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勇者✕勇者✕勇者  作者: まな
第二章
34/57

2-8 リィンの訓練と防衛会議



◆リィン



 この国で魔王襲来の防衛に当たることになってから数日。

 キュリアスの特訓は苛烈を極めていた。早朝から体力づくりのランニングでシャポリダの坂道を何度も往復させられ、朝食は彼女特製のミックスジュース。

 味はいいのだが量が多く、セリアとワトラビーはなぜか憐れみの視線でそれを飲む私を見ていた。他に食事がないせいだろう。普通の食事だと喉を通る気がしないので、私としては少しありがたかった。


「では私たちは防衛部隊での集まりがあるので。キュリアスさん、護衛の方よろしくお願いします」

「うむ。せめてまともに戦えるようには仕上げると約束しよう」

「……護衛の意味を今一度調べ直してほしいわ」


 セリアとワトラビーは早々にホテルを出ていってしまう。彼女たちも私の護衛だが、魔王からの襲撃に備えるための任務につかせている。


「流石にもう人通りも多い。町中での基礎トレーニングはできんな」

「それなら部屋でできる魔力トレーニングでしょ……あれよくわからないのよね」


 体内の魔力を高めるための呼吸法と、それを絡めた精神統一。吐く息に魔力を混ぜて、それを吸い込むというイメージを持てと言われているがいまいちピンとこなかった。

 セントグラスの具現化もできていないし、一応魔力は増えているらしいが体力づくりのトレーニングに比べると自分の変化がわからない。

 体内魔力の巡りを掴みやすいからという理由でトレーニング着を脱ぐように言われているため、上着に手をかけるが、今日は違ったらしい。


「数日の訓練でわかったのだが、お前は魔力をそこにある確かなもの、物質として認識しているように思える。本来はもっとあやふやなものなのだが、お前にとっての魔力とは偽の聖剣の印象が強いのだろう。それを踏まえて訓練を変える」

「はあ。まあ言われたことをやるだけですけど。……セントグラスは本物ですが」


 聖剣について抗議する私を無視し、キュリアスはセリアのカバンから小さな箱を取り出す。中に入っていたのは極端に刃先が短い剣だった。


「なんですかそれ。折れた剣に見えますが」

「折れた訳では無い。刃を斬り落としたのだ。ワトラビーが集めた情報によれば、お前の言うサンハルトの神器とはこのような剣身のない剣だったのだろう?」

「……イメージとしては近いですが、それが?」

「わたしはお前の言うセントグラスとやらは全体がガラスでできた剣だと思っていた。しかしわたしのガラスの剣は砕けることを対価に威力を発揮する。それでは魔力の消費量に対して効率が悪い。更に以前私が作り出した剣は木の机すら斬れなかったのに簡単に砕けてしまった」


 キュリアスはその手に透明なガラスの剣を作り出す。きれいな剣だが、彼女の言う通りテーブルに突き立てても貫通せずに砕けて消える。ところでその傷ついたテーブルはホテルの備品なのだが。一緒に泊まっている私の品格も疑われるので辞めてほしい。


「だがワトラビーに話を聞いてその理由もわかった。本来サンハルトのガラス剣は刃だけ。同じ消費魔力で柄まで造っていれば剣身が脆くなるのも当然だ」


 今度は折れた剣に魔力を込め、ガラスの刃を作り出すキュリアス。

 それは先程のものより輝いて見え、かつて父が握っていた神器『勇者の心臓』から生成されるセントグラスそのものだった。思わず涙が流れる。

 感触を確かめるように数回適当に振り回すキュリアス。その度にガラスの刃は空間を斬り、その度に背景が一瞬切断される。それはまさに本物の、セントグラスの勇者の剣。

 最後にキュリアスはその剣をテーブルに振り下ろす。先程は貫通すらしなかったそれは、まるで抵抗感なく刃を受け入れ二つになった。

 バランスを崩して倒れるテーブルを見向きもせず、キュリアスは振り返って告げる。


「お前の求めていた勇者の心臓。この柄はその辺で買ったものだが、確かにこれは聖剣を再現した。お前の次の訓練はこれを使って聖剣を作り出すことだ」

「っ……! はい!」


 キュリアスに手渡される何でもない数うちの、その剣身すら失われた剣。それは誰がどう見てもゴミだろう。しかし今の私には王から賜る神器に見えていた。

 これがあれば私にもセントグラスが使えるのだと、その興奮で心臓が痛いくらいに鼓動していた。


 ……ところで、キュリアスは二つになったテーブルをどう言い訳するつもりなのだろうか。



◆セリア



「こっちです姉さん方! 4人分席を取ってあります」

「ありがとうございます。ですが今日は2人なのでどなたか座っていいですよ」

「俺たちはこの通り鎧なんで。こんな上品な椅子、怖くて座れねえ」


 アーマーメイガスのリーダー、ティムに案内され用意されているテーブルに向かう。結局彼らを私たちの防衛隊に加えることにしたのは、他も似たりよったりで一応顔を知っていたからだ。

 彼ら以外にも2パーティ同じ防衛隊にいるが、そちらは既に防衛を任されている町に向かっている。私たちは明日以降に移動する予定だ。

 シャポリダ防衛に関する第一回全体会議。シャポリダ城内の大ホールは現在多数の勇者と冒険者達が詰め込まれていて、普段よりも物々しい雰囲気に包まれていた。

 遅れてきたつもりはないが、受付で聞いた話では一回目ということもあってか既にほとんどのパーティが揃っているらしい。

 テーブルの上に置かれた資料に目を通すが、新しい情報は今回の防衛に当たる地域毎の担当パーティくらいしかなかった。その中に知っているパーティもあったが、今回は関わることはないだろう。


「やはりギルドと同程度の情報しかないですね」

「ここの資料は、どちらかと言えば私たちに関する情報を、改めて参加パーティに周知させる程度の内容に思えます」

「でもそのくらいのことで城を開放しての全体会議なんてしますかねえ?」


 ワトラビーの疑問はもっともだ。顔合わせの会議ではあるがこの場にいないパーティも多く、その目的が十分に果たせるとは言えない。

 また冒険者パーティだけでなく勇者の方も、今回は味方同士だがダンジョンの中では敵になるということも珍しくない。更に厄介なことに魔王討伐の暁にはシャポリダだけでなくギルドからも報酬があるそうだ。

 そうなると流石に足を引っ張り合うということはないだろうが、魔王討伐のための連携ができるかと聞かれれば疑問が残る。

 そんな思案をしているうちに、一段高くなっているステージの奥に豪華な衣装に身を包んだ男が文官を引き連れて現れる。

 服装こそ貴族風だが日焼けした顔に服の上からでもわかる筋肉達磨。髭面の男は普段はこのような場にはいないように思えた。


「勇者の皆さま! 並びに冒険者の皆さま! この度は我が祖国シャポリダの危機に集まり大変感謝しております! 吾輩はこの国の海軍司令官ラガーリ! 今愛の防衛隊の総指揮官を務めさせていただきます!」


 怒鳴っているわけではないのによく通る大きな声だ。海軍司令官との肩書だが、あの肉体を見るに常日頃から海の上にいるのだろう。

 ラガーリの挨拶の後、全体会議は事前の情報通り参加する勇者の挨拶から始まり、各防衛地域の諸問題などが議題に上がった。


・南部防衛担当、シャポリダの勇者『海賊勇者ネスロッド』。海賊と名乗っているが爽やかな雰囲気のある青い髪の青年で、船を作り出す召喚型デザイア使いらしい。南部というよりは周辺海域全体の防衛任務を請け負っていて、挨拶だけするとすぐに会場を去っていった。


・西部防衛担当、ケシニの勇者フィローとそのパーティ『夜の明星』。メンバーは勇者付きコトートを加え4人。白髪の大老人パトルタと金髪の拘束具の少女マルカは相変わらずだ。唯一遅刻して会場に入ってきた上に、フィローが上裸の入れ墨姿であるため悪目立ちしていた。


・東部防衛担当、私たちが担当だ。パーティ名を考えていなかったが特に問題はなかった。


・首都防衛担当、ここは残りのパーティやあとから来る勇者たちが担当になる。それまではネスロッドが兼任らしいが海上から攻めてくる場合、それまでにいずれかの防衛地域を通るはずであり、ラガーリ率いる海軍もいるため防備が薄いということはない。


 ちなみに北部の防衛隊はいない。北部は他国であるポロニアの領土と隣接しているので、余計な軋轢を産まないための措置だ。もちろんポロニアにとっても魔王は脅威なので、あちらはあちらで防衛に備えている。


 概ね予定通りに会議は進み、一度解散になるというところでフィローが新たな、しかし誰もが口に出さなかった疑問を投げかける。


「ところでその海竜魔王ってのを知ってるやつはいないのか?」


 海竜魔王、リヴィヤタン。それが宣戦布告をしてきた相手であるのだが、現れたのは使いの男だけであり誰もその全容を知らなかった。

 もちろん何もしていないわけではない。国もギルドも過去の文献や伝承を調べ、暗黒大陸の魔族にも確認をしたのだが、誰もその名に聞き覚えがなかったのだ。


「勇者フィロー。君の疑問はもっともだが、その件については資料にあるとおりだ。何もわかっていない」

「だがそんな何も知らねえやつに対して、この国はこんなにも戦力を集めている。魔族が脅威だってのはわかるが、それは他の国にとっても同じことだろう? 宣戦布告を受けたからってギルドまで動いてこの国に戦力を集めるのは少しばかり過剰じゃねえか? まだ何も被害は出てないんだぜ?」

「それは、被害が出てからでは遅いからだろうが! それに目に見えた被害は少なく見えるが、魔王の影響と思われる海上の魔物のせいで海路は絶たれている状況だ。経済的な影響だけを見れば小国なら疾うに滅んでいる!」


 フィローに対して文官の一人が食って掛かるが、彼は気にした様子もなく続ける。


「その海の異常にしたって影響を受けてるのはこの国だけじゃねえ。少し離れた所に港を持ってるポロニアやその同盟国も海路は封鎖されている。もっと北の方はそうでもないらしいが、とにかく今被害を受けてるのはこの国だけじゃねえんだ。他の国だってギルドに問題解決を求めている。なのになぜこの国に戦力が集中している? 誰にも知らされていない何かがこの国にあるんじゃないのか? そしてそれを、少なくともギルドの上層部は知ってるんじゃねえのか?」

「……そんな、あるわけないだろう」


 フィローは全身入れ墨(あんな)見た目だがあれでも勇者だ。そんな彼の疑問に文官の男は言葉をつまらせる。


「面白い考察だ! だが相手が何者であろうと命令を聞くのが軍人だ! この国が優先されているのは、この国が大陸南部の海上輸送の大部分を担っているからだろう! それでいいではないか!」

「そ、そうだ。この国はギルドに対しての貢献度が大きい。戦力の集中も貢献度に比例すると考えれば妥当だ」

「それも一理あるんだが、俺が知りてえのはそこじゃねえんだ。戦力を集中させる必要がある相手だとわかっているんじゃねえのかってことでよ。もし相手がわかってるなら、対策の仕方も代わるかもしれねえだろ?」


 フィローの言葉に、一度はそれを否定したラガーリも腕を組んで唸る。


「なるほど。勇者フィロー、君の考えはわかった! だが仮にギルドが我々に対して秘密を抱えているとして、それをどうやって確認するつもりだ? それが分からなければ、君はこの場をおいたずらに混乱させただけになるぞ!」

「答えがわかるかは別として、俺はまだ調べられていないものがあるんじゃないかとと考えてるんだ」

「それはなんだ!」


 ラガーリの問に、フィローは待っていましたとばかりに笑みを浮かべて告げる。


「古代文字で残された文献。神殿でも石板でもなんでもいい。もし残っているなら、そこにヒントがあるはずだ」

「なぜそう言い切れる? それにそんなもの、あったところで読み取る方法がないだろう!」

「俺は古代文字が読める。加えて別の目的で来た国でトラブルに巻き込まれる勇者俺。しかもその相手が魔王ってんだから、これはもう運命に決まっている」


 その言葉にその場にいた全員が驚いた。もしそれが事実なら、失われていた神代の歴史が紐解かれる可能性がある。だが彼のデザイアは弓矢を作り出す能力のはずだ。古代文字が読めるなんて聞いたこともない。


「必ず解決策があるはずだ。そのために俺はここにいる。なぜなら、俺はこの世界の主人公だからな」


ここまでお読みいただきありがとうございます。


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