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番外編 「決別」 前編

愛の恋のお話。愛視点。

 ああ、やっぱりやめておけば良かった。


 騒がしい居酒屋の店内で、私は酷く後悔をしていた。

 なんで断らなかったのだろう。

 講義終わりに高校時代のクラスメイトに誘われて、気まぐれで付いて来てしまった飲み会。しかしこのテンションと、さっきからやたらしつこく話しかけてくる隣の男に、私のストレスはピークに達していた。


「愛ちゃんってさあ、休みの日とか何やってんの?」


 酒と煙草の混じった息が鼻につく。ああ、誘ってくれた子には申し訳ないけど、もう帰ろう。鞄を持って立ち上がる。

「何処行くの? 愛ちゃん」

「ちょっとお手洗いに」

 まず、勝手に『愛ちゃん』なんて呼ぶな。

 怒鳴りたい気持ちを堪える。そもそも、自分に合わないと分かっていて参加した私が悪い。

 私は早足で出口に向かう。ところが、妙な気配を感じて振り向くと、男が付いて来ていた。これはまずい。私は行き先をトイレに変更して、とりあえず中に籠もった。

 さて、どうしよう。周りを見渡す。すると、少し高い位置にある窓が目に付いた。

 ……小さい、が、出られないことはない。洋式便器を踏み台にしてよじ登り、窓を開けて外を見る。細い裏通りに面しているようで、人通りはあまりなさそうだ。

 私は思い切って窓から頭を出し、次いで肩、体と抜け出すと、何食わぬ顔で歩き出した。

 はぁ、本当に私、何してるんだろう。これじゃあ美緒と同じ馬鹿さ加減じゃない。

 家までは歩いて二十分くらいの距離かな? 空を見上げると、少し欠けた月が見える。あまり遅くなるとパパもママも心配するだろうから、早く帰らなきゃ。それなのに……少し足がふらつく。

 思ったよりも酔っている自分に舌打ち。本当に、なんで飲み会に参加したのかしら、私。

 頑張って早足で歩いて……でもふと気付けばあまり進んでいない。少し気分も悪い。

 私、何飲んだんだっけ? 確か隣の男が勧めるカクテルだか酎ハイだかを何杯か飲んだんだった。……ああ、私の馬鹿。

 パパかママに迎えに来てもらったほうがいいかしら? でもそんなに遠い距離じゃないし……。

 自分としては早足で、実際はゆっくりと歩き、私は家までの途中にある川の土手でとうとう座り込んだ。

 ここはパパとママが出会った場所だったっけ。

 下におりて川面を覗く。はっきり言って綺麗ではないけど、でも入ったら気持ちよさそう。こういうのを『血』と言うのかしら?

 酔いも醒めるかも……と呟きながら、靴を脱いで足を浸す。冷たくて気持ちいい。私はそのまま川の中へ入っていった。

 ああ、服が濡れちゃった。でももういいや。

 川の中程まで行き、仰向けにプカプカと浮く。もうこのまま朝まで寝ようかな、なんて思った時――。


「大丈夫か!?」


 土手から聞こえる声に驚く。

 暗くて良くは見えないけど、声からするとたぶん男。まずい、人間に見つかった。夜だからと油断していたわ。

 荷物は土手に置きっぱなしだけど、とりあえずここから離れよう。

 私は対岸に向かって泳ぎだした。すると――。


「待ってろ! 今、助ける!」


 ちょっと! 助けなんていらないわよ!

 それなのに男は川に飛び込んで、私目がけて泳ぎだした。

 慌てて逃げる。負けるわけはない。だけど……チラリと後ろを見ると、男はもう、すぐ側まで来ていた。

 嘘、人間が私より早いっていうの?

 私は更にスピードを上げようとして――。

「あ!」

 自分が上げた声に驚く。足に走った痛み。つったの?

 どうしよう。そう思ってる間に、口に水が入る。男の腕が、私の体を掴んだ。


 ああ、捕獲された……。ごめんなさい、パパ、ママ。


 そこで私の意識は途切れた。



◇◇◇◇



 ゴミ屋敷――。


 目が覚めた私の頭に一番に浮かんだのは、そんな言葉だった。

 ワンルームマンションらしき部屋に敷かれたぺっちゃんこの布団。そこに私は全裸で寝かされていた。

 布団の周りは空のペットボトルや紙くず、菓子の袋や服などが散乱している。


 そして――、ゴミの中で寝ている男。


 二十代後半かな? 短髪に凛々しい眉毛、背が高くて、ほどよく筋肉の付いた体をしている。

 短パンとシャツという格好で寝ているその男は、私が体を起こすと同時に目を覚ました。


「あ、お、おはよう」


「…………」

 おはよう、と答えた方がいいのかしら?

「あの、これ……」

 男は周りに落ちていた服を、目を逸らして私に渡した。

 しかし……この服、臭い。

「私の服は?」

「濡れてたから、あそこに」

 男は小さな流し台を指差した。川に入ったんだから、濡れてて当然か。仕方なく私は男の服を羽織る。男はゴミの中を物色し、出てきた短パンも渡してくれた。

 私はそれを受け取り、下着が無いので直接穿く。ウエストがブカブカだけど、これも仕方ない。

「えーと、ご飯食べるなら買ってくるけど……」

 頭をかきながら言う男に首を振る。

「いらない。今、何時?」

 男がゴミの中から携帯電話を取り出した。

「……五時」

 そんな時間なの? 帰らなきゃ。

 私は立ち上がろうとして、しかし上手く力が入らずによろけた。

「大丈夫? 気を付けて」

 男が私を支える。

「その、救急車を呼ぼうかと思ったんだけど……ちょっとまずいかなと思って……」

 その言葉と男の視線で、私は悟った。


 ああ、人間じゃないのがばれている。


 まあ、当前か。でも騒ぎにならなかったのはありがたい。

 私は部屋の中を見回して自分の鞄を探す。

 土手に放置したままかと思った時、男は魔法のように何処からともなく私の鞄を取り出してきた。どうやらゴミの中に紛れ込んでいたみたいね。男から鞄を受け取り、中身を確認する。良かった、全部ある。

 私がホッと息を吐いた時、男がとんでもないことを言った。


「お父さんから電話がかかってきたから出たんだけど……」


 え? パパから? しかも出た? 何勝手なことしてくれるのよ!

「酔って寝てるから、起きたら送って行くって伝えておいた」

 ……余計なことを。だるい体を叱咤して私は立ち上がり、流し台まで行って、そこらに落ちていたコンビニの袋に濡れた服を詰め込んだ。そして鞄を手にして男に頭を下げる。

「ありがとうございました」

 そのまま出て行こうとすると、男は慌てて付いてきた。

「送って行くよ」

「いい、いらない」

「駄目だ、危ないよ」

「…………」

 この人間は何を考えているのかしら? 油断させてどこかに売るつもり? それとも……いずれにせよ気は抜けない。

「助けてもらって感謝はしているわ。服も洗って返す。だから付いて来ないで」

 玄関に置いてあった自分の靴を履き、追いかけてくる男を振り払うように、私は早足で歩きだした。



◇◇◇◇



 静かにドアを開けると、ソファーに座るパパの背中が見えた。


「お帰り」

 振り向きもせずに言うパパに答える。

「……ただいま。ごめんなさい」

 パパはそこでやっと振り向いて、少し笑った。

「ママが心配していた」

「うん。もう実習以外で夜には出掛けない。パパ……」

 私はパパの目を見つめて告白する。


「人間にばれた」


 パパは立ち上がって傍に来て、私を抱きしめた。

「悪い人間もいるが、いい人間もいる」

「うん……」

「今日は何も考えずに、ゆっくり休みなさい」

「うん……」

 パパがポンポンと私の背中を叩き、離れる。

「さあ」

 促されて、私は一度浴室に行き、シャワーを浴びてからベッドに潜って目を閉じた。

 今日は大学も休んで、眠ろう。パパの言う通り、何も考えずに……。


「…………」


 しかし私は起き上がり、携帯電話を取り出した。


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