第79話
悩み続けること数日、美緒は講義の後に愛を捕まえて、大学の隅にある人気の無いベンチに連れて行った。
「何よ。私、資料室に行きたいんだけど」
冷たく言う愛の腕に、美緒は頬ずりをする。
「いやん、本当は私と一緒がいいくせに。照れ屋さ――うぎゃ!」
愛が美緒の耳を引っ張った。
「で、何よ」
美緒が涙目で愛を見つめる。
「うぅ……、愛ちゃんは、噂の人間とその後どうなったの?」
「……何よ、自分はどうなの?」
「愛ちゃん、その目怖い」
目を眇める愛に若干身を引きながら、美緒は縋るように愛のスカートを握った。
愛が息を吐く。
「私は、付き合うことにしたの」
「はい!? お付き合い決定!?」
驚く美緒に、愛は困ったように微笑んだ。
「彼、家にまで押しかけてきて、パパにも『交際を認めてください』って言って帰らなくて……」
「おおぅ、それは凄い。本気か、もしくは油断したところを親子共々見世物小屋に売り払おうとしているのか――」
「失礼なこと言わないでよ!」
愛の拳が美緒の頭に落ちる。
「ぎゃあ! ごめんなさい、愛ちゃん!」
「話はそれだけ? じゃあ私はもう行くわ」
「いやいや、ちょっと待って!」
美緒は、愛をもう一度ベンチに座らせた。
「ねえ愛ちゃん、翼狼ってどう思う?」
愛が片眉を上げる。
「三好先生の息子との間に子供が生まれたら……ってやつ?」
「うん、そう。――ってあれ? この話って愛ちゃんに以前したっけ?」
首を傾げる美緒に、愛が鼻を鳴らした。
「優牙がわざわざ電話してきて、聞いてもいないのに、あれこれ教えてくれたのよ」
「へえ、優牙が?」
愛は髪をかきあげて「シスコンが……」と呟き、足を組む。
「それで? 翼狼、ね」
「うん」
「いいんじゃない?」
あっさりと言われて、美緒がうーんと唸った。
「なあに、私の答えが不満なの?」
「不満というか……」
美緒が眉を寄せる。
「美緒が人間鳥に決めたのなら、別に反対しないわよ」
「決めてはいないよ」
「じゃあ、お見合い相手にする?」
「いやぁ、それも……」
愛は美緒に顔を近づけ、首を傾げた。
「じゃあ、佐倉?」
「…………」
美緒は俯き、風に吹かれて足元の砂が舞うのをじっと見つめる。
「…………」
「…………」
二人の間に沈黙が流れ、やがて美緒はゆっくりと口を開いた。
「蓮君は、ずーっと引っ掛かってるものがある」
「うん」
「翼狼はかっこいい」
「うん」
「一族のこと考えたら狼人間同士がいい」
愛が髪をかきあげて訊いた。
「で、誰が好き?」
美緒が顔を上げ、きっぱりと言う。
「蓮君」
「佐倉?」
「うん。でも――もしかして蓮君とは、ずっとこのままなのかなと思うと怖くて悲しい。大学進学の時に覚悟を決めたつもりなのに、待てない自分が嫌い」
再び俯いた美緒の頭を、愛が撫でる。
「そっか」
「うん」
美緒の瞳から涙がポトポトと落ちる。
二人は日が落ちて暗くなるまで、ベンチに座っていた。