第87話
大きな尻をこちらに突き出した女性の写真に、美緒の目が大きく見開かれた。
「な、なんですかこれはー!」
なんなのだ、このDVDは。
「は! まさか!」
美緒は慌てて他のDVDも確認した。
『肉獣百連発』、『新妻は大忙し』、『可愛い熟女大集合』、『世界巨乳劇場』……。
「な、ど……!」
プルプルと美緒の身体が震える。
ちょうどそこに、シャワーを浴びた蓮が部屋に帰って来た。
「え……」
蓮はベッドの下にあった筈のDVDが床に散乱している状況に軽く目を見開く。
二人の視線がゆっくりと合った。
「どうしてですかー!!」
美緒の投げたDVDは、しかし蓮に叩き落される。
「なに勝手に人の物を漁ってるんだい」
「この状況で言うことはそれだけですか!? 何これは! 素人ものにマニアもの、人妻、熟女、ロリ、無修正!? これでいったい何をしてたの、いやらしい! 私というものがありながら……最低男! 馬鹿! 変態!!」
蓮は小さく舌打ちすると、次々と飛んでくるDVDを叩き落として、まだ濡れている髪をかき上げた。
「それは、人間の女でも色々できるように、ちょっと慣れてみようかと……まあテキスト的なものだよ。ただそれだけ」
「駄目ー! これも浮気です!」
「それを見て興奮したことはないよ」
美緒が激しく首を振る。
「それでも駄目! 最低!」
「最低?」
蓮は目を眇め、腕を組んだ。
「僕は努力してただけだよ」
「間違った方向に努力してます!」
「じゃあ美緒はどうなんだい? 僕が『僕』を奮い立たせようと必死になっている間、美緒は誰と何をしていた?」
蓮が美緒の額を指さす。
「何をって……」
美緒は一瞬言葉に詰まり、それから蓮をキッと睨んだ。
「とにかく、女の裸が見たいなら、私がいくらでも脱ぐ!」
「いいよ別に」
「私の裸は見たくないの!?」
「そんなことは言ってないだろう!」
蓮が怒鳴り、美緒の体がビクッと跳ねる。
「…………」
「…………」
深い溜息を吐いて蓮は美緒に近づき、その腕を掴んだ。
「ごめん。美緒が気になるのならそれは捨てるよ」
「…………」
ほら寝よう、と言って腕を引っ張る蓮に、美緒の唇が震える。
「冷たい」
「美緒……」
「どうしてそんなに冷たいの? 私、他の誰かのものになっちゃうよ」
蓮の手に力が入り、美緒は痛みに眉を寄せた。
「僕は美緒を離すつもりはないよ。好きだから」
「嘘」
「美緒の為に、努力してるんだろ?」
「だから、努力の方向間違って、る――!?」
突然、蓮が美緒の体を持ち上げて、ベッドに放り投げる。美緒は大きく目を見開き、覆いかぶさってきた蓮を見上げた。
「美緒」
深く重なる唇――。蓮の手が美緒の顔を、髪を撫で、体へと移動する。
初めはただただ驚いていた美緒も、いつの間にか目を閉じ、腕を蓮の背中に回す。
「……ああ、確かに。DVDより美緒の方がいいな」
囁かれた言葉に、美緒は目を開けた。
「蓮君……」
「少し、興奮した」
「…………」
笑う蓮の頬に、美緒は人差し指で触れる。
「前言撤回。美緒さえ良ければ、これからも練習に付き合ってもらいたい」
「……うん」
頷きながら、美緒は気づいていた。蓮が本当は、少しも興奮などしていないことに。それでも――。
離れていく重みに寂しさを感じ、美緒は蓮の胸に飛び込んだ。
「もう少しだけ、待ってあげる。ううん、一緒に頑張ろう」
「美緒……」
「高校の時の逆だよ。今度は私がスパルタ教師になってあげる」
「……それは、怖いな」
二人は見つめあってクスクスと笑い、抱き合ったまま眠った。