1-17 vsスカイフィッシュ 2
◆セリア
「ターシャ!」
「ターシャ、無事か!」
「っ……なんとか、救い出すことができました。……あとはよろしく、お願いします」
助け出した冒険者はターシャというらしい。スカイフィッシュの体内から出るときに人集りが見えたので、そちらに向かって降りたのは正解だったようだ。
仲間たちらしい勇者パーティに彼女を預ける。メンバーを見て思い出したが魔導列車で出会った候補者たちか。何にしても助けられてよかった。
再びスカイフィッシュを見やる。だいぶ落ちてきているが、浮力となる体液が空中に拡散したことにより持ちこたえ始めている。思わぬ誤算だ。キュリアスになにか言われるかもしれない。
「おい嬢ちゃん、その腕は……」
「……気にしないでください」
いつかのケシニの冒険者もいた。なにやら心配そうに腕を見ているが、私はお前に介錯されたらしいので余計なお世話だ。
まあ、自分でもひどい怪我だとは思う。肘から先はズタズタに裂け、本来の腕よりも聖剣の破片のほうが多いほどだ。手首から先はいつの間にか無くなっているし、ここまで来ると逆に痛みはなく、ただただ熱いという感覚しかない。
スカイフィッシュに向き直り、確実に墜落させるべく走り出そうとしたところで、先程のターシャのパーティメンバーに声をかけられた。
「おい、待ってくれ!」
「……なんですか? 助けたお礼なら後にしてほしいんですが」
「そうじゃない。ボクたちと共同戦線を張らないか?」
「……はい?」
見当外れな提案に思わず振り返る。そいつはケシニの勇者と同じ黒髪黒目の青年だった。
「ボクはショート。レオーラの勇者だ。ターシャのことは、助けてくれてありがとう。礼は戻ったら必ずすると約束しよう」
「はあ……それはいいんですが、共同戦線? 一体何を言っているんです?」
「そりゃねえぜ! あの獲物はうちのマルカが発見した新種だ。勇者付きに報告もさせているし、捕獲ミッションも出ている。共同でっつーなら俺たちとだろ?」
「そうッスよ! 元はと言えばマルカたちのミッションッス!」
そこにケシニの勇者も出てきた。見た目や雰囲気は違うが、同じ黒髪黒目で顔立ちはどことなく似ている。ケシニもレオーラも全く別の土地だが、ひょっとして人種が同じなのだろうか。
「確かに私は緊急ミッションということで1層に戻ってきましたが、連携を組む必要ありますか? アレはすでにほとんど地に落ちています。あなた方の手助けが必要だとは思いませんが……」
「言うようになったな嬢ちゃん。確かにあんたの言うとおりだ。俺たちはすでに2回もチャンスを逃してる。そのうえで他人の手柄に相乗りなんてのは恥さらしのすることだ。フィロー、ここは引け。冒険者は残飯を漁るが、勇者はそんなことはしねえ」
「ち、わかったよ。だがもしお前が失敗したらそのときは俺たちが頂く。文句はないな?」
「もちろんです。今度は負けません」
ケシニの勇者、かつて私の腹に風穴を開けた男の視線を、まっすぐに返す。あのときのダンジョンの決着は有耶無耶になって、結果的には引き分けだった。だがもしあの場にライツェがいなければ確実にダンジョンは奪われていたし、キュリアスが居なければ私は死んでいた。
今この場においてあのスカイフィッシュを倒すことは、ただミッションを達成するためだけではない。一度負けた相手への間接的なリベンジマッチとなっている。それが達成されたとき、きっと私は私が勇者なのだと認めることができる。
「ちょっと待て! 何を勝手に良い雰囲気で決めているんだ! ボクとの、レオーラとの連携の話だっただろう!?」
「ショートさん。俺たちの能力ではあのドラゴンと相性が悪い。こっちから出せるものがねえのに共同戦線なんてできねえよ」
「それよりもターシャの介抱が先。魔力反応がだいぶ弱くなっている。一度戻るべき」
「……だからこそだろう!? 負けっぱなしでいいのか!? 巻き込まれたターシャの仇を、むざむざ他人に明け渡すのか!? 悔しくないのか? ボクは悔しい、ボクは主人公なんだ! 必ずなにか選択肢があるはずなんだ! こんなところで躓くはずがない!」
「はあ? お前バカか? 主人公は俺に決まってんだろ?」
「…………」
ショートとやらはどうしてもあのスカイフィッシュを諦めきれないらしいが、パーティメンバーはそこまででもないようだ。それになんだかよくわからない主人公発言に対して、ケシニの勇者が割って入ってくれたので距離が取れた。
今度こそスカイフィッシュとの決着をつけるために踵を返す。無駄なやり取りのせいでだいぶ身体を回復させ、絡みついていた鉄のロープからも開放されているが、それでもやつはまだ完全に再生はしていない。
「行きます……!」
やつを地に落とす。そう決めた瞬間私の身体は驚くほど軽くなり、先程よりも軽い足取りで私は空を駆けた。
◆
「ヒュオオオオアアアアアアァァァアアアア!!!!」
スカイフィッシュの形状は花が開いたかのように変貌していた。下顎と思われていた部分は極端に長い両腕であり、上顎は完全に開ききって後ろを向いている。体内にあった複数の魔力反応は完全に本体に吸収され、開いた頭と腕、そして広げられた両翼の中心部にあるコアから溢れ出ている。
「どうやら、アレが本来の姿なのでしょうね」
先程までよりも余程ドラゴンらしい。一見コアが剥き出しのようだが、纏っている魔力に触れると浮力が付与されるようなので実際にはかなり近づき難いはずだ。
しかし私には聖剣ヴォルグラスがある。もはや腕の一部と化したそのガラスの塊は魔力防壁だろうと実体であろうと、それが魔力で構成されているなら何だって斬り刻めることはすでに証明済みだ。
「ヒュバアアアアァァァア!!」
先に動いたのは当然スカイフィッシュだ。ドラゴン固有のスキルであるブレスのような、魔力を含んだ強風が周囲を飲み込む。当然回避を試みるがあまりにも広範囲のため即座に諦め、聖剣で正面を斬り裂き最低限の防御を取る。微温い。ただの風にしては妙に湿っているが、それだけだ。ダメージにはなり得ない。しかしあの巨体、あの魔力量から繰り出される攻撃がこの程度だろうか。
そこではたと気づく。ドラゴンのブレスとは実際に体内から吐き出されている息に由来するものではない。そもそも内臓器官を持たない魔物であるドラゴンのブレスとは実際には荒れ狂う魔力の奔流であり、それを口から発射しているためブレスと呼ばれているに過ぎない。
翻ってこのスカイフィッシュのブレスは一体何だ? 魔力は含まれているが、やつの魔力属性は浮遊。吐き出されたそれに勢いはなく、拡散しきった今も周囲に停滞している。
「ヒュッ……!」
コアが煌めく。それと連動するようにスカイフィッシュが息を呑むような動作を取ると、周囲の魔力が輝きを失う。突然浮力が消え、しかし残った魔力は体液となり重く伸し掛かる。
「ゴオオオオオオ!!」
「まさか……これは!」
気が付いたときには遅かった。これはブレスなどではない。先程吐き出した勢いとは比べ物にならないほどの力で飲み込まれる。嵐の中心にいるかのように視界が周り、全身が軋む。巻き込まれた大地の小石や木片が必殺の凶器となって襲いかかる。
あの魔力は、あの体液は、それら全てがスカイフィッシュの体内器官であり、それを吐き出すブレスのような動作はブラフ。本命はこの吸引であり、やつは丸呑みにすることに特化した身体構造を持ったドラゴンだったのだ。
「うっ、くっ……! ですが却って好都合です! 近づく手間が省けました!」
今更周囲の魔力を斬ったところで、この飲み込まれる勢いは止まらない。ならばその勢いに任せて聖剣を突き立てるのみ。
「うおおおおお!!」
右腕を突き出しブレないように左手でしっかりと構える。だが視界に入る聖剣はか細く、この程度では弱い。
やつを、スカイフィッシュを確実に落とせる剣を想像しろ。自分の想像できる最大出力で聖剣を創り出せ。かつてキュリアスが倒したクラウドドレイクの比ではない。もっと大きな剣を。肘どころか二の腕、肩にまでガラスが突き出し、溢れ返る極彩色のガラスはまるでシャンデリアみたいだなと、他人事のような感想が漏れる。
これでいい。この腕を捧げた聖剣なら、何者でも斬り落とせる。その見た目は剣というより巨大なガラスの鏃だが、確かな自信は確実な力に変わる。
衝撃。
飲み込まれた私は、本来なら緩衝材となるであろうスカイフィッシュの魔力と体液を聖剣で斬り刻み、その勢いを殆ど失わないままに本体に辿り着く。ここに来るのは2度目だ。あの冒険者、ターシャも同じように飲み込まれたのだろう。
だが私の突撃は止まらない。と言うか止められない。スカイフィッシュは見た目とは裏腹に、その身体はほとんど水風船のような構造になっている。外側の魔力障壁を空路にしただけでは空を泳ぐことはできず、更に身体を軽くすることで漸く空中遊泳を可能にしていたようだ。そのため魔力の層こそ厚いが、それらを無視する私の聖剣の前では全くの無力。
「まさか身体そのものがここまで脆いとは、想定外でしたね……」
「ヒュガアアアァァアアア!?」
結果として私はスカイフィッシュを貫通してしまった。流石にそこまで来ると私の運動エネルギーもだいぶ弱くなり、また自分の脚で空中を走れるようになる。今日一日でだいぶ慣れてしまった。本番に勝る練習はないとは言うが、まさかこれほどとは。
振り返るとスカイフィッシュはその体液を盛大に吹き出していた。身体の構造が脆く、殆どが体液で再生しやすいとはいえ、本体が受けるダメージはやはり堪えるようだ。
それに私の全力の聖剣もよい働きをしたらしい。本体に刺さった瞬間砕けて散っていった退魔のガラス片は、その細かさと勢いを持ってスカイフィッシュの体内を蹂躙。本体の魔力構成をかき乱し再生を許さない。
その代償として、私の右腕は肩から先がないのだが。
「まあ、これは勝ちということで、いいのではないでしょうか……」
スカイフィッシュが地に落ちる。胸部に開いた穴は想像よりも大きく、如何にドラゴンと言えど生命の維持は難しいだろう。ああ、あのダンジョンでの私はこういう風に見えていたのかもしれない。
「だとしても、介錯はゴメンですね……」
そもそもこれは捕獲ミッション。殺すつもりはない。だいぶ疲れた。試験自体はまだ1日近くあるが、早く休みたい。そういえば、落としはしたがどうやって捕獲をしようか。
「……あ、ぇ……?」
終わったと思った途端に身体から力が抜け、失った右腕が痛みを主張し始める。空中を踏みしめていた脚は止まり、視界の高度が下がっていく。
「セリアさん!」
空中なのに、誰かの声がする。空から落ちるのと同調するかのように、意識が落ちる。冷たい、寒い。空なんて二度とごめんだ。私は陸地に縛られていたい。
ふわりと、花の匂いがした。
◆キュリアス
ドラゴンが地に落ちる。愚かな勇者もまた地に落ちる。ワトラビーが慌てて助けに行ったが、あの程度の高さから落ちて死ぬような勇者ではない。無駄な杞憂だが、それが人の情というやつなのだろう。
「わたしは討てと言ったんだが、勇者のくせにミッションなどに固執するからそうなるのだ」
そもそも初撃で決められなかったのが全ての原因でもある。まだまだ甘い。だが初陣にしては上出来だろう。囚われていた冒険者を助け出したのも良い。彼女の望んだ勇者像であるのだろう。わたしなら関係なく斬り裂いていた。
「それに観客が居なくては英雄譚にはならない、か。見捨てるのも勇者らしくないな。ふむ。不始末の尻拭いくらいしてやるか」
落ちてなお周囲の魔力を吸収する再生機能。溢れ出た体液もまた自ずとその身に戻っていく。放置していればアレは何事もなかったように動き出すだろう。まるで粘菌のように。あれが魔物か。あれが異世界の驚異か。とんだペテンだ。見た目と能力がまるで合っていない。
だが所詮は魔力の詰まった風船。相手が敵なら何者だろうと封じられる。
「それが勇者だからな」
魔力を込めて大地を踏む。周囲の空間を制圧し、この異世界をわたしの世界に置き換える。名も知らぬ異世界の草はわたしの一部となり、大地を潜ってスカイフィッシュへ襲いかかる。
「ヒュグアアァァァ……!?」
スカイフィッシュの周囲から突如として湧き出た大量の蔓草は、棘の代わりにガラス片を生やしていた。ガラスの棘鞭となった蔓は翼も胴体も、その体液にすら突き刺さり、締めるように拘束する。フィローが失敗した銛とは違って確実に大地に根を張り、しかもその拘束から逃れようと身を攀じればその分締まって身体を傷つける。
セリアが貫通させた胴体の穴にも入り込んでいるため、無理に逃げれば死ぬだけだ。
「むしろこの状態で生きている方がおかしいのだがな。魔物とはなんなんだ?」
地続きの異世界であるダンジョンで発生した未知の魔法生命体。かつてアダティヤは食って増えるだけの存在だと言っていた。それは既存の生物も同じだ。だが魔物にはそれだけではない、別の目的があるように思えてならない。
拘束したスカイフィッシュの目には憎悪だけが輝いている。
「そう睨むな。弱肉強食、食物連鎖こそこの世界の本質だ。お前は強者に負けただけ。潔くその身を捧げ、巡りに旅立つのだな」
……巡りに旅立つ? ふと違和感を覚える。魔物の体内構造はすべて魔力だ。その身があったとしても、死ねば魔石になるとセリアは言っていた。そして魔石もまた魔力の塊でしかない。
魔石と魔力でできた魔物が、生物を食らって魔力に変え、その身が果てても魔力のまま? それは通らない。あってはいけない。食物連鎖の頂点捕食者であろうと死ねばその身は弱者に食われ、土に還る。それが巡りだ。世界の本質だ。魔力はどこまでいっても力にすぎない。生命がなければ意味がない。
ならば、魔物は食物連鎖の逸脱者だ。魔物はその全てが頂点捕食者になる。どんなに弱くてもたとえ植物であったとしても、存在そのものが食物連鎖のサイクルを破壊する。すべての生命を魔力に変える侵略者だ。
そもそもこの世界ではない場所で生まれたのだから生態が違うと言われればそれまでなのだが、だとしてもこいつらはこの世界に存在してはいけない。
「ああ、ダメだ。これは許されない。セリアには悪いが、こいつだけはダメだ。こいつらだけは絶対にダメだ」
わたしが再びこの世界に目覚めた意味がわかった。世界は平和ではない。こんなものの存在を許してはいけない。
「ヒュッ!? ヒュガッ、アアア、ァァアァアアアアァァァァ……!!」
全ての魔物を滅ぼす。全てのダンジョンを滅ぼす。それがわたしの存在意義だ。
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