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勇者✕勇者✕勇者  作者: まな
第二章
27/57

2-1 サンハルト

◆セリア




 ギルドの試験とキュリアスの試験を乗り越え無事勇者になった私は、まだ冒険者の街レイラインズにいた。

 なぜかといえば、


「その従者の服装はどうにかならんのか?」


 フリルのついたワンピースドレスを着た貴族の令嬢風のキュリアスに文句を言われ、


「確かに勇者っぽくはないですよねえ…… 勇者付きの制服の色違いみたいなものですし……」


 と、私たち専属の勇者付きになったエルフのワトラビーからもチクチク刺されたせいだ。


「そうは言っても私にとって着慣れているのはギルドの制服です。ギルドで訓練した体術を主に使うのですから、それにフィットした制服は都合がいい。そうでしょう?」

「理屈はわかりますが、思い返してください。セリアさんが落としたドラゴン、スカイフィッシュとの戦闘を。あれのどこにギルドの体術があるんですか?」

「うぐっ……」


 ワトラビーの指摘に言葉が詰まる。スカイフィッシュは高高度を飛行し、その身体は巨大だった。対人戦闘を基本としたギルドの体術は意味がなく、またスカイフィッシュの持つ特殊な魔力防壁はキュリアスの強力な魔術すら受け流していた。私の魔術など尚更役に立たない。

 そんな強敵を私は覚醒した勇者のデザイアによる聖剣ヴォルグラスで倒した。結果として右腕を失ったが、それすらも勇者のデザイアによって元通りになっている。


「……参考までにお聞きしますが、この勇者のデザイアを持っていた前任者はどの様な格好をしていたんですか?」

「クレイルか。やつは参考にならん。初めて相対したときこそやつは神の鍛えた鎧を纏っていたが、そんなものは私の力の前には無力だ。防具そのものが役に立たないと悟ったあいつは、勇者の能力を全面に押し出した戦い方をしてきた。そのためやつの格好は最低限身を隠すローブや布の服と、遭遇する度にどんどん見窄らしくなっていた。まあそのほうが見つかりにくいというのもあったのだろうがな」


 確かに参考にならない。今の私よりも貧弱な装備だというのだから当然だ。だがその戦い方というのは少し理解できた。人々の希望によって望まれた無限に再生する身体と、その体内で生成される魔力を引き裂く剣。戦いがリソースの削り合いだとするなら、それらはあまりにもゴリ押しに向いている。なにせ勇者の戦力はほとんど無限だ。であれば防御するという行為自体がロスになる。

 しかしそれでは、


「まるで魔物ですねえ」


 ワトラビーの言うとおり、それは人間のする戦闘ではない。魔力の限り身体を作り直せる魔法生命体。異世界から現れた魔物と全く同じだ。

 流石にそこまで自分を捨てた勇者にはなれない。これでも女だ。ローブ1枚と言うのは流石にない。だがどのような格好がいいかと聞かれると、特に思いつかなかった。


「勇者らしい格好、難しいですね」

「そうだ。せっかくキュリアスさんがお姫様のような格好をしているんです。セリアさんはそれをエスコートする騎士のような格好をしてみては?」

「……ええ……?」


 確かにそれは絵になるのかもしれないが、私に男装をしろというのか? 似合わないだろうと思いキュリアスを見ると、彼女は満更でもなさそうだった。


「ほう、私が姫か。おもしろい」

「なぜ乗り気なんですか」

「お前が眠っている間、ルナを探しているときに新しい英雄譚を見つけたのだ。それは創作らしいのだが、その主人公は訳あって男の格好をした女騎士だった。最終的には男装が暴露されるのだが、実は姫も男だったということで無事結ばれる。なかなか面白かったのでお前もそれに倣え」

「???」

「あ、ユリスキーム先生の作品ですね! あれ私も好きだったんです。改訂版のラストは個人的には納得がいきませんでしたが、初版では女性同士の禁断の逃避行で終わるんですよ!」

「?????」

「なに? それはなお面白いな。だがワトラビーよ。それはネタバレというのだろう?」

「あーっ、失礼しました!」


 なにやら2人は恋愛物語で盛り上がり、話が終わる頃には私は男装することで決まってしまった。いったいなぜ?





「とてもお似合いですよ! こちらの最新スーツは伸縮性に優れ、どんな無理な体勢でも破けるといったことがございません。更にこちらのカートリッジ。セットされた魔力の属性ごとにスーツへ耐性を付与させることができます。近接戦闘では耐性だけでなく攻撃にも転用可能な優れもの! さらにさらに魔力ごとの属性色をスーツに反映させることも可能でして、これ1着でどんな場面にも対応できます!」

「それはすごいですね。ちょっと試させてもらってもいいですか。……わあ! セリアさんこれすごいです! 七色に光ってますよ!」

「かつて読んだ伝記に居た光の勇者というのは、今のお前のような存在だったのであろうな」

「…………」


 防具屋の女主人は楽しそうに性能を語る。

 いつか私がキュリアスにしたときのように、今の私は2人の着せ替え人形として弄ばれている。今はタキシードなのでマシだが、男装という話だったのに途中際どすぎる水着のような防具が出てきたときには思わずワトラビーを叩いてしまった。


「切り替え機能はこちらのベルトに付属されますので外からは目立ちません。またカートリッジだけでなくご自身の魔力にも対応しますので、ある程度はデザイアの使用にも支障はきたしませんよ」

「ほう。それはどのくらい有効なのだ?」

「そうですね。例えば身体強化系デザイアの巨大化能力であればスーツも同様に伸縮しますので破れることがありません。もとに戻ったら全裸になってしまった、というのはよくある笑い話ですが当事者からすれば笑えない。しかしこちらであればその問題はありません。しかしスーツそのものが耐えられないデザイア、例えば超高温の炎を発射するとか、あるいは身体を液化させるなどには対応できません」

「ふむ。ならば、例えば再生能力を持つものならスーツも再生するのか?」

「身体強化系ですね。穴が空いたり、裾が破れたり等であれば対応できますが、例えば袖が取れてしまった場合にスーツから新しく袖が生えてくるかといえば、それはできません。しかし取れてしまった袖を縫い直せば同様に再生可能です」


 その話を聞いて少し心が揺らぐ。というのも前に着ていた服は右腕を失った際に当然その部分の服もなくなった。しかしこのスーツであればある程度それを防げる。

 聖剣を呼び出す度に服が無くなっていては、それこそ勇者らしくない。そういう意味ではこのスーツはありだ。

 その他にもワトラビーが魔術耐性強度を確認したり、修理方法を確認したりしている。……もしやこれにするつもりなのでは?

 正直に言うと男装そのものは気が向かないが、このスーツは気に入っていた。インナーの上からスーツを着て、さらにコートを羽織っても店員の言うとおり動きは阻害されないし、素材がいいため着心地も悪くない。同じメーカーから帽子や靴も出ているため統一感があるのもいい。


「で、どうするのだ? ワトラビーの話では他にもオススメがあるそうだが」

「え? それはどちらに?」

「これです、エルフの森の儀式衣装! 実物は始めて見ましたが神聖な儀式のときのみ使用される特別な衣装なんですって! ふつうの人間には似合いませんが、セリアさんなら大丈夫ですよ、きっとたぶん!」


 ワトラビーが持っていたのは、大事な部分以外が透けているとても扇状的な衣装。


「……ちなみに神聖な儀式というのは?」

「それはもちろんこづk」





 結局男装のスーツを一式購入することになってしまった。今は私の、と言うより勇者の魔力が反映された白のスーツになっている。買い物が終わり宿に戻ると、そこにはギルド本部からの使者が居た。


「お疲れ様です。勇者セリア様、並びに勇者キュリアス様。お忙しいところ申し訳ありませんが、まずはこちらをご確認ください」

「なんだ?」

「……ファルフェルト?」


 手渡されたのは1枚の書類。それはファルフェルト王国からの出頭命令だった。しかしファルフェルトはこのパストラリア大陸から遠く離れた西の海の向こうの大陸、東ファルフェルト大陸を統一する巨大国家であり、ギルド加盟国家ではあるもののその戦力はギルドと同程度とされる超大国だ。私たちのような新人勇者に一体何の用があるというのか。


「ギルド本部内に大使館があるのでお話はそちらで。急ぎの用件がなければすぐにでもご同行ください」


 買い物帰りなので荷物は多少あるが、わざわざ戻るほどのことでもない。


「キュリアスさんは大丈夫ですか?」

「うむ、用は特にないな」

「私も行きます。勇者付きなので」

「ええ、パーティメンバー全員に同行の義務があるので問題ありません。ではこちらに」





「はじめまして。私はファルフェルトから勇者所有権を預かっている勇者爵リィンノート・α・サンハルト。単刀直入に言います。勇者の心臓を返しなさい」


 パストラリアでは珍しい銀の髪と蒼い瞳。顔立ちは美しく目つきは鋭いが、両サイドで結ってあるミドルツインがどことなく幼さを感じさせる。ネイビーブルーのオフショルダードレス姿、両肩を隠すために掛けられているストールにはファルフェルトの国旗が刺繍されている。


「えっと、仰っている意味がわからないのですが……」


 勇者の心臓という言葉に聞き覚えはない。それぞれ勇者と心臓なら当然知っているが、まさかその心臓か? いやいや、心臓を返せと言われて応じるものなど居るはずがない。そもそも私の心臓は私のもの……ではない。この身体はキュリアスに改造された勇者の身体だ。もしや、本当に?


「惚けても無駄です。あなた方が卑劣にもサンハルト家の勇者を殺害し、その心臓を盗んだのでしょう? 証拠もあるのですよ?」

「殺害? 勇者をですか? そんな事ありえません!」

「それはこれを見てから言うのですね」


 そう言って取り出したのは布に包まれた小さな箱。リィンノートがそれを開封すると、中に入っていたのは聖剣ヴォルグラスの欠片。砕けたステンドグラスの破片だった。


「……割れたガラスみたいですけど、これがなにか?」


 ワトラビーは聖剣の正体を知らない。勇者のデザイアが輝く剣を生み出すとは知っているが、まさかそれがこんな砕けたガラスだとは知らないのだ。


「これは勇者の心臓が創り出す聖剣、セントグラスの破片です。本来は澄んだ透明なガラス剣なのですが、ふっ、使い方を知らないのでしょう。魔力によって変色した色ガラスになっています。しかし色は違えどその本質は同じ。魔力を断ち斬る退魔の剣。その性能は変わりありません」


 リィンノートはガラス片を手に取ると、懐から魔石を取り出しその切先でなぞる。それだけで魔石は二つに割れ、小さな魔石は魔力を保てずに自壊してしまった。


「すごい斬れ味……まさかこんなガラスが聖剣だとは信じられませんが、その力は本物のようですね」

「こんなガラス? これは始まりの勇者サンハルトが神から授かった、真の勇者にのみ扱える真の聖剣です。ただのガラスと一緒にしないでください」


 神に勇者、どこかで聞いた話だが、それと私とは関係がない。


「それはわかりましたが、それと私たちに一体何の関係が?」

「まだ恍けるつもりですか? この聖剣の破片はあなた方がギルドの試験で倒したドラゴンの体液、その中から回収されたものです。これ1枚だけではありません。幾つもの細かい破片が混在していました。それにその場に居合わせた他パーティからも話は聞いています。輝く剣を持ち、ドラゴンの身体を物ともせず斬り刻んでいたと。そんな事ができる武器は他にありません」


 なるほど。状況証拠としては十分だ。しかし勇者の心臓というのはわからない。あの聖剣は体内に生成したものだが、それは腕の中で作り出した。心臓と何の関係があるのか。

 ふとキュリアスを見る。彼女ならなにか知っているかもしれない。果たしてそれは正しかった。それも悪い方向に予想は当たっていた。


「さあ、状況が理解できたかと思います。勇者の心臓を返しなさい」

「サンハルトか。そうか。クレイルを裏切った恥知らずの末裔は、それでもなおクレイルに頼って生きていたのか。滑稽だな。そうかそうか」

「……何を言っているんです?」

「いや、ただただクレイルが哀れだと思ってな。お前らの中ではそういうことになっているのか。勇者の心臓? いいだろう。お前にもそれをくれてやる」


 キュリアスの目はかつてナルシックを相手にしていたときよりも冷たく怒っていた。これは拙い。そう思った瞬間には遅かった。部屋全体を埋め尽くすように黒い魔力がキュリアスから吹き出し、止める間もなくキュリアスの右手は聖剣ヴォルグラスと化し、リィンノートの心臓を貫いていた。



ここまでお読みいただきありがとうございます。


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