1-12 ダンジョンへ
◆セリア
「本試験で同行する勇者付きのワトラビーです。短い間ですがよろしくお願いします」
一通りの準備を終えレイラインズに唯一あるダンジョン『龍宮』に向かうと、そこには多数の勇者付きとドーム競技場に居合わせた勇者パーティたちが集まっていた。
ワトラビーと名乗った勇者付きはハーフエルフで背が高く細身、中性的な顔立ちだったので見た目からは性別がわからなかったが女性だそうだ。
「私はセリア。こちらはキュリアスです。こちらこそよろしくお願いします。早速確認なんですが、私たちはどの程度あなたを頼りにしていいのですか?」
「戦闘や斥候など以外のサポートは任せてもらって構いません。今回のミッションの全ては知りませんが、未達成クエストの一部を勇者候補に試させてみるという内容だと聞いています。なので希少素材の発見や採取に成功した場合、すぐに追加のギルドスタッフが回収に手配されます」
「ということはセリア、お前の用意したその魔法瓶とやらは無駄になったのではないか?」
キュリアスが私の担いでいるバッグに視線を向ける。この中には3日分の保存食と回復ポーション類、そして素材を持ち運べる魔導具、魔法瓶があった。
「全く無駄、というわけではないですが。そうですね、こちらでも用意してあります」
「それならそうと言ってくれればよかったじゃないですか……」
「こう言ってはなんですが、この程度の準備すらせずにここに来た勇者候補は何人も居ます。その割合次第では当たり前の準備が評価点に加算されるかも知れませんよ」
まさかそんなことはないだろうと思ったが、周囲の声に聞き耳を立てれば食料すら準備していないパーティもあった。今から向かうのは試験とはいえダンジョンだというのに、その程度の認識で大丈夫なのだろうか。
「武器や魔導具等のあなた方が必要な物資でなければ、こちらで持ち運びますよ?」
「……いえ、そこまでのサポートは不要です。とりあえずはダンジョンに入りましょうか」
完全制圧済管理ダンジョン『龍宮』。その入口は砦の地下にある。まだ制圧ができていなかった頃、ダンジョンから出てくる竜への対抗策として建造された砦で、制圧済みの今でもそのままダンジョンの入口を覆うように増築されている。
いつもは冒険者で賑わっている砦の門は今日は固く閉ざされており、試験中の不正防止のために他の冒険者は立入禁止になっていた。
関係者用の出入り口にも手練れの戦闘員が配置されている。顔を隠しているが彼らは勇者であり、それだけ試験を厳正に行っているのだと伺える。そもそもナルシスのようなやつが受かってしまう3年前のギルドマスターが問題だったのだが。
入口の前で姿勢を正し、ワトラビーが報告をする。
「勇者付きワトラビー現着。勇者試験の候補生パーティ名なし。セリア、キュリアス以上2名。相違ないか」
「ギルドカード確認。相違なし。依頼書はあるか」
「こちらです。……キュリアスさんも出してください」
「ん? この紙か」
ギルドの依頼書には偽装防止処理が施されており、競技場からここまでの間にすり替えなどの不正行為をするとここでバレる。
「確認完了。通ってよし。……がんばりたまえ」
「っ、ありがとうございます」
顔を隠してはいたが声でわかった。彼は現役の勇者ゴライだ。彼の英雄譚も幾つか持っていて、まさか激励の言葉を言葉をもらえるとは思わず感激で言葉が詰まってしまった。
「何をしている?」
「いえ、なんでもありません。ダンジョンに入ってすぐの場所に安全地帯があります。そこでそれぞれのクエストを確認しましょう」
全15層からなるこのダンジョンはそのフロアごとに環境が変わる特殊な構造をしており、その広さも1階層目だけでレイラインズよりも広大。制圧済みではあるがその危険性は制圧前からそれほど変わっていない。その理由はこのダンジョンの名前の通り、ドラゴンの住処だからだ。
本来なら制圧したダンジョンは安全に運営できるように魔物を間引いたり、有益な特産物が多く回収できるように調整する。しかしこのダンジョンではそれができなかった。
なぜならこのダンジョンに生きる全ての存在は竜の因子を持っており、どれだけ調整をしても、たとえ草花だけにしても、その生態系の頂点が竜になるのだ。
そのため偏らせるのは却って危険であり、かと言って消滅させるのは制圧に費やした労力に見合わないということで、現在は第1層の一部を除いて環境のバランスを前と同じになるように調整してある。
「ここがダンジョンか。不思議なものだな。地下にあったと言うのに天井があんなに高い。明らかに上の建物を突き抜けている。それにあの太陽も偽物か」
「あれ? キュリアスさんはダンジョン初めてなんですか?」
「そうだな。こうして中に入り自らの足で踏みしめるのは初めてだ。……この空間の魔力は、ずいぶん変わっているな。なるほど、これが異世界か」
「感動しているところ悪いんですが、先程の依頼書を渡してください」
物珍しそうに周囲を見回しているキュリアスは一旦放置し、まずは依頼書の内容をワトラビーと確認し直す。
「これが試験で渡された依頼書です」
「ドラゴンの心臓と……こっちは世界樹関連ですか。厳しそうですね」
「ええ。ドラゴンはまだチャレンジできるだけマシですが……世界樹に関しては何も情報がありません。というかそもそもここ龍宮ですよ? なぜ世界樹の依頼があるんでしょうか」
「そう言われましても……ああ、ここ見てください。この世界樹の依頼は錬金術ギルドや魔術師ギルド、薬学ギルドに歴史研究系ギルドと様々な場所から出ているワールドクエストです」
「あー、ありましたね。全てのギルド支部のに配布されている誰も見ない常時依頼の一番うしろに」
各職業ギルドから出ているデザイアを持ってしても達成できないとされているクエストの束。中には本当に思いつきで書いただけの悪ふざけみたいな依頼や、今回のように誰も確認したことのない存在の回収依頼がいくつもある。
「私の知る限り世界樹が最後に確認されたのは神が死ぬ前の妖精郷。当時の研究でも妖精郷の環境以外では死滅してしまうとされていました」
「あー、それが噂の出どころは不明なんですけど、ギルドを通していないブラックマーケットに世界樹の枝が出品されていたらしいんですよ。その話ではこの龍宮の最下層で見つけたとか」
「出どころ不明の噂を鵜呑みにするなんて、ギルドらしくありませんね。仮に本当だとしても最下層? 48時間では4層に辿り着くだけで精一杯ですよ」
「ですね。ただ、最下層から戻ってきた冒険者パーティがギルドに何も納品せず行方を眩ませた、という話があり、こちらは事実です。なのでもしかしたら本当にあったのかも……」
ワトラビーは神妙にそう呟くが、そんな噂を名声求める冒険者たちが放っておくはずがない。
「いくら最下層とは言え制圧済みのダンジョンですよ? 誰かが確認したのでは?」
「まあ……そうなんですけどねえ」
「それよりはまだ現実的なドラゴンの方を処理したいんですが、その前に1つ。勇者付きから与えられるミッションというのは、今確認できるんですか?」
そう、今回の試験のミッションは私たち2人分の依頼書だけではない。一緒にダンジョンに潜った勇者付きからもミッションを与えられるようになっている。
「ええ、もちろんです。ただ先に説明しておきますが、これは追加ミッション。追加クエストです。チャレンジすることによって達成できれば評価は上がります。ですが現在受けている依頼を未達成のまま追加の依頼を受け、それも失敗となると……」
そう言いながらワトラビーがカバンから取り出したのは、見覚えのある丸められた依頼書。
「それでも引きますか?」
◆
しばらくの葛藤があったがキュリアスとの協議も踏まえ、まずは現在所持しているクエスト、ドラゴンの心臓からチャレンジすることになった。
「ドラゴンの臓器か。実物を見たことはないが、このダンジョンを制圧したと言うなら倒せないものではないのだろう? なぜ未達成なのだ?」
「これは総合的に見ると報酬が危険度に対して割に合わないからですね。ただの討伐よりも報酬は高いんですが……」
「なぜだ? 倒して捌くだけだろう?」
「そういえばキュリアスさんは魔物にそれほど詳しくありませんでしたね。簡単に言えば魔物は成長するまで生物ではないんです」
「どういう意味だ?」
どうと言われてもそういうものなのだ。一般常識だが詳しく解明されていないダンジョンの魔物の謎の1つでもある。
「えーっと。ダンジョンで生まれた魔物は魔力でできた生物の外見の再現、ゴーレムのようなものなんです。なので例えばドラゴンの尻尾を切り落としたとします。そうすると尻尾の方は本体との接続が途切れて消滅してしまい、本体のほうは魔力によって尻尾を再構築します。その時普通の生物なら血が出たりしますが、魔物にはそれがありません」
「正確には血液の代わりに魔力が溢れているんですが、その溢れた魔力を元に身体の再構築をするのであまり関係がないんですね」
外にいる魔物は生物らしい肉体を持ったものもいるが、ダンジョンで生まれたばかりの魔物はそうではない。外見しかないのだ。そのため倒しても魔石しか落とさない。
「血液云々はともかく、つまり内臓がないと?」
「そういうことになります。ただしこれはあくまでダンジョンで生まれたばかりの魔物に限った話です。魔物は他の生物を食べ魔力を吸収することで生物の情報を得ます。これによって元々持っていなかった能力を獲得し、強化、成長、繁殖していきます」
「なので私たちがドラゴンの内蔵を確保するには、内臓機能を獲得するまで生き残った強個体を生きたまま解体しなければなりません。魔物は殺すと魔石と呼ばれるコアのみを残して消滅してしまうんです」
ちなみにドラゴン討伐の相場は5千万アーツほどだが臓器は1つで7千万ほどだ。なお解体中に部位が消滅する問題は対策があり、完全に切除する前に別の魔力源を用意すればその部位は消滅しない。
なお魔石に関しても小型の魔物なら爪や牙などがコアとして残るが、大型であるドラゴンはそれらのコア以外にも鱗や翼などが同時に残ることもある。だがそれでも臓器が残ることは稀だ。
「いずれにしてもまずはドラゴンを捕獲、解体してみないことには内蔵の有無はわかりません。この1層にはドラゴンは出ないので早速降りましょうか」
「ドラゴンか。お前の持つ英雄譚には度々出てくる恐ろしい魔物らしいな。少しばかり楽しみだ」
「今更ですけど、本当に2人だけで行くんですか? ドラゴンはそれこそ勇者への登竜門。それも武器や魔導具を揃えてようやく討てるような危険な存在です。失礼ながらセリアさんの装備は私と同じ一般的な勇者付きと同程度の装備。大型の魔物を相手取るには全然足りません。キュリアスさんも高品質の防具だとは思いますがドラゴンの攻撃を耐えられるとは思えませんが……」
確かに見た目だけならそのとおりだろう。そもそも通常の勇者の試験ではここまで危険度の高いミッションはない。一般的な勇者に要求される未登録ダンジョンでの立ち回りは、危険の排除ではない。あくまでもコアへの到達と掌握がメインだ。危険はできるだけ確認し徹底的に回避する。英雄譚にあるような遭遇戦は、言い方は悪いが危険を避けきれなかった失敗と言い換えてもいい。
だが、それでも今回は問題ないと言いきれる。
「安心してください。私は元勇者付きであり、ドラゴンクラスの魔物からの回避術を心得ています。そして彼女は単独でクラウドドレイクを倒せる実力があります」
「クラウドドレイクを? あれはドラゴンと同等、環境や相性によってはそれ以上に厄介な存在です。それをソロで撃破とは…… デザイアは外見から判断できないとは言え、失礼しました」
「なんだかよくわからんが、そうか。ドラゴンはあの妙な蛇と同程度なのか」
ドラゴンとでレイクはほとんど同種だ。そもそも魔物は独自に進化したものが多く、大雑把な分類分けしかされていない。
「ドレイク、ドラゴン、それからワイバーンは竜の因子をもつ上位捕食者として有名です。一般的にはドレイクは蛇、ワイバーンはトカゲ由来の魔物とされ、どちらも翼を持ち腕か脚がありません。ドラゴンはそれ以外の魔物から成長し四肢と翼を持ちますが、それらを失っていることもあるので分類分けは正直曖昧です」
「とはいえ2層に出るのは普通のドラゴンです。成長具合にもよりますが火を吐く程度ですね。いえそれでも私なんかは歯が立たないですが…… 言っておきますけど遭遇したら私は逃げ隠れしますよ」
ワトラビーは逃走を宣言するが、それは別に恥ずかしいことではない。それだけ恐れられているのだ。しかし有名な魔物なのでダンジョンの個体から逃げるのは難しくはない。
◆
このダンジョンはやたら広いが階層同士を繋ぐ通路は幾つもある。その上1層は竜の因子こそ持つものの魔物の強さは他と変わらず、特に何事もなく2層へ降りるための階段までやってきた。
だがその道中も私は自身の肉体の変化に戸惑っていた。魔物の気配がやけにはっきりと分かり、ただの体術で魔物が消滅してしまう。ワトラビーはやたら褒めてくれていたが、私自身はどこか他人事のように思えていた。
「いよいよですね。この先は2層。わかっていると思いますが、本当の龍宮はここからです。セリアさんの強さは拝見しましたが、油断は禁物です」
「もちろんです。ワトラビーさんも気をつけてください。私はまだまだ未熟なので、あなたのことまでカバーできないと思います」
少し興奮気味のワトラビーが先導しゆっくりと階段を下っていく。そんな中それまで腕を組み、どこか遠くを見ていたキュリアスが急に口を開く。
「いいことを思いついたぞ」
「……なんでしょうか。私には悪い予感がするのですが」
どうせろくでもない思いつきだ。変化の薄い表情だが、最近は声色から多少感情を読み取れるようになってきた。
「セリア。お前1人でドラゴンの相手をしろ。お前の英雄譚、その始まりは竜殺しから始まる。うむ、なかなか面白そうではないか」
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