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勇者✕勇者✕勇者  作者: まな
第一章
18/57

1-18 勇者セリア

◆セリア




「うっ……ん…… ここは……?」

「お気づきになられましたか?」


 側に居たのはワトラビーだった。聞けばここは冒険者ギルド本部の医療施設。どうやらスカイフィッシュを倒した後に気を失い、そのまま試験終了までここで眠っていたらしい。


「どうもご迷惑をおかけしました…… おっと」

「無理しないでください。セリアさんの右腕は、まだ治療が完了していないのです」


 いつものように起き上がろうとして失敗し、倒れそうになったところをワトラビーに支えられる。ふと右腕を見ると肩から先の袖に中身がない。


「……やはり、失われてしまったんですね……」

「キュリアスさんの話ではすぐに戻るらしいです。よくわかりませんけど、セリアさんの気の持ちようだとか」

「彼女はなんと言っていました?」

「……そのままお伝えすると、勇者の腕と人の命が等価なワケがないだろう、と」


 キュリアスらしい言葉だ。彼女は勇者というものに対して異常に思い入れが強い。人命軽視というわけではなく、人を救うための勇者が不完全でどうするつもりなのだと、そう言いたいのだろう。


「そうは言われても、腕が再生するイメージなんてありませんよ」

「そういうデザイアを持った人は居ますけどね。超再生能力は身体強化系ではメジャーですし。というか、私はセリアさんに再生魔術を試みたんですよ? どういうわけか弾かれてしまいましたが、それもキュリアスさん曰く聖剣が邪魔をしているのだそうです」

「……なるほど」


 意識が戻ったことでじわじわと戻ってきた右腕の痛み。その発生源は間違いなく右腕にあるのだが、その腕は存在しない。体内にも聖剣は感じられないので、考えたくないことだが失った腕そのものが魔力を弾く性質を持っているのだろう。そういう腕に私がしてしまったのだ。

 となると外からの治療はかなり難しそうだ。デザイアや医療魔術の発展によって四肢の欠損も時間さえあれば再生可能らしいが、身体が拒否反応を起こしていればそれは叶わない。


「ところで、セリアさんのデザイアは一体何なんですか? あの場ではノリと勢いで空を飛べるなんて無責任なことを言いましたが、普通はできません。それにアレは飛ぶというよりも何もない空中を走っていました。その後の輝く剣、そして失われた右腕。デザイアはどれもこれも特殊なひとりひとりの奇跡の技です。ですが、それにしたって非常識すぎですよ」

「……そうですね。あなたになら話してもいいでしょう」


 ワトラビーの目は真剣そのものだ。本来ならそう簡単に答えるべきではないのだろうが、彼女もキュリアスによって人の身を捨てている。なら理解できるだろう。


「私は、キュリアスさんによって勇者にされたんです。あなたがエルフになったように、私も彼女のデザイアによって人から勇者に至りました」

「…………勇者を決めるのはギルドですよ?」

「ええ、私も同じことを彼女に言いました。勇者とは職業のことだと。ですが彼女は遥かに古い世界から来た存在らしく、その当時の勇者とはただ1人にのみ与えられたデザイアだったそうです。私はその勇者のデザイアを引き継ぎました」

「それがあの非常識な能力の数々だと?」

「そうですね。ですが、あれでどの程度扱えているのかも見当がつきません。キュリアスさんによれば勇者とは人類の希望だそうです。なので人々が勇者が出来ると信じれば、」

「人々の願いがセリアさんの能力に反映される…… いやいや、ありえないですよ。どんなデザイアですかそれ。誰が何を望めばそうなるんですか」

「世界平和。過去の人々が、みんなが同じことを望んだから、こんな形で具現化した。自分で言っていてもありえないと笑いそうになりますが、できてしまったから納得するしかないですね」


 今よりも遥か昔、今よりも遥かに過酷だった時代。想像もつかない絶望の時代。そんな時代だったからこそ生まれたデザイアなのだろう。今のように個人で何かを成し遂げることが難しかったからこそ、この能力は生まれたのだ。


「……まあいいです。未だに理解は追いつきませんが、セリアさんもキュリアスさんによって救われ、その能力を得た。それはあってますね?」

「そういうことになると思います」

「なら納得しましょう。私も身に余る能力を得たのは同じです。キュリアスさんが言っていたのなら信じますとも」

「納得して頂けたならよかったです。ところでそのキュリアスさんは今どちらに?」


 私の質問にワトラビーは難しそうな顔をする。


「セリアさんが眠っている間に試験が終了してしまったことは、お伝えしましたね?」

「はい。……不合格、ですか?」

「ああいえ、そういうわけではないんですが……セリアさんが気を失った後、キュリアスさんはスカイフィッシュを捕獲しました。ですがどういうわけか直後にこれを撃破。マスター・ルナに会わせろと私に詰め寄ってきたんですが、ギルド職員とは言えただの勇者付きにそんな権限はありません。無理だというと自分で会いに行くと言ってダンジョンを飛び出し、それっきりなんです」

「……ええ……?」


 私が目を覚ました今日は試験終了の翌日。まる2日寝ていたことになるのだが、それは一旦いい。問題は2日間も行方不明なキュリアスだ。それにスカイフィッシュが撃破されたならミッションは失敗。その後2人揃って試験の中途退場をしているのだが、それにもかかわらず不合格ではないとはどういうことだ?


「他のパーティはすでに合否判定は出ていて、手続きを終えてそれぞれの国に戻っています。セリアさんたちに関しては、まだ結果が出ていないんですよ」

「ミッションは失敗で、試験を最後まできちんと受けていないのにですか?」

「ああ、それなんですけどね。今回の試験の終了条件は問題なく満たしています。制限時間終了時点でダンジョンから出ていること、出ていなければ減点。覚えていますか?」


 言われて思い出したが、今回の試験は制限時間以外の終了条件はあってないようなものだ。あの条件では極端な話、ミッションを終えたらすぐに帰ってもいいことになる。


「そしてミッションなんですけど。これも達成してるんですよ」

「え? ですがスカイフィッシュは撃破と……」

「はい。緊急ミッションは確かに失敗です。ですがあのドラゴンの体液と魔石は残りました。そして信じられない事なんですが、その体液はセリアさんたちが本来受けていたミッションのドラゴンの内蔵だったんですよ」


 あり得ない、とは言い切れない。実際に相手をし飲み込まれたからこそわかるが、スカイフィッシュは腕を閉じた遊泳状態では普通の魚型の魔物に見える。しかしあの腕を広げた戦闘状態、あるいは捕食状態ではかなり特異だ。

 なにせ腕を下顎にしているため実際には下顎から先は腹部まで外身が存在せず、腕を広げると魔力でできた吸収器官が完全に露出した状態になっていた。あれが胃袋やそれに類似した内蔵器官である可能性は少なくない。引きずり込まれた際に感じた生ぬるさも、本体の体温であれば納得できる。


「預かっていた魔法瓶がなければ回収はできなかったかも知れません。用意しておいてよかったですね」

「……空中で気を失った私だけでなく、依頼品の回収までさせていたなんて。なんと言っていいのか、本当にありがとうございます」

「いえ、気にしないでください。頭を下げる必要はありませんよ」


 ワトラビーは大げさに手を降って微笑む。


「現場で勇者は身体を張り、勇者付きがその補助をする。それが勇者と勇者付きの関係じゃないですか。……って、ちょっと泣かないでくださいよ。照れくさくなっちゃいますって」


 すっと涙が出る。ああ、私は彼女が羨ましい。私が本当にしたかった勇者付きの形だ。彼女のあり方こそ理想の勇者付きだ。ナルシックとは構築できなかった、本当の勇者の仲間だ。


「……いえ、少し思い出してしまい、申し訳ありません」

「そんな、謝ることもないですって。とにかくその、試験結果はまだです。今はゆっくり休んで、それから腕の方も、なんとかしましょう」

「……はい。ワトラビーさん、今回は本当にありがとうございました」


 彼女のような振る舞いは私にはもうできない。だけど、私は彼女が胸を誇って手助けしたいと思えるような勇者になろう。そう改めて心に刻んだ。




◆キュリアス




「それで、怒って飛び出したのはいいけど道に迷ってたって、ふふ、何回聞いてもウケる。お茶を入れるけど、いる?」

「いらん。それに迷っていたのではない。お前がこの世界に存在していなかったのだ。どういう理屈だ? まあいい。ルナ、お前は魔物の、魔物とダンジョンのことを知っていたな? なぜ言わなかった」


 キュリアスの問に、ルナはお茶を入れながらなんでもないように答えた。


「気づいていると思ったからよ。途中で魔物と遭遇したのは知っていたし、それにわたしも潰したいって言ってるしね。キュリアスちゃんの言うとおり魔物は侵略者よ。魔物はこの世界の生態系を、というよりダンジョンがこの世界そのものを侵食しているわ。だけどダンジョンや魔物だって好き好んでそうなっているわけじゃない。彼らも被害者なの」

「どういう意味だ?」

「この世界が不安定だからあっちこっちにぶつかって、その傷がダンジョンになっている。彼らも望んでああなったわけではない、ということよ。でもこの世界にとって害であることは事実。エミニアの勇者なんかはそれを知っているから手当たり次第に壊して回っているけど、所詮は対処療法。それじゃあ到底追いつかないわ」


 ルナはこの世界の異常をキュリアスよりも正確に把握している。ダンジョンについてギルドの開示している情報よりも詳しくその真実を知っている。キュリアスはそう感づいているが、ルナはそれを直接伝えるようなことはしない。伝えたところでどうしようもないからだ。今はまだその時ではない。


「……」

「前にも言ったと思うけど、この世界には神と勇者が足りない。勇者は生まれたけど、まだ歩き始めたばかり。世界という重荷を背負わせるにはまだまだ器が小さすぎる」

「そうだな。だが神はどうだ? 宛があるのではないのか?」


 ルナは用意した緑茶を一口飲み、ふっと息を吐く。


「神は、神になるだけでは意味がないの。神がいるだけでは意味がないの。神の力を持つものならいくらでもいる。あなたも、セリアも、力だけ見れば十分神足り得るわ。わたしから見ればあなたは神を殺す神なのですからね」

「わたしは神になどならん。セリアもだ。あれは勇者だ」

「そうね。神に必要なものは信仰心。でもそれは一朝一夕で用意できるものではないわ。こちらでも準備は進めているけど、今はまだ居ない。それで納得してちょうだい?」


 ルナの答えにキュリアスは不服そうに首を振る。


「仕方あるまい。だがそれまでの間、わたしは魔物を殺しダンジョンを破壊する。構わないな?」

「ええ、もちろん。別にギルドとしても止めてはいないから好きにしなさいな? ああでも、幾つか壊さないでほしいダンジョンもあるわ」

「なに?」

「このカードをあげる。ダンジョンの近くでこのカードが反応した場所は、わたしたちのものだから手出しは無用よ」


 ルナから手渡された少し厚みのあるギルドカード。片面にはギルドの紋章、その裏には簡略化された地図が載っていた。


「ダンジョンは敵だ。この世界に存在は許さん」

「そういうと思ったわ。でも敵を知らなければ、うまく排除もできない。そうでしょう? わたしたちのダンジョンは研究用に改造してあるの。世界の管理が達成できればもちろん廃棄するわ。魔術で、いえ魂を持ってして契約を結びましょうか?」

「ふん。お前の話は一理ある。そこまでいうなら、後回しにしてやろう」


 キュリアスは渋々と頷く。場所がわかっているのなら壊してしまいたいというのが本心だが。


「わかってくれてよかったわ」

「邪魔をしたな。わたしは戻る」

「ああ、ちょっと待って。キュリアスちゃん試験の途中で抜けてきたんでしょう? 試験官たちが慌てていたわ」

「そういえばそうだったな。セリアには悪いがあのドラゴンはわたしが始末した。ということは不合格なのだろう?」

「いいえ? 先程も言った通りギルドでは魔物の討伐もダンジョンの破壊も止めていない。ミッションは捕獲依頼だったかもしれないけれど、勇者が達成不可能と判断したのだからそれは致し方ないことよ。ダンジョンは一番身近な異世界。魔物は世界の冒涜者よ? あそこではこちらの常識は通用しないし、魔物だってどれだけ無力化しても完全に安全ということにはならない。だからダンジョンでの依頼は努力目標でしかないわ。それに、捕獲はできなくても素材の納品はできている。というわけで合格です。おめでとうキュリアスちゃん」




◆セリア




「というわけで合格だ。おめでとうセリア。これでお前も、お前の認める勇者になったな」


 行方不明だったキュリアスは、さも当然のように合格書類を抱えて戻ってきた。どこに行っていたのかと問えば、本当にルナに会っていたらしい。その証拠に書類のサインはルナのものだった。


「凄すぎです! マスター・ルナに直談判しに行くだけでなく必要書類まで用意させるなんて! キュリアスさんは怖いものがないんですか!?」

「ない。だが、ふふん。知っているぞ? わたしはまんじゅうが怖い」

「くーっ、お茶目ですね―! 合格祝いに買っちゃいましょう!」


 キュリアスが戻ってから何故かワトラビーのテンションが異様に高い。どうやら彼女はキュリアスも心配していたようだ。だが私のほうが危機的状況だったのでこちらを優先し、キュリアスを後回しにしていたのが心残りであったらしい。


「書類は預かります。急いで手続きをしましょう」

「ああ、セリアさんは安静にしていてください。その程度の雑務は私がしますから。ついでにおまんじゅうを買ってきますよ!」


 キュリアスから受け取った書類はすぐさまワトラビーに奪われ、そのまま部屋の外へと消えていく。試験が終わった今、私たちと彼女との間には勇者と勇者付きの関係はない。本来なら任せるべきではない仕事だ。だが今は彼女の優しさが嬉しかった。


「一応謝っておこう。わたしはドラゴンを討てと言ったがお前はミッションの達成を優先し、それをほとんど成し遂げていた。詰めが甘い部分もあったが、初めてにしては上出来だ」

「……ありがとうございます」

「本来ならお前を勇者にしたものの責務として、その意志を尊重するべきだったのだろうが…… わたしは魔物についての理解が甘かった。あれはこの世にいてはいけない存在だ。なのでわたしが殺した。お前のミッションを失敗させたのはこのわたしだ。すまない」


 思わず目を見開く。それはいつもの無表情ではなく、僅かに戸惑いと申し訳無さが含まれていた。視線を合わせず、困ったような八の字眉がどうしようもなく愛らしい。


「許せ」

「ふふ、気にしていませんよ。無事合格できたわけですし。ところでそのカードは? 勇者のギルドカードはまだ発行されていないはずですが……」

「これか? ルナから貰ったものだ。先程少し触れたが、魔物はこの世に存在してはいけない。あれは生命を魔力に変えるこの世界の敵だ。この世の理から外れている。そしてそれを産み出すダンジョンもまた許されざるものだ。それらを全て破壊すると宣言してきたのだが、このカードが反応するダンジョンはルナの私物だとかで後回しにしてほしいと言われてな。その確認用のカードだ」

「また大それた宣言をしてきましたね…… しかし私物のダンジョンですか? マスター・ルナが?」

「わたしたちと言っていたから何人か居て、幾つかあるのだろう」


 初耳だが、そもそもルナは本当の月のように雲の上の存在だ。そう易易と会うことが出来る方ではなく、プライベートは謎に包まれている。大方私物のダンジョンも傭兵ギルドの訓練施設などがあるのだろう。


「さて、それはそれとしてわたしからお前に文句がある」

「……なんでしょうか?」

「なんでしょうか、ではない。その腕だ。右腕をどこに置いてきた? いや言わずともよい。あのドラゴンの腹の中にばら撒いていたからな。だがそのまま放置するとは、勇者が聞いて呆れるぞ」


 予想通りの言葉だった。しかし言い訳にしかならないがこちらにも言い分がある。そもそも私はあの戦闘で初めて経験したことが多すぎるのだ。空中移動も聖剣の生成も何もかも初めてで、出来ることを必至にやっていたに過ぎない。

 そう説明してみたが、キュリアスは首を横に振るだけだ。


「言い分はわかった。だがその言い訳は今回までだ。上着を脱げ」

「え!? 今ここでですか?」

「そうだ。失った腕を見せろ」


 突然のことに驚いたが、それはそうか。今は服、そして包帯で失った腕は隠されている。そういえば下着がないが、キュリアス相手にいまさら気にすることでもないか。


「聖剣など作れないと文句を言っていたお前が、それを作り出し、あそこまで扱えていたのは喜ばしいことだ。あの冒険者を助けるためだったのだろう?」

「……はい」

「お前はお前の勇者を貫いた。それは素晴らしいことだ。だがな、お前はその代償に腕を失った。それはいけない。助けたあとのことをどうするつもりだったんだ? あの場には他に仲間がいた。だからあの冒険者も助けられた。だがもし他に誰もいなかったら? もしあのドラゴンがもっと強かったら? 手負いのお前は足手まといを抱えてあれの相手をできたのか?」


 それは失った腕の痛みよりも鋭く胸を貫いた。全くの正論だ。ぐうの音も出ないほどキュリアスが正しい。腕と生命の交換? なんて馬鹿を考えていたのか。

 それはあの場では、あの瞬間だけは等価に見えた。だがキュリアスの言うとおりだ。腕をなくして仲間を救っても、次の瞬間には弱った獲物が2人になっただけ。振り出しに戻るよりもなお悪い。

 なによりもそれが正しいと思っていたことが、その瞬間だけは正しかっただけにたちが悪い。そう思い込んでいなければ私は聖剣を作り出せていなかった。


「……すみませんでした」

「答えになっていないぞ? だがわたしも正しく聖剣を見せるべきだったな。本来アレは剣の生成と肉体の再生がセットなのだ。当然だな。でなければお前のように腕の肉がただただ削れていくだけだ」

「……はい」

「その点わたしの身体は非常に強い。聖剣の生成程度で肉体は失われない。そのせいで肉体の再生をお前に見せられなかった。だが……今気づいたが、そもそも失われないから肉体の再生をお前に見せるのは無理だな」

「……ええ……?」


 あまりにも素早い手のひら返しに思わずキュリアスを見やる。しかし彼女は真剣に悩んでいるようだった。


「ふーむ。傷口はきれいに塞がっているが、どうしたものかな。新しい腕を作ってやってもいいが、それではいずれまた同じことが起きる」

「……そう、ですね。小規模の回復ならそういう魔術も扱えるのでイメージしやすいんですが、きっと手の平よりも大きな聖剣を生成すれば、同じことになってしまうと思います」

「それではいかんな。せっかく使えるようになったんだ。存分に振り回せなければ意味がない」


 最初に生み出した聖剣ですら前腕の中から貫通して出現したのだ。その時点で手のひらサイズは優に超えている。それに、それを回復しようとしたところで恐らく聖剣は体内に埋まったままだ。


「そうだ。発想を変えてみろ。お前は人の腕を復元しようとしているからイメージが浮かばないのだ」

「ええ? 私は人なのですから、それは当たり前では?」

「違う。お前は勇者であり、お前の腕は勇者の腕だ。であればデザイアで腕を再構築すればいい。元に戻すのではなく、お前の望む理想の勇者の腕を作り直せ」

「そんな、魔物じゃないんですから」

「デザイアという名の願望の魔力から生まれたという意味では勇者も魔物も変わらん。いいからやれ」


 神も勇者も人類の願望から生まれたデザイアなら、たしかにわたしの身体は魔法生物なのかもしれない。魔法生物なら魔物も一緒だ。だからそのイメージを持ってして腕を作り直す。言っていることは分からないでもないが、それは果たして私の腕なのだろうか。

 いや今更か。あのダンジョンから戻った私と以前の私とで同じなのは外見だけ。精神や魂は変わっていないと信じたいが、それ以外はキュリアスに作り変えられた身体なのであれば、むしろ私の望んだ腕のほうが本当の私のはずだ。

 目を瞑り、失った腕を覆うように回復の魔力を広げていく。治すのではなく、創り出す。魔物の部位再生のように魔力の中に腕を生み出す。


 理想の腕。


 そう考えたときに真っ先に思い浮かんだのはキュリアスの手だった。彼女の肌は絹のようになめらかで、弾力があって瑞々しい。人形のように繊細だが陶器のように美しいだけでなく、ミスリルやオリハルコンのよう力強さを持ち合わせている。

 そしてあの尋常ならざる回復能力。そもそも聖剣を作り出してみせたのは彼女だ。体内で生成され、肌を突き破って出現したステンドグラスの破片。そこまでは私も同じことができた。しかし彼女の手から刃が抜けたとき、何事もなかったようにその傷は痕を残さず治っていた。一瞬の内にだ。

 今の私に考えられる最も勇者に相応しい腕。あの腕ならもう二度と無くすことはないし、誰かを取り零すこともない。現に私は死の間際から救われたのだから。

 温かい。確かな熱が失くした腕から伝わってくる。ゆっくりと目を開くと、私の肩から先が正しくあった。


「……まさか、本当にできるなんて」


 その腕は私の身体に合うように無意識に補正されていたが、たしかに私の思い描いた腕だ。しばらくじっと見つめ、指を動かし、左手でその肌触りを確かめる。いつか揉んだキュリアスの胸と同じ、張りのある柔肌だ。少し敏感な気もするが、それだけ感覚が冴え渡っているのだろう。

 試しに自分の胸に右手を当てる。肌越しに右手から心臓の鼓動が伝わるのがわかる。微弱な魔力の流れも、血管を流れる血液も、体内の構造すら薄っすらと思考をよぎる。医療の心得はそれほどないが、触診だけでこれほどの情報は手に入らないのではないか?


「……ちょっと、前よりも便利すぎるのではないでしょうか」

「そうあれと願った理想の腕だ。当然ではないか。それよりも、どうもお前は目に映るものを信じすぎる傾向があるな。できると言われてもまず否定し、それが信じざるを得なくなったときに漸く確信する。自らそのデザイアに身を委ねたのは、あのドラゴンから冒険者を救ったときだけではないか? 精進しろ。その能力はもうすでにお前のものだ。お前が信用せずに誰が勇者を信じられるのか」

「……仰るとおりです」


 キュリアスの言葉が耳に痛い。確かに私は未だにこの能力の全貌がわからない。わからないから、わかることしかしようとしない。だがそれではいつまで経っても成長しないし、何よりそれは勇者らしくない。

 私が変わらなければならないのだ。私は、私の望んだ勇者になったのだから。ならば私の望んだ勇者の振る舞いをしなければならない。いつまでも勇者付きだった頃の、平凡な自分ではいられない。


「……信じる、か」


 勇者になった。そう、本当に勇者になったのだ。キュリアスの言う勇者だけではなく、自分の求めていたギルドの勇者になった。偶然とはいえ冒険者の窮地を救い、勇者の物語に定番のドラゴンも倒した。これで自分が勇者足り得ないと言うのなら、それはただの逃避だ。


「ええ、そうですね。私は勇者、勇者セリアです」


 これからだ。私の理想の勇者はここから始まるんだ。




ここまでお読みいただきありがとうございます。

第一部 セリアが勇者へと至る物語はここで一区切りとなります。

ストックはすべて投げた形になりますが、ある程度一括投稿するのと、分割でも出来上がるごとに納品するのは、どちらが好まれるのでしょうか。わたしは前者です。ご意見お待ちしております。


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