1.5-2 フィローと古代文字
◆フィロー
「なーんもわかんねーなー、おい」
「そりゃお前、手がかりが名前だけでは無理だろ」
ケシニの勇者フィローは行き詰まっていた。正体不明の書きかけの依頼書。古代文字で書かれたそれの依頼者の名はゼニサス。依頼内容は神座を探せ。
なぜかそれが読めたフィローは喜び勇んでその依頼を勝手に引き受けることにしたのだが、名前以外の手がかりはなかった。一応勇者付きのコトートを使ってその名を調べさせたが、該当する冒険者やギルド関係者はなかった。
そこでフィローはアプローチを変え、古代文字の存在する遺跡を巡ることにした。まずはレイラインズにある歴史資料館だ。
「石像がいっぱいあるッス」
「あれらは古くからある神々の像ですね。残念ながらその神話は失われてしまいましたが、つい100年ほど前まで神はこの地上で生活していたんですよ?」
フィローはコトートの説明に違和感を覚える。現代人である彼はたった100年程度で歴史が消えることが不思議だった。ギルドのおかげでこれだけ発展している世界の歴史が、早々簡単に失われるものなのか?
像には台座があり、そこには例の絵にしか見えない古代文字。風化して欠けているがそれははっきり読めた。
「戦火の神、マーレス」
4本の腕と2つの顔を持ち、それぞれに剣、斧、槍、盾を掲げ、弓を背負った像にはそう掘られている。
「戦火……見た目通りの名前だな」
「気になったんだが、この古代文字を解読しようって連中はいなかったのか?」
「居ますよ。歴史研究ギルドと言って連合にも加盟しています。かなり小規模ですが」
「なんでだ? 歴史を紐解くことで新しい発見があるだろ?」
フィローは勉強嫌いだが歴史に学ぶという言葉は知っていた。実際に歴史の何がどう役に立つかは理解していないが、少なくとも同じ失敗をしないという学びはある程度には考えている。
「フィロー、お前の言いたいこともわかるが、今世界にはもっと役立つものがわんさかとあるんだ。しかもそれはどれもこれもが新発見だし、即座に成果を発揮する。古本とにらめっこするよりも簡単なんだ」
「なに? なんでそんな都合のいいものがある?」
「ダンジョンですよ。今の文明の発展はその殆どがダンジョンで発見された異世界の技術です」
「あー、そうか。そりゃ都合がいいわな」
コトートの答えに、フィローは天を仰ぐ。それはそう。今腰につけているグレネードピストルもライフルスコープも、どちらもダンジョンで発見されたものをこちらで作り上げたコピー品だ。
魔術も技術も、何もかもが異世界のもので溢れている。アニメやゲームが好きだったフィローはそんなものかと考えていたが、冷静に考えればこの世界はおかしい。元の世界の文明が、そのまま異世界に来ているようなものだ。流石にスマホやパソコンはないと思うが、通信機は存在するしこの街には映画館もある。
「……あ」
「どうかしたッスか?」
天井にも様々なものが描かれていた。雲を纏った天使のような女性やハンマーを持つ老人に先程のマーレス、世界樹のような樹の怪物、顔をローブで隠した剣士、そして中央にはザ・主神と言った具合の白く大きな杖を持つ男。
フィローは腰に付けたスコープを手に取り、天井の一点を確認する。
「天井にも絵があるッス。どうやって描いたんスかね?」
「そりゃ足場組んでそのまま描いたに決まってんだろ」
「……ゼニサス。見つけたぞ」
「え?」
その絵にはご丁寧に名前や説明が書かれていた。樹の怪物はユグラン、剣士は勇者とある。その他の天使や神々にも書かれていたが、その中央の神の名こそ始まりの神ゼニサス。正体不明の依頼主の名前だ。
「マルカも見てみろ。あの真ん中の男の下に書かれた名前と、この依頼書の名前。同じだろ」
「ん? んんー? そう、っぽい、かもッス」
「ああっ!? たしかに同じに見えます! これはすごい発見ですよ?」
「だとしたらその依頼書はこの文字を真似して書いたってだけじゃねえか?」
パトルタの言葉にフィローは首を振る。
「確かに名前だけならそうかも知れないが、依頼書の全文が同じ文字で書かれている。てことは少なくとも読めないと書けない」
「ああ、そりゃそうか」
「ではあの文章を写しただけとか?」
「それも考えにくい。この文字は、この絵一つ一つが別々の複数の言葉を一つで表している。この依頼書で説明するとこの絵一つで神座を探せという意味になってるんだ。だからあそこの文字を写したら世界を耕すもの、ゼニサス、神を生み、人を統べる、のどれかになるんだ」
「はえー? 似たような絵なのに、そんなに違うんスねえ」
そんな事を話していると、不意に後ろから声をかけられる。
「ね、ねえ! 君、もしかして、もしかしてアレが読めるのかい!?」
「ああ?」
そこに居たのは作業着の上から白衣を羽織った眼鏡の女性。ボサボサの白髪は寝癖なのかオシャレなのか判断がつかないが、その青い目には熱意が籠もっていた。
「わ、わたしの名前はロット。歴史を研究してるんだけど、よ、よかったら話を聞かせてほしいんだ!」
◆
ロットに案内されたのは資料館に隣接する歴史研究ギルドの事務所だった。
「せ、狭いところだけど、ゆっくりしてって」
「想像以上に狭いし、埃っぽいッスねえ」
「こりゃアレだな。どっちかっつーと物置だ」
パトルタの言うとおり至る所に仕舞い切れない資料が乱雑に置かれている。酷いところでは本の上に食べかけの携帯食料が置かれていた。
「マルカとおっさんはどのみち字が読めねえし、辺に触って崩しても面倒だ。どこかでヒマ潰しててくれよ」
「そうッスね。マルカ闘技場がみたいッス!」
「俺もそっちの方がいいな。飽きたら宿に戻る。迎えはいらねえよな?」
絶対に資料をひっくり返すであろう2人を追い出し、フィローは大きな、しかし1人分しか座れそうにない資料で埋まったソファに座る。
「んで? 話ってのは何だよ」
「そ、率直に聞きたいんだけど……なんであの字が読めるの?」
「しらねえ。と言いたいところだが、心当たりがある」
フィローは用意された紅茶を口に含み、意味深に答える。
「俺が異世界から来た人間だからだ」
「……は、はあ」
ロットはピンとこない。
「まあ信じられないだろうが、俺はこの世界の人間じゃねえ。異世界から来た主人公なんだ。で、そういう人間には世界からの補正ってやつがある。それで俺はこの世界の言語がわかるし、この古代文字も読めるってワケよ」
フィローは別に異世界人であることを隠しては居ない。パトルタとマルカは知っているからだ。ではなぜここでロットにその話をしたかというと、そこに何らかの作為を感じたからに他ならない。
彼は最初からこの世界を自分の知らない作品であり、これがイベントだと考えていた。そうでなければ、偶然古代文字が読めて、偶然資料館にヒントが有り、突然新キャラが出るはずがない。
「い、異世界って、つまりダンジョンから、ですか?」
「んなワケねーだろ。……いや、どうなんだろうな。気がついたらこの世界に居て、願いが叶うから好きに願って生きろって言われただけだからな」
「……?」
フィローはこの世界に来た日のことを思い出す。
そこは湖だった。この世界に来て一番最初に吸ったのは空気ではなく水。溺れかけていた俺を助けてくれたのはやたらハンサムな、いけ好かない胡散臭い男。
「そう言えば……あの場所はどこだったんだ?」
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