへ。ここにいるのがBランクぅ? あんな腑抜けた面の連中俺なら片手、いや指一本で勝てちまうぜ、おい! はっはっは!」

「黙って聞いてりゃ随分楽しそうじゃねえか」

「お? ようやく釣れたか、おい」


 嘲り笑うバンダナの男の前に、このあたりでは珍しい魔物の皮をつなぎ合わせた装備を纏う大柄な男が現れる。髪とひげは伸び放題のライオンのような大男は椅子に立つバンダナの男の胸ぐらを掴み上げる。


「ぐえぇ」

「いいかてめえよく聞けよ!? 俺は盗賊勇者ダンタカ! 勇者である俺には地元の住人だろうが冒険者だろうが、理由さえあれば誰であろうとぶっ飛ばして牢に打ち込む権限がある! 俺がそうだと言えばお前を営業妨害でとっ捕まえられるんだ! わかったら黙って飲んでろ!」


 ダンタカはバンダナの男を投げ飛ばして自分の居た席へ戻る。だが椅子に座る直前、その後頭部に衝撃を受けた。ダメージはないが頭は濡れてしまい、投げつけられたものが酒だと気づくのに時間はかからなかった。

 振り返るとバンダナの男がグラスに酒を注ぎながらヘラヘラと笑っている。


「田舎勇者、そいつは俺のおごりだぜ、おい。お前みたいな雑魚は魔王どころかその配下にすら手も足も出やしねえよ。だがせっかくこんな所まで来たのに、泣いて帰るだけじゃ可哀想だ。そんな哀れな勇者に乾杯!」

「……殺す!」

「おいおいおいおい! 俺の店でやめてくれよ!」


 店主の制止も聞かず、グラスを呷るバンダナの男めがけてダンタカは突進。両腕に装備した手甲から魔物の爪が飛び出し、振り下ろされたその爪は男を容易く切り裂いた。

 バンダナの男は鮮血を吹き出して崩れ落ち、彼の呷っていたグラスが割れる音で周囲に状況が伝わった。


「キャーッ!」

「ひ、人殺しだ! 逃げろ!」

「衛兵に通報してくれー!」


 店内に居た一般の客は蜘蛛の子を散らしたように逃げ出し、残ったのは店主とダンタカ、被害者のバンダナの男と数人の冒険者だった。


「おいあんた! 勇者だかなんだか知らねえが、人の店で殺しなんかしやがって、どういうつもりだ!」

「ぬう、まさかあそこまで煽っておきながらこれほど弱いとは…… だが俺が勇者なのは事実だ! 店の被害は弁償する!」

「あったりまえだ! それよりもこいつをどうにかしてくれ!」


 ダンタカは頭を下げるが、店主の怒りは収まらない。むしろ店主が今一番気にしているのは、バンダナの男の死体についてだった。


「勇者ダンタカさん、いくらあんたが勇者でも殺しは拙い。あんな大勢の前で、しかもただ煽っただけのやつを相手に、いくらなんでもやりすぎですよ」

「もちろん俺らはダンタカさんを支持しますが……」

「そういうのは後にしてくれ! ああクソ! 死体はお前らが持って帰れよ! クソ、掃除だって楽じゃねえってのに!」


 店主はカウンターの裏からモップを持ってきて床を拭き始め、ふと違和感に気づく。死人が出ることは稀だがこの店の治安は悪く、毎日酔った冒険者や船乗りの喧嘩が絶えない。酔った人間の血は止まりにくく、床が血溜まりになっていることも珍しくはない。

 だが今回の事件はどうだ? 床に血が殆どない。バンダナの男は開店直後から飲んでいた。ここで出す酒は安い上に酔いも早い、貧乏人のための酒だ。そんな男が鋭い魔物の爪で身体を切り裂かれ、あんなに血を吹き出していたのに血溜まりがない?

 よくよく思い出せばその吹き出た血もおかしかった。なんというか、切られたから血は出たが、その後も吹き続けはしなかった。それはまるでいつも調理している、死んだ直後の魚のような……


「とりあえずこいつはうちのギルドに運びます。勇者ダンタカさんも付いてきてくださいよ」

「ん? なんかこいつ妙に臭えな。風呂に入れねえ船乗りでもこうはならねえぞ? それに思ったより血が出てねえような……」

「……臭えなんて酷いじゃねえか? お前も今から底に行くんだぜ、おい?」


 冒険者の一人がバンダナの男を抱えようと彼の腕を肩に回したところで、突然バンダナの男が動き出し冒険者の首を腕で締める。


「なっ!?」

「うぐ、は、放、放せ……!」

「一緒に沈もうじゃねえか、おい。『深海歩きの呼吸術ディープ・ブレッシング』」

「っ!? ゴホッ、ゴボッ、ゴボボッ……!」


 バンダナの男に締められた男は突然苦しみだし、すぐに動かなくなる。それはただ首を絞められただけではない。その冒険者は、ありえないことに海水を吐き出しながら倒れたのだ。


「てめえ、何をした!?」

「俺と同じところに旅立ったんだよ。なあに、運が良ければまた会えるさ」

「お前、その身体は!?」


 立ち上がったバンダナの男の姿を見て、誰もが目を疑った。ダンタカによって切り裂かれた身体から溢れだす異常。傷口から滲む血は既に腐っており、黒く濁っていた。彼の皮膚の色も血が通っていないかのように青白く、その足元には血溜まりのかわりに腐った水溜まりができていた。


「へ、へへへへ。1人は寂しいからな。俺はよく知ってるよ。だからお前らもこいつのもとに送ってやるぜ、おい! 『深海歩きの呼吸術ディープ・ブレッシング』」

「……おい、やめっ!」


 滑るように、倒れるように一番近くにいる冒険者へと襲いかかるバンダナの男。彼は冒険者の首を掴むとまたしても例の呪文を唱え、陸地に居ながら溺死させる。


「う、うわああああぁぁぁ!!」

「水を吐いて死んでるぞ!?」

「掴まれただけで、か、勝てるわけがない!」

「逃がすわけねえだろ、おい? 仲間を置いてくんじゃねえよ! 『深海歩きの牢獄(ディープ・プリズン)』」


 残った冒険者たちは逃げ出そうとするが、突然店全体が暗くなる。


「な、海!?」

「一体どうなってるってんだ!?」


 店の周囲だけが突然海に飲み込まれる。それは強力な水のデザイア使いが発動する水の壁に似ていて、しかし明らかに違うのは確かにその水の壁は海だった。

 なぜならその海の壁には大型の水棲魔物が多数いて、彼らもその異常に気づき魔物の本能によって店内の冒険者を捉えていた。


「見ろ! 向こう側には外の様子が見える! 壁の厚さはたったの数メートル。勢いをつけて飛び込めば抜けられるぞ!」

「馬鹿言うんじゃねえよ!? サメやイカの化け物が見えねえのか!?」

「そいつらは新しいお友達だぜ、おい。仲良くしてやれよ!」


 バンダナの男が指を弾くと水の壁が内側に向かって徐々に崩壊する。それはつまり、魔物が解き放たれるということ。


「ゴオォォォ!!」

「ぎゃああああああ!!」


 サメの突進により冒険者の1人が腕を食われる。回避しようにも足場が沈み、満足に動けないところを狙われたのだ。


「は!? 放せ、放しやがれ! おい、やめっ!」


 また別の1人は足元に忍び寄る触腕に気づけず、巨大イカに丸呑みされてしまった。


「ぬううううう! このままでは全滅してしまう!」

「はっはっは! そうだぜ田舎勇者? これを止めるにはこの俺、海竜魔王の使い『深海歩きのロワン』を倒す他ないぜ、おい!?」

「方法は他にもある! 必殺ダンタカトルネード!」

「なに!?」


 ダンタカは最初にバンダナの男へ攻撃したときのように突進し、デザイアによって空中でキリモミ回転を始める。両腕の魔物の爪を全面に押し出したドリルのような攻撃は、しかしロワンにあっさりと躱される。


「くっ、少しはやる。当たらなければ意味がねえぜ!?」

「……トルネード・エスケープ!!」

「は?」


 高速回転するダンタカは確かにロワンの躱されたが、しかしその勢いのままに崩れる水の壁を突き破り包囲網を突破する。


「俺は勇者だ! こんなところで死ぬわけにはいかん!」


 そう叫びながら消えていくダンタカ。


「て、てめえ! 勇者のくせに一般人放って逃げ出すのかよ!? ふっざけんじゃねえぞ!?」

「マジかよ。最低だな田舎勇者」


 ロワンも呆れて思わず肩を落とす。


「……白けたぜ。おいおっさん」

「なんだ? 殺すのか? 好きにしろよクソッタレ。店はこんなになっちまったし、魔王ってのもこんな強いのが手下にいるんじゃ、もうどうしようもねえよ! 焼くなり煮るなり好きにしろ!」

「へへへ、威勢がいいなおっさん。そんなんじゃねえよ。酒代がまだだったからな」


 ロワンは腰のポーチから金貨を数枚取り出して笑う。


「おいおい……一体いつの金貨だこりゃ……?」

「ここの城に乗り込んだ時、伝え忘れていたことがあるんだ。だからそれを伝えておいてくれ。次の満月の夜が期限だ」


 周囲の海を消し去り、ロワン本人も泡となって消えてしまう。


「は、はは……悪い夢だろ?」


 魔王の使い襲撃事件。最後まで現場に居ながら、唯一生存者となってしまった店主は金貨を握りしめて城へと走り出す。

 その報告は、現場に居た勇者ダンタカよりも早かった。



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