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勇者✕勇者✕勇者  作者: まな
第一章
1/57

1-1 勇者付きセリア

初投稿です。よろしくお願いします。




 世界平和。


 遍くすべての生命の願望であり、救世主たるわたしの存在理由。

 そして、眼前の敵の口から放たれた言葉。


「世界平和のために、貴様を討つ。それが俺の、勇者としての使命だ」


 同じ願い、同じ目的であるはずなのに、勇者の周りにはかつての仲間が立ち、わたしの足元には最期まで仲間だったものが倒れている。わたしの胸を聖剣で貫いた勇者の顔は、なぜだか悲しみで歪んでいた。


「お前はやりすぎたんだ。……お前のやり方は、誰も幸せにならない。誰も幸せにできなかったんだ」


 そう、なのだろう。過程はどうあれ、結果としてわたしに着いてきた仲間たちは廻りの果てに旅立った。わたしもすぐにそこへ向かうことになるのだろう。

 同じ願いを持ち、わたしを超えていく者が間違っていたと言うのなら、そうだったのだろう。


「勇者様……」

「……ああ。終わったんだ、すべて」


 わたしを倒した者たちが立ち去るのを見届けながら、薄れゆく意識の中で思考を巡らせる。

 間違っていたのなら、正さなければならない。

 神ではだめだった。そのためにわたしが生まれたのだから。

 救世主でもだめだった。そのためのわたしが、こうして終わろうとしているのだから。

 勇者はどうだろうか。彼らに成し遂げられるだろうか。

 地に伏したわたしに背を向けて、光の中に消えていく彼らの将来を想う。

 もし成し遂げられたのなら……もし世界平和が成し遂げられるなら、ああ、今度はわたしも、勇者になろう。

 全ては、すべての願いのために。


 わたしたちの世界平和は、まだ成し遂げられていないのだから。




◆勇者付きセリア




「……遅い。いつまでかかっているんだ。ここに来てもう3日目だぞ? ダンジョン攻略は速度が命。そう言っていたのは誰だったか。セリア、誰の言葉だった? 忘れてしまったのか? 俺は覚えていないが、君から聞いたと思うんだ」

「…………」


 背後から飛んでくる嫌味を聞き流し、作業を続ける。目の前にあるのは巨大な魔石の柱、通称ダンジョンコア。ダンジョン制圧のためにはコアの掌握が必須であり、魔術陣をいくつも展開して魔石内の魔力濃度を調整、変換しているが、早々簡単に終わりはしない。

 磨かれた宝石のようなコアに自分の顔が映る。このあたりでは珍しい蒼いショートヘアはホコリまみれ、本来は髪と同じ青色の瞳は疲れからか充血し、クマも酷い。


「ナルシックさん、昼食ができました。これで残りは保存食だけです」

「おい、聞いたかセリア。お前がいつまでも遊んでいるから食料が尽きたらしい」

「……あと3日は保つはずですが」

「バカを言うな。お前まさかあのクソよりも不味いギルドの携帯食料を食べ物だと本気で思っているのか? 俺は勇者だぞ? あれは生き意地の汚いネズミかゴキブリのエサだ。お前にはお似合いだろうがな」


 勇者ナルシック。新品の銀鎧で着飾り、儀礼用の宝石剣を携えた金髪碧眼の優男。私の仕えている勇者であり、成金領主のドラ息子。そしてどうしようもないクズだ。

 ナルシックはダンジョンに似つかわしくない豪華なソファにゆったりと座り、傍らのテーブルセットにはワイングラスとドライフルーツの盛り合わせ、そして出来立てのシチューがある。私の手には彼がこき下ろした携行保存食。本来なら全員同じものを口にしている予定だったが、彼はわざわざ料理の得意な冒険者を雇い、食材を買い込んで今回の攻略に同行させている。ダンジョン内だというのに彼に緊張感はなく、ピクニックか小旅行のつもりなのだろう。


 私は勇者に憧れていた。いや、今でも憧れているし、そのための努力を欠かしたことはない。

 動機は単純な、ありきたりなことだ。いつかの幼い時分、近所の森で迷い、野犬に追い回されていたところを勇者に助けてもらった。一瞬の出来事ではあったがあの瞬間の心強さに惹かれ、今でも顔も知らない彼の背中を追いかけ続けている。

 現代の勇者とは御伽噺や英雄譚になるほどの伝説の存在というわけではなく、あくまで職業の一つだ。

 しかし誰もがなれるただの職業というわけでもなく、国を背負った重役である。なにせ自国の法の及ばない空白領域、ダンジョン内で他国の人間とやり合わなければならないのだ。それはときに交渉であり、ときに武力衝突である。すなわち勇者とは外交官であり、軍事力そのものの指標。

 『ギルド公認国家における特命武装大使』、通称『勇者』。それが私の憧れた存在であり、わたしの目指すものだ。

 勇者になる方法はいくつかあるが、一番堅実な手段として私はギルドに所属する戦闘職員となった。そこで実力をつけ、勇者パーティ専属の随行員『勇者付き』にまで上り詰めた。苦しい道のりだったがそこまでは順調であった。

 だが初めて勇者付きとしての任務で派遣されたのが、駆け出し冒険者よりも貧弱な勇者、ナルシックだった。


 なぜこんなやつが勇者なのかといえば、偏に金の力だ。元々エミニア王国という大国があったのだが、軍事クーデターにより崩壊。2度も移転した首都の一部を残し、エミニアはそれぞれの旧領主により分割統治されることになった。

 オルラーデはその旧エミニア領の都市の1つであり、ナルシックの父であるナルドス・オルラーデの力によってギルド公認国家へと昇格。公認国家の条件には勇者の存在が必要不可欠なのだが、何を思ったかゼラドスは息子のナルシックを勇者として選んだ。

 本来であればギルド外部の人間を勇者にするためには、ギルドに認めさせるだけの実力や功績が必要である。だがエミニアのクーデターの際にナルシックがなにやら手柄を上げていたと架空の実績を捏造。ギルドの方でも崩壊直後のエミニア領を監視下に置きたかった思惑から、偽造書類は賄賂とともに飲み込まれ今に至る。


 そして現在。初の任務、初の派遣先で、私は初めて挫折しかけていた。


「あの、ナルシックさん俺らもその携帯食料食ってるんですけど」

「冒険者なんて似たようなものだろう。口答えするなら帰っていいぞ。このダンジョンに危険は全く無いからな。見張りだとか言ってサボっている相方を連れてどこぞに消えるがいい。その時は俺も残りの報酬を出さなくて済む」

「……チッ、名ばかり勇者のくせにいい気になりやがって。なら帰らせてもらいますよ。あんたのワガママにはうんざりしてたんだ。それに依頼料はあんたの親父から貰ってる。残りの報酬? こんなチンケなダンジョンの攻略報酬なんてこれっぽっちも期待してねえっすわ」

「ふん、好きにしろ。これでお前らとも契約は解除だ。……いや、おいちょっと待て」


 帰れと言ったり待てと言ったり、彼の自己中心的な性格は相手も場所も選ばずに発揮される。会話に加わるつもりはないが、今2人に離脱されると万が一の場合に困ると流石に気がついたのだろうか。


「なんだこのシチューは。肉が入っていないじゃないか。出来損ないだ、作り直せ」


 と思った私が間違っていた。

 私は呆れながら彼の言うネズミのエサ、ギルドの携行保存食3式を口へ運ぶ。この固形物はたっぷりの薬草を塩と蜜で煮詰めたもので、飴か粘土のような食感だ。かなり硬いが元は液体なので口にすれば徐々に唾液と体温で溶けていく。1食分は手のひらに収まるほどの少量でありながら、栄養価は高く少量の魔力も含まれていて妙に腹持ちもいい。

 ただナルシックの言う通り味は良くない。口の中で溶けるとまず蜜の猛烈な甘さが広がり、次に塩が激しく味覚を刺激する。そのせいか甘さが重くなったところに追い打ちで薬草のえぐ味が解けていく。こうなってしまった理屈はわかる。栄養価の高い薬草が苦いので甘い蜜と混ぜて中和しようとしたのだろう。塩も生きていく上で欠かせないものだ。それを1つに混ぜれば持ち運びやすい。理屈はわかる。わかるのだが……

 救いがあるとすれば後味が残らないところか。薬草の相互作用なのか飲み込んでしまえば、柑橘類のようなすっと鼻を抜ける妙な爽やかさがある。


「……はぁ? 今この瞬間に契約切って言うセリフがそれか? 保存食じゃねえ食材は使い切ったし、作り直しなんかしねえよバカが。そもそも肉は入ってるだろうが」

「こんな細切れのベーコンを肉とは呼ばない。だいたい保存食などに頼らなくても、ダンジョンなら狩りをして食料の現地調達はできるはずだと言っていたのはお前たちだろう」

「はずだと言ったんだ。そんなもん予測に決まってるだろ。ダンジョンの中は俺たちのいる世界とは異なる。だがこちらの世界と半分混じってる以上、極端な環境になることは少ない。そうでなければそもそも入れないし入らない。見ろ、この長閑な草原を。誰だって動物がいると思うだろ? だがあんたがさっき言った通り、このダンジョンに危険なものは何もなかった。何もいないんだ。魔物はおろか野生動物も鳥も虫も、俺たち以外の生物がこのダンジョンにはいない。ここをキャンプ地にした初日にはみんなそう言っていただろう? そんな場所で何を狩れっていうんだ?」


 彼の言う通り、このダンジョンには植物以外の生物が確認できなかった。

 このダンジョンの全容は入り口からずっと広がっているなだらかな草原地帯と今私たちがいる崩れた神殿のような建造物しかなく、神殿の奥の開けた場所に小さな泉とそれを隠すように疎らに林があるだけ。1層しかないフィールド型と呼ばれるタイプのダンジョンだった。

 当初は規模の不明だった未登録ダンジョン、更に勇者ナルシックの初任務ということもあり、彼の父である領主から我々以外にも5パーティ21人の冒険者が動員されていた。

 はじめはこの穏やかな環境と、牧草にも利用されている見知った植生の草原から草食動物の生息が予想されていた。しかし実際にはそれほど広くなかったこのダンジョンは各パーティの斥候により1日目にして踏破され、そして誰も生物を見かけることはなかった。

 泉の方も同様であり、水底が視認できるほど透き通っていて一番深い中心部でも水深は2メートルほど。泳ぎに長けたものが時間をかけて底を踏み歩き、浅いながらも泳ぎ回ったが、飲水に利用できることしかわからなかった。

 木の方は誰も詳しい者が居なかった上に実をつけておらず、今は焚き火に利用されている。

 そして何もいないとわかった時点で、今いる彼ら以外の冒険者たちはナルシックによって契約を解除された。もし他のパーティが残っていれば、ダンジョンの制圧はもっと早く終わっていただろうに。


 今更言っても仕方のないことだが、ダンジョン制圧において最も重要なダンジョンコアの掌握に時間がかかっているのは私だけの責任ではない。そもそもコアの掌握には時間がかかるものなのだ。

 世界に開いた虚穴。この世ならざる地続きの異世界、ダンジョン。その存在を支える魔力源こそダンジョンコアであり、ダンジョン制圧とはそのコアの魔力をこちらの世界の魔力に置き換えることでこちらの世界と同化させ、管理、運用可能にすることだ。

 この作業を身近なもので例えるなら、コップの中の塩水を砂糖水に入れ替えていくようなもの。少しずつ砂糖水を加えることでコップの中身を溢れさせ、溢れた水から塩分を取り出してコップへ戻す。そんな地道な力技だ。

 魔力を一度に大量に取り替えることはできないのかと誰もが考えるが、それは危険な行為だ。溢れたダンジョンの魔力はすぐにダンジョン内に溶け出し、ダンジョン内にあるなにか、主に魔物へと姿を変えて外に、つまり我々の世界へと出ていこうとする。俗にスタンピードと呼ばれる現象だ。このダンジョンには現在魔物はいないが、まだいないだけという可能性がある以上迂闊な行動はできない。

 通常ならコアにはガーディアンと呼ばれる守護者や防衛装置があり、それらを攻略しているうちにコア内の魔力はガーディアン維持のために消費される。その場合はガーディアンの攻略が完了した時点でコアの魔力は殆どなく、コアの掌握にはそれほど時間がかからない。

 しかし今回のダンジョンは発生から時間が立っていないせいかガーディアンすら存在しなかった。そのためコア内の魔力は全くの未使用。ダンジョン内に生物がいなかったのもこのためだろう。これらの要因から掌握作業が全くと言っていいほど進んでいない。

 それに作業効率の問題もあった。現在このコアの掌握作業を行っているのは私だけ。当初いた他の冒険者パーティはコアに触ることもできずに撤収。残っていた2人は多少関わってくれたが、事あるごとにナルシックから呼び出されていたためあまり力にはならなかった。

 そんな数少ない協力者もつい先程解雇され、残ったのは私だけだ。実のところ勇者ナルシックともう1人、同じ勇者付きの後輩ライツェがいるのだが、彼女はナルシックのお気に入りであり作業を手伝おうともしない。今頃は泉で汗を流しているのだろう。


「全くどいつもこいつも役に立たない。おい、作業はどれくらい進んだんだ? 一体いつ終わる?」

「……不明ですよ。何度も伝えているとおりです。これだけの大きさのコアに未使用の魔力が詰まっている。外部からは魔力濃度の観測もできないのに、いつ終わるかなんてわかるわけが無いですよ」

「ふん。俺のデザイアを使えば攻略など簡単なものを。親父の頼みとは言え制圧などと面倒な……」


 実際には溢れた魔力の濃度から進捗確認は可能なのだが、現時点で1割に届くかどうか。今回の制圧は時間的な制約のせいで確実に失敗だろう。

 わかっていても口に出さず留まっている理由は、ああ悲しいかな実績のためだ。勇者付きの私が勇者になるには、結局のところ勇者のもとで何かを成し遂げるのが一番早い。いくら勇者が無能だったとしても、それをどれだけサポートできたのかが勇者付きの実績となる。逆に言えば勇者がこんなのだからこそ、なにかしら実績が作れればそれだけで私が勇者になれるかもしれない。

 そんな中降って湧いた未登録ダンジョンの発見。これに手を出さない理由はなかった。だからこそやる気のない勇者を煽ててここまで引っ張り出し、ああまで言われてもこうしてコアに向き合っている。

 失敗だとしても実績は残る。それだけが心の支えだ。

 ちなみに攻略であればもう完了していると言ってもいい。なにせコア以外に我々の世界にとって驚異となるものがこのダンジョンにはない。今すぐに帰還しギルドへ報告すればそれで攻略完了となるので、彼のデザイアに頼る必要はない。そもそも彼にデザイア能力が使えるのかも疑問だが。


「俺の評価にも関わってくるんだ。絶対に掌握しろ。それと俺はあの保存食は食わない。絶対に今日中に終わらせるんだ。いい加減俺も帰りたい。わかったな?」

「……今日中? 無理ですよ、そんなこと……」

「無理? バカを言うな。できるといったからここまで着いてきてやったんだ。……そうだ、セリア。お前もデザイアを使ったらどうだ。勇者になるなんてくだらない夢を捨てて、このコアの制圧を願え。勇者とは俺のような選ばれた存在がなるもの。願わなくたって自然となってしまう。だがお前はどうだ? 願っても勇者になれていない。なれるわけがない。神ですらお前が勇者になるのは無理だと言っているに違いない。ならせめて俺の役に立つ願いを持って……」


 デザイアとは神の残した奇跡の力だ。デザイアと呼ばれるそれは人の願いを等しく叶える。だがそんな奇跡にも個人差はあり、私の勇者になるという願いはまだ叶っていない。

 延々と続くナルシックの戯言を聞こえない振りをし、怒りを込めて魔術陣を再展開する。今展開している魔術陣はコアから溢れた魔力を無害化、こちらの世界の魔力へと変換するための陣であり、所謂フィルターだ。変換効率がいいので自身の魔力消費は少ないが、陣にコアの魔力を通すたびに崩れていくので何度も書き直す必要がある。頭数さえあればもっと早くなるというのに、こんな簡単な魔術陣さえナルシックには構築できない。つくづく勇者とは何かを考え直したくなる。

 ふと気がづくと気配が1人増えている。振り返るとそこにいたのはもう1人の勇者付き、ライツェだ。

 彼女は着用義務のあるギルドの制服ではなく高級そうなバスローブ姿だった。ナルシックの膝に座り、甘えるようにしなだれかかっている。ウェーブのかかった薄桃色の髪は彼女の魔力の強さを表し、魔力が身体よりも強いために色素の薄い部分が魔力の色に変色を起こしているのだ。

 ライツェは魔術だけなら私よりも上なのだが、彼女はナルシックに付き従っているためコアの掌握に参加することはない。


「ライツェ、戻ったか」

「はぁい。ナルシックさまのかわいい下僕、ライツェが戻りましたよぉ。ナルシックさまも一緒に泉に来ればよかったのにぃ。冷たくて気持ちよかったですよぉ」

「俺も同じ気持ちだったよライツェ。だけど俺は勇者としてここにいなければならなかったんだ。君も同じ勇者付きだからわかるだろう? あの無能な方の勇者付きが仕事を終わらせるまで、ここで待っていないといけないんだ。勇者の責務ってやつだね」


 なにが責務だ。ここにいる間の殆どの時間を食って寝てライツェとよろしくヤって楽しく過ごしていただけのやつに勇者を語ってほしくない。

 相手にするのもバカバカしいので作業に戻るが、ライツェがいるとナルシックの嫌味が加速する。できるだけ無心で作業を続けようとしたのだが、


「んもぅ、ナルシックさま優しいぃ。でもでもぉ、その優しさはあたしだけにしてぇ?」

「そういう訳にはいかないよ。勇者は平等に愛を振りまくものさ。例えそれが外部の人間であったとしてもね」

「……っ!」


 後頭部に軽い衝撃。振り向くとそこには食べかけのドライフルーツが転がっていた。


「……これは、どういうつもりですか?」

「セリア先輩。それはナルシックさまの優しさですよぉ? さっさと食べて、さっさとダンジョンコアを手に入れてくださぁい」


 クスクスと笑うライツェ。彼女は魔術に長けている。この作業が終わらないこともわかっているだろうに、なぜそこで笑っていられるのか。投げつけてきたであろうナルシックの方を睨みつけると、彼は不満そうに怒りで顔を歪める。


「なんだその目は? 俺は勇者で、お前は勇者付きだ。俺が主人でお前らは下僕だ。なにか文句でもあるのか、言ってみろギルドのメス犬が!」

「……誰がっ! っー、下僕ではありません。確かに勇者付きは勇者のサポーターです。しかし勇者付きは国ではなくギルドに仕える身。雇用主はギルドです。勇者ナルシック様でも、辺境都市国家オルラーデでもない。勇者ナルシック様の発言は不適切です。訂正してください」

「うるさい! 文句を言ってる暇があったらさっさとダンジョンを制圧しろと言っているんだ!」


 ナルシックが怒鳴るとライツェが怯えたふりをして甘い声で彼に抱きつく。


「ああん、ナルシックさま怒らないでぇ? ライツェはナルシックさまの下僕、従順なメス犬でぇす。わんわん、お手もできちゃうんだからぁ」

「ああ、よしよし。怖がらせてごめんよライツェ。野良犬に人の言葉は理解できないとわかっていたはずなのに、俺がどうかしていたよ」


 付き合っていられない。そもそも勇者や勇者パーティに対して勇者付きは1人つけばいい。ではなぜナルシックには私とライツェの2人もいるのかといえば、それは任期のためだ。彼女は私の後任であり、来月には私は本部へと戻って査定の後、また別の勇者につく。

 切り替えよう。そうだ、来月からは私は本部だ。制圧とは行かないまでもコア掌握の経験は積めた。ナルシックやライツェからは有る事無い事報告されそうだが、割り切っていこう。

 そう思い直してコアに向かった時、視界の端であるものが起動しているのを発見した。


「……あっ」

「! やったか!?」


 思わず漏らした声に反応し立ち上がるナルシック。

 だが違う。ダンジョンコアが掌握できたわけでも、ダンジョンが制圧できたわけでもない。

 それは万が一に備えて準備していた別の魔術陣。この3日間一度も起動しなかった、できれば起動しないでほしかった魔術陣だ。

 ゆっくりと振り返り、息を整えてからナルシックに話しかける。


「……勇者ナルシック様。落ち着いて聞いてください」

「なんだ? これだけ待たせておいてまだ焦らすのか? 悪いがそういうのはベッドの上で……」

「侵入者です。このダンジョン内に別のパーティが侵入しました」


 ぬか喜びでにやけていたナルシックの顔が凍りつき、ライツェの目つきもすっと鋭くなる。


「このダンジョンは非常に狭い。相手はすぐにここまで到達します。今すぐ準備を。最悪の場合は、戦闘になります」






ここまでお読みいただきありがとうございます。

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