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第81話

 実習で怪我をした翌日、もう昼近い時間だというのに、美緒は食事も摂らずにベッドに突っ伏していた。


「なぁ、姉ちゃん。寝るなら自分のベッドで寝ろよ」


 優牙が美緒の背中を拳で殴る。

「……痛い」

「痛いように殴ってんだよ。いいかげん自分の部屋に戻れ」

「嫌」

「……引き摺り出されたいか?」

 優牙は溜息を吐き、美緒の足下に腰を下ろした。

「泣いてばっかりだな」

「うん」

「シリアスは似合わねーぞ?」

「うん」

「休日なんだから、デートにでも行け」

「…………」

 黙ってしまった美緒に、優牙がもう一度溜息を吐く。

「泣くくらいなら別れちまえ」

「嫌」

「……どうしたいんだよ」

「分かんない」

 優牙は首を振る美緒の背中を、今度は掌で叩いた。と、その時――。

 トントンと軽快な足音が聞こえ、優牙が顔を顰める。そしてノックも無しにドアが開いた。


「なあに、あんたたち暗い顔して。ご飯食べに行くから支度しなさい」


 現れた冴江はベッドに近付き、美緒の腕を掴んで無理矢理立ち上がらせる。

「お母さん、私……」

「何? 母さんの決定に不服でも?」

 じろりと睨まれて、美緒は言葉に詰まった。

「久し振りの家族でお出かけなんだから、一番可愛い服に着替えるよ」

 冴江は美緒を引き摺って隣の部屋に行く。そして無理矢理着替えさせ、更に外へ行き、待っていたタクシーに押し込んだ。

 タクシーには既に父親である拓真と優牙が乗っていた。その拓真が滅多に着ないスーツを着ていることに、美緒が首を傾げる。

「何処に行くの?」

「肉を食べに」

 にやりと笑う冴江も自分も、そして優牙も良く見れば小奇麗な格好をしていることに気付き、美緒は眉を寄せた。

「嫌な予感がするから、帰っていいでしゅか?」

「駄目でしゅ~」

 冴江がふざけて言う。

「お母さん、私――」

「黙っていなさい」

「……うっ」

 ピシャリと言われると、もうなす術はない。冴江を怒らすと怖い、という幼少期から染み付いた記憶が美緒を黙らせた。

 タクシーは無言の家族を乗せて走る。そして――。

「お母様」

「なに?」

「ここはホテル?」

「他に何に見える?」

「…………」

 タクシーから降りて立ち尽くす美緒の腕を、右から冴江、左から拓真が掴んで歩く。そのままホテルに入ると、美緒が目を見開いた。


「あ! お見合い写真の人!」


 前方に立つ、茶髪で背の高いスーツの男、それは以前見せられたお見合い写真の人物に間違いがなかった。

 まさか本当にこんな手段に出るとは。美緒が手足をバタつかせる。

「こら、やめなさい」

「美緒、恥ずかしい真似はしないで」

 両親に怒られ、美緒は項垂れた。

「うぅ……、だまし討ちとは卑怯なり。優牙……」

 助けを求めて後ろを振り向くと、優牙が肩をすくめる。

「見合いしてみればいいんじゃねーの?」

「優牙まで!」

 ショックを受けている間に、美緒は見合い相手の前まで引き摺りだされた。


「はじめまして、佐井猛さいたけしです」


 笑顔で言われて、美緒の顔が引きつる。

「う、狼なのにサイ」

「美緒!」

 冴江にわき腹をどつかれて、美緒は渋々挨拶をした。

「はじめまして、大上美緒です」

 猛が目を細める。

「可愛い方で嬉しいです」

「はぁ」

「子供は何人くらい欲しいですか?」

 美緒は驚愕した。

「いきなり!? 普通『ご趣味は?』とかから始まるんじゃないの!?」

 冴江がころころと笑う。

「まあ、凄いわね。早くも意気投合? でもとりあえずお食事にしましょう」

 猛の両親も加わり、美緒達はレストランの個室で食事を始めた。

 異様に盛り上がる佐井家と美緒の両親。優牙は他人事のように振る舞い、美緒一人だけが暗い面持ちで目の前の料理をつついた。

 そして食事が終わる頃、お決まりとばかりに冴江が立つ。

「じゃあ、後は若い二人に任せましょう」

「ちょっとお母さん!」

「ほほほ、美緒ったら照れちゃって」

 さっさと出て行く美緒と猛の家族。残された美緒は猛をチラリと見て、その笑顔に引きつりながら愛想笑いを返した。

「美緒さんは大学生でしたね」

「はあ。ちなみにあなたは?」

 ああ、と猛が内ポケットから名刺を取り出す。

「どうぞ」

 受け取った美緒は眉を上げた。

「へえ、私でも知ってる企業だ。ところで私――」

「人間の彼氏がいるんだって?」

「え!?」

 いきなり言われて、美緒が驚く。

「なんで知って……」

「君のお母さんから聞いたから」

「お母さんが?」

 何故冴江は、美緒に人間の彼氏がいることを伝えたのか。美緒が動揺する。

「うん、だからその……」


「結婚しませんか?」


「は?」

 ポカンと口を開けた美緒に、猛は口角を上げた。

「実は僕も、人間の彼女がいるんだ」

「…………」

 お互いに別に付き合っている人間がいる。それなのに結婚をしようと言う。美緒は猛の目をじっと見つめて、ゆっくりと口を開いた。

「……まさか」

 猛が身を乗り出す。


「そう、偽装結婚」


 囁くような声が、美緒の耳でこだまする。

「籍を入れて一緒に住んでいる振りをして、それでお互い別に本当の家庭を持つ。うちも両親が純血にこだわっているから、彼女との結婚は難しいんだ。俺達二人の間には残念ながら子供は出来なかったということにしておけばいい」

「そんな、でも……」

「これが最善策だと思うよ」

 笑顔で言う猛に、美緒は言葉が出ない。

「いい返事を期待している。出来るだけ早く決めて欲しい」


 言うだけ言って珈琲を飲み出した猛を、美緒は呆然と見つめた。


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