1.5-3 フィローと資料
1.5章 蛇足な気もしますが、2章の前の話として要るのではないかと書いてます。いらない気もします。
◆フィロー
最初の記憶は水の中にいたことだ。いきなり溺れて、このときはまだ異世界だとは気づいていなかった。
どちらが上かもわからないほどに混乱して、空気が吸えずに藻掻いていた俺を助けたのは金髪碧眼、少し日に焼けたハンサムな男だった。
「君面白いね」
男でも憧れるほどの肉体美を晒す海パンの細マッチョは、当時まだ入れ墨を入れていない俺の裸体をジロジロ見ながらそう言った。
「何だテメエ? もしかしてそっちか?」
「そっちっていうのがどっちかわからないけど、まずは助けた礼を言うべきじゃないか?」
「……そうだな。感謝する。俺はヒロ。ところで、ここはどこだ?」
「オレもここに来たのは初めてなんだ。この場所の名前は知らない」
ハンサムは近くの木においていた革袋からタオル代わりの布とズボン、それからクソ不味い携帯食を投げてよこした。
「とりあえず風邪を引かないように着替えたらどうだい? それから食料だ。味は保証しないけど栄養と腹持ちはいい」
「……上着は?」
「ふふん、似合うだろう? オレはこれを気に入って、これしか着てない。だから君の分はない」
派手な赤いアロハシャツを着て何故かポーズを取るハンサム。
「見るべきものは見た。オレはもう帰るよ。フィロ、だったか? 達者でな」
「おい待て! 服もメシもありがてえが、俺はこんな場所を知らねえぞ? もう少し助けてくれ!」
そこは小さなビーチのような場所だった。前後の記憶が曖昧だが、少なくとも直近で海に行った覚えはないし、季節は冬だったはずだ。なのにそのビーチは夏のような気温だった。
「人間は手助けをする生き物だが、余計なトラブルを嫌う生き物でもある。オレは十分手助けしたし、君はトラブルの原因になる。ちょうどいい塩梅だと思うが」
「なら、せめて情報をくれ。どっちに行けば街があるとか、他に助けになる人間のこととか、色々あるだろ?」
今にして思えば生命の恩人に対してかなり厚かましい態度だとは思う。だが当時は混乱していて、致し方なかったのだ。
「オレは人間が信用ならないからな。街ほどではないが、ここを出て真っすぐ歩けば小さな漁村がある。魔物も出ないし、裸足でも歩いていける距離だ」
「……魔物?」
「ああ、君はまだ知らないのか。そうかそうか。なら最後に一つだけ。この世界はなんでも願いが叶う。だから好きに願って好きに生きろ。じゃあな」
ハンサムはそう言ってビーチから消えていった。俺はそれに対してなにか言ったはずだが、くだらない文句だった気もする。
その後その村でパトルタと出会ったのだが、今にして思えばあのビーチは洞窟を境にしてあった。砂浜から地続きだったせいで気にしていなかったが、もしかして、あそこは本当はダンジョンだったんじゃないか?
◆
「一応聞くが、あんたは異世界人に会ったことはあるか?」
「い、いえ。フィローさんが初めてです」
「……それじゃあ、黒髪で黒目の人種は?」
「か、かなり珍しいですが、魔族には多いと聞きますね。も、もちろん人間にも居ます。直接話したのはフィローさんだけで、他に知り合いは居ませんけど……」
フィローは日本人的な特徴なら異世界人かと考えたが、外見的特徴では判断できそうになかった。
「ふーむ。ああそうだ。ゼニサスって名前と、神座って言葉に聞き覚えは?」
「し、知らないですね…… そもそも私たち歴史研究ギルドは、あなたが読めるというあの古代文字を解読できていません。写しを用いて色々考察しているのですが…… 同じ形が幾つも出てくるのに、それが何を表しているのかさっぱりです」
ロットの取り出した写しとは白黒写真だった。ただそこに写っていたのは風化していて文字として完璧でなかったり、あるいは文章の途中だったりと完全なものは殆どなかった。
「俺も読める、理解できるってだけで、読み方や文字の成り立ちはわからねえ。ただこの文字は複数の単語を一つの文字に複雑に合体させたものらしい。例えばこの文字はこれ一つで、世界を耕すもの、って単語になってる」
あえて日本語風に説明するなら漢字が近いか。ただし複数の単語や言葉を1つの絵になるように無理やり混ぜたような文字だが。
「す、すごい。それだけでも大きなヒントだよ! 文字一つに言葉が詰まっているなんて思いつかなかったし、この文字とこの文字はよく似てる。そこの差異からパーツの意味を割り出せるかも!」
「そっちは……なんか足りてねえな? 無理やり読むなら、世界が襲ってくる? そんなわけねえからなにか欠けてる気がするぜ」
「ということはこの辺とこの辺のパーツが世界を表しているのかも、いやあ、これは世紀の大発見ですよ!?」
ロットは古代文字の資料を引っ繰り返す勢いで次々に取り出して見比べ、その度になにかメモを取っている。フィローは自分のおかげでなにかイベントが進んだのだと感じていた。
「楽しそうなところ悪いんだが、俺にも目的があって着いてきたんだ。さっき聞いた神座についてだ」
「ああ、はい! 呼びつけておいてこれは失礼しました。私で役に立てるなら、何でも聞いてください。……とは言っても文字も読めていないので、どれほど役に立てるかわかりませんが……」
フィローは腰につけたポーチから例の古代文字で書かれた依頼書を取り出す。
「これを見てくれ。これは各地のギルドに放置されていた同じ内容の依頼書のうちの1枚なんだが、この名前のところと、こっちの写真、あの天井の絵だ。同じ文字だろ?」
「お、おお! これは知ってる! 私のところにも一度この依頼書について調査依頼が来たんだよ。その時は気が付かなかったけど、たしかに同じ文字に見えます!」
「写真の絵の方は、始まりの神ゼニサス。こっちの依頼書は少し省かれてゼニサスとだけ書かれている。つまりこれを書いたやつはこの文字を使いこなしているんだ。そしてその下の依頼内容。これは複数の文字が並んでいるが、実際に意味をなしているのは真ん中の部分だけ。内容は神座を探せ、だ」
「さ、さっき聞いてたやつだね!」
「そこで依頼したいんだが、このゼニサスと神座。これに似た文字を探し出してほしい。もちろん報酬は出すが、これはケシニの勇者として正式な依頼だ」
フィローはにやりと笑い、ロットは喜びつつも膨大な資料を横目に顔を引き攣らせた。
◆
「見つけました! 例の文字です!」
「こちらの文献には連続して同じような文字が!」
「反転していますが、これはどうでしょうか?」
ロットは数少ない歴史研究ギルドの職員を掻き集めて調査をしてくれた。このギルド内にある資料だけでも再確認する作業は大変そうだ。だがフィローもまた目の前に積み上げられる資料を音読していたのでそれなりに大変だった。
ギルドはフィローの依頼の報酬として金銭ではなく情報を欲した。もちろん内容は古代文字について。フィローは面倒くさがったがこの古代文字を読み上げ、それを記録させてくれるだけでいいと言われたので承諾し、喉が枯れていた。
「えー、これについて、神々は祈りの代価として、知恵と権能を振る舞った。……いい加減ちょっと休ませてくれ。そろそろ喉が痛い。それに、この空間埃っぽすぎるぞ」
「ええ、ええ。私も目がしばしばしてます。みんな世紀の大発見だと喜び、気合が入っているんです」
「だがこういうのにはメリハリが大切だ。みんな聞け! 俺は休憩をする! お前らも少しは休め」
「ですがこれは歴史的な第一歩の可能性が非常に高い! 最初の一歩で躓くわけには……」
背の高い痩せた歴史研究ギルドの職員が山のように資料を運びながら、フィローに小言を言う。
フィローはその山の上から数枚を手に取り、目を通してから床に叩きつけた。
「お前の言い分はわかる。だがお前の運んできたこの紙束に俺の目的の文字がねえじゃねえか! お前にも疲れが出てる証拠だ。集中力が無くなっている休め!」
「……はて、そんなはずは?」
わざとらしく首を傾げる職員。
「……お前、まさかとは思うがついでに別の資料も解読させようなんて考えてないだろうな? 言っておくが俺は勇者だぞ? そのつもりになればここの資料を焼き払うことだって簡単にできるんだぞ。その時はお前も一緒に灰になる」
「わ、ま、待って! そんな、そんな酷いことはしないで! ここの資料はもう残っていないものもあるんだよ!」
「……ああ? なんでないんだ? ほとんど隣の資料館の写真だろ?」
フィローの言葉にロットは俯く。資料を運んできた職員は、やっぱり疲れているなんて言ってどこかに消えていた。
「じ、実は……歴史研究ギルドは一度消滅してるんだ。元々は冒険者に随伴して古代の遺跡なんかを探索していたんだけど、ダンジョンが出現するようになってから、昔のものより新しいものをと、みんなダンジョン探索に舵を切った。それで目立った成果もなく、人員も予算も減っていって、私のおじいさんを残して歴史研究ギルドには誰もいなくなったんだ。そんな名ばかりギルド、同名からも除名されて、おじいさんが1人でクランを立ち上げて、研究を続けてた」
フィローはふと違和感を覚える。ダンジョンが出現するようになったとはどういうことだ? 元々この世界にあるものじゃないのか?
「だから、ここの資料は隣の資料館のものだけじゃなくて、昔のみんなが旅した世界中の遺跡の資料なんだ。もうこの世界にはないものもある。だから、だから冗談でも、そんな酷いことは言わないで」
涙を溜めたロットの真剣な目は、フィローにはない信念を持ち、覚悟をしたものの目だった。
「……悪かったよ。すまん。悪かったからそんな目で俺を見るなよ」
フィローは珍しく頭を下げ、素直に謝った。ロットもこんな簡単に謝罪の言葉が出るとは思わず、少し拍子抜けしてしまう。
「……う、うん」
「ところで、さっきの話で気になったことがあるんだが、ダンジョンが出現するようになったって、そりゃどういう意味だ?」
「そ。そのままの意味だけど?」
「ここの資料を読む限り、神々は何かと戦っていた。それはダンジョンや、そこにいる魔物とか魔族とか魔王とか、そんなもんだと思ってたんだが……」
フィローの言葉にロットは困惑する。
「え、えっと…… ダンジョンはこの世界に元々ないよ。最後の神が死んで、人々にデザイアが贈られた頃に急に現れたんだ。……冒険者学校で習わなかった?」
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