1-16 vsスカイフィッシュ
◆ケシニの勇者フィロー
「俺の名はフィロー。ケシニの勇者にしてこの世界の主人公だ」
「ふざけるな! お前は自分が何をしたのかわかっているのか!?」
グッとポーズを決めるフィローに対して、激高するレオーラの勇者ショート。ショートが未だ嘗てないほどに怒り散らかしているのは、今まさに飲み込まれた仲間のターシャを助けるために放った矢をフィローが撃墜したからだ。
「あいつは俺たちの獲物だ。飲み込まれたお前の仲間も助けてやるよ。もちろんNTRなんてしねえから安心しな。まあ、ヒロインから誘われたら一晩くらい相手をしてやるが……」
「何を言っている!? 主人公はボクの方だ! そもそもお前が邪魔をしなければあいつを撃ち落として……」
「だーかーらー。捕獲することになってんだよ!」
言い合う2人に対してパトルタは肩をすくめる。
「だから言ったろ? 普通はキレるって」
「それよりも勇者付きさん、通達出してなかったッスか? そもそもなんでこいつらが戦闘中だったのかが分かんねえッス」
「出してるはずです。何人からは反応もありましたし、そう言えばそちらの勇者付きはどこに?」
「私たちの勇者付きは、達成したミッションの納品のためここにはいない」
ローブとヴェールで全身を覆ったナディがその問いに答える。彼女も杖を握ったままで臨戦態勢は解除していない。この場で呑気なのはフィローとマルカだけだ。
「あー、なるほどな。それなら仕方ねえ。ダンジョンじゃよくあることだ。フィロー、今この状況はイーブンだ。伝わってねえならお手つきでもねえ」
「そういうことでしたか……トラブル防止のためにもう一度ギルドに報告し、優先順位を上げましょう。そういうわけなので、事情はわかっていますが、あのドラゴンは捕獲でお願いします」
ケシニの勇者付きは魔導具を取り出し本部へ連絡を始める。
「くっ、ミッションのことはまあいい。だがターシャはどうなる!」
「要は死んでなきゃいいだけだ。ドラゴンも、お前らのお仲間もな。で、どうする? 普通はこういう時早いもの勝ちなんだが……」
「早いもの勝ち? なら俺たちのほうが先だな。というわけで下がってな間抜け共。俺がしっかりバッチリ決めてやるぜ! 魔弾生成!」
1度目の失敗はガス弾だったことだ。フィローはスカイフィッシュが彼らによって落とされるのを目撃していた。つまり落とすだけなら実弾でいい。だが落としただけでは飛んで逃げられる。
今回彼が生み出したのは一言で言えば巨大な銛だ。自動追尾し突き刺されば内側に返しが展開される。もちろんそれを手繰り寄せるためのワイヤーとアンカーもセットだ。これを2発生成し、自慢のボウガンに装填する。
「おいおい、なんなんだその無茶苦茶な槍は……」
「邪魔しねえで見てろよ。フィロー、やっちまえ!」
「目標スカイフィッシュ主翼! フォイエ!」
フィローの放った2発の銛はそれぞれ両翼を捉え、しかし突き刺さるどころか貫通してしまう。
「ヒュオ!?」
「なに!?」
「へ、俺が斬ったときと同じだ。やつの翼は中身がねえ。スカスカの風船なんだ。これじゃ捕まえるのは無理だな」
「……それはどうかな?」
スカイフィッシュの両翼に大穴を開けた2発の銛は貫通した。だがその魔弾に込められた命令はまだ実行されていない。自動追尾する銛は突き抜けた先で直ぐ様反転し、もう一方の翼へと再加速する。
「ヒュアオウ!?」
もちろんその追撃も貫通してしまうが、その中身のない翼が仇となり銛の勢いは止まらない。スカイフィッシュを中心に円を描くようにぐるぐると翼を刺し続け、回収用のワイヤーがどんどんと身体に絡まっていく。そしてついに銛はその翼の根本、殆ど本体と言っていい場所に突き刺さり、空色の体液をぶち撒ける。
「ヒュガアアアァァアアアア!?」
「スカイフィッシュの一本釣りだぜ! パトルタのおっさん、ワイヤーを引っ張ってくれ!」
「おうよ! お前らも仲間を助けたいなら引っ張るのを手伝え!」
「……くっ! ショートさん、ターシャのためだ。やろう!」
「ボクが負けたわけじゃないからな!」
翼をほとんど失い、本体を絡め取られたスカイフィッシュは落下こそしなかったが、徐々に陸地へと引き寄せられていく。
「ヒュオオォォ」
煩わしい。自身を縛る金属の紐とその先にいる小さな生物が苛立たしい。自身を縛る見えない力から開放され、自由に空を泳げるようになったのに、まだ縛るものがあることが忌々しい。
ああ、またあの大地が近づいてくる。固くて痛い、自分を痛めつけるものしかない世界が近づいてくる。泳げるようになったはずなのに、まだあの大地はこの身を縛ろうとする。
「ヒュグゥゥゥウウ」
飲み込んでしまおうかと口を開くが、身体中にワイヤーが巻き付いているため途中までしか開けない。これでは十全に能力が発揮できない。
だが、そこでスカイフィッシュは気づいた。このワイヤーは自分に刺さっているのだから、自分のものではないのか、と。
「!? 魔力反応が拡大してる!」
「なんだって?」
「あのドラゴンだけじゃない。本体から伸びて、そのワイヤーを伝ってきてる!」
スカイフィッシュの身体から溢れる空色の体液が魔力を解き放つ。吹き出して空中に撒き散らされたものも、巻き付いたワイヤーを伝うものも、その全てが空色に染まる。
「な!? どうなってんだ!?」
「パトルタさんが飛んでるッス!」
急にワイヤーが軽くなった。そう感じたときには遅かった。最初にワイヤーを掴み、最初にスカイフィッシュの体液を浴びたパトルタにまでその魔力は及び、ゆっくりと大地から足が離れる。
「おい、なんだってんだ!?」
「そうか! やつの浮遊能力の正体は体液そのものにあったんだ! ガリアス、すぐに手を離せ! 巻き込まれるぞ!」
「ああクソ! もう少しだったってのに!」
「パトルタさんも手を離すッス!」
「ぬおっ!?」
数メートルではあるが空中を漂う羽目になっていたパトルタは、手を離した瞬間に重力を取り戻し落下する。流石に冒険者歴が長いこともあって着地には成功したが、それでも多少の負傷は免れない。
「うぐおぉぉぉ…… こ、腰が……!」
「んもー、おじいちゃんはしょうがないッスねえ」
マルカが回復魔術を掛けるが、別に折れているわけではないので痛み止め程度にしかならない。
「あー、良い線いってると思ったんだがなあ」
「フィローとか言ったか? これからどうするつもりだ? やつは健在でボクの仲間も囚われたまま。助けるだとか大口を利いておいて、この有様は何だ!?」
「なにキレてんだよ。どのみち翼を壊して落とせなかったんだからお前がやっても同じだろ?」
「そうッスねえ。まだ生きてるのはわかるッスけど、早くしないと吸収されちゃうッスからねえ」
「お前! 適当なことを言うな! ターシャは無事だ! そうに決まっている!」
ショートはマルカを睨み、だが彼女は何でもないことのように答える。
「いやいや、そう言ったじゃないッスか。まだ無事ッスよ。でもその反応は弱まってるッス」
「……なぜそう言い切れる?」
「え? 敵味方の魔力反応くらい判断できるッスよ? あんな薄っぺらい風船の中に居るんスから、はっきり見えるッス。フィローさんも、そこのエルフの人もわかるッスよね?」
「当たり前だろ。じゃなきゃどうやって助けるつもりだったんだ?」
「……なぜ私がエルフだと……?」
フィローは当然だと頷き、ナディは隠していた種族を暴露され困惑する。
「まあまあ。それはいいじゃないッスか。それよりフィローさん、どうするッス? 手伝うッスか?」
「手伝う? 奴隷紛いのヒーラーになにができるってんだ?」
「……いや、まだやれる。主人公は俺だ。……だが、どうしてもダメそうならやってくれ」
「りょーかいッス」
だが正直なところフィローに代案はなかった。今回の失敗は銛が独立していたこと。完全に大地に固定できていれば、もしくはもっと素早く自動で巻き上げることができれば、やつを引きずり下ろすことには成功していたはず。だがフィローのデザイアができるのは弾の生成だけ。発射機は作れない。
「おい、お前らにはなんか案はないのか?」
「……お前が主人公なんだろう? 自分でなんとかしろ」
「あ? あいつに飲み込まれたのはお前の仲間だろ? その言い草は何だよ」
「ちっ! ボクだって……! なんとかなるならしているさ! だがどうしろって言うんだ!? 遠距離攻撃では落とせないし、ワイヤーで捕らえてもそれごと飛んでいく! あんなモンスター見たことがない! 似たようなやつは思いついても、ボクには助けられるイメージがないんだ!」
「何言ってんだ……? お前、勇者だろ?」
「うるさい! 勇者にだってできないことぐらいある!」
ショートのデザイア『英雄再臨』。それは彼の知る英雄になる謂わばコピー能力だ。彼はこの世界でなりたい誰かになりたいと願い、そしてそれはそのまま叶った。彼は彼の知るアニメやゲームの1シーンを切り取り、その瞬間の英雄になれる。だから彼は先の戦闘で必殺の弓を扱うことができたのだが、この能力には弱点があった。
それは、それしかできないということだ。もちろん彼自身の能力への理解度不足とイメージ不足、身体能力が足りていないなど様々な要因があるが、あまりにもそのシーンのイメージが先行してしまうため、それ以外への応用が効かない。
なので彼は必殺の弓なら何回でも放てるが、その弓で牽制はできない。全てが必殺技でしか放てない。そのせいでスカイフィッシュを別の能力で落とすことは出来るかもしれないが、ターシャを助けられる自身がなかった。
自分の能力のせいで、仲間を傷つけ、失うかもしれない。そのイメージが浮かんでしまったために、彼は能力の使用を躊躇ってしまっていた。
そんな中、ふとナディが新しい魔力を感知する。
「……魔力反応? 誰かがあのドラゴンに向かって行ってる?」
「なに? 一体何が?」
「おいおい、すげえな」
「きれいッス」
ナディの声に全員が空を見上げる。空色の魔力を纏い天に向かって泳ぐスカイフィッシュ。その横を、まるで見えない階段があるかのように走る冒険者が1人。
彼女が両手で構えているのはステンドグラスのような大剣。ダンジョンに降り注ぐ偽の日光を乱反射させ、まるで自らが光っているかのように輝いて見えた。
◆セリア
私たちが1層に出た時、そのドラゴンはすでに拘束されていた。
「キュリアスさん、どうやらミッションは他のパーティによって達成されそうですよ」
「ふむ、あのときのドラゴンが新種だったのか。ミッションとやらは誰が成し遂げようと構わないが、やつの魔力の流れ、妙だな」
「確かに通常のドラゴンとは違って荒れ巡っているというか、そもそも複数種類の魔力があるのはおかしいですね」
「お二人ともすごいですね。私にはあんな遠くにいる魔力なんてわかりませんよ」
どうやったのかはわからないがスカイフィッシュは身体中に金属のロープが巻き付いており、徐々に地面に向かって手繰り寄せられている。
暫くその様子を眺めていたが、それは結果として失敗に終わった。スカイフィッシュの魔力が開放され、巻き付いていたロープごと浮き始めたのだ。
「あらー残念ですね。しかしこれは私たちにとってはチャンスですよ。セリアさん、キュリアスさん頑張ってください!」
「そうかも知れませんが、相手は飛んでいるんですよ? ロープでの拘束が無理となると、私の手持ちの道具ではどうしようもありません」
仮にその方法が成功したとしても、巨体過ぎて道具が足りないのだが。
「わたしにはあいつの能力の検討がついた。拘束方法もな」
「本当ですか? では早速その方法を……」
「よし、決めたぞ。お前の本当の始まりはここからだ」
腕を組んで頷くキュリアス。何を言うつもりなのかだいたいわかってきたが、それは嫌な予感しかしない。
「お前の英雄譚の始まりに相応しいドラゴンはあいつだ。他の勇者が達成できなかった目標を討ってこそ勇者に相応しい。前に倒したのはただ大きいだけのトカゲだったが、あれなら万人が勇者の偉業と認めるだろう」
「……そう言うと思っていましたが、流石に私は飛べませんよ? ワトラビーさんほど魔術の素養はありませんし、キュリアスさんのように翼もありません」
しかしキュリアスは小さく首を横に振るだけだった。
「お前は勇者をわかっていない。できると信じて、信じられて敵の前に立つのだ。できないことなどない。できないのはお前が信じられないからだ」
「そうですよ! 私をエルフ戻してくれたキュリアスさんが言っているんです。私も信じています。私にも空を飛ぶくらいできたんです。だから絶対にできますよ!」
「期待はありがたいですが、やはり飛ぶ姿が思いつきません」
そもそも人間が飛ぶなんてありえないのだ。確かに過去様々なデザイアで飛行能力を得た人物はいるが、そのどれもが固有の能力であり汎用的ではない。というかエルフに戻してくれたってなんだ。そんなに人間のこと嫌いだったの?
「仕方ない。ヒントをくれてやろう。まず脚を前に出せ。歩くようにな?」
「……はぁ」
言われたとおりに歩き始める真似をする。当然その脚は空を切り、そのまま下ろせば地を踏むだけだ。
「その脚が地に付く前に次の脚を出せ。簡単だろう? 脚が落ちる前に次の脚を出す。それを繰り返す。それだけだ」
「…………はあ?」
「なるほど! キュリアスさん賢いですね!」
ワトラビーは称賛しているが、それができたら誰でも空を飛べる。何もないから何も踏むことができずに脚が落ちる。ただそれだけだ。同じ理屈で水面を走る魔物は知っているし、水面でならできる人間もいるが、それでも足を乗せる水はあり、空など飛べたりはしない。
そこでふと気づいた。足場さえあればできるのだ。そしてそれはあのスカイフィッシュも同じなのだと。やつの周囲に漂う魔力防壁は空間を割くためのものではない。あれは防壁などではなく、自分が泳ぐための空路を作り出しているのだ。
「そういう、ことでしたか……」
「お前に自信を持たせるためにもう一言くれてやろう。それはかつて私の前に立ちはだかった男の手品の1つだ。お前も同じ立場になるというなら、それくらいやってみせろ」
「ええ。ええ……! わかりました。あのドラゴンは、私が墜とします」
◆
怖い。寒い。怖い。下を見ることができない。
ただひたすらに脚を動かし、ただひたすらにスカイフィッシュを睨む。
「空がこんなにも寒いだなんて知りませんでした! 恨みますよスカイフィッシュ!」
絶対に下は向けない。あると信じて空を走っているのだ。もし見てしまったら、なにもないのだと気づいてしまったら、私はきっと真っ逆さまに地に落ちる。
走っている感覚的にはなにか魔力で作り出したものを足がかりにしているのだが、それでもそれを見ることはできなかった。
空を駆けること数分。実際にはもっと長く感じたが、それでもついにスカイフィッシュを追い抜き、その眼前へ躍り出る。
「ヒュアア?」
スカイフィッシュは困惑しているようだった。私も困惑している。まさか本当に飛べると思っていなかったからだ。だがついにここまで来てしまった。全くのノープランだったが、いつの間にか私の手には聖剣ヴォルグラスがあった。
呼吸を整え、その大剣を上段に構える。勝負は一撃。もうこれ以上空に居たくない。
「ヒュアアアア!!」
「人が、空を、走れるわけ、ないでしょうが!!」
口を開き突進にかかるスカイフィッシュに対し、私は怒りのあまり理不尽な叫びを上げながらそれを振り降ろした。聖剣はスカイフィッシュの魔力防壁兼空路を切り裂き、ずらりと並んだ牙に当たったところで砕け散る。
だがそれでよかった。そもそも聖剣ヴォルグラスの本質は魔力を通さないこと。うまく使えば本体も切り裂けたのだろうが、今回のミッションは討伐ではない。
剣を叩きつけた反動を利用して噛みつきを回避し、しかし私は地に落ちる。空を走るだけでも奇跡だったのだ。そこからもう一度空に立つなど、今の私にはできない。
だが落ちるのは私だけではない。
「あなたの真上で砕けたガラスの刃。その破片は、一体何を斬りながら地面に辿り着くんでしょうかね?」
「ヒュウ? ……ヒュアアアアアァァアアア!?」
ヴォルグラスの破片は、破片であろうと魔力を斬り裂く退魔の刃。それはスカイフィッシュの魔力防壁を細かく刻み、その風船のような身体を裂き、浮力となっている体液を撹乱する。
ゆっくりと、だが確実に。浮力と空路を失ったスカイフィッシュが地に落ちる。それは私よりも緩やかだが、ヴォルグラスで付けた傷は簡単には癒せない。全身から空色の体液を放出しているスカイフィッシュが再び空を泳ぐのには時間がかかるだろう。
「……ん?」
後は緩やかに落ちるのみ。そう考えていたが、スカイフィッシュの魔力が放出されたせいで気づいてしまった。初めてこいつを見たときに、ワトラビーは複数種類の魔力があると言っていた。今確かに私にもそれがわかった。
中に人がいる。それもかなり弱っているようだ。あのまま墜落すれば、恐らく彼女は助からない。
「嘘でしょう!? なんでそういう重要なことを言わないんですか!」
落ちる身体に無理やり魔力を流し込み、不格好だが泳ぐように宙を藻掻く。なんとか体勢を整え、再びスカイフィッシュへと走り出す。
しかし武器はもうない。聖剣ヴォルグラスは先程叩きつけて今は完全に手ぶらだ。どうやってあそこまで辿り着く? 発見した彼女が居るのは魔物の体内だ。いくら脆い身体とはいえ、その距離は遠い。
「……いえ、私は勇者です。勇者なら、その身1つでどんな窮地へも飛び込み、誰であろうと救い出す。そうでしょう?」
それが私の目指していた勇者だ。武器がないから諦める? 薬がないから助からない? そんな言い訳で今際の際の、かつての私は納得できるのか? いいえ、納得するはずがない。
「お互いまだ生きているなら、出来ることがあるに決まっているでしょうが!」
思い出せ。かつてキュリアスが作り出していたガラスの剣を。皮膚を突き破り手の平から作り出した聖剣を。
かつての勇者にできて、今の私にできないはずがない。
「!? うぐっ! が、あああ!?」
その激痛は右手から発生した。思わず足を止めたくなるほどの、燃えるような痛み。見れば私の右手の甲を貫いて、血に塗れた極彩色のガラスが出現している。その痛みからこの聖剣は前腕の中心から発生しているのだとわかった。
「は、はは、本当にできた……本当に痛い……!」
いつの間にか眼前にはスカイフィッシュの腹部があり、思いっきり右腕を振り下ろす。その一撃はバターのようにその身を切り裂き、その衝撃で嘘のようにあっさりと剣が砕け散る。
キュリアスの言う真の勇者とやらは気狂いだ。こんなにも痛く、こんなにも脆いもので戦っていた? 折れる度に作り直していた? あり得ない。だが、それでもそれは真実なのだろう。
「奇跡を起こすには、それ相応の痛みが伴わないと割に合わない。誰かを助けるには、誰かが失わなければならない。これはそういう力、そういうことなんですね……! うぐ、うううぅぅううう!」
右腕から流れ続ける血を無視し、再度聖剣を作り出す。何が聖剣だ。こんなにも血で汚れた剣があるものか。だが、だからこそ聖剣なのだろう。誰かの血を奪うなら、まず自分の血を捧げる。誰かの身を救うなら、まず自分の身を捧げる。運命を捻じ曲げ、生命の天秤を揺らすのなら、その反対側には常に自分を捧げる。
腕を振るう度に激痛が走り、涙で視界がぼやけていく。きっと今の自分はひどい顔をしているだろう。だがそれでもやらなければならない。それが勇者なのだから。そうなるのだと自分が決めたのだから。
「うぐぁ、はあ、はぁ…… 助けに、来ましたよ……!」
スカイフィッシュに飲まれていた冒険者は気を失っていた。魔力の消耗がひどく、きっと消化されかけていたのだろう。魔物は生物を食らうが消化器官はない。そのため体内に閉じ込め徐々に魔力を吸収していく。大型の魔物ゆえ丸呑みにされたのが幸いした。呼吸は浅いが、それでも生きている。
生きている。誰の助けも期待できないこんな場所で、辛うじてだがまだ確かに生きている。それがたまらなく嬉しかった。
「私は、絶対に諦めませんからね……!」
もう二度と自分のような目には合わせない。
これが、私の勇者の第一歩だ。
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