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勇者✕勇者✕勇者  作者: まな
第一章
14/57

1-14 vsナルシック

◆キュリアス




「おい。そこのお前!」

「ん? わたしか?」

「お前が相手だ! 謝罪と賠償を賭け、我々と戦え!」


 ナルシックは自身のギルドカードを掲げ、キュリアスに向かって剣を突きつける。


「んな、今の話の流れでなぜキュリアスさんが相手なんですか!?」

「そもそもドラゴンを狩るのはキュリアスさんのパーティも同じミッション。目標が被った場合は早いもの勝ちになるのは、冒険者の常識。勇者でも同じです。それ以前に今は試験中、他のパーティへの妨害に繋がる行為は禁止。決闘なんて以ての外ですよ!」

「黙っていろギルドの犬ども! 所詮お前らは勇者の配下。どんなに言い訳を並べようとそれは変わらない事実だ。であればお前らの仕出かした不始末の責任は勇者であるその女にある!」


 セリアとワトラビーは抗議の声を上げるが、事情を知らないナルシックからすれば見当違いというわけでもない。ナルシックから見ればワトラビーは当然として、セリアもまだ勇者付きなのだ。であればその場に残っているのはキュリアスのみとなる。

 平常の思考回路であればなぜ勇者付きが1人の勇者候補に対して2人も居るのかと疑問に思うところであるが、ナルシックが初めて勇者として現場に出たときにはセリアとライツェの2人がいたこともあり、そんな事は思いつきもしなかった。

 また打算的な部分もナルシックにはあった。先程まで宙を舞いドラゴンもろとも自分たちを攻撃してきた化け物(ワトラビー)など相手にしたくはなく、残ったセリアとキュリアスのうちより弱そうに見えた方を相手に指名したわけだ。


「キュリアスさん。あんな訳のわからない言い分を真に受けて相手にする必要はありません。ましてや決闘なんて。勇者の決闘とは戦争と同義です。こちらはまだ試験中だというのに、国の名まで持ち出すなんて…… 立会人もなしにこんなものは受けないでください」

「と言うより、まだ勇者ではないキュリアスさんは法的に決闘を受ける必要はありません」


 キュリアスは知らないが、勇者の決闘にはギルド及び第三国の見届人が必要だ。それにナルシックがオルラーデの名を出したことで余計に釣り合いが取れない状態になっている。ナルシックが行ったのは、キュリアスがギルドへ抗議すればオルラーデが罰則を受ける程の、脅迫とも取れる行為なのだ。


「ふん、逃げるのかセリア? どうせお前はあの場に現れた冒険者に恐れをなして、ダンジョンからもそうして逃げ果せたのだろう。散々俺の邪魔をし、分が悪くなるとそうやって逃げ出す。なにが勇者になるだ。くだらない! 役に立って死ぬこともできなかったお前には何もできない! 勇者とは俺のような選ばれた人間がやればいいんだ! ギルドの駄犬は引っ込んでいろ!」

「……相手にする必要はありません。行きましょう」


 セリアはナルシックから顔を背け歯を食いしばってそれだけ呟く。キュリアスは彼がダンジョンと何度も言っていることから、自分がセリアと出会う前、セリアが死にかける前にナルシックと何かしらの因縁があったのだろうと思い至る。だが、それ以上に気に入らない部分がキュリアスにはあった。


「お前のような愚物が、勇者を語るのか」

「愚物だと……? 俺のことを言ったのか女! 名も名乗らずギルドの犬の裏に隠れたお前のような小物が! どこの田舎貴族の娘か知らないが、勇者である俺に対してその発言、許されるものではない!」

「勇者である、か。よかろう。お前に勇者の何たるかを教えてやる。その決闘とやら、受けてやろう」

「……キュリアスさん?」


 セリアはキュリアスの静かな怒りを感じていた。非常に静かな、それこそ凍りついたような怒りの感情であり、ここまで感情をむき出しにしているのを今までに見たことがなかった。


「はっ! 俺は現役の勇者だぞ! その舐めた口の利き方を直してやる! 条件は先程言った通りだ! 謝罪と賠償、お前らの持つドラゴンの魔石を全て明け渡しすぐに勇者を辞退しろ!」

「なんとでも好きなだけ賭けるがいい。それで? お前は何を出すんだ?」

「我々がお前たちに出すものなどなにもない。俺は勇者で、お前らは勇者ではない。だがそうだな。お前らの狼藉を許してやろう。俺から出すものなどそれで十分だ」

「ちょ、ちょっと待ってください! いくら非公式の決闘だろうとそんな非常識な条件聞いたことがありません! ギルドから厳重に注意しますので、キュリアスさんも落ち着いてください!」


 ワトラビーはキュリアスを抑えようと肩を掴むが、何故かその手は空を切ってするりと抜けられてしまう。


「お前が気にかけることはない。それより離れていろ」

「候補だろうと勇者は勇者! 非公式であろうと決闘は決闘だ。キュリアスと言うらしいが、決闘を受けるなら自ら名乗り、武器を掲げ誓いを立てよ!」

「ああもう、知りませんからね!?」


 ワトラビーは緊急時のために用意された魔導具でダンジョン内の各勇者付きたちに情報の共有をするが、その間にも決闘の準備は着々と進んでいく。


「俺の名はナルシック・オルラーデ! お前に敗北を刻み、お前らの不当な利益をあるべきところへ戻すとここに誓う!」

「わたしの名はキュリアス。キュリアス・エ=クレイル。お前に勇者の何たるかを、その魂に刻んでやろう」


 ナルシックは剣を掲げ、キュリアスは何も持たない右腕をただ胸に当て、なんの意味もない誓いを立てる。

 非公式な決闘、正式な立会人はなく、周囲に立ったそれぞれのパーティメンバーだけがその結末を見守る。どこにも記録は残らない、言ってしまえば少々行き過ぎた喧嘩でしかない。

 その決闘は後に語られることはない。


「素手とは舐められたものだ! 行くぞ!」


 なんの捻りもないナルシックの突進。いっそなにかの罠かと思えるほど無防備なそれを、キュリアスは正面から蹴り飛ばした。これもまたなんの技でもないただの前蹴り。ただしその蹴りは音速を超え、周囲の空気が消失するほどの速度と威力だった。

 蹴りが見えていたのはセリアだけであり、蹴られたとわかったのはワトラビーだけだった。ナルシックは吹き飛び、後ろに控えていたパーティメンバーと激突したことでようやく周囲の人間も何が起きたのかを理解し始めた。


「な、何も見えませんでした……ただ衝撃が起きて、彼が吹き飛んでいたようにしか……本当にあれがただのキック?」

「信じられないと思うけど……私も信じていないわ」

「立て勇者。聞こえているのだろう? 殺さないように加減したのだ。早く立て。早く立ち向かってこい」


 その場を動かず、それどころか蹴った脚すら戻さずに淡々と告げるキュリアス。その声には魔力が含まれ、大声ではないのに頭の中に響く、非常に不快感のある音だった。


「……ゴホッ! ゴホッゴホッ……! 痛え! ああ、クソ、クソ痛ェ! な、なにが!? なにが起きた!?」

「何が起きたかは関係がない。お前が吹き飛び、わたしはまだ立っている。それだけだ。かかってこい」

「ああ!? てめえのデザイアか!? 卑怯な真似を、ふざけやがって! おい、お前ら!」


 立ち上がったナルシックが左腕を上げ、その手首で合図をすると周囲のパーティメンバーが武器を取り出し、キュリアスを取り囲み始める。


「な、なにを!? 卑怯ですよ勇者ナルシック! 非公式とは言え勇者同士の決闘を、一体何だと思っているんですか!?」

「黙っていろギルドの犬が! 相手がデザイアを使うなら俺もデザイアを使う、ただそれだけだ! それに俺は最初から我々と言っていた。何も卑怯なことはしていない!」


 ワトラビーは叫ぶが、ナルシックの暴走は止まらない。そしてキュリアスもまた、その程度では動じない。

 ナルシックの、ナルシックすら知らなかったデザイア。

 その能力は『適正価格』。珍しい精神干渉系デザイアであり、その能力は限定的な洗脳だ。

 彼は生まれながらにして領主の息子。人とは金で使うものだと親を見て学び、それを実践して生きてきた。そのため彼の周りに金で動かない人間は居なかった。だからこそ気が付かなかったのだが、金にはそんな人を動かす力があるのだと信じ続けたことによって、その仕組みは成り立っていた。それこそがいつの間にか発現していた彼自身も知らないデザイアだった。

 普通ならいくら領主の息子だろうと、そうそう理不尽な命令を受け入れたりはしない。この世界にはデザイアがあるのだ。ただの農民でも身体強化能力くらいなら持っているし、相手が勇者だろうと許せない一線はある。それを超えれば相手が誰であれ力を使う覚悟をみんな持っている。そのための願いの力なのだ。

 だがナルシックのデザイアは、それをそうとは悟らせずに金の力で解決する、実に田舎領主の息子らしい能力だった。

 条件は様々あるが、基本的には書面で契約し金を払うだけ。言ってしまえばただの書面契約を魔術契約に変えるだけの能力で、少々強力な契約魔術と大差ない。しかしこのデザイアの特異な点はその契約にある程度幅をもたせれば、どんな命令であろうと遂行させられる部分にある。もちろんお互いに納得のできる金額や報酬を用意する必要はあるが、それさえクリアしてしまえばそれでいい。

 だからこそ、こうして自分よりも弱い勇者に付き従う冒険者を集めることができ、決闘の介入などという破廉恥な行いをさせることができた。


「やれ! その卑怯な娘に現実を教えてやるんだ!」


 ナルシックのパーティメンバーがこの命令に従えたのには加えて2つ理由があった。1つは彼らもまたキュリアスを少々デザイアの使えるただの少女だと軽んじていたからだ。

 2つ目は雇い主のナルシックも雑魚だと理解しており、彼が生きているのだからそれほど強力なデザイアでもないのだろうと考えていたことだ。


「へへ、悪いな嬢ちゃん。生きてたら可愛がってやるよ」


 後ろから近づいた男は剣を振り上げ、その瞬間意識を失った。全身の力が抜け、膝から崩れ落ちる。だが周囲の冒険者達はヘラヘラ笑ったままで、その異常を気に留めない。


「は?」

「おいおい、何やってんだよ?」

「なにもないところでコケてんじゃねーよ」

「悪いが、お前らは勇者ではないゆえ相手にしない。死なないように願うんだな」


 一瞥。キュリアスの視線が通っただけで、冒険者たちは次々に全身の力が抜け、意識がなくなる。こればかりはセリアにもワトラビーにもわからなかった。


「な、何が起きている? お前ら何をしているんだ!」

「何をしているとは、こちらのセリフだ。勇者なのだろう? 立て。剣を持て。お前の相手はわたしであり、わたしの相手はお前だけだ」

「ふ、ふざけ、舐めやがってえ!! お前らも寝ていないでさっさとそいつを倒せ!」


 ナルシックの命令に、もはや誰も答えない。キュリアスは自身の周囲に神経毒を撒き散らし、ダメ押しに対人試験の時にも使用した毒針を打ち込んでいる。魔力による身体制御の熟練者や回復魔術に秀でたものでなければどうしようもない、それこそ勇者ですら不意打ちでは対処できなかった猛毒だ。彼らが決闘中に起き上がることはない。


「どうした? 威勢がいいのは声だけか? 勇者なのだろう? わたしを打ち負かすのだろう?」

「……殺す!」


 何度もキュリアスの挑発され、ようやくナルシックは動き出した。彼にも多少のプライドはあったのだ。ただ、蹴られた痛みが彼の膝から立つ力を奪ってはいたが。

 しかしてナルシックの攻撃はまたしても愚直な突撃。それも先程より勢いがない。当然そんなものをキュリアスが受けるはずもなく、半身で躱して足を掛ける。単純な体技だがナルシックは顔から地面に突っ伏した。


「グベッ! い、痛え、なんで俺が、なんで俺がこんな目に……!」


 すぐに立ち上がることはなく、倒れたまま泣き言を漏らすナルシック。それを見下ろすキュリアスの目には何の感情もない。


「立て。かかってこい勇者。先程よりも勢いがないぞ?」

「っ! だ、黙れ!」


 自分が決闘中であり、その敵が後ろに立っていると今更自覚したナルシックは咄嗟に剣を振るう。だがその剣がキュリアスに当たることはない。そもそも攻撃範囲にいないのだ。


「ちょこまかと避けやがって……!」

「面白い冗談だ。私はまだ半歩しか動いていない。この身体をお前に向けても居ない。いつまで寝ている? 立て」

「く、くそがああああ!」


 流石に学んだのかナルシックの次の攻撃は突進ではなく、踏み込んでからの横薙ぎ。無防備な、防御するつもりすらないキュリアスの胴に入ったその剣は、確かに服に食い込んだように見た。だがそれだけだ。高水準の防刃ドレスは、ナルシックのただ振るっただけの剣など通さない。それどころかまともに剣を振るったことのないナルシックの剣は、キュリアスに当たった衝撃で手からすっぽ抜けてしまう。


「……剣を拾え。お前の敵はまだ健在だ」

「あ、あああ……! お前、お前の、卑怯だ! 俺は勇者だぞ!? お前のような、勇者に対する礼節も持たないやつが、俺に勝っていい通りはない!」

「意味がわからんな。それより、ほら、剣を持て。かかってこい。それこそが勇者の本質だ」


 キュリアスは足元に倒れている冒険者の1人に向かって手を翳す。すると落ちていた剣がキュリアスの手に吸い込まれるように飛んできた。なんのことはない、磁力による手品だ。その剣をナルシックに手渡す。


「お前は弱い。胴ではなく首を狙え。それでもお前の剣は私に届かないだろうが、殺すというなら気概を見せろ」

「い、イカれてやがるのか!?」

「!? キュリアスさん、それは流石に危険です!」

「死ねえええぇぇぇええ!!」


 ナルシックはその剣を言われたとおりにキュリアスの首に振るう。だがその剣は首を斬り飛ばすことはなく、まるで砂地に剣を振り下ろしたような手応えのなさと微妙な振動が彼の手に伝わった。


「どうした? まだ私は生きているぞ勇者。諦めるな。剣を振るえ」

「な、なんなんだお前は……!? なんなんだその身体は!?」


 傷どころか痣1つない、陶器のような美しさを持つ滑らかな白い首。だがそれは壊れないのだという直感がナルシックにはあった。満足に武器を振るったことはなくても、自分の癇癪で様々な物が壊れるのは見てきた。その直感が告げている。この相手は自分ではどうすることもできない。

 そこでようやく自分の過ちに気がついた。そもそもナルシックに武力はない。ここに来る前の対人試験だってこの人数で包囲し無理やり勝ち取ったのだ。そのパーティメンバーたちは今自分とキュリアスの周囲で苦しげに倒れている。どう考えても勝ち目はない。


「早くしろ。お前は勇者なのだろう? そう名乗ったからには、勝つまで戦え」

「う、うわあああああぁぁぁぁああ!!」


 ナルシックは剣を振るった。何度も、何度も。目の前の少女の細い首を狙って、様々な角度から斬りつけた。横薙ぎ、袈裟斬り、振り上げ、振り下ろし、突き。思いつく限りの攻撃を試し、その全ては徒労に終わった。元々の体力もないナルシックはまた剣を落とす。


「おい、剣を拾え。勇者とは常に最前線で武器を振るうもののことだ」

「む、無理だ……もう力が……」

「呆れたやつだ。……いいことを思いついた」

「な、なにを……? グギ、ギャアアアアアァァァ!?」


 キュリアスはナルシックの落とした剣を拾い上げ、彼の左手を貫く。更にその貫通した剣を右手に持たせて茨で絡め取り、決して抜けないようにした。


「うむ。これなら落とすことはあるまい。そら、かかってこい」

「痛い、痛い、痛いいいいぃぃぃ…… 無理だ、そんな、痛すぎる……」

「勇者なのだろう? 泣き言をいうな。お前が負ければお前の後ろにいる民草はどうなる? 勇者だけが希望なのだ。そら立て、剣を振るえ。諦めるな。まだ生きているだろう」


 痛みと涙で顔をグシャグシャにしたナルシックが後ろを振り返る。そこに居るのは彼の勇者付きライツェただ一人。平時には甘えて戯けている彼女も、今ばかりは心配そうな顔でナルシックを見つめている。


「っ……そうだ。ライツェ! まだお前が居た! 俺に忠誠を誓ったのなら! お前が俺の仲間なら! 今すぐにこいつを殺せ!」

「仲間を頼るな!」

「ブベッ!」


 キュリアスの鋭い蹴りが膝立ちのナルシックの顔に突き刺さる。その勢いは最初の一撃と変わらない威力だったが、彼の右手の茨は逃げ出さないように地面深くに食い込んでいた。そのせいで彼の右肩は完全に壊れたが、このときはまだ誰も知らない。


「恥を知れ! そもそも勇者とは孤独なものだ。人々の希望の最前線を走り続けるのだからな。仲間とは勇者の生き様に魅せられ、後を追ってきた者たちだ。仲間のほうが求めるのだ。勇者の助けになりたいと、なにか力にならせてくれと。その時初めて勇者はその背負ったものを、希望のかけらを誰かに託せる。だというのに、お前はその背の後ろで怯える女を矢面に立たせるつもりか? 勇者なら! 勇者を名乗るなら! 死ぬまで戦え。死んでも戦え。勝つことだけが勇者の存在意義だ。負けることは許されない。死は戦いを辞める理由にはならない! おい、聞いているのか?」

「キュリアスさん……たぶん、気絶しています」


 最後の蹴りが入ったときにはナルシックの意識はすでになかった。だがキュリアスはそれを許さない。体力回復効果のある激痛の猛毒を、茨を通してナルシックの全身に巡らせる。


「気を失ったのなら、目覚めさせればいい」

「ガ!? ウグェ、オエ! が、ガアアアァァァアア!?」

「目が覚めたか? なら続きといこう。国を背負った希望の勇者が、まさかこんなところで負けるわけにはいかんよな?」

「……これはひどい」


 この決闘は非公式なものだ。立会人はなく、見届人も居ない。そう、中立の立場の人間がここにはいない。そのため勝敗を決める審判すらもここには居なかった。

 激痛に咽びながら攻撃を繰り返すナルシックと、微動だにすることなくそれを受け、叱咤し続けるキュリアス。こんなにも酷い攻防を見たことはない。

 セリアとワトラビーはともかく、ライツェもこの行為を止めることはなかった。彼女はナルシックの勇者付きだが、ここでは一応ギルドの試験官。元々金と身体だけの関係だったため、不用意に介入して自身の立場を悪くすることを嫌ったのだ。


 そうしてナルシックが自身にとって地獄のような攻撃を繰り返すこと十数分。ついに彼の心は壊れ、動かなくなった。




◆ケシニの勇者たち




「あー、ありゃひでえな」

「なんで攻撃してる側が泣いてるんスかね?」

「マルカ、この世で一番辛い責め苦は徒労だ。無駄だとわかってて身体を動かすのは、想像以上にしんどいんだぜ?」


 キュリアスとナルシックが決闘を始めた。この知らせはワトラビーによって、このダンジョンにいる全ての勇者付きへ通達されていた。

 それはワトラビーがキュリアスとナルシックの実力を正しく認識していなかったためだ。現役の勇者が候補生を私怨によって試験中に打ち負かすなどあってはならない。もしそうなって試験の続行不可能なんて事態になれば、それはギルドの責任問題にもなってしまう。

 まあ、結果はあの有様だったのだが。その知らせを聞いたケシニの勇者パーティは、以前にダンジョンに関して一悶着あったオルラーデの勇者ということもあり見学に来ていた。ちなみに異世界から来た自称主人公フィローはまた違った視点で動いており、新たなヒロイン追加イベントだと考えていたのだが。


「ダンジョンで会わなかったのにダンジョンのことで文句を言うなんてどんなやつなのかと思ったが、ありゃダメだ。見た目通りのクソザコ野郎。そりゃダンジョンで出会うわけねえし、女を置き去りにして逃げ出すわな。それよりあの動かない女。ありゃ一体なんなんだろうな? あそこまでの実力差で、なぜ反撃をしない?」


 ライフルのスコープを覗きながら疑問を並べるフィロー。彼はまだ銃を手に入れていないが、スコープだけは高級なものを手に入れ、今もこうして数百メートル先の光景を安全圏から眺めている。だが声がまでは聞こえないのでそのやり取りの正確な内容が掴めていなかった。

 パトルタは双眼鏡をおろし、顎を撫でながら自分なりの考えを口に出す。


「考えられる可能性としては防御特化型の能力で、何かしらの条件付き反撃ってとこか? 距離があってよくわからなかったが、あいつが吹き飛んでたのは嬢ちゃんの蹴りだろうしな」

「身体強化系か。だとすると服が無事なのは……まあ、あんなやつの剣では紙も斬れねえか」

「あ、あの、ケシニの皆さん。あの現場の担当から助力は不要と新たな通知が来ましたので、その、ミッションに戻って大丈夫ですよ?」

「ミッション? あの未達成依頼のことッスか? あんなん不可能ッス!」


 満面の笑みで返すマルカに、ケシニ担当の勇者付きも苦笑いするしかない。


「し、しかしですね、その無茶な内容にどこまで対応できるかを見る試験でもありまして……」

「そうは言ってもなあ。お前さんも見ただろう? シードラゴンの卵にスカイフィッシュの捕獲、それに古代種の竜を見つけ出せ? 馬鹿言っちゃいけねえよ。シードラゴンはここの8層にいることはいるが、時間内には間に合わないし、魔物が卵を産むかどうかもまだ解明されちゃいねえ。あとの2つは未確認種じゃねえか。制圧済みのダンジョンで発生するわけねえだろ!」

「それに俺たちはすでにケシニの勇者だ。試験に落ちても就職先だけは決まってる。何回か受けていつか合格すりゃそれでいい」

「普段は夢とかロマンとか言ってるのに、そんなところは妙に現実的なんスね。でもマルカはもう飽きたッス」


 キュリアスとナルシックの一方的な戦闘は単調で、その上攻めている方が弱っているというわけのわからない状況であり、マルカはすぐに別の景色を眺めていた。


「見たことがない魔物がいっぱい。こっちのほうが楽しいッス。……あえ? パトルタさん、さっき言ってたスカイフィッシュって、どんな魔物なんスか?」

「ああ? スカイフィッシュってのは魔物学者の妄想だ。空を飛べる能力を獲得した種がこれだけいるなら、空を飛べる魚もいるはずだとそいつは考えた。もちろんそれなりに空飛ぶ魚はいたが、その発見された種類はみんな水棲だった。しかもそいつはそれで満足しなかった。どこかに完全に宙を泳ぐ魚がいるはずだとな」

「てことは見た目は何でもいいんスね?」

「そういうことだろうな。陸に上がらず水に住んでなけりゃいいんじゃねえのか? しかし何だってそんなに気になってんだ?」


 不審に思ったパトルタがマルカの方に振り向き、彼女が食い入る様にある一点を見ているのに気がつく。


「……おい、ちょっと見せてみろ」

「えー、パトルタさん自分のがあるじゃないッスか」

「俺の双眼鏡は安もんだからはっきりと見るには魔力がいる。いいから貸せ」

「んもー、おじいちゃんはしょうがないッスねー」


 パトルタがマルカから奪い取ったスコープの先。距離にして約1200mほどにそいつはいた。いつか見た大蛇の魔物のように身体の長い、魚に似たドラゴン。大きな翼と手足が変化した補助翼を持ち、尾にも翼のようなヒレがあった。そして何より、そいつは身に纏った魔力で空間を割いて泳いでいる。


「……でかしたぜマルカ! おい、フィロー! そんなくだらねえもんはもういい。もっとおもしれえ、主人公のお前にふさわしい獲物を見つけた!」



ここまでお読みいただきありがとうございます。


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