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1話 灰被り

 ある屋敷で灰色の髪を肩まで伸ばした少女が屋敷の床を掃除している。背は小さく枝のような腕で一生懸命に床を布で綺麗にしていると―——


「邪魔だ、灰被り(グレイ)!」

「……!」


 グレイと呼ばれた少女を足蹴にして廊下の真ん中から端まで吹き飛ばした少女より背の高い少年は「フンッ」と鼻で笑って屋敷の修練上に歩いていく。


 蹴られた少女はうめき声をあげる事無く自身のせいで汚れた床を拭く。額から血を滴らせているのに文句すら言わずに黙々と拭く光景は傍から見ると狂気すら覚えるだろう。



「いいですか、詠唱とは神や精霊に祈り魔法を行使することです。」

「そんなことは既に知っている!俺は魔法を習うと聞いていたのに古臭い歴史なんて勉強して何の意味がある。」


 魔法を練習させろと騒ぐ少年に講師を頼まれた男は「確かにそうですね。」といい話を打ち切る。

 少年が肩で纏めた水色の髪をはためかせながらしゃべりだす。


「我が魔力を糧として水球を生み出せ」


 すると少年の目の前にこぶし大の水が現れ、ぷかぷかと浮かび上がる。少年は当然かのように指の周りにくるくると水の玉を回し始める。


「神なんているかもわからんものに何故祈らなければならないんだ。自分の魔力で魔法を発動するのだから必要ないだろう。」

「形骸化しているとはいえ詠唱は神がもたらしたものですから。」

「ハッ神がもたらした、ねぇ?ならその神からも見放された奴なんて、いるわけねぇよなぁ!」


 少年は浮かべていた水球をちょうど修練場近くの床を拭き終わった少女にぶつけた。当然、少女の服や身体、髪はびしょ濡れになった。


「お見事です!あそこまで正確に飛ばせるようになるとは……流石カイン様、次期当主であらせられますね!」


 講師の男は全く少女のことは気にも止めずカインと呼ばれた少年を褒め称える。その様子は感激してと言うよりは媚びへつらうような様子だった。

 しかし、まだ子供なカインは誉められていると感じ有頂天になる。


「当たり前だ!何処ぞの灰かぶりとは違うのだ。アレと血が繋がっているなど反吐が出る。おい、姉上。濡れた場所を片して置けよ?」


 わざわざ、姉と呼ぶのはそれだけで優越感が感じられるからなのだがそれだけが少女とカインを繋ぐ繋がりでもあった。


「………」


 少女は黙々と濡れた床を拭いていく。拭き終わるとよたよたとメイド服を乾かすためにメイドの休憩室(侍従室)に向かう。

 

 部屋の扉の前まで来た少女は中から聞こえる談笑を尻目に扉を開ける。中には数人のメイドがおり、中に入ってきた少女を睨みつける。


「何、あんたがここを使えるわけないでしょ?さっさと仕事してきなさい?」


 同じメイドでありながら仕事をしてこいと言い放つ女たちは化粧やら玉の輿やらを話している。

 彼女たちは皆貴族の次女や三女で第二夫人や妾または次期当主であるカインの妻になるために送り込まれている。そして、大体の事を少女にやらせているのだ。


 部屋から出された少女は手で絞って乾かす。その後、日が沈んだのを確認したら侯爵邸から少し離れたボロ小屋に入っていく。

 ここが少女の家だ。

 彼女は物心つく前にはここに住んでいてメイドとして働いていた。誰も名前を呼ぶことはなく灰被り(グレイ)と呼ばれてきた。そもそもとして少女自身、自分の名など知らない。


 それでも生きてきた。物言わぬ人形のように。

 いや、彼女は喋らないのではなく喋ることができないのだ。生まれた時にすら産声を上げず、その後も一言も喋らない彼女は生きる目的もなくただ毎日を過ごしていた。


「………!」


 身体がふらつく。火照った身体が自身の体では無いような感覚に陥った彼女はボロ小屋にあった棚に体をぶつけてしまう。

 バラバラと本が落ちてくる中、1冊の本に目が止まった。

 それはボロ小屋にあるものにしてはやけに豪華な装飾のされた本。

 文字は読めるが本など読んだこともない彼女だが何故か手が伸びた。そこには自身が知っている文字とは違う言葉がびっしりと書かれていた。


 読むのを諦めようとした時ボロ小屋の隙間から夜風が入り込んできた。毛布すらなく、服は濡れていた彼女は震える。

 彼女は身体に魔力を纏って寒さを耐えようとする。毛布すらない彼女の唯一の対抗手段だった。しかし、風邪を引いている為上手く使えない。

 不意に本に炎という文字を目にする。全く知らない字なのに何故か読めるその字を何となくなぞる。

 すると身体に纏っていた魔力は文字となり炎へと変わっていった。

 空中に浮かぶ炎に手を当てながら少女は眠る。



 そんな彼女が寝静まった後、執事服を纏った男がボロ小屋に入ってくる。顔を赤くして額に汗をかいている少女に手を当てて詠唱を唱えると次第に少女の表情が安らかなものへと変わっていく。 


「レティシア様、このような事しかできない私をお許しください。レティアお嬢様、このような場所に一人でいさせて申し訳ございません。」


 執事は散らばった本を棚に戻していく。その中でも少女が開いた本をじっと見て棚に戻す。

 日が昇るまで執事は少女の傍に居た。


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