1.5-8 ショートとリンゴ
1つ前のやつが投稿できていなかったようで時間が空いてしまい申し訳ありません
◆ショート
「奥村リンゴです! 水泳部2年。好きな武将は斎藤道三。嫌いな食べ物はミョウガ。趣味はマンガアプリの周回ですけど、今はコスプレです! よろしくお願いします、先輩!」
「あ、ああ。ボクは平坂ショート。レオーラで勇者をしている。こちらこそ、よろしく」
リンゴはハキハキと喋り、メイド服なのにビシッと気をつけの姿勢になって頭を下げる。ショートの苦手な体育会系だった。袖やスカートの丈の短いアニメ系のメイド服から伸びるスラリとした小麦色の肌は筋肉質で、彼女がしっかりと運動をしてきたのだろうと容易に想像できる。それだけで先程持ち直してきたショートのメンタルは挫けそうだ。
「へえ勇者さん! すごいですね!」
「ま、まあね」
「私この世界のこと全然詳しくなくて、ファンタジー世界? って言うんですか? サゼンさんの話だとそれっぽいんですけど、サゼンさんはちょっとそういうのには疎いみたいで。私もそんなに触れてきてないジャンルなんで、良ければ詳しく教えてください!」
押しが強い。やはり彼女は苦手な部類だった。しかしこの世界に詳しくないという話を聞いてショートは少し精神に余裕が出る。自分にもマウントを取れる部分があったのだと、そんな小さな事でプライドが復活したのだ。
「そういう話は後にしろ。ディアナさんが待ってるし、メシが冷めちまうだろうが!」
「うん、早くして」
「あ、すみません!」
振り返るとすでにディアナは上座に座り、ナイフとフォークで茶碗を叩いていた。あまりマナーの良くない行為だが、彼女はここの王なので誰も咎めない。
「揃った? いただきます」
「「「いただきます」」」
夕食は豪華な家庭料理のようなメニューだ。大盛りの白いご飯にオニオンスープ。大きなとんかつが2枚に山盛りの千切りキャベツとポテトサラダ。小鉢には根菜の煮物と漬物まである。
レオーラでの食事は悪くなかったが、国柄なのかどうも味付けが濃すぎた。それに基本はパンか麦のおかゆのようなもので、特に後者の麦粥は噛みごたえもなく食事というよりは栄養補給のような感じがして苦手だった。たまの休暇でチェーン店の「馬車街道」に入り浸る程度には苦手だった。
そこに来て今の食事は比べ物にならないほど美味い。特に久しぶりの白米は涙がでるほどに美味い。緩すぎず硬すぎない絶妙な弾力の噛みごたえ。噛めば噛むほどに出てくるほのかな甘み。これを食べると、やはり自分は異世界にあっても日本人なのだと思い出す。
次に手を付けたのはやはりメインディッシュのとんかつだ。野菜やスープから食えとマナー講師は言うのだろうが、そんなものは知ったことではない。まずはソースを付けずにそのまま口にする。サクサクとした衣を歯で引き裂けば、その内に待ち構えるのは油の乗った肉だ。美味い。一口噛むごとに肉の本能と衣の叡智が混ざり合い、口内のすべてを刺激する。ただただ美味い。飲み込むのがもったいないほどに美味い。そこにキャベツを放り込む。ザクザクとした新しい食感と瑞々しい甘みが、とんかつという暴力に襲われていた舌を優しくリフレッシュする。
ふう。たった一口、たったの一切れでこの満足感。空腹は一番のスパイスとよく言うが、マンネリとした変化のない食文化もまた最高のスパイスになるのだろう。たまにこんな美味い食事ができるなら、日頃の不味い戦闘食もいいのかもしれない。
……嘘だ。それはない。一瞬よぎった怪しい考えを振り払い、ポテトサラダをひとつまみ。サゼンのポテサラはその時々によって構成が変わる。今回は細かく擦り潰したペースト状のポテトにニンジンやキュウリの入った作り置きの冷たいポテサラだ。隠し味にリンゴが入っているのは、もしかしたらこの場にいる奥村リンゴへのなんらかのメッセージだろうか。
「うえ、私りんごとみかんの入ってるポテサラ嫌いなんですよ」
「うるせえ、黙って食え」
前言撤回。そうではないようだ。ちなみにショートもしょっぱい食事の中に甘い食材が入っているのが苦手であったが、レオーラでの食事のせいで慣れてしまった。なにせ塩煮込み麦粥にはちみつとヨーグルト、ゆで卵を突っ込まれた状態で出てくるのだ。初見のときはゲロだと思い、2回目は嫌がらせだと思った。だが3回目で皆同じ食事をしているのを見て、諦めた。
◆
「ごちそうさま」
「「「ごちそうさまでした」」」
その後も黙々と食事は進み、ディアナが食べ終わったところで夕食の時間は終わりとなった。ショートは食器洗いを手伝おうかと思ったが、サゼンに食器洗い機が手に入ったので不要だと言われてしまった。
「それよりお前は自分の部屋の準備をしろよ。2階の来客用の部屋だ。ベッドはあるがシーツや枕は用意してねえ。リンゴ、案内してやれ」
「はい! ショート先輩こっちです」
「わ、ちょ、ちょっと、引っ張らないで」
リンゴはショートの手を掴んで次々に部屋を案内していく。そもそもショートはこの施設に住んでいたのである程度は知っているのだが、ショートの泊まる部屋の他にリネン室やトイレ、共同の浴場やなぜか彼女の部屋まで案内された。
「覗いちゃだめですよ?」
「覗かないよ!」
「なんてね。立ち話も何だし、入ってください」
「え、ええ……?」
不敵に笑うリンゴ。ショートは誂われているのだと理解しているが、所謂陰キャの彼は同級生の女子と絡んだことがなく、こういう場合にどういう反応をすればいいのかわからなかった。仲間たちのターシャやナディ相手には余裕を持って接することができるのに、どうにも調子が狂う。
初めて入った同年代女子の部屋は、しかし訓練所ということもあり殺風景なものだった。勉強机に椅子と本棚、クローゼットにベッドだけ。窓にはカーテンもなく、少し甘い匂いがする以外はショートのいた部屋と変わらない。
リンゴは椅子を引いてショートに座るよう促し、自分はベッドに座る。
「いやー、同年代の人と喋るの久しぶりで、ちょっと浮かれていました。ごめんね先輩」
「いいよ。それにその先輩っていうのも、俺も高2だったし、平坂とかショートとか、呼びやすいように呼んでいいよ」
「いやいやー、こういうのは年齢じゃないんですよ。わたしよりこの世界、この業界? ともかく私よりも先にここにいる。それだけで先輩っていうのは変わらないんです。それに呼びやすさだけなら先輩が一番呼び慣れてます」
「そう。……奥村さんはここに来てどのくらい?」
「私は3ヶ月くらいですね。サゼンさんにはもうすぐ卒業って言われてます」
ショートがこの施設を去ったのもこの世界に来て約3ヶ月経った頃だ。その時ちょうどレオーラが勇者候補生の募集をしていると聞き、その流れでレオーラへと向かったのだが。
「私はここを出てどうするのか、まだ決めていないんです。さっきも言ったようにこの世界が異世界っていう実感がなくて。訓練は大変だし魔術も見せてもらったけど、食事は日本と変わらないしこの部屋も合宿場とほとんど同じ。言葉も文字も日本語そのままで、実は壮大なそっきりだと未だに思ってます」
「確かに、この施設は日本とほとんど変わらないように見える。でもここの外は本当に異世界だよ。この施設の外はエルフの森と言って、外世界から隔絶した秘境みたいなところだし。そのエルフはアニメや漫画に出てくる高身長のイケメン美人そのままで。そうそう、奥村さんのしてる猫耳カチューシャ。この世界には偽耳じゃない、本当の獣耳を持った獣人も居るんだ」
「そうなんですか。でもやっぱりこの目で見るまでは信じられないかな。嘘を言ってると思っているわけじゃないんですけどね」
ショートはリンゴの気持ちが少しわかる。彼は異世界転移を大喜びしたが、実際に魔術をその手で発動するまで実感が湧かず、魔術を修めたら今度は魔物の存在を疑った。結局人はどれだけ言われても自分で確かめないと理解できないのかもしれない。
「この世界って本当に不思議。よく知らないけど、ダンジョンっていうのが異世界と繋がってるんでしょう? この施設にある現代の機器はそこから持ってきたものだってサゼンさんが言ってました」
「そうだね。ボクの行ったことのあるダンジョンは別のファンタジー世界みたいなところで、1箇所は骨だけの魔物スケルトンが、別のダンジョンでは恐竜みたいな魔物やドラゴンと戦ったかな」
まだまだ行ったダンジョンは少ないが、いずれは現代に繋がるダンジョンも見つけてみたいとショートは考えている。
「まあ、外に出れば嫌でもわかるよ。思ったよりはマシだけど、それでもこの世界はけっこう大変だからね。見たことのない魔物は出てくるし、そこら辺の人がみんな武器を持って歩いているし」
「……でも、私には信じられない。私はこう見えて結構多趣味で、星を眺めるのが好きなんです。マンガ知識なんですけどね? ちょっとこっちに来てください」
リンゴはベッドから立ち上がり窓に向かう。手招きされたショートはその隣に立ち、一緒に星を見上げる。
「あまり星を知らない人でも、北斗七星は知ってますよね?」
「ああ、有名な漫画があるからね」
「……この世界でも見えるんですよ。北斗七星」
彼女が指差す先には、満天の星空にあってなお輝く7つの星々。それは確かに見覚えのある形をしていた。
「……まさか。偶然でしょ?」
「いいえ、他にも色々あります。まず北極星がありますし、それを挟んで反対側にも、あちらにも…… ここが異世界だというのは、きっと本当なんだと思います。でも、私にはここが地球に思える」
「……」
「それとあの星が見えますか? ここは異世界だし、他の星や生物である可能性も否定でません。ですが……」
そう言って彼女は一つの星を指差す。それは他の星と違い、赤く輝いて見えた。
「ここが地球なら、あの位置にあんな輝きを持って移動する星はありません。あれは、人工衛星の可能性があります」
◆リンゴ
初めて出会った同年代の異世界人はそんなはずがないと苦笑し、焦ったように部屋を出ていく。
「……少し早まったかな」
もう一度夜空を見上げる。窓越しの星々は、たしかに見覚えのある星空だ。その星と月の位置から少なくともここは北半球のはずだ。
この訓練施設の外から来た異世界人らしいのでもっと色々聞ければいいと思ったが、つい自分のことを話しすぎた。
「でも彼もこの世界の違和感を重要視していないみたい」
リンゴは最初からこの世界を疑っていた。そもそも都合が良すぎる。目覚めたらそこに日本語を喋るスタッフが居て、日本語にしか見えないバベル文字なる言語があり、ファミレスみたいな食事が出てくる。
もちろん異世界らしいものもあった。デザイアなる万能の超能力。魔物と呼ばれるどこかで見た動物の合成生物。ショートの言っていたエルフや獣人族にも、この施設で出会っている。
「ただの転移にしては、至れり着くせり。この世界は、ディアナたちは異世界人に何を望んでいるの?」
サゼンに言われたこの施設での訓練期間はもう終わる。ここを出たあとのことは何も考えていないというのは嘘ではなかったが、ショートに出会った時、彼と行動をともにするのもいいかもしれないと思った。
それは同じ異世界人として、同じ違和感を持っていると思ったからだ。しかしショートはそうではなかった。ディアナに言われるがままにこの世界を謳歌し、楽しんでいる。先程の会話でそう確信した。
「……自分のしたいこと。……願い、か」
夢なんなものはこの世界に来た瞬間に叶わなくなっている。リンゴの夢はオリンピックでのメダルだ。だったはずだ。しかしサゼンに帰りたければそう願えと言われ、でもそれはできなかった。
自分でも信じられなかったが、リンゴはこの異世界に興味が湧いていたのだ。でもそれが何なのかはっきりしない。
「本当の願い。それを探す旅…… なんだか失恋した人の自分探しみたいで嫌だな……」
リンゴは苦笑するが、ああまさにその通りなのだと思った。はっきり言って、自分の実力ではメダルどころか全国大会すら怪しかった。努力を捨てた訳では無いが、諦めきれなかったものを異世界転移が断ち切った。無意識にそう感じていたのだろう。
「なら、この世界のことを知らないとね。きっとそれが、今の私の願い」
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