1-10 座学と試験と面接と
◆セリア
自称世界で最も進化した生命体のキュリアスは驚くほど簡単にバベル文字と一般教養を習得した。
「まさか私の英雄譚コレクションで勉強を教える日が来るとは思いませんでしたが、座学のモチベーションをつまらない指導書ではなく楽しげな物語に差し替えるというのは有効そうですね」
「私を一体何だと思っていたのだ? これくらいのこと造作もない。ところでこの勇者、悪漢どもを瞬殺できる能力を持ちながら、仲間を人質に取られた程度で動けなくなるのはどういうことだ?」
「昼間までは偉そうに喋る3歳児だと思っていましたよ。その物語は元となった実話があるのですが、実際の勇者がそこまで強くなかったためヒロインが攫われないとお話が先に進まないんです」
「情けない話だ。女1人と村1つを天秤にかけるなど、勇者失格だな。どちらも守ってこそ勇者だろうに」
文句を言いながらもページを捲る手は止まらない。どうやら相当気に入ったようだ。
「しかし実力がない故に村人を蜂起させ盗賊のアジトに進軍するというのはいいな。自分のミスで女を攫われておきながら『このまま奪われるだけでいいのか。今こそ立ち上がるべきだ』とは笑わせる。弱いと知らなければ悪い冗談だ。ああ、こいつの能力に予想がついたぞ。こいつは武器を生み出せるのではないか? それなら廃村同然の農民でも即席の新兵にできる」
「おや、よくわかりましたね。そのとおりです。その勇者は刃物を精製し発射できるデザイアを持っていました。攻撃力は高かったんですが、命中精度は悪く数に頼る戦い方をしていたとか。そのため数が多く素早い盗賊にスキを見せてしまったんです」
「やはりな。ふむ。なかなか楽しめたが、こいつはあまり勇者らしくない。次だ」
キュリアスは読み終わった本を机のすみに置き、新しい物語を手に取る。竜殺しの英雄が呪いにかけられ竜になってしまうが、ヒロインの愛によって人の姿を取り戻す話だ。こちらはバリバリ現役の勇者であり本にサインも貰った。本人曰く竜になったのは自らが望んだデザイアだそうで、若気の至りだと恥ずかしそうにしていた。
「そう言えば、私の勇者のデザイアはどんな能力なんですか?」
「知らん。……そんな目で見るな。実際のところわたしにはわからんのだ。やつの能力はわたしの身でも再現可能であり、聖剣すら同様のものが作り出せる。しかしよくよく考えれば勇者とはわたしを殺すために生み出されたデザイアだ。さすがのわたしもそれだけは再現できない。そうだ。試しにわたしの首を絞めてみろ。この細首はお前程度の腕力では絞まりはしない。だがそれでも可能なら、それこそ勇者のデザイアだ」
「……は!? そんな事できませんよ! キュリアスさんは命の恩人です。冗談でもそんな馬鹿なこと言わないでください」
いきなり何を言っているのか、一瞬理解できなかった。ダンジョンのことは記憶に無いので置いておくとしても、少なくともクラウドドレイクの襲撃から馬車を救ったのは彼女だ。もし本当に彼女を殺せるのが勇者のデザイアだとしても、そんなことは絶対にしない。
「そうか。案外最後のチャンスだったかもしれんぞ?」
「仮にそうだったとして、キュリアスさんを殺して世界は平和になるんですか? こんな部屋の片隅で本を読んでいるだけで、まだ何もしていないのに?」
「今理解したぞ。これが心が痛むというやつだ。何もしていないか。事実故に言い返せん。だがそれはお前もだぞ。今日の行動の中に世界平和に繋がるものはあったのか?」
「……なにも、いえ服を買いましたよ。勇者の装いは必要な準備です。武器はまた今度にしますけど」
とは言え彼女の言う目標は壮大過ぎて、どこから手を付ければいいのかもわからない。そのためにまず勇者になるというのは十分現実的な選択だと思う。ルナが用意してくれなければ、それもどうなっていたのかわからないが。
「それで思い出したが、今日出会ったあのおかしな女2人組。あれは勇者なのだろう?」
「ああ、レテリエさんとアイさんの2人ですね。彼女たちがどうかしました?」
「あの小さい方、アイと言ったな。あいつは何も武器を持っていなかったぞ。やはり不要なのではないか?」
「……彼女たちは、なんというか特殊なんですよ。クーデターで滅んだ旧エミニアは首都を元王家の別荘に移転し、新エミニアとして復活しました。元々ギルドの加盟国家なのでそこまでは良かったんですが、新しく現れた勇者が問題になりました。先程のアイともう1人ルアクという2人の勇者は、自国が立地上他国に攻められないのをいいことに他国のダンジョンを滅ぼして回りました。登録済みだろうとお構いなしにです。ダンジョンコアを破壊して回る彼らはダンジョンイーターと恐れられ、その行いが周知されているせいで威圧目的の武装は必要としないんですよ」
「なるほど。ならばわたしも名が世に轟くほど暴れて回れば武器は必要ないわけだ」
そうといえばそうなのだが。そもそもあの小さな妖精の格好がすでに目立っているというのもある。
ちなみにアイは悪目立ちしているだけでその実力は不明。実際に戦っているのはほとんどルアクらしい。そんな彼らの勇者付きであるレテリエは他国であるイルリの勇者なのだが、その役目はエミニアの監視だというのが公然の秘密だ。
「武器といえばあの、聖剣でしたっけ? 戦っている最中は腕から突き出ているように見えましたが、あれはどうなっているんです?」
「聖剣ヴォルグラスか。どうと言われても、お前の見たままだ」
キュリアスは読みかけの本を置き、その右手の平から小さなガラスの刃を出現させる。彼女の言うとおりそれは見たまま、手の内側から肌を切り裂いて飛び出ていた。じわじわとその掌には血が溜まっていく。
「……痛くないんですか?」
「痛いだろうな。わたしは痛みに強いが、クレイルは痛みに叫びながら振り回していた」
「うわぁ……」
「ガラスは魔力を通さない最古の武器だ。現にこうしてこの刃はわたしの皮膚ですら容易く切り裂く。その中でもヴォルグラスはゼニサスに捧げられた最初のガラス絵の欠片でできている。そこに込められた願いと希望、砕かれた恨みは相当なものだろう」
「砕かれた?」
「そうだ。聖剣ヴォルグラスは砕け散ったガラス絵を掻き集め、無理やり溶かして固めたものを握っていただけにすぎない。だがそれ故に相当に性質が悪くてな。斬った瞬間砕け散り体内に残る。魔力を通さぬゆえ自然回復もままならないし、治ったとしても体内のガラスはそのままだ」
それの一体どこが聖剣なのだろう。剣ですらないし、その能力は悪質すぎる。これを思いついて作り出し勇者に持たせた神は相当のひねくれ者に違いない。
「もちろんお前にも使えるぞ」
「…………え?」
「言っただろう、勇者の身体に作り直したと。ああ、しかしそうか。こればかりは感覚的なものゆえ、どうすればお前にも出せるのだろうか。できるはずだが……試しに願ってみろ」
「嫌です。それ絶対に痛いですし、仮に出せたとしても戻し方がわかりません」
「そんなもの引き抜けばいいだろう」
キュリアスは自らの右手に刺さっているガラス片を左手でつまみ勢いよく引き抜く。肉の切れる音と共に、想像以上に大きな血塗れのガラス片がテーブルに置かれる。極彩色に煌めくそれは、確かにステンドグラスの欠片のようだった。
「痛い痛い、見てるだけで痛いですそれ! と言うかどこに入ってたんですか!? 明らかにキュリアスさんの手の平よりも大きいですよ! なにかもっとちゃんとした剣とかは持ってなかったんですか?」
「クレイルがか? わたしに有効な武器はすべての存在に通用する。聖剣ヴォルグラスよりも有効な手段がない以上、それだけを振るっているのは当然ではないか? 事実としてこれ以外に見た記憶はない」
「あ、あああぁぁぁ、それは正論。まさに正論です。でも無駄に痛いのは嫌あぁ……」
「いや、待て。一度だけ、初めて出会ったときは剣の形をしていたな。わたしに斬りかかった瞬間砕け散ったが、あの時までヴォルグラスは確かに剣だった」
「まさかの使い捨て聖剣。でも自分で生み出せるなら極論そうなりますよね」
この聖剣も召喚型デザイアの一種と捉えれば、使い捨てること自体に何もおかしなことはない。砕けたガラスを拾って剣状に作り直すより、新しく刃だけを造ったほうが明らかに早いし、戦闘中なら尚更だ。
「おや? 疑問なのですが、このガラスは魔力を通さないのに魔力で生成されているんですか?」
「魔力は素材を変換するだけだ。ガラスの素材は体内にある。例えば生物の中には身体がガラスでできているものがいる。わたしはその性質を利用して体内で刃を生成しているし、お前の身体にも同じ機能があるのだが、クレイルは元は人間だ。全く同じということはないだろう」
「……私も人間のつもりですが」
「ははは。お前は勇者だろう。勇者は人間ではない」
今までの口ぶりから恐らくそうなのだろうとは思っていたが、人間ではないとはっきり言われるとやはり心にくるものがある。となると勇者は人間をやめてまで人間のために戦っていたのか。なんだか釈然としない気もする。
「勇者といえば、ルナの言っていた試験とは何だ?」
「簡単に言えば腕試しですね。勇者にふさわしい人格か、勇者足り得る実力を持っているのか、そういうことを確認するものです。……一応言っておきますがあなたの言う勇者ではなく、ギルドの定める商業の勇者として、ですからね」
「そうか。その判断基準は何だ? 具体的に何をする?」
「通常は面接と実技試験ですね。実技は現役勇者と手合わせ。それからこの街にあるダンジョンに潜って決められた依頼の達成です。こっちは問題ないと思いますが……面接かー」
「何をそんなに天を仰いでいる」
面接は勇者試験の中で最も簡単であり、最も難しいと言われている課題だ。理由は単純に面接官に当たり外れがあるから。
試験官はギルド所属の人間だが、それ以前に何処かの国の所属だ。となればどうしても贔屓が出てくることがあるし、敵国の出身というだけで不合格を突きつけられることもある。もちろん面接の結果だけで合否が決まるわけではないし、面接自体がない場合もあるのだが、ここでしくじると仮に試験に合格しても印象は悪くなる。
私もキュリアスもお互い出身地と言える国がない。少なくとも敵視されることはないだろうが、有利に働くこともない。問題となるのはやはりキュリアスの態度だろう。
「面接、なければいいんですけどねえ。一応今から練習してみます?」
「なんだかよくわからんが、お前がやりたいなら好きにするがいい」
「ではよくある質問からいきましょうか。キュリアスさん、今日はどうやってここまで来ましたか?」
中略。
「キュリアスさん」
「うむ」
「次がありますよ、きっと」
「なぜ諦めたような口調なのだ?」
◆
そして試験日当日。
「やあ。面接? もちろん合格だよ。そんな事する必要もないしね」
試験内容に面接があると知らされたときは割と絶望的だったのだが、キュリアスとともに通された部屋に居たのはギルドマスターのルナだった。
「マスター・ルナ。それは、とてもありがたいんですが。なにかこう、釈然としないというか、不公平ではありませんか?」
「それを言いはじめたら君たちは何もかも不公平でここにいることになるよ。それよりどう? 他のパーティが面接してる間ヒマだし、ちょっとお茶しない?」
「お前が全員を対応するわけではないのか」
「キュリアスちゃん。わたしはこう見えてもギルドでは偉いし、そこまでヒマでもないんだよ?」
10秒で矛盾したことを言い出したルナは、最初からそのつもりで用意していたであろうティーカップにお茶を注いでいく。澄んだ緑色のあまり見かけないお茶だ。
「本当は湯呑のほうが良いんだけど、入れ物で味が変わるほどわたしは繊細な舌は持っていないし、これでいいよね?」
「はあ。私はあまり茶葉に詳しくないので、マスター・ルナがよろしいのであれば……」
「お煎餅もあるよ。小さくて軽いけど腹持ちがいいから、冒険者ギルド向けに携行保存食として考えているんだ。ぜひ食べて感想を聞かせてね」
そう言って出された茶菓子はクッキーに似た円盤状の焼き菓子で、思ったよりも歯ごたえがある。味付けは塩味のようだがコクが有り、噛むほどに口の中に風味と甘みが広がっていく。乾燥した菓子だが、口の水分を取られるのでこのお茶との組み合わせは嬉しい。と言うかないと辛そうだ。
「美味しいですね。クッキーかと思いましたがしっかりした硬さがあるので、ケースなどに入れておけば現場で粉々ということもなさそうですし。その硬さゆえ食感も普段の携行食や乾燥肉よりも軽いので、同時に運用できればいいアクセントになると思います」
「そうだな。強いて言えばこいつは口の中の水分を奪う。飲料水の用意が充分でないなら携行食とは言え常食は難しいかもしれん。ただこの茶との相性はいい」
「ご意見ありがとう。2人とも好印象なようで嬉しいね。これは私の地元でよく飲まれていてね。なかなか用意できなかったんだけど、最近ようやく安定するようになったんだ」
いつも笑顔のまま表情を崩さないルナだが、今の笑顔は本当に嬉しそうだ。
「マスター・ルナ。折角の機会のなので改めて聞きたいことがあります」
「いいよ、セリアちゃん。質問を許可しよう」
「私は勇者になって、その後はどうなるんでしょう」
「それは君の自由だよ。わたしは、ギルドは君に新しい身分証を与えるに過ぎない。その後は自由さ。好きに世界を救って構わない」
「ですが、本来のギルドの勇者は国に仕えてこそのはずです。勇者試験に受かっても国に雇われていないから勇者として扱われない、そんな準勇者パーティが幾つもあります」
私はこの試験に受かれば勇者だ。しかしギルドの勇者は冒険者や勇者付きとして活躍した、或いは本国で実績ある人物がなれる職業。身分証だけ勇者でも、それは冒険者と変わらない。
なる意味がないとは言わない。私だって勇者になるためにここに来ている。しかしそんな上っ面だけの勇者になんの意味があるのか。私がなりたい勇者とはそんなものではなかったはずだ。
「ルナがいいと言っているのに、お前はなぜそんなに遠慮がちなんだ? そもそも勇者とは民の希望となる存在であり、国は後からついてくるものだ。国が勇者を雇う? それは立場が逆だ。国が勇者に守ってもらうのだ。国に雇われない勇者とは、民に愛されていない勇者なのだろう」
「キュリアスちゃんの言うこともそうだけど。要は君は不安なんだね。努力しかしたことがないから、降って湧いた幸運に戸惑っている。大金持ちになりたいと夢見ているのに、その金の使い道を思いつかない。大金を目の前に使い道ではなく、他人の嫉妬を先に心配する。初でいいねえ」
「……茶化さないでください。ですが、たぶんマスター・ルナの言うとおりだと思います。浮足立っているというか、自分の思い描いていた勇者像と、自分の足取りがあっていないというか」
「よくわからんな。望みが叶うというのに、それが不満だというのか」
「キュリアスちゃんはわからないだろうねえ。わたしは人が夢や望みに向かって動く意思そのものがエネルギーだと思っている。それこそがデザイアの源なのだとね。そのエネルギーは目標に向かうことで緩やかに消費され、達成することで消滅する。普通はそれで大体満足なんだ。達成感がある。だけど、セリアちゃんにはその達成感がない。緩やかに消費されるはずだったエネルギーは突然消え去り、心に穴が空いたような空虚感と結果だけが残っている。大体の人は結果だけでなく、そこに至る過程も望んでいるのさ」
「なるほど。さっぱりわからんな。余計な手間を省くために知恵を絞って道具を開発してきた人間が、なぜその手間を望む」
ルナは苦笑するがキュリアスの言い分もわかる。あのまま勇者付きを続けてから勇者になるよりも、今から勇者として活躍できるならそのほうがいいに決まっている。
わかってはいるが、ルナの言うとおりなにかが足りていないのだ。
「そうだなあ。キュリアスちゃんにも伝わればいいけど、例えば食事をする過程を省いて椅子に座った瞬間お腹がいっぱいになったら、なんかもったいなくない?」
「……味は?」
「しないだろうね」
微妙にずれている気もするが、満足感で言えば同じなのか? ルナの例え話にキュリアスは神妙な顔でこちらを見つめる。
「セリア。次からはもっと味わって食べていこう、な。こう言っては何だが、勇者はその。あれだ、血と鉄と混ざった砂利のような味だったぞ。別に美味くはない」
「そういう意味ではないんですけど…………え? 勇者食べたんですか?」
「はっはは、キュリアスちゃんは冗談もうまいねえ。ともかく目標を突然達成してしまったことで心に隙間の空いたセリアちゃん。君の悩みを解決する簡単な方法がある」
「っ……! それは、一体何ですか?」
「そんなの簡単だよ。目標を新しく見つければいい。勇者として働けばいい」
ニヤリと笑うルナ。しかしそれは誰でも思いつく考えだ。私だって勇者として働きたい。だけどそれが難しいのではと心配になっている。そういったのは他でもないルナだ。
「それは、わかっています。ですが、その勇者としての働き口が……」
「わかってないない。キュリアスちゃんが言っていただろう? 勇者は民の希望、国は後からついてくるってね」
「あの、それはどういう……?」
「国、作っちゃいなよ。キュリアスちゃんと一緒にいたらどこかの国の下につくなんて無理なんだしさ」
◆
「君のツレ、顔色悪そうだけど大丈夫? 乗り物酔い?」
「……いえ、大丈夫です」
次の実技試験のため冒険者の街レイラインズへ戻る魔導列車の中、知らない冒険者に声をかけられた。正確には声をかけられたのはキュリアスだが、彼女は外の景色に夢中で返事をしない。
「旅行者って感じでもなさそうだけど。地元の人?」
「まあ、そんなところです」
「そうなんだ! ねえねえ、よかったらあの街の事教えてくれない? 通な定食屋とかマニアックな武器屋とか、あと具体的なダンジョンの構造とか!」
「おいターシャ。あんまり他所様に迷惑かけてんじゃねえよ」
捲し立てるターシャと呼ばれた少女は、後ろから熊のような大男に襟を引っ張られる。
「ぐぇっ、離してくださいガリアスさん。情報収集は斥候の基本、知らない土地なら尚更です!」
「それも含めて試験。今後私たちが挑むのは未登録ダンジョン。知ってたら意味がない」
「ナディまで私を責めるの? その試験に落ちたら元も子もないのに!」
「落ちるわけねえだろ、人聞きの悪い。俺たちはレオーラの国旗背負ってんだぞ? そんなバカなこと言ってんなよ」
試験と言ったが、彼らも勇者試験を受けているのか。面接試験の場所は本部ではあったが、それぞれ面接場所や試験官が違ったので他のパーティのことは全然知らなかった。
最初に私に声をかけてきたのがターシャ。明るいチョコレート色のショートヘアに青い目を持つ猫の獣人族。斥候役らしく防刃服と急所を守る軽鎧だが、それなりに戦闘をするようで剣先に重心がある大型のナイフを腰にしている。
そのターシャを片手で持ち上げているのがガリアスと呼ばれた大男。短く刈り上げられた金髪に鋭い碧眼。重そうな金属鎧にその身を隠せそうなほど大きな剣を背負っている。
後から会話に加わったナディはヴェールの付いた大きな帽子と裾の長いローブで全身を隠している。情報管理局の職員のような出で立ちだが、声から女性だと思われる。パーティ構成や装備の性質から彼女は後衛だと予想される。
彼ら3人、いやもう1人いる。ガリアスの言うようにレオーラの国旗を背負った青年だ。
「まあまあ、そこまでにしようよガリアス。ターシャもパーティを思って行動してくれたんだ。それにあんまり大声で騒ぐと余計に迷惑になる」
「ちっ、わーったよショートさん。済まなかったな嬢ちゃん」
「……お気になさらず。慣れていますので」
ショートと呼ばれた青年。彼がこのパーティの勇者だと直感が告げる。どこか既視感のある新品の鎧に、レオーラの国旗が描かれたマント姿。そしてフィローと同じ黒髪黒目。
実技試験はあくまで試験だ。受験者同士で闘うというようなことはない。しかし、なぜだかあの黒い目が気になった。
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