1.5-1 それぞれの勇者たち
◆ケシニの勇者たち
「まずは合格おめでとう。晴れて我らがケシニはギルド公認国家となり、君たちは勇者として正式に求められることとなった。共にこのケシニを、旧エミニア最大の国家としようじゃないか。乾杯!」
ケシニの領主チャーレッジは、1年ほど前に隣国オルラーデとのダンジョン争奪戦で雇った冒険者パーティ、現在は勇者パーティとなった【夜の明星】の面々に自ら酒を振る舞う。他の領ならありえないことだがチャーレッジは元々鉱夫であり、一代で領主にまで成り上がった叩き上げなので身内相手に格というものを気にしない。今回の宴も冒険者の酒場を貸し切った中規模程度のものだ。
「かーっ! ギルドの冷えたビールもいいが、こっちのぬるいエールは香りが違うぜ!」
「……俺にはよくわかんねえな。ただ苦いだけじゃねえか」
「フィローさんは意外と味覚が子供ッスね! マルカはお酒好きッスよ!」
「ま、そのうち分かるようになる。酒はいいぞ! その日の疲れも昔の後悔も、全部忘れて幸せな万能感だけが残る。まさに夢見心地だ!」
大酒飲みのパトルタと胃袋ブラックホールのマルカは笑ってジョッキを飲み干していくが、フィローはつまらなそうに少しずつ酒を処理している。フィローはその身に刻んだ魔術陣のお陰で毒耐性を持ち、それはアルコールへの耐性にもなっている。つまりどれほど飲んでも酔えなかった。
それに気がついたのはいつかの祝賀会で酒を初めて飲んだときだ。日本では未成年だったために飲んだことのなかった酒に興味を持ち、エールを一口飲んで違和感があった。不味い。ただただ苦い。鼻を抜ける香りは分からないでもないが、とにかく味が駄目だった。ワインやウイスキーも試し、そこでアルコールが毒として弾かれているのだとわかった。
以来フィローは酒が苦手だった。異世界の冒険者らしく至るところで酒を振る舞われるが、今回のように公的な場でなければ酒を飲んでいない。
それを抜きにしてもフィローの心は曇っていた。試験中戦ったドラゴンの中で一番の大物スカイフィッシュ。自分たちの獲物だったが力及ばずあいつは落とせなかった。しかもその竜を討ち取ったのはフィローがこの世界で初めて殺したはずの女だった。
願いの叶う奇跡の能力デザイア。こんなものがある世界だ。死の淵から蘇っても不思議ではない。そう割り切ったつもりだったが、その相手に実力で負けるとなるとそれはそれで癪だった。なにより奪われた獲物の貢献度が折半されてこちらに加算されたのが悔しかった。
俺はこの世界の主人公のはずなのに。失敗したクエストをお助けNPCがクリアし、そのままストーリーが進んでしまった。彼の中ではそんななんとも言えない不快感がずっと喉の奥に引っかかっている。
「……それで、俺たちはこの後どうなるんだ?」
「んー? この後ってのはどういう意味だ? 俺は宴が終わったら何人か女を連れて帰って昼まで寝過ごして、二日酔いに文句を言いながらまた酒を飲んで……」
「そうじゃねえよおっさん。俺たちは勇者になった。そのあとだ」
「そうッスねー。一応国防の要って位置づけなんスから、どこかに館でも構えてのんびり過ごすんじゃないッスか?」
「他国の勇者さんはその国の騎士団で指南役になったり、その国のダンジョンで魔石を取ったり様々です。マルカさんの言ったように暇を弄んでいる方もいますが……」
知らない声にフィローたちが振り返ると、そこにはギルドの制服を着た青年がいた。
「突然すみません。挨拶が遅れました。僕はケシニの勇者付きに任命されたコトートです。以後よろしくお願いします」
「ああ、よろしく。俺は勇者のフィロー。そっちのでかい爺さんがパトルタでこっちの俺の女がマルカだ。んで? 勇者ってのは普段何をしてんだ?」
「それは様々ですね。以前と変わらず冒険者をしている方々もいますし、その国の命を受けて任務を熟す人もいます」
勇者というのは自由に見えて意外と自由度が少ないなとフィローは考える。何をしても良いように見えて、実際には勇者という職業の特性で国に縛られている。自分で選んだ道だが、いざ勇者になったらすることが思い浮かばない。これがゲームだったらと考え、だがそれはゲームでも一緒だった。
自由度は高いがミッションや目標はある。それすらも自由に決めることができるゲームもあるが、結局モチベーションのためには目標が必要なのだと、フィローは自分なりの答えを見つけた。
「俺は主人公だぞ? だから勇者になったんだ。それはたしかに目標だったが、ゴールじゃねえ。勇者にしかできねえことをするために勇者になったんだ。それなのに前と同じく冒険者ってのは花がねえ。つまんねえよ。少なくとも勇者のやることじゃねえ」
「おおフィローよく言った! 勇者にしかできねえことをする。良いじゃねえか!」
「というわけで、なんかそういうのねえのか?」
「えーっと、そうは言われましても…… 一応勇者は国の代表者とは言えトップではありません。ケシニであれば領主様の許可がなければ……」
「はっはっは。良い良い。存分に外で暴れ、ケシニの勇者ここに有りと喧伝してくるといい。武力を見せつけることで周辺地域への牽制にもなる。緊急時には呼び戻すが、それまでは好きにすると良い! お前のような若者が土地に縛られることはないぞ!」
ケシニの領主は寛大だった。というよりも目下のところケシニ最大の仮想敵はオルラーデ。しかしケシニが公認国家となったことで現在は同格、どころか領主の息子が勇者の資格を失ったことでオルラーデは混乱していた。つまり敵が勝手に自滅したせいでケシニは勇者を持て余している形になるのだ。
「だってよ。ほら、なんかこう、国家転覆を目論む秘密組織とか、世界を滅ぼす悪の魔王とか、復活した邪神とか。そういう勇者が解決する難題はねえのか?」
「フィローさんは英雄譚の主人公に成りたいんスか?」
「そうじゃねえが、そうなるようなことがしてえ。せっかくの異世界、せっかくの主人公なのに、そういうのがないなら俺がここにいる意味は何だ? 俺が勇者になった意味は何だ? つまりどこかに居るんだよ。主人公が倒すべき巨悪が」
それはフィローだけの、いや異世界から来た者たち特有の思考だった。この場にいる全員がピンときておらず、パトルタはロマンだと割り切っていた。
「まー魔王ならいるッスけど」
「なに? 本当かマルカ!」
フィローの問にコトートが答える。
「ええはい。魔王と呼ばれる方は居ます。ここパストラリア大陸の南東の対岸にある名前のない大地。暗黒大陸と呼ばれる魔族の領土があるのですが、ここを統べる王こそが魔王です」
「南東…… ケシニからだと相当遠いな」
「遠いのもそうッスけど。魔王サマはふっつーの人間ッスから、倒しても反感を食らうだけッスよ?」
「……どういうことだ?」
「フィローお前知らねえのか。そういや教えてなかったな! 魔族っつ―のは熱狂的な偶像崇拝者共なんだ。俺は1度海で遭難し、暗黒大陸に行ったことがある。いやあ魔王は美人だったぜ! それだけじゃなくて歌も上手いし踊りはかっけえ。なにより全部で5人も居るんだ!」
パトルタはその時の出来事を楽しげに語る。そこで知ったのは魔族の悲惨な現状だった。彼と友人になった魔族曰く、かつては本当に強大な魔王が居て神々と戦争をしていたこと。その魔王は勇者に討ち取られたこと。それ以来魔王の復活の時まで力を蓄え続けていたこと。しかしその雌伏のときは時が経つごとに飽きられ、忘れられ始めたこと。
そこで当時の魔王補佐官は一計を案じた。本物の魔王が現れるまで代役の魔王を用意しようと。はじめは魔族から任命されていたのだが魔族は脳筋が多く、偽の魔王は勝手に仲間を引き連れて人間へ戦争を仕掛けて自滅してしまった。
何回か繰り返したところで魔族から魔王を用意するのは戦力の浪費だと悟り、試しに元の魔王によく似た人間を魔王にすることにした。人間なら人間に戦争を仕掛けることはないし、魔王という神輿に乗せておけばある程度コントロールしやすい。そして脳筋が多い魔族はその出自故に魔王の言うことには従った。
この作戦は成功したのだが、新たな問題が発覚する。寿命だ。魔力で活動する魔族はその殆どが長寿であり不老不死に近い寿命を持つ。というより寿命で倒れた魔族は記録にない。しかし偽魔王である人間には当然寿命があった。数回は新しい替え玉を用意することで乗り切ったが、魔王に陶酔しきっている魔族にはついにそのからくりがバレてしまった。
そこで補佐官は今までのことを正直に打ち明けた。魔族の結束のために魔王が必要であったこと。偽の魔王に罪はないこと。この罪は自らの命を持って償うと。だが魔族たちもそれに理解を示した。魔族たちも魔王が復活するまで無為に力を溜める日々に、自分たちの精神が耐えられなかったことをわかっており、偽の魔王には深く感謝していた。補佐官のことも許された。
そんな折、なんと魔王復活を迎える前に神が死んだという情報が伝わってきた。そうなると魔族たちはいよいよ何のために力を蓄え続けてきたのかわからなくなり、考えるのをやめた。
偽の魔王でいい。魔王に仕えているのが自分たちの本来のあり方なのだ。なら偽物であろうと、人間であろうとそれでいい。ほとんどの魔族は自我を封印して魔王を崇めるだけの人形となってしまった。中にはその惨状に耐えられず暗黒大陸を去った者たちも居たが、今の魔族はほとんど無害化してしているという。
それを哀れに思った偽の魔王は、彼らの心を癒やすために日々歌って過ごしているのだとか。
「つまり、なんだ。偶像崇拝の偶像ってのは銅像とかじゃなくて、マジでアイドルなのかよ」
話を聞いたフィローはアイドルとドルオタみたいな関係だなと思った。
「何百年も身体と魔力を鍛えるだけの日々は虚しいッスからねえ。ちなみにパトルタさんは5人って言ってたッスけど今は7人で勇者やってるッスよ。『ブラックアイルスターズ』って名前ッス」
「いよいよアイドル感が増してきたな。って俺が聞きてえのはそういうのじゃねえよ! 勇者の敵を探してんだ。魔族や魔王が敵じゃねえなら、もっと他にねえのか? 伝説の武器とかでもいいぜ?」
「そうですね。敵というわけではありませんけど……少し気になるものがあります」
そう言ってコトートは肩掛けカバンから数枚の書類を取り出す。
「これは作成途中で依頼人が突然帰ってしまい、その場に残されていた書きかけの依頼書です。別々の場所で、ほとんど同日に現れた依頼書なんですが、その内容は全く一緒です」
「……汚え字だな」
「マルカのほうがきれいな字をかけるッス。というかこれ字なんスか? 絵みたいッスけど」
「俺にも絵にしか見えねえが…… フィロー、お前にはこれが字に見えるのか?」
二人の言葉にハッとするフィロー。確かに無意識に読めていたその字は、冷静に見返すと落書きにしか見えない。だがなぜだかそれが読めるのだ。
「フィローさん。あなたにはこれが読めるんですね?」
「あ、ああ……」
「それは古代パストラリア文字。現在使われているバベル文字よりもずっと古い、失われた言葉です」
フィローの依頼書を握る手が震える。これは、まさに主人公である俺のために現れたものだ。これは転生モノでよくある、なぜか知らない言語が読めるやつだ。
「……神座を探せ」
「なに?」
「神座を探せ。この依頼内容だ」
聞いたことのない言葉だったが、フィローの心はすでにこの依頼書に夢中だった。不審な依頼書、古代言語、未知の言葉。それはまさに主人公のためにあるミッションだ。
「聞いたことないッス」
「神座ねえ……聞いたことがねえし、手がかりもねえぞ?」
「いや、手がかりはある」
フィローが指差すのは依頼人の名前だ。
「ゼニサス。何者かは知らないが、わざわざ名前を残しているんだ。見つかりたくなかったらこんなことはしない。微かな痕跡だが、ここから糸口を見つけだせるはずだ」
何の根拠もない自信だったが、フィローには確信があった。
なぜなら、俺はこの世界の主人公なのだから。
◆レオーラの勇者たち
「退院おめでとうターシャ」
「無事で良かった」
「一時はどうなるかと思ったが、もうすっかり回復したな」
「はは……なんとかね。まだまだ実力が足りてない。そう痛感したわ」
レオーラの勇者パーティ【黄金の夜明け】の面々は苦笑するターシャを連れ魔導車に乗り込む。これはレールを必要としない魔導軌車であり、レオーラが根回しをし本部から貸し出された試験運用車両だ。ちなみに運転手は新任の勇者付きで、名前をリアラという。
初めて見たときパーティメンバーは馬の居ない馬車だと驚いていたが、ショートだけは元の世界で見慣れた幌付きの2トントラックがこの世界にあることに驚いていた。運転席と助手席には2人しか乗れないので、今回はリアラを除き全員が荷台部分に乗ることになっている。
「……君が無事で良かったよ。あのときのボクは無力だった。どんな言葉で責められても反論できない。それに、仲間にはみっともない醜態を見せてしまった。ターシャ、本当にごめん」
「いいのよ。気にしないでショート。結果的には無事だったんだし、みっともなくったって努力をしてくれた。それだけで私は嬉しいの」
ターシャは微笑むがメンバーは苦笑するだけだ。みっともない努力? とんでもない。情けない醜態だ。しかしショートの口からその言葉は出なかった。
「それより、あのドラゴンはどうなったの? 勇者になれたというのは聞いたけど、内容まで知ってる人は病院に居なかったの」
「お前を飲み込んだ例のドラゴン、スカイフィッシュは無所属の勇者に倒されたよ。覚えてるか? 試験の日に魔導列車の中でお前が絡んだ女が居ただろう? お前を助けたのはそのセリアって女だったんだ」
「すごい人だった。空を走って正面から斬り込んで、体内にいるあなたを抱えて飛び降りて。どう考えても普通じゃない」
「同感だ。あいつはイカれてた。だが、ああいうやつが本当のピンチから人を助けるんだろうな。俺には真似できねえ。……っと、だからといって見捨てるわけじゃねえぞ?」
「ふっ、わかってるわよ」
セリア。今のショートが聞きたくない名前だ。主人公であるはずの自分よりもパーティメンバーを惹きつけ、自分よりも輝き、自分がするはずだったターシャの救出も、ドラゴンの討伐も、すべて彼女がしてしまった。
主人公はボクのはずなのに。彼女はこの世界に来たボクにそう言っていたのに。自分よりも優れたデザイアを使うあの女に、どうしても黒い感情が渦巻く。
訓練不足だった? イメージ不足だった? デザイアに慣れていなかった? 言い訳は幾つでも並べられるが、それらは全て事実だったとしても、結果は変わらない。
ボクは負けたんだ。勇者としての格が違っていた。何より気に入らないのは、負けたボクの貢献度に彼女が倒したスカイフィッシュのポイントが上乗せされていたことだ。
そんなものがなくても自分たちは別のミッションを達成していたし、合格点には十分届いていたと思う。だがそれでも、おこぼれを貰っていたという事実が許せなかった。
「勇者になって国に報告して、その後はどうするんだ?」
「私たちは遊撃隊としてレオーラ国外での任務がメインとなる。でも任務がない間は自由行動。今までと変わらない」
「なら暫くは冒険者としての活動になるかもだけど。そうだ、ショートはどこか行きたいところはある? ずっと訓練所に居たから外のことあまり知らないんでしょう?」
「……そうだね」
話を振られたショートは考える。この世界に来てまだ日の浅いショートはレオーラの訓練施設とそれがある都市、そしてもう1箇所しか知らない。確かに世界を巡って旅をするのもいいだろう。元々勇者にはそういうイメージが有る。自国の防衛をする勇者は他にも居るため、そのくらいの自由度はあるはずだ。
勇者か。この世界の勇者は職業の1つであり、自分は主人公だと言われていたので何の疑いもなく勇者になることを決めた。国ごとに何人も居ると知っていたが、それでも自分こそが真の勇者だと信じていた。
そこでふと気になったのが、例のドラゴン討伐のとき自分の邪魔をした男だった。黒髪黒目、全身に入れ墨を入れていたが彼は間違いなく日本人だった。
彼は言っていた。俺がこの世界の主人公だと。
だがそれはありえない。ボクが主人公なのだから。ターシャのときといい、彼は物語の邪魔をする偽主人公に違いない。自分が本物だと思い込んでいるライバルキャラだ。そうに決まっている。
しかしなんとも言えない不快感が身を包む。彼といいこのトラックといい、この世界には何人の異世界人が居るだろうか。何人の自称主人公がいるのだろうか。
急にその答えが知りたくなった。
「……ディアナさんに会いに行く」
「え? ……誰?」
「ボクがレオーラに来る前、記憶喪失のボクを介抱してくれた人さ」
「ああ、恩人ってわけだな? お礼参りか、いいじゃねえか」
「賛成」
日本から異世界に来たばかりのボクにこの世界のことを教えてくれた、元の世界の神の名を持つ女性。
彼女ならその答えを知っているはずだ。
◆オルラーデの勇者
「只今戻りましたぁ。ナルドスさま、お久しぶりですぅ」
「……」
オルラーデの執務室。領主であるナルドスは書類仕事を一旦脇に置き、勇者の資格を失って戻ってきたナルシックを睨む。
「よくもまあ、顔を隠すこともなくここに戻ってこられたな」
「……ここは俺の家だから、当たり前だろう!?」
「恥さらしめ。ワシがどれだけの金を積んでお前を勇者にしてやったと思う?」
「知らねえよ! そもそも俺は頼んでねえんだ! 勇者なんて柄じゃねえし、戦いなんてしたこともねえ! 遊んで暮らせてりゃそれで良かったってのに!」
「はっはっは。ほざくな無能」
ただの老人の眼光にナルシックは怯み、ライツェは涼しい顔で受け流す。
「お前のような出来損ないの無能をなぜわざわざ勇者にしてやったと思う? そうでもしなければ箔がないからだ。エミニア崩壊後、ワシはいち早く自分の領地を国家に引き上げた。それは領主として当然の行いであり、領土と領民を守るために必要だったからだ。そうでなければケシニや他の領主が国家となって逆にこちらが飲まれてしまう、そこまではわかるか?」
「ああ? 領地と俺の勇者に何の関係があるんだよ? 領土も領民も、親父のものならいずれは全部俺のものだろうが!」
「お前のような無能にどこの領民がついてくるというのだ? お前は自分の評価を正しく理解しているのか? ワシの七光りの馬鹿息子。金の服を着た案山子。税を返しに来るピエロ。みな金のことばかりだ。お前に付き従っているガラの悪い連中も皆お前のことを見下している。それでもついてくるのは偏にワシの金のおかげだ。金、金、金。誰もお前など見ていない」
「な、なんだとテメエ……!」
「それでもワシはお前が変わると思っていた。そんな無能でも息子だからな。勇者になれば、本当に優秀な部下が付けば、お前にもなにか変化があると期待していた。……まあ、それも無駄だったがな」
ナルドスは引き出しから1枚の書類を取り出す。それは殉職したセリアのものだった。
「国の看板にもならなかったお前との関係ももう終わりだ。勇者でなくなったお前に、もはや何もない。この屋敷からも出て行け。どこにでも消えて、好きに生きろ」
「ふざ、ふざけるなよ! ライツェ! 金ならいくらでもやる! この親父をぶっ殺せ!」
「それはできませんねぇ。勇者ではないただのナルシック。領主さまからも縁を切られたあなたに、わたしへの命令権はありませんよぉ?」
おどけるライツェは執務室の入り口まで下がり、恭しく扉を開く。
「お待たせしました。ナルキス様」
「ごきげんようお兄様! そしてさようなら。私ことナルキス、只今を持ってオルラーデの勇者として着任しましたわ!」
「な……なぜお前が……!」
そこに居たのはナルシックと同じ顔を持ち、しかし彼と違って自身に満ち溢れた表情をした魔女だった。
◆エミニアの勇者たち
「えー? レテリエさんが何もできずに負けたんですか?」
「……ええ。完敗よ。ギルドの近接格闘術も、極めればあそこまで動けるのね。判断を誤ったら首が飛んでいたわ」
「首がない方が、文句が少なくていいと思いますけどね」
「…………」
「それにしても、私の祝福を施した剣がこんなにあっさりと斬れるなんて」
2つに折れた、正しくは断ち斬られたレテリエの剣を見つめるアイ。彼女はデザイアを起動し、次の瞬間には2つの刃は1つの剣へと元通りになっている。
「ありがとうございます」
「……ふむ。ルアくん、今の見えました?」
「ああ」
「……何のこと?」
アイのデザイアはただの修復術ではない。その物体を、あるべき姿に記憶した瞬間まで巻き戻す時間操作能力。それ故に剣が斬られた瞬間に何が起きたのかを、ほんの一瞬はあるがアイとルアクは察知した。
「聖剣だ」
「あー、そう言えばセリアさんが言ってましたね。聖剣とか、ヴォルなんとか……」
「それなら納得です。私の祝福すら断ち斬るほどとは思いませんでしたが」
アイは遠く空に浮かぶ月を見つめて、薄く微笑む。
「今度のは本物だといいですね」
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