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勇者✕勇者✕勇者  作者: まな
第二章
28/57

2-2 勇者の心臓

微グロ有

◆セリア



 一瞬の間も置かず、キュリアスの右手はリィンノートの心臓を貫いていた。


「なっ!? ……かはっ……!」

「キュリアスさん!?」

「お前の求めていたものだ。勇者の心臓。無論持っているとも。返せと言うならそれもよかろう。だが、果たして偽物の器に耐えられるかな?」

「あ、ああああ!? 熱い、痛い! 熱い、熱い! あ、あああああああ!!」


 その変化はワトラビーの時と同様に、一瞬で終わった。キュリアスの放った黒い魔力はリィンノートに吸収され、血こそ吐いたものの貫かれた胸に傷はなく、しかしそこにはヴォルグラスの、ガラス片でできた透明な花が咲いていた。


「あ、熱いいいい!! お、お前! 私に何をした!?」

「勇者の心臓を返してやった、それだけだ。ああ、元あった心臓は邪魔だった故な、ここにある」

「な!? あ、ああああああ!!」


 キュリアスが広げた右手の中には、未だに鼓動する心臓があった。リィンノートは咄嗟に奪い返そうとするが、キュリアスはそれを払い除け飲み込む。白い肌を滴る赤い鮮血がその恐ろしさを際立てる。


「ふむ。意外と美味いな」

「わ、わた、し私の心臓……!?」

「勇者の心臓があるだろう? 生きているのがその証拠だ。人間に2つも心臓はいらん」

「うぐ、ちょっと失礼します……!」


 あまりの光景にワトラビーは口元を抑え部屋を出る。そこで気が付いたが、なぜこれだけの騒ぎを起こして誰も来ないのだろうか。


「お前に正しい勇者の末路を教えてやろう」

「あ、ああ……!? なにを、何を言って……!?」

「神の大敵を討ち取ったクレイルは、その後も何かと理由をつけられ神の手先として方々を彷徨った。やれ戦乱の神を倒せだの、やれどこぞの暴君を討てだのとな。それも平和のためと勇者は割り切っていたが、仲間たちはそうではなかった。そもそも人類を代表し各国から集まった集団だ。元より仲間意識はそこまでなく、神の矛先が誰かの自国に向いたときついにその絆は容易く切れた。勇者は、クレイルは殺されたのだ。神でも神の敵でもなく、共に戦い抜いた仲間の手によってな」


 それは知られざる歴史。許されざる過去。人類は共通の敵を失ったとき、次の脅威が自分たちの頼ってきた力だと認識した。だから勇者は殺された? ふざけるな。それでは、彼は何のために戦っていたというのだ。世界平和のために力を使っていたはずだ。なぜそれが、人類の希望が、他ならぬ人間のせいで倒されなければならない?


 ……結局、人間にとっての平和とは、自分にとっての平和なのだろう。だから、自分が次の驚異になる前に、自分が次の敵になる前に、抑止力そのものを倒すことにしたのだ。

 そして、きっと勇者もそれを認めたのだと思う。これだけの力を持つ勇者が、不意打ちとは言えただの人間に破れるはずがない。それが彼らにとって、世界にとって平和になるのだと信じて、その力を手放した。

 だが、今私の中にはその勇者の力がある。かつて人類から裏切られた人類の希望がここにある。なんとも虫のいい話だ。横にいるキュリアスもまた世界平和のための力だ。自分たちが困ったら助けを求め、助かったら邪魔だと処分する。そんな都合のいい話が許されるのか?

 もし今の話を最初から知っていれば、キュリアスが手を下す前に私が彼女の首を刎ねていた。それほどまでに、私の中の勇者は怒っていた。


「殺された勇者は、ただ死ぬだけでは留まらなかった。その身体は幾つもの部品に分解され、それぞれの仲間が神器として国に持ち帰った。お前の言う勇者の心臓もその1つだろう? クレイルから最も信頼され最も長く旅をしたファルフェルトの騎士サンハルト。お前の祖先は、あろうことか勇者を裏切り、勇者を騙り、斬り刻んだ勇者の心臓で繁栄してきたのだ」

「う、うぐあ、あり得ません。そんな話、ありえませんわ! 我がサンハルト家こそ正当な勇者の家系! 初代サンハルト様が死してなお、その心臓が残っているのがその証左です!」

「ならその心臓を使いこなしてみろ。真に勇者の血統であると言うなら、勇者のデザイアの一部にすぎない心臓程度自在に扱えるはずだ。……勇者の身体を持たないお前が、炉神の魂から造られた勇者の心臓に耐えられればの話だがな」

「う、うぐぐ、がぁ、あ、熱い……! あ、ああああ……!」


 胸を掻き毟り、その血をガラスに変えながらリィンノートは床を転げ回る。彼女の体内を巡る血に乗って、勇者の魔力がその全身を焼いているのがわかる。


「熱いか。痛いか。苦しいか。それが勇者の得た力だ。神はわたしほど人に優しくはない。やつらはその器が壊れれば次を用意するだけだ。だが、わたしはそんなことはしない。お前の身がどれほど焼けようと、その精神が壊れようと、勇者の心臓がその身に馴染むまで、お前を癒やし続けよう」

「ああああ、いや、いやあああああああぁぁぁあああ!!」

「いや? おかしなことを言うな。お前が望んだのだろう? わたしはお前の意思を尊重し、その身に勇者の心臓を返してやったのだ。ありがたく思え。お前が望んだのだ。勇者を求めるなら、望みのとおりに勇者になるがいい」


 肉の焼ける匂いがする。勇者の心臓の魔力はすでにその血を全て書き換え、彼女を勇者へと汚染していく。いつ死んでもおかしくない激痛にリィンノートは藻掻き叫び続けているが、その身が治りきらないようにキュリアスが魔術でその体力を回復させる。

 いつかナルシックにした虐待と同じ要領で、彼女はリィンノートを教育しているのだ。彼女は勇者を軽んじるものを許さない。しかし許さないからと言って罰するのではない。勇者を理解するまで、相手が許せるようになるまで、彼女は勇者を刻みつける。こうなったら私が止めたところで無駄だ。彼女が勇者になるまで待つしかない。


「……ところで、なぜこれだけのことが起きているのに誰も来ないのでしょうか? 彼女の声は外にも届いているはずですが……」

「届かんよ。例の、わたしがとどめを刺したドラゴンを覚えているか?」

「ええ、はい。スカイフィッシュですよね。忘れるはずがありません」

「あいつのデザイアはわたしのものにはならなかった。魔物はこの世界の存在ではないからそれは当然だが、それでもやつの能力は少々魅力的でな。殺すついでに魔力を奪った。この世界には魔物を模倣する生物がいるらしく、そいつのデザイアは魔力を元に一時的に魔物のコピーになれるのだ。それを応用してこの部屋の周囲にスカイフィッシュの魔力防壁を構築した。外からは部屋の扉しか見えず、触れようとすると部屋を抜けてしまう。試しに扉を開けて外を見てみるといい。だが決して外に出るなよ?」


 言われたとおりに少しだけ扉を引いて廊下を見ると、部屋に入れず立ち往生しているワトラビーがいた。他にも何人かのギルド職員がいる。だいぶ時間が経っているのでリィンノートの様子を確認しに来たのだろう。しかし今中を見られるわけにはいかないのですぐに扉を締める。


「まさか、本当にこんなことが……」

「使い勝手はそれほど良くないがな。より強力な魔力には無力だし、常に魔力を流し続けなければ維持できないので消耗も激しい。スカイフィッシュがこれを維持できたのは周囲の環境のおかげだ。異世界の魔力で満ちたダンジョン内だったからこそ、外部の魔力を巻き込むことで消費を抑えられた。しかし今のこの世界はそれほど大気中の魔力が濃くない。ひょっとするとスカイフィッシュも、こちらに着たら途端に墜落したかもしれんな」


 そう言いながらその防壁を維持し続け、更にリィンノートを回復し続けるキュリアスの魔力は一体どうなっているのか。

 苦しむリィンノートの動きはどんどん少なくなっていく。緩やかに彼女の魔力と勇者の魔力が混ざっていく。順応しているようだ。


「……もしかして、私もダンジョンで目を覚ます前にこんな状態になっていたんですか?」

「まさか。お前は勇者の魂以外のすべてを持っている。それをさらにわたしがお前の元の身体に合わせて直してやったのだ。拒絶反応が起きるはずもない」

「ああ、リィンノートさんのこれは拒絶反応だったんですね…… しかしそうなると1つ気になるのですが、わたしの身体は勇者の身体。そこには当然心臓も含まれますよね?」

「無論だ」

「ではなぜ彼女にも勇者の心臓を? 普通1つしかないのでは? まさか偽物……」

「人聞きの悪い事を言うな。そもそもクレイルが死に、その身体が切り刻まれた時点で、勇者のデザイアは一度役目を終えた。刻まれた身体の能力はそれぞれ元の仲間の思い込み、いわば新たなデザイアだ。あの聖剣はこの心臓から作られたに違いないとな。サンハルトがそう信じた時点で、切り離された心臓は聖剣を産み出すデザイアになった。セントグラスと言っていたか? ヴォルグラスと色が違っていたのはそのせいだ」


 リィンノートの求めていた勇者の心臓は、サンハルトのデザイアによって変質したものだったのか。本来デザイアは次世代に残せないが、デザイアによって造られた建物や装備などは別だ。サンハルトの心臓もそういったデザイアだったのだろう。

 しかしそうなると別の疑問が湧いてくる。


「ということは私の勇者の心臓は勇者クレイルの心臓で、今彼女の中にあるのはサンハルトの勇者の心臓ということですよね?」

「そうだ。わたしは人の願いを正しく叶える」

「なぜそれをキュリアスさんが持っていたのですか?」


 この勇者の心臓はリィンノートの話を信じるなら、サンハルトの勇者が所有し殺害されたことで紛失していたようだった。それをキュリアスが持っていたとなると、彼女が勇者を殺した事になってしまう。

 いくら恩人とは言えそれを匿うのは無理だ。勇者としてそれはできない。


「まさか、キュリアスさんが殺して奪って……?」

「なぜお前はそう悪い方にばかり想像を働かせるのだ。よく考えろ。そもそもクレイルの心臓はサンハルトのデザイアによって変質していたのだ。その時点では勇者の心臓は1つしかない。しかしお前の中にも勇者の心臓はある。聖剣を作れただろう? この時点ですでに勇者の心臓は2つだ」

「……あっ」

「わたしは生物のデザイアを全て持つ。そのデザイアを抽出して他の生物にデザイアを与えることも可能だ。ワトラビーをエルフにしたようにな。勇者の心臓とて生物の一部だ。ならば作れないはずがないだろう?」


 無茶苦茶だ。出鱈目すぎて忘れていたが、彼女はそういう存在だった。


「つまり、盗まれた心臓はまだ他にある?」

「そういうことになるな」

「…………その、はなし……くわ、しく……聞かせて……」

「! 乗り越えられたんですか!?」


 足首を掴まれ、咄嗟にリィンノートを抱き起こす。信じられない事に彼女はこんなにも早くキュリアスの試練を乗り越え、意識を取り戻していた。苦しみから開放され、しかし喉の枯れ果てたリィンノートはキュリアスを睨む。

 それを見たキュリアスは、面白くなさそうに手を叩く。


「おめでとう。それがお前の望んだ勇者だ」


ここまでお読みいただきありがとうございます。


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