2-6 リィンハルト
私には並列作業は無理でした。
前回までのあらすじ。
勇者の心臓を盗まれたといちゃもんを付けに来たファルフェルトの勇者の娘、国を追放される。
◆セリア
「西ファルフェルト。亜人種の領域に、私の国を作ります」
リィンノートの言葉にキュリアスは楽しげに笑う。
「亜人種の領土か。侵略でもするのか?」
「そんな物騒なことはしません。西ファルフェルトは一応国としてギルドの支部こそありますが、その実態は各亜人種たちの村が集まった小規模な自治区の集合体。そこに新たな国、リィンハルト国を立ち上げます。私の使える駒には勇者もギルド職員も居ますし、このくらいはすぐでしょう?」
「その駒って私たちのことです? まあできますけど、それでは旧エミニア領に土地を持つのと変わらないのでは?」
ワトラビーの疑問はもっともだ。旧エミニアと西ファルフェルトでは、崩壊後の領土か未開の土地かの違いくらいしかない。ところでリィンハルトとは。
「いいえ? 全く大きな違いがあります。こちらからだと距離があるので知らないでしょうが、西ファルフェルトは現在未踏破のダンジョンが豊富にある冒険者の楽園なんです。しかし冒険者でも勇者でもない彼らにはダンジョンを制圧するノウハウがない。ギルドからの支援もありますが、間に合っていないのが現状です」
「ふむ、そのダンジョンをわたしたちが掠めていくということか? だがわたしはこの世界の敵たるダンジョンの存在を許しはしない。お前の案には乗らんぞ?」
キュリアスの目的は世界平和だ。異世界であるダンジョンは存在そのものが相容れない。
しかしリィンノートはそれを否定する。
「いいえ。私たちの目的はそのダンジョンを制圧しに来る侵略者の撃退です」
「どういう意味ですか?」
「やはりこちらでは知られていないのですね。現在の西ファルフェルトは東ファルフェルトの冒険者によって、一方的にダンジョンという資源を奪われています」
彼女が語ったのはギルド本部の勇者付きも知らない現状だった。
「ファルフェルトは領土拡大と自国の防衛を目的として、自国の冒険者に対して西ファルフェルトでの活動援助をしています。その中でも最も大きなものは勇者としての登用。今のファルフェルトはダンジョン制圧をした冒険者パーティに勇者爵をばら撒いているのです」
「パストラリアでもポロニア王国が似たようなことをしていますが、さすが大国。規模が違いますね。ですがそれ自体はこちらにも前例がある以上違法というほどのことではありません。ダンジョンの制圧はギルドとしても推奨されていますし、現に西ファルフェルトの支部も反対をしていないのでしょう?」
「ダンジョンの制圧と爵位の授与、それだけなら誰も文句は言いません。しかしファルフェルトの勇者爵は貴族であっても領地はありません。それは始まりの勇者パーティであるサンハルトやシールデンでも同じこと。ですが……」
「未開の土地なら、領地も一緒に手に入るというわけか」
キュリアスの言葉にリィンノートは頷く。
「西ファルフェルトは大陸全土を1つの国と捉えられているために、小さな村での揉め事までギルドは対応できません。そのため冒険者によって村を支配されても気が付けないし、更に言うなら西ファルフェルトのギルド職員の半分以上はファルフェルトの出身です。発見されたとしても、事実上の黙認状態と言ってもいいでしょう。支配された村はほとんどが亜人種ということもあり、過度に差別され奴隷のような労働を課せられていると聞きます」
「自分たちで支配しておきながら差別ですか……」
「出身地に関係なくギルドのルールに従うと誓ってギルド職員になったはずなのに、同じギルド職員として嘆かわしい限りですね」
「ですがその状況は私たちの目的とも合致しています。西ファルフェルトなら国を作れて、国民は最初からそこにいる。もちろんファルフェルトのように村を襲うわけではありません。勇者気取りの冒険者を叩きのめし、支配された村を救い出す。ファルフェルトに対抗するために、ファルフェルトと同規模の国を作り上げる。これが私の国、リィンハルト計画です」
彼女の立案した計画は今ぱっと思いついたものではなく、だいぶ前から練られていたもののように思えた。あるいは現状を知っていてなお手出しできなかった状況を、今になって利用しているだけなのかも知れない。
だがそれでも、それが人助けになるのなら、手伝わない理由はなかった。
「面白い。すでに制圧された地域を開放し、保護を言い分に自国領として支配域を広げていくわけか」
「人聞きが悪いですね。しかし解放後の村がまた冒険者に襲われないとは限りません。そこで私たちのリィンハルト国は、労働を対価に保護を約束するだけです」
「……それは支配者が代わるだけでは?」
とは言え今の支配者たちよりはマシか。どのように保護をするつもりなのか見当もつかないが、そこの住人が困っているなら勇者として助けない訳にはいかない。
「私の選択、私の自立支援計画。もちろん手助けしてくれますね?」
不敵に笑う彼女はすでに国を追われた少女ではなく、英雄として立ち上がった勇者に見えた。
◆
「そうと決まれば船です、船」
今私たちが居るのは冒険者の街『レイラインズ』ではない。リィンノートの計画のために西ファルフェルトまでの船を見つけるため、本部からはるか南にある港の帝国『シャポリダ』に移動していた。
ギルド門を抜けた先に広がるなだらかな坂道の国。そこから見下される海は青く青く、どこまでも続いているように見える。
「ここは活気があっていいですね」
「海か。懐かしいな」
「おや、キュリアスさんは海を見たことがあるんですね。私は初めてですよ」
「私の生まれは遥か深海だ。当時は神の目の届かない自然は少なくてな。それほどまでに人と神は蔓延っていたのだ」
初めて聞いた情報だ。キュリアスは海から現れたのか。学者たちは生命の海とか言っているし、そういうことなのだろう。
「私は海は嫌いです。潮風はベタベタするし、空気は生臭いし。早くホテルに行きましょう」
周囲の目も気にせずリィンは文句を言う。
天高い太陽の日差しの熱を和らげる潮風は心地良いが、日傘の下にいる彼女はお気に召さないらしい。なお生臭いのには同意する。
ちなみにリィンノートは現在リィンハルトと名乗っているのだが、自分で名乗っているくせにサンハルトから取ったハルトを名乗るには自分はまだ未熟だと言い始めて、今は私たちにはリィンと呼ばせている。
「えー、ホテルより先にご飯にしましょうよ。海の魚料理は初めてなんです」
「そうですね。少々早いですが、ホテルもこの時間だとチェックインを受け付けていない可能性があります。私も食事に賛成です」
「わたしも今の海の生物に興味がある」
「……わかったわよ。わかりました。私が折れればいいんでしょう。食事にします」
そんなやり取りをしながら屋台で食べ歩きをしつつレストランを探す。
今から昼食をしようというのに食べ歩き、と思われるかもしれないが、ここの屋台は珍しい物が多く、田舎エルフと田舎キュリアスが威勢のいい客引きにまんまと誘われてすぐに買ってしまうのだ。
結局ちょうどいいレストランが見つかる前に2食分はありそうなほどの量を屋台で買込み、それらを昼食にすることにした。
たまたま通りかかったこの公園には多数のテーブルと椅子があり、きっと私たちのような客のために用意されているのだろう。見れば幾つかのテーブルで観光客や冒険者グループが屋台の料理を楽しんでいる。
「うーん、どれもいい匂いです。ささ、冷めない内にいただきましょう!」
「それでは私は飲み物を買ってきましょうか。先に食べていていいですよ」
「えっ、外にある椅子に座るの? そのまま? 直に?」
「いちいち文句が多いですね。ハンカチでも敷けばいいじゃないですか?」
「これだけあるとなにから手を付けるか迷うな。よし、わたしはこの丸いやつにしよう」
公園内にも多数の屋台があり、そこにはなんと冷えた瓶ジュースを売る屋台と、コップの貸出屋まで居た。聞けば飲み終わった空き瓶の買い取りもしていると言い、屋外だがレストランと変わらない味を楽しめるそうだ。
「この土地のオススメはどちらですか?」
「このあたりはレモンやオレンジの柑橘類が特産だが、甘味は少なくて酸っぱい。飲み慣れていないと少し風味がきついかもな。それでも地元のってんならオススメはこのミックスカッシュだな。果汁に砂糖を加えて炭酸水で割ったもんだ。風味と酸味がマイルドになってるし、甘くて飲みやすい」
「ではそれを、3本もあれば足りますね」
「何人かいるのか? それなら地元のもんじゃねえがバナナを使った牛乳割りや、ファルフェルトのフルーツジュース、蜂蜜酒なんてのもあるぞ」
屋台の店主は後ろの保冷箱からいくつか瓶を取り出す。港町ということもあり、輸入品を使ったものもこの街での観光特産扱いらしい。
「んー、一応仕事中なのでお酒は遠慮します。ミックスカッシュとバナナジュース、あとそちらのファルフェルトの、赤いフルーツのをください。それから水もありますか?」
「いい買いっぷりだ。水も冷えたのを用意してある。だが4本も瓶を持てるのか? 結構大きいぞ?」
「大丈夫です。これでも勇者なので」
営業スマイルで支払いのためにギルドカードを見せる。このシャポリダの文明レベルは本部並みで、どこでもギルドカードが使用できるのだ。
「おおう、そいつぁすげえ。てことはアレか。あんたも暗黒大陸絡みか」
「……ええ、そんなところです」
暗黒大陸? こちらの目的はファルフェルトだが、とりあえず話を合わせて会計を済ませる。あとでワトラビーに調べさせよう。
ジュースと貸コップを手に入れキュリアスたちの待つテーブルに戻ると、すでに半分近くが食い荒らされていた。
「戻ったか。お前には、くくく、このたこ焼きを食わせてやろう。わざわざ残しておいたのだ」
「わざわざ残しておいたにしては、ずいぶん量がありますけどね?」
「やや、なんてことを言うんですか。美味しかったからセリアさんにも満足してほしいと、たくさん残しておいたんですよ。ね、リィンさん」
「……ええ、そうね。…………おいし、かったわ」
青い顔を背けるリィンとどこかわざとらしいワトラビー。
あー、これはあれだ。貴族特有の、自分が食べているものが何なのかを知らなかったやつだ。大方たこが八本脚の化け物だと教わって気分が悪くなったのだろう。
勇者付き見習いだった頃に同じことを吹き込まれ、蜘蛛や虫の魔物のようなものを想像してわたしもああなっていた。なお実物はもっと難解な生物だ。
「私はたこを知っているので何にも引っかかりませんよ。それよりリィンさん、これはファルフェルトからの輸入品を使ったジュースだそうです。口直しにどうですか?」
「……頂くわ」
「なんだ知っていたのか。リィンはたこを見たことがないと言うのでな。実物を見せて、ついでに嗾けてやったらあのように青くなったのだ」
「それはひどい。私も実物に襲われたらああなりますよ。いただきます」
見せるだけならまだしも、たこが向かってきたら誰だって具合が悪くなるだろう。だが実際に海辺の魔物にはそういう種もいるらしく、できれば出会いたくはない。
哀れなリィンにジュースを渡してから、フォークで刺してたこ焼きを齧る。外はカリッと、中はふわっと。時間が経っても熱々で、生地はクリーミーなのに中心に収まるたこの切り身は肉厚で食べごたえがある。外にかかった黒いタレもまろやかでありながらスパイシーで濃厚な味わいだ。
「そう言えば、ジュースを買った時に暗黒大陸絡みかと店員に聞かれました。よくよく見れば、観光地だからかと思っていましたが冒険者の方が多いですね。ワトラビーさん、なにか知ってます?」
「まだここに来たばかりですよ? なーんにも知りません」
そう言ってイカの入った焼きそばを啜るワトラビー。勇者付きだと言うのに何も知らないのはどうなんだと突っ込みたくなるが、彼女はリィンから馬車や宿の手配で色々作業を振っていたので多少は仕方ないだろう。
「何だ知らねえのか? へへ、じゃあ教えてやるよ」
私たちの会話を聞いていたのだろう。振り返るとこの暑い気候には不釣り合いな金属鎧の男がいた。その後ろには彼と同じような鎧姿の冒険者たち。
「今このシャポリダは宣戦布告を受けてるんだぜ?」
「宣戦布告? 穏やかじゃないですね。相手国は?」
私の問に彼はニヤリと笑い、指を振ってそうではないと告げる。
「相手はそこらのギルド加盟国じゃない。魔王だ」
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